将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:東調布署

2017051503 昨日は文教大学の父母と教職員の会の研修から比較的早く帰ってきたのですが、帰ってくるなり、先日相談にきましたある会社のことで、さまざま長い電話をすることになり、それこそ疲れ果ててしまいました。いや研修に行っている間にも、携帯でさまざまと話してはいたのですが、実に気の重い話です。

文教大学の研修会11082503は実に愉しい時間がもてました。まあたくさんの方々と知り合いになれて嬉しい限りです。きっとこのホームページも拝見してくれている方がいることでしょう。
それで、この研修会で私と一緒にお風呂に入られた方で、私の赤ふん姿を見られた方々は、ここの私のイラストをみて納得が入ったかな。もうあれが私のトレードマークになっているのです。
私の次女のブルータスが昨夜言っていました。

私は、パパはふんどしだってことを、小さいときからはずかし
  いことだから、誰にもけっして言わなかったけれど、このごろ、
  これはどうも「美味しい話じゃないか」と思い出して、ともだち
  に話だしたら、それが「受ける、受ける」。みんな面白がって、
  興味シンシンで聞いてくるんだ。

ねえ、そりゃそうですよ。私もたんなる私の下着であり、たいして意味を感じてはいなかったけれど、こうしてホームページの表紙をかざるようになると、少しはもっと露出すべきかななんて思えてきます。
そういえば、思い出したけれど、私は学生運動の東大闘争で逮捕されたわけですが、あのとき勾留された東調布署(田園調布にある)でも、その後の府中刑務所でも、私のふんどしは話題だったなあ、と思いました。「なんでゼンガクレンがふんどしなの?」とよく聞かれたものです。そして、その次に逮捕されたときの朝霞署でも、同じ留置場での、ヤクザや自民党の選挙違反の方々にも、よくこの疑問をもらったものでした。埼玉県警の方々も面白がっていたなあ。
そういえば、私の長女が小学生の低学年のときに言っていました。

きょう先生が、ふんどしの話をして、「誰かおじいちゃんがふ
  んどしの人いますか?って聞いたら、○○君が、「ウチのお祖父
  ちゃんがそうだ」といったら、みんながその子のことを笑うんだ。
  私はずっと黙っていたの。お祖父ちゃんで、あんなにみんなに笑
  われるのに、ウチはおじいちゃんじゃなくて、パパがふんどしな
  んだもの。

そんな長女がいまでは、あのイラストを描いてくれたのです。

「周の掲示板」へたくさんの書き込みをありがとうございます。RESが遅れ気味で申し訳ありません。(98/12/14 06:05:25)

「安田弁護士の不当逮捕に抗議する!」のページに12月16日の抗議集会への呼びかけの文書「安田弁護士不当逮捕抗議集会の呼びかけ」を掲載しています。ぜひ多くの方々の集会への参加を訴えます。それと、この文書をぜひとも転載いただきたいと考えます。(98/12/14 16:02:08)

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10080801 よっしー はさんから梅干が今朝9時15分に着きました。ここに掲げた写真のものです。私はすぐに開けて、一つを口に入れました。
 私の亡くなった母は、毎年必ず梅干を作ってくれていました。いつも私の小学校の遠足や運動会にはいつもそれがおにぎりの中にありました。それと中学からは、毎日のお弁当に入っていました。
 私が東大闘争で逮捕された東調布署(田園調布にありました)では、母が差し入れをしても、留置場には入りませんでした。でも取調べの刑事が調べの途中で食べさせてくれたものでした。ずっと黙秘していた10080802私に、警察もよくやってくれたものです。朝霞署でも、取調べのときに、母の弁当を食べさせてくれて、そのときにも母の梅干が入っていたものです。
 子どものときには、それほど好きになれない母の梅10080803干でしたが、もう20歳を過ぎると、実に私には大好きで、大事なものになりました。
 今回届いた梅干は、何故か私の母の梅干と同じ味がします。
 届いて、すぐに開けて口に入れました。懐かしい母の梅干の味です。
 よっしー はさん、ありがとう。

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 以下、私がたった今書きました母宛ての手紙です。実際の手紙とは違って、ここでは名前等はハンドル名にしてあります。

   萩原たか子 様

                2007年6月1日

                周のURLメール
                今の王子の住所電話等

 前略
 ちょっとしばらく手紙を書いていませんでした。どこに郵送したらいいのか判らなかったんです。きょうは、おはぎと孫のポコちゃんが、あちらの実家へ行っています。あちらのお母さんにおはぎは可愛がられているんですよ。それはね、このあいだ結婚したブルータスも同じなんです。
 ああいうふうに、相手のお家の家族に可愛がられているというのは、みなおばあちゃんと王子のおばあちゃんが育ててくれたおかげだと思っています。
 思い出せば、横浜で私は大学に入って大学1年の終わりの頃、我孫子に引っ越したものでした。でも私はいいのですが、マサシは横浜の鶴見まで通ったのだから大変だったね。あのときは高校2年の最後の頃だ。だから高校3年は大変だったろうなあ。
 私も我孫子というところは、中学高校の友だちもいるわけではないから、それほど親しい感じがする街とは言えませんでした。私はまた北浦和にアパートを借りて住みだしたしね。でもあの北浦和のアパートは1カ月も住まないうちに、東大闘争で逮捕されることになってしまったね。私が逮捕されて取調を受けていた東調布署というところは、一体東京のどこなのかさっぱり判りませんでした。「東調布」というから、調布市のそばなのかなあ、なんて思っていましたが、のちに、こののちというのは今から10数年前に、私が役員をしている会社が大田区にあって、そのときに税務調査があったときに、その税務署の職員に聞いたものでした。東調布署というのは、大田区の田園調布にあるんだね。驚いて、その日は、夕方わざわざこの東調布署を見に行ったものでした。
 外から、あのときの留置場の位置を確認しましたよ。でもよくあそこまで、みんな差入れに来たりしてくれたものでした。ばあもよく来てくれていました。まだ面会はできなかったけれどね。起訴されて接見禁止が解けたときに、友人が来てくれて、そして府中刑務所に移管になったときに、ばあは来てくれていましたね。あのときに、ばあは「こんな秋田犬を飼いだしたよ」と言ってくれました。私はシロのことがとても心配になって、そのことを聞いたら、「シロはこなくなっちゃったよ」と聞きまして、「ああ、またうちは秋田犬を飼うのか」という思いで、でもシロのことばかりが気になりました。でもそのまたあとの面会で、シロがまたやってくるようになって、子犬の秋田犬に喧嘩のやり方を教えているなんて話を聞いたものです。
 あのシロという野良犬は、実に面白い頭のいい犬だったねえ。もうたくさんの思い出を残してくれた野良犬でした。              早々

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