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Tag:柴木亮

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 でもこの作者は、どんな方なのかなあ。インターネットで「柴木亮 木蓮の詩」のどちらで検索しても出てこないのですね。いえ、もちろん今は私のこのサイトが出てきますが。
 できたら、この小説が普通の本として本屋に並んでいることを私のこの目で見てみたい思いです。
 でも小説としては長すぎるのかなあ。もちろん、もっと長い小説は、いくらでもたくさんあるわけですが、こうした無名の方の小説としては、長編すぎるのでしょうか。
 私はパトリシア・コーンウェルの数々の小説も、ハリー・ポッターの小説も、近年の作品は前の作品にくらべて約2倍の長編なのですが、いつも冗長さを感じています。あれは、半分の長さにできないのかなあ。そうすれば面白く読んでいけるような気がするのです。
 ただし、この『木蓮の詩』はそういうことを感じられません。この長編のままでないと私には困ってしまうように思われます。
 いや、できたら、さらにこの物語は、この先の話もつくれるのではないか、なんて思っています。このあとの時代の話というのではなく、タカシの母親のカヨコのことも、もっと何かを抱えているような気がするのです。そうでないと、なぜタカシがヨンジャと結婚することに同意できないのかということも、実はその訳があるように思うのです。
 いや、思えば、もっと大きな連作の世界が拡げられるように思うのです。そのような連作をもっと拡大して、さらにこの小説を書き続けてほしいと思いました。

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書 名 木蓮の詩(むくげのうた)
著 者 柴木亮
発行日 2006年12月
読了日 2008年6月11日

 40字詰18行で545ページの大作です。私は10日の午後王子駅の電車で読み始めて、この日は140ページまで読みまして、次の日パソコンの前でパソコンを打ちながら読み始めて、夢中で読み続け、午後2時で読み終わりました。
 1994年9月に話が開始され、2003年4月5日がエピローグで終わっています。
 タカシ、ミツル、トモコの3人のそれぞれの恋人、両親兄弟も出てきます。
そして時間的には、戦前、戦中、戦後の話も出てきます。そして、現実に起きてきた事件もたくさんそのシーンが出てきます。阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、ニューヨークの世界貿易センタービルの事件も出てきて、まさしく私も映像等々で見聞してきた事件なわけです。そして従軍慰安婦問題も、大きなこととして出てきます。それに自閉症児のこと、日本の大学に進学している韓国籍の人たちとも会話もたくさん出てきます。思えば、これらのことは私たちも、いわば日常的に会話にも出てきていることであるわけです。
 そして舞台は、千葉県柏市なのです。上の3人は柏市の職員であるわけです。私は長く柏市の隣の我孫子市に住んでいたわけですし、トモコの実家のあるのは、我孫子市白山ということですから、ここは私の娘たちの行きました小学校・中学校があったところなのです。
 ここでタカシが恋人となるヨンジャと知り合うことになる麗華大学は現実には麗澤大学のことでしょう。私もこの大学には行ったことがあります。すぐにこの大学の光景を目に浮かべてしまいました。また柏レイソル(小説の中では、違うチーム名だが)の試合、その試合後の飲み屋でのシーンも、私ももちろん味わったことのあることです。

 私はこの小説のいくつものシーンで涙を浮かべていました。ほとんどが、私のこの部屋だけでのことでしたから、助かりました。ちょっと電車の中では困ったことになってしまったことだと思います。
 でもこの本はできるだけたくさんの人に読んでほしい思いが私には一番のことです。この現在の日本は、現在の私たちはこれだけたくさんのことを抱えているんだなあということを強く感じました。このことが私には一番大きく感じたことです。よくこれだけのことを書いてくれたという思いです。
 誰でもたくさんのことを抱えています。そして現実に生きる世界もまたたくさんのことを抱えています。でもまさしく私たちは、そのたくさんのことを抱えている世界の中で、現実に生きているわけなのです。

 私はこの本を読んで、兵頭正俊『死了魁を思い出していました。書かれている題材も違いますし、起きている事件もかなり違います。でも私には、同じく若者が出会ってしまう、その時代の不条理みたいなものを感じていたものでした。

 できたら、この本が実際に市販されて、多くの方に読まれることを私は切望します。

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