2017071722 この詩を読むと、どうしても最初は鼻もちならない女性を感じてしまいます。

秋瑾
本是瑤臺第一枝 本是瑤臺(註1)の 第一枝、
謫來塵世具芳姿 謫(たく)せ来りて塵世に 芳姿を具(あらわ)す。
如何不遇林和 如何せん 林和福蔽陦押砲剖はざれば、
飄泊天涯更水涯 天涯を飄泊し 更に水涯(すいがい)。

(註1)瑤臺(ようだい) 西王母のいるところ。月世界のこと。月には西王母という神がいると考えられた。
(註2)林和福〇笋琉焚爾暴颪い討ります。

http://shomon.livedoor.biz/archives/51879639.html  林和靖のことで

梅を妻とし鶴を子として生きた北宋時代の隠栖詩人です。

本当は月世界にいた一番目の花であるのに、
でも俗世界に来てしまい、美しい姿をあらわした。
でも林和覆砲蓮会えなかった、
天のはてをさすらい、地のはてまでさすらおう。

8ddc74fd.jpg 自分は、もともとは月世界のような、素晴らしい世界にいた人間なのに、つまらない男と結婚してしまったという嘆きを書いているわけです。だから、彼女は、よく切れる日本刀を常に持っていたのでしょう。だから、夫は怖くてそばに寄れなかったでしょうね。だって、実際に彼女は、その刀を奮うのですよ。
でも、この秋瑾が、魯迅「薬」に出てくる主人公の革命家なのです(ただし、魯迅の小説では夏喩という男性になっています。

http://shomon.livedoor.biz/archives/51887544.html

ここで私は最後に、以下のように書いています。

最後にカラスがないて、夏瑜の魂が母の前にいたことが分かりますが、この花は夏瑜がやったものではありません。じつにこの花は、多分小説の中にやってはいけないことだろうけれど、どうしても供えざるをえなかった魯迅の気持ちです。
魯迅は秋瑾女史とまた多くの革命家の魂と、そして多分自分の母親にこの花を供えたのだと思います。

だから、私はこの日本刀を構えている秋瑾をいつも思います(あ、彼女の写真は、日本刀を構えてこちらを向いているのです)。「薬」の中で、夏瑜は、彼のことを馬鹿にし、殴る中国の民衆のことを、悲しいと泣いています。でも、その涙がみんな訳がわからないのです。その涙は秋瑾の涙なのです。
私は秋瑾のことを決して忘れることはありません。

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