将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:梶芽衣子

201806030120180603052018060303 昼食を食べるときにテレビを見たらNHKテレビに梶芽衣子さんが出ていました。昔よく映画を見ていた女優さんで、もちろんずっと大ファンですがら、熱心に見ました。
やっぱり私は涙を浮かべていました。
2018060304 昔はそれこそ映画でしつこく見ていたものですが、今もテレビで拝見しています。201806030620180603072018060308続きを読む

13081808 藤圭子さんが亡くなられて、私は大変にショックでした。
 それで、私はこの「夢は夜ひらく」の歌は大変に好きなものでしたから、以下その歌詞を書いておこうと思いました。
 私は梶芽衣子の「芽衣子の夢は夜ひらく」が一番好きでした。でも園まり、緑川アコ、藤圭子の歌も好きだったものです。
私はここで以下のように書いています。

この歌はもともと少年院で唄われた歌と聞いています。少年少女たちは、つらい毎日に「夢は夜ひらく」と、夜自分の恋人や優しい母親に夢で会えることのみが愉しみだったに違いありません。(1998.11.01)

 以下歌詞を書いていきます。13082203

夢は夜ひらく 1966年(昭和41)
作詞 中村泰士
作詞 富田清吾
作曲 曽根幸明
制作 滝野細道
歌  園 まり
(一)雨が降るから 逢えないの
   来ないあなたは 野暮な人
   ぬれてみたいわ 二人なら
   夢は夜ひらく
(二)うぶなお前が 可愛いと
   云ったあなたは 憎い人
   いっそ散りたい 夜の花
   夢は夜ひらく
(三)嘘と知りつつ 愛したの
   あなたひとりが 命なの
   だからひとりに させないで
   夢は夜ひらく
(四)嘘と誠の 恋ならば
   誠の恋に 生きるのが
   切ない女の こころなの
   夢は夜ひらく
(五)酔って酔わせた あの夜の
   グラスに落ちた 水色の
   忘れられない あの涙
   夢は夜ひらく
(六)恋して愛して 泣きました
   そんな昔も ありました
   思い出しては また涙
  夢は夜ひらく

夢は夜ひらく 1966年(昭和41)
作詞 水島 哲
制作 滝野細道
作曲 曽根幸明
歌 緑川アコ13082205
(一)いのち限りの 恋をした
   たまらないほど 好きなのに
   たった一言 いえなくて
   夢は夜ひらく
(二)せっかく咲かせた 恋だもん
   大事にしましょう いつまでも
   雨に嵐に 負けないで
   夢は夜ひらく
(三)恋にこがれる せみよりも
   なかぬほたるが 身をこがす
   たったひとりの あなたゆえ
   夢は夜ひらく
(四)死んでしまえば しあわせに
   めぐりあえない この世なの
   生きていりゃこそ ひとすじに
   夢は夜ひらく
(五)泣いてしまった うれしくて
   あなたのやさしい お電話に
   恋は女の いのちなの
   夢は夜ひらく
(六)恋に涙は つきものと
   人はつれなく いうけれど
   夢でもいいから 逢いたいの
   夢は夜ひらく

圭子の夢は夜ひらく 1970年(昭和45)
作詞 石坂まさを
作曲 曽根幸明
編曲 原田良一
歌  藤 圭子13082206
(一)赤く咲くのは けしの花
   白く咲くのは 百合の花
   どう咲きゃいいのさ この私
   夢は夜ひらく
(二)十五 十六 十七と
私の人生 暗かった
過去はどんなに 暗くとも
夢は夜ひらく
(三)昨日マー坊 今日トミー
明日はジョージか ケン坊か
恋ははかなく 過ぎて行き
夢は夜ひらく
(四)夜咲くネオンは 嘘(うそ)の花
夜飛ぶ蝶々も 嘘の花
嘘を肴(さかな)に 酒をくみゃ
夢は夜ひらく
(五)前を見るよな 柄じゃない
うしろ向くよな 柄じゃない
よそ見してたら 泣きを見た
夢は夜ひらく
(六)一から十まで 馬鹿でした
馬鹿にゃ未練は ないけれど
忘れられない 奴ばかり
夢は夜ひらく13082207

私はやはり、梶芽衣子の歌が一番好きです。私はこの梶芽衣子の「芽衣子の夢は夜ひらく」では、以下の歌詞が忘れられないです。

(五)泣くため生まれて きたような
   こんな浮世に 未練など
   これっぽっちも ないくせに
   夢は夜ひらく

 私は夢はよく見ます。それを「夢の中の日常」として書いています。いつも夢を見ることを、大事にしたいです。
 ただし、この頃は、あんまり夢が見られない私なのです。
 この「夢は夜ひらく」は、他の方も実に多くの歌手の方が唄われています。

 私は今日の「純と愛」2013.03.14で

 私は違うものを思い出すのです。違うものなのです。

J13030912と書きましたのは、この純と愛の宮古島の海と浜の前での姿に、以下を思い出すのですのですが、

「純と愛」2012.12.19

13031409 この海なのですが、私はこれでいつも思い出しているのは、「宿無」という映画の梶芽衣子さんと高倉健・勝新太郎が海に入るシーンなのです。
 ああ、私はいつもとんでもないシーンを思い出しているのです。

曲名  芽衣子の夢は夜ひらく
作詞  吉田  旺
作曲  曽根幸明
 唄   梶芽衣子

一 泣くために生まれて きたような
  こんな浮世に  未練など
  これっぽっちも ないくせに
  夢は夜ひらく
二 長い黒髪 断ち切って
  送りつけたい やつがいる
  あいつ不幸か しあわせか
  夢は夜ひらく
三 しょせん男は おだて鳥
  しょせん女は なみだ貝
  抱いて抱かれて つまずいて
  夢は夜ひらく
四 星は流れて どこへ行く
  あたし流れて どこへ行く
  あてのない身の 鼻うたに
  夢は夜ひらく
五 泣くため生まれて きたような
  こんな浮世に 未練など
  これっぽっちも ないくせに
  夢は夜ひらく

12052013 私は梶芽衣子がたいへんに好きでした。「銀蝶シリーズ」などよく見たものです(といっても、このシリーズは2作しかなかった)。彼女は長い髪に黒い帽子をかぶり、黒の姿でいるのがスクリーンでは一番映えるように思いました。最後の殴り込みシーンになって、着物姿で蛇の目傘なんかもっていると、ちょっとがっかりしたものです。
 またこうした仁侠だけではなく、女自身になった役柄もたいへんによかった。思い出されるのは、健さんの彼女役をやった「現代仁侠史」です。藤純子とはひとあじもふたあじも違います。藤純子なら、健さんが殴り込みにいくとき、黙って送って涙をながすのでしょうが、梶芽衣子は「いかないで」と大声を出します。この「現代仁侠史」での梶芽衣子のこの最後の絶叫は今も私の中にはっきりと残っています。私は健さんは藤純子と一緒になるより、梶芽衣子と一緒のほうがいいように思っています。健さんという俳優はセリフを台本の7割くらいしか喋らなくなってしまうようです。それがこの映画のなかで、梶芽衣子に言う、

  私はこんなにしあわせだったことは生まれてはじめてです

という愛の表現は他で見たことがありません。梶芽衣子が相手だからこそでてきたセリフだと思います。
 ところでこの「夢は夜ひらく」は他に園まりと藤圭子が唄っています。それぞれいいのですが、私にはやはり梶芽衣子が一番この歌に似合うように思えます。
 この歌はもともと少年院で唄われた歌と聞いています。少年少女たちは、つらい毎日に「夢は夜ひらく」と、夜自分の恋人や優しい母親に夢で会えることのみが愉しみだったに違いありません。(1998.11.01)

歌名    銀蝶渡り鳥
作詞    川内康範
作編曲  曽根幸明
 唄     梶芽衣子

一  惚れた男に  命を賭けて
    傷の痛さに  泣いたけど
    人にゃ見せない  涙の顔は
    明日はどうなる  何処へ流れる
    あゝ  銀蝶渡り鳥
二  何をくよくよ  昨日は見ない
    広いこの世に  ただひとり
    どうせ生まれた  身体じゃないか
    明日は何処やら  何処で恋する
    あゝ  銀蝶渡り鳥
三  夢のかけらも  なんにもないが
    夢があるよな  顔をして
    つらい命を  抱きしめながら
    明日は何処やら  何処で飛ぶ
    あゝ  銀蝶渡り鳥

12052001 梶芽衣子の「銀蝶渡り鳥」シリーズは2作ありました。相手役が渡瀬恒彦でした。できたらもっと作って欲しかった気がしますが、どうしても藤純子のお竜さんシリーズには勝ちようがなかったのでしょうか。でも東映を捨てて、あんな菊五郎のところへいった藤純子より、梶芽衣子のほうが筋が通っているように思うのですがね。
 そういえば、ちょっと話が飛びますが、私はこの歌舞伎の「尾上菊五郎七代目襲名披露」の公演に行きました。ちょうどたしか私が大学5年のときだったかなと思います。私はなんとか幕間に藤純子に会えるというので、「東映に帰れ」と声を掛けたかったのです。しかし公演の幕間に広間に存在する藤純子を、歌舞伎座の上から横から、さまざま見て、その美しさに、私はやじることができませんでした。
 でも、私はもうやくざ映画は梶芽衣子だと決意したものです。でもあの「さそり」シリーズなんかはあんまり好きではなかったな。
 この「銀蝶渡り鳥」は、映画もこの歌も非常にバタくさくて、私は大好きです。でもこんな東映のB級、C級映画はビデオ屋にはまずおいてないのです。それがまったく残念です。(1998.11.01)

12050104 私がこの映画を見たのはいつのことだったのだろう。いつも思い出している映画なのだが、いつだったのだろうかと思い出してばかりなのだ。でも内容は詳しく思い出せる映画でもあるのだ。

題名  現代任侠史
封切 1973年10月27日
監督 石井輝男
配給会社 東映
キャスト12050101
 島谷良一 高倉健
 仁木克子 梶芽衣子
 松田初治 郷治
  中山      成田三樹夫
  船岡      夏八木勲
  関口功    小池朝雄
  永井辰吉  内田朝雄
  湯浅正一  辰巳柳太郎
  権藤      今井健二
  善さん    田中邦衛
  武志      南利明
  芸者連れの客  笑福亭仁鶴
  よね      三益愛子
  宇野      川谷拓三
  栗田光男  安藤昇 

 いつも思い出すのは、健さんが「私(わたし)は、こんな幸せだったことはほかにありません」という言葉と、健さんが最後殴りこみに行くときに、梶芽衣子が「行かないで」で声をあげることだ。私は任侠ヤクザ映画で、こんなセリフを聞いたことは、始めてのことなのです。
 映画の最初に健さんが、飛行機から降りてくる、このシーンだけで、「なんだ、この映画は?」と思ってしまうのだ。健さんは、日米戦争で激戦だったペリリュー島で、父親の日本刀を手にすることができた。もうヤクザなのだが、すし職人としてもう静かにすごすのかもしれない。
 梶芽衣子の仁木克子はルプライターで、この上の戦争のことを取材しているのだが、このことで、健さんを知ってしまい、恋をしてしまうのでしょう。
12050106 もう二人が愛し合い、結婚を選ぶときに、ものすごく見ている私たちも嬉しくなります。
 二人が、夜のときに歩いているシーンはものすごく私もう嬉しくてたまりません。そのときに、健さんが露天でエロ本(こんな言い方をしてもいいよね)を買うときに、それが克子の目の前なので、彼女も私たちも驚くのですが、それは店の後輩たちのためなのです。
 もうこんな綺麗な克子と一緒になる健さんは、どうみても「幸せだなあ」と思わせてくれます。もう二人は実にいいです。私はこんなヤクザ映画は始めてでした。
 ただやっぱり最後は、健さんは日本刀で殴りこみます。
 そこで克子いや梶芽衣子は、「いかないで」と声を出すのです。もう私には驚くばかりのシーンでした。

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