将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:椎名誠

11101304 なんか、この発言をずいぶん休んでしまいました。
 14日は宮崎学さんの出版記念会だったのですが、一番印象深かったのは、椎名誠さんが来ていたことです。実にいい男ですね。元プロレスラ−の前田明さんもいらしていたのですが、椎名さんの方が背も高い感じで(ならんだわけではないが)、実にいい男です。こうした席では私はわりと女性だと初対面でも平気で声をかけられるのですが、私の好きな作家とか俳優さんだと、なんだか気後れしてしまいます。実は私は椎名さんが「哀愁の街に霧が降るのだ」で書いている神田のある八百屋の上にある温泉関係の業界紙の後輩にあたるので、そのことで話しかけたかったのですが、どうしてか椎名さんは早めに会場を出ていかれてしまいました。ちょうど私の知り合いが話しかけていたので、紹介してもらおうと思っていた時だったのに残念です。
 この業界紙とは正確には、「温泉新聞社」といって、神田紺屋町の魚屋の上にありました(魚屋はないが、この新聞社は今も存在します)。椎名さんが書かれている内容の「旅行業者営業所便覧(東京版)」も、私もなかなか思い出深い本です。
 そんなお話をしたかったのに残念だったな。
 ただ、会そのものは、けっこうな大勢の方がおいでになり盛況でした。私は私の好きになれない佐高信のそばには寄らないようにして(あと何人も私の嫌いな人がいたけれど)、たくさんの友人・知人とお話していました。新しくいろいろな方も紹介されて、用意していた名刺が全部なくなりました。会場は市ヶ谷私学会館でしたが、2次会は新宿というところで、その前に1次会のあとのミニ続きというので、下の「勤寿司」で親しい友人たちとお話しました。「唐牛会」でよく飲むメンバーですね。
 それから2次会に行って、それからゴールデン街へ行って、とにかく4時頃まで飲んでいました。
 ただ、けっこう私のホームページをご存知の方がおいでになって、これは良かった。私がたんなる酔いどれで、どうしようもない奴なのに、私のホームページをご存知の方は、私がなにかもっと深いものを持っているような思いがするようで、それはそれはいいことかな。実は私の本質は、ただただ酒飲んで詩吟やったりしてしまうほうなのです。なんとなく、このホームページは私の本質を隠してくれていますね。(99/05/16 8:48:08)

11071812 先日、自宅にて妻にインターネットの説明をしていたときに、友人のかもさんのホームページで、次が目にとまりました。

 『あや探』山形林間学校報告

これは椎名誠のキャンプのようです。

 「椎名誠とあやしい探検隊」をご存知? 昔は男ばかりで、僻地
 離島に出かけて酒を飲んで騒ぐ、という集団でした。

という書き出しではじまるこの報告は、女房も私も愉しく読んでいきました。
 私も椎名誠のファンですから、「いいな、いいな」と思いながら読んでいました。デジタルカメラによる写真が入っているから、妻が感心していました。妻はこういうことができてしまうことに感心し、私は椎名誠さんや、沢野ひとしさん、木村晋助弁護士等々という方と目の前で会っているという事実に感動していました。
 私は椎名誠が好きで、彼の小説エッセイはすべてを読むようにしてきました。ただ、何年前に、自宅にあったあらゆる彼の本を、ある飲み屋の女の子にすべて宅急便で送りました。彼女も椎名誠のファンだというからです。
 私はとにかく自宅に本が大量にたまりがちなので、ときどきこうして誰かにまとめてあげてしまいます。島田荘司も「周の書評」に部屋にあげたものは、すべて人にあげました。高橋和巳も全部あげたことがあったな。

 ところで、上の椎名誠が好きなのは、それはもちろん彼の小説が好きなのですが、私が非常に彼に親近感を抱く理由があるのです。それは私が27歳の頃勤めていた「温泉新聞社」に彼もいたことがあったからです。「哀愁の町に霧が降るのだ」にそのことが書いてあります。
 温泉新聞とは、旅行業界の業界紙でした。ブランケット版の新聞を月3回出していました。椎名誠の上の小説では、なんだかあやしげな新聞社として描かれているわけですが、私にはいろいろなことを教えてくれたとても懐かしく思い出せる会社です。
 この新聞社の記者だったときの思い出も書いておきたいな。

11052606「本の雑誌」の発行人目黒孝二さんは、私がいつも本の紹介を参考にしている人です。椎名誠が昔勤めていたあるデパートの業界誌の後輩で、その縁で今「本の雑誌」をやっているわけです(椎名誠は「本の雑誌」の編集人)。たいへんな読書家というよりも、「活字中毒者」とまで言えるほどの、読書好きです。

書 名 活字三昧
著 者 目黒孝二
発行所 角川文庫
1996年1月25日第1刷発行(92年9月に単行本として刊行)

 実は、私はこの人と本を読むことについて競争をしている気が少しありました。だが、この本を読んで、「もうまったくこの人には足もとにも及ばない」と分かりました。この人は、年間1000冊の本の読破を目指しているというのです。目標が1000冊ということは、きっと950冊くらいは実現できているわけでしょう。私は年間300冊を目標にして読んでいるだけです。これはもう、問題になりません。
 しかも読む量の問題だけではなく、この本を読むと、著者の読む本の種類の幅の広さにも驚きます。そしてその幅に広さの一つ一つの中で、さらに深く深くその中に入り込んでいくのです。そしてその幅が広いということが、たくさんの著者の本やいろいろな業界の本を読むということだけではなく、各社の文庫本のことでも、過去数度あった文学全集のブームのことでも、実に詳しく迫っていくのです。
 たとえば、彼の蔵書のことではないのですが、次のようなことを書いています。

  数年前に、ある読書人の書棚を見て感心したことがある。その
 人は数多くの文学全集の中からディケンズの巻だけを買い、自分
 の書棚にディケンズ・コーナーを作っていたのだ。これが見事だっ
 た。
  中央公論社・世界の文学から『大いなる遺産』、筑摩書房・世
 界文学体系から『荒涼館』、集英社・世界文学全集ベラージュか
 ら『リトル・ドリッド』、河出書房・世界文学全集グリーン版か
 ら『二都物語』『クリスマス・キャロル』、講談社・世界文学全
 集(昭和42年スタート)から『オリバー・トゥイスト』、同・世
 界文学全集(昭和49年スタート)から『エドウィン・ドルードの
 謎』、新潮社・世界文学全集(昭和2年)から『世の中』、同・
 世界文学全集(昭和35年)から『デイヴィット・コパフィールド』
 と、各社から一巻ずつ買い求めると、ディケンズの代表作の大半
 がそろってしまうのである。
  これはディケンズだから出来ることで、他の作家ではこうはい
 かないだろう。        (「大ロマン全集を待望す」)

 このような関心を持つこと自体が私にはすごいことだなと思ってしまうのです。私は、「リトル・ドリッド」「エドウィン・ドルードの謎」「世の中」の3つの作品は読んでもいませんし、作品名すら知りませんでした。「ディケンズ全集」というものが刊行されていないのですから、私も「荒涼館」とか「デイヴィット・コパフィールド」は、上の全集で読んだ(「荒涼館」は筑摩でも「文学体系」ではなく、2段組みの文学全集だったと覚えている)のですね。あとは、文庫本やその他で読んだものだと思います。
 私はディケンズが特別に好きだというわけではありません。ただ、英語をやっている人が比較的接することの多い作家であることで「知らないとまずいかな」なんて思いで読んできました。私が英語ができるわけではないが、内容を知ってりゃいいだろうなんて思いだったのです。あるときにアルバイトで使った学生が、卒論で「デイヴィット・コパーフィールド」をやっていたというので、「読んでいて良かったな」と思ったものです。いろいろと話すことができたからです。なんとなく、私のもつ思いと、目黒さんのもつ本への思いも似たとこもあるのではないかと思ったところなのです。なんとなく、作品を楽しむとか、その作家が好きだということではない、こだわりなのですね。
 しかし、それにしても目黒さんの年間1000冊の量と私の300冊では、かなりな差があるものですね。悔しいのですが、「俺はその差700冊分を、大酒飲んだり、詩吟やっているんだぞ」ということで、自分を慰めています。(1997.08.15)

11032208 5月17日(金)の松戸自主夜間中学校のKAMOさんの漫画の授業のあと、柏の『平井食堂』で、当日漫画の授業の教材に使った沢野ひとしの漫画の話をしました。それで、沢野ひとしさんというのが、誰と結婚したのかというような話になり、私は小説ではこうだったけれどと『銀座のカラス』の内容を思い出しました。
 この中で沢野ひとしにあたる登場人物は、木村晋助にあたる人物の中学か高校の生徒会の同級生の女性と新宿のビヤガーデンで会い、一目惚れして、やがて結婚することになるのですが、KAMOさんの正確な情報だと、本物の沢野さんは同じ職場の女性と結婚するようです。「なんだ、あれも小説の中の出来事なのか」と思ったものでした。

書 名 銀座のカラス
著  者 椎名誠
発行所 朝日新聞社
1991年10月1日第1刷

 それで次の日の18日(土)に朝早くからこの本を読んでみるみる間に読み終えてしまいました。私は4年くらい前に椎名誠の本は40冊ばかり、ある飲み屋の女性に送ってしまいましたが、この朝日新聞社の本はまた私の兄からもらっていたのです。
 これは椎名誠の『哀愁の町に霧が降るのだ』『新橋烏森口青春篇』に続く3部作といっていい作品です。高校生からそのあとのバイト及び仲間で住んだアパート生活から業界紙に勤めて、次第に大人の社会へ出ていく椎名誠の姿が描かれています。
 私にとって、椎名誠はちょうど『哀愁の町に霧が降るのだ』の中巻で就職した「温泉新聞社」(これは実際に存在する会社名で、小説の中では別な名前になっている)に、ほんの少しばかりいた、言わば先輩になる方であり、非常に親しみを感じています。小説の中で、あれほど学生時代(椎名さんたちの生活が学生生活とはいえないかもしれない)に飲んでばかりいるのに、また社会に出ると、これまたとてつもなく飲んでばかりいる職場と同僚たちばかりだという姿に、私も「同じだな」とよくよく思ったものです。作品の中では、主人公たちがよく飲んでばかりいるわけですが、またよく働いている姿もよく見えるわけで、まったく同じだよなと思います。
 しかし、この3部作のどれをよんでも、なんだか「せつない」です、悲しいです。自分のあの頃が思い出されるからかな。少しも豊かではなく、毎日懸命に働いて、毎日飲んで、ただそれだけで日々が過ぎていった思いです。仕事が終わって恋人と会うのもけっこう大変でした。日曜日に彼女が来てくれたり、休みの前の日に昔の仲間と会えるのがなんだか安らぎでした。
 この『銀座のカラス』のあとの物語はどうなるのでしょうか。『岳物語』にまで至るのには、まだまだ時間がありそうだから、ぜひ続きの話を書いてもらいたいものです。いやもう書いているのかな。(1996.05.21)

fb414fb7.jpg 昨日私の妻が長女に家に行きました。孫二人が王子ばあばに会いたいのですね。それで喜んでくれたようです。私はその模様を聴いて、それこそ私が嬉しいのです。
 写真は本日10月30日の日経新聞朝刊の第二部の一面に載っていた椎名誠さんです。私は彼が好きで作品はほとんど(小説の場合)読んでいます。私は彼は温泉新聞という業界紙の先輩になるのです。伊豆のあるホテルのフロントで先輩の彼が来た集金のもよう(ただし、フロントの人は彼を有名な作家だとは知らなかった)聴かされたことがあります。(10/30)

はるかな湖
 私は椎名誠が大好きです。彼の本はかなりな量を読んできていました。ある飲み屋で、この椎名誠が好きだという女性がいたので、私は私も持っている本をすべて宅急便で送ったものでした。
 実は、椎名誠は私が新聞記者をやっていたことのある「温泉新聞社」にもいたのですね。ちょうど「哀愁の町に風が降るのだ」に、そのことが書かれています。そして、この絵本の原作は、私が「おじいさんの旅」を読んですっかりファンになりましたアレン・セイです。

書 名 はるかな湖
作・絵 アレン・セイ
訳   椎名 誠
発行所 徳間書店
定 価 1,600円+税
発行日 1998年2月28日初版発行
読了日 2007年10月31日

 この絵本の作品を読みまして、描いたのはアレン・セイなのでしょうが、絵に出てくるお父さんの顔が若いときの椎名誠にそっくりに思えます。不思儀ですねえ。そうなると、ここに出てくる息子は、岳クン(もうこの方は渡辺岳というカメラマンです)に思えてしまうのです。

 これは父親と一人息子とのいいお話です。いい絵本です。私は子どもは女の子が二人ですから、こんな男の息子との触れ合いの絵本を見ていると羨ましくて仕方ありません。もちろん、私は二人の娘とまたそれでものすごく愉しかったわけなのですが。
 こんな父親と息子だけの、ふたりっきりの湖を探り当て、その湖のすぐそばに居られるなんて、実に最高の時間を過ごせている親子だなあ、と思いまして大変に羨ましいとともに、私も孫を含めて、こんな瞬間を必ず獲得するぞと深く決意しています。

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