将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:構造改革派

11062905 私は昔から「緑の色」が好きではありませんでした。緑を象徴としている、環境保護派だの、エコロジストだの、「緑の党」などというのが嫌いだからです。この連中の先輩にもなる構造改革派も緑色が好きでした。私が大学に入ったころ、構改派が「平和のための水曜日の会」とかいう緑の旗をもってデモや集会に出てきたのを思いだします。
 私は仕事で企業のコーポレート・アイデンティティ(CI)を手掛けることがありますが、その中で、企業のコーポレートカラーやシンボルやロゴマークに使う色では、いつも緑は避けてしまいます。一緒にやるデザイナーが「周さんは緑が嫌いだっていったって、これは相手のあることで仕方ないの」なんて言ってプレゼンしてしまいます。結果は緑を使うことが多いのですが、どうも私はこだわってしまいますね。緑があんなに出てくることはないのだ。
 では私は色でいうと何がいいかっていうと、紅い赤ですね。日の丸の色、平家の旗の色、錦の御旗の色、ブンド系諸派のかぶるヘルメットの色ですね。
 やはり緑って色はなんだか嫌なんだな。結局樹木の葉の色や野山の色と、あの色としての緑が違って見えるからなのかもしれません。どうにもかのエコロジストたちがあの綺麗な野山や植物の色を自分たちの党派に利用するのが嫌なのですね。それで色としての緑は汚れて見えるのです。(1993.08.05)

11011409失敗の本質」に関係するかなということで、少し書いておこうと思います。できたらゆっくり、資料等あたりながらやるべきなのですが、そんな暇も時間もないし、少しアジりましょう。中途半端で終ることでしょうが。

 第2次世界大戦の性格を以下のように分析してしまう見方があります。

1.帝国主義戦争であること。
   すなわち、米英仏等もてる資本主義諸国と日独伊の持たざる資本
    主義諸国間の帝国主義戦争である。
2.民主主義勢力対ファシズムとの戦いであること。
   米英仏、そして中国等と社会主義国家であるソ連が連帯して戦っ
    たのは、相手がファシズム勢力だからである。
3.結果として植民地解放、民族解放の戦いになったこと。
   すなわち、日本軍等に抵抗した諸民族が結果として、再び西欧諸
    国の植民地に戻ることなく、戦後独立していったこと。

 こうした見解は教科書等でも一般的な記述だと思います。まあ、いってしまえば、日本の講座派的な歴史家が展開している見解だと思います。
 私は大学に入学して入ったサークルが歴史研究会で、そこはまたかなりな日本共産党民青勢力の拠点でもあり、第2次世界大戦についてはこの上のとおり、主張していたと思います。それに対して、構造改革派的な諸君は、この3つの点のうち、2番目を激しく問題点として、よく論争していました。何が民主主義勢力というのだということでしょう。日共は、第2次世界大戦を民主主義勢力の勝利ととらえることにより、日本戦後の諸改革を全面的に肯定していくわけです。まあ、「マッカーサー万歳」を唱えた日共諸君ですからね。
 馬鹿構改派が何をいおうと、日共諸君と何をいいあおうといいのですが、私はまったく見解を異にしました。

 そもそも、第2次世界大戦は帝国主義諸国間の帝国主義戦争でしかありません。教科書等々では、世界大恐慌に対して、英仏はブロック経済にて、米国はニューデール政策、ソ連は5カ年計画という社会主義政策でのりきったが、日独伊はうまく対応できず、それが日本の大陸侵略、イタリアのエチオピア侵略、アルバニア併合、ナチスの各侵略になっていくとされるわけです。
 私はそれに対して、日独伊および英仏そして米国等はすべて大恐慌をのりきることはできなかった(ただ本当はドイツだけは、たくさんの政策で、唯一恐慌を乗りきれた面があるかと思っています)。もはやこれらの国々は戦争という手段しかなかったのだということを主張しました。
 米国のニューデール政策など少しも成功はせず、米国は戦争という解決作をひたすら待ちこがれて求めていたというのが本当だと思います。ころごろ、どうやらこうした見解を証明してくれる数々のものが出てきたように思っています。米国が大恐慌からたち直るのは、日米開戦と独伊の宣戦布告以降です。
 ソ連に到っては、資本主義に少しだけ首をつっこみつつある、封建制の国家であり、これまた戦争のみ欲していたというところでしょう。また中国にしても、国民党、共産党問わず、日本との全面戦争のみ欲していたのは間違いないと思います。中国共産党に至っては日本に宣戦布告すらしています。
 もうすべての勢力が戦争によって恐慌から抜け出せる、あるいは勢力拡大ができると考え、ひたすら戦争に走っただけです。したがって、2.の「民主主義対ファジズム」なんて図式は少しもありません。スターリン主義(これこそが共産主義と言っていいのだ)がどうファシズムと違いがあるのですか。ソ連は第2次大戦で莫大な人的損害をこうむっているわけですが、ソ連国民を殺戮したのはナチスのみではなく、スターリン主義が第1のものです。実にソ連国民は、一番ソ連のスターリンによって殺害されていたのです。
 民主主義対ファシズムの戦いなら、なんでスペインフランコは堂々と生き延びていたのでしょうか。スペインのたくさんの労働者、市民を虐殺したのは、フランコファシストのみならず、ソ連スターリン主義も同罪ではないのですか。ソ連スターリン主義こそが、スペインの大勢の労働者・市民を虐殺したのです。いや、米国だって、英仏だって、フランコをそのままにしたのではありませんか。
 日本軍に一番抵抗した、フィリピンのフク団を、米軍は日本軍降伏後、マニラ郊外で大量虐殺しました。このどこが民主主義勢力なのですか。
 第2次世界大戦は、戦争にて全てが解決できると考えた帝国主義諸国の戦争でしかほかなりません。そしてその結果としては、英仏蘭等は、引続き民族解放の戦いに引き込まれました。日本軍と一緒に英軍と戦った、チャンドラボース率いるインド独立軍は、戦後もインド独立のための存在しえました(ボースそのものはそうできませんでしたが。これは私はたいへんに残念です)。

 私はこれが第2次世界大戦の本質であったと思っています。その中で、日本は弱い帝国主義国として、米英ソ連中国の思惑どうり、予定通り負けただけの話です。この本質を、では日本の政治経済の体制の問題として、あるいはまた思想文化の問題としてさらに検討していく必要があるだろうと思っています。その中からさまざまな日本の抱えていた問題の本質が見えてくるように考えています。(1994.09.13)

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