将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:武士道

201804020113041602  昨日13041601は休刊日で、この小説を読むことができませんでした。だから今日はとても嬉しかった思いです。だがそうした私の思いは、ただただ的矢六兵衛が江戸城を去るのだろうなとは予想できました。いやそれは誰もが同じでしょう。

「どこへ行くのだ、六兵衛」
繰り言ではなかった。ただただ別れ難いのだ。

もうこの加倉井隼人の気持が分かります。こう隼人は思うのです。

訓(おし)えられたことが多すぎる。そしてその訓えのくさぐさは、きっとこれからたどる人生の路傍にいっぱいの花を咲かせて、、おのれの苦を慰め、かつ正しき道標となるにちがいなかった。

そのあと隼人のいうことは実に分かります。

「のう、六兵衛。水臭いではないか。どうしてこのわしにすら口をきいてくれぬ。このまま黙して去るつもりか」
捨て子のようにべそをかきながら、隼人は息遣いの伝わるほど間近に寄ってようよう言うた。言いながら地団駄を踏んだ。

すると六兵衛は隼人を抱くのです。もう私はその二人の気持が分かり実に嬉しい気持です。そしてまた私は涙になるのです。

六兵衛は骨を軋ませて肯いた。
「物言えばきりがない。しからば、体に物を言わせるのみ」

嬉しいです。隼人の気持を思います。だが六兵衛がこれだけ喋ったのは初めてではないでしょうか。
隼人は、「これこそがみなの忘れていた武士道であった」と思います。私は武士なんて、心の13041409底から嫌いですが(大嫌いです)、この時だけは、この六兵衛と隼人の抱擁には嬉しくなります(この時代にこういう「抱擁」なんてあるのかなあ、とは思いますが)。
武士というものが、本当にいるのなら、武士道とかいうものがあるのなら、このときの抱擁の姿には、ただただ涙なのです。

続きを読む

d43545b4.jpg

 目森窟 MemorixこのUP がありました。読んでいまして、内容に頭にきていました。もちろん目森さんに腹をたてているわけではなく、こうした事実に対して私は昔から怒っていたものでした。
 具体的には、十字軍のときに野蛮な愚行を繰り返していてキリスト教のいくつもの騎士団と、イエズス会にも、そして日本の「武士」とかいう阿呆な連中に対してです。

 十字軍のときに、西欧の各国の軍団は、パレスチナにおいて、イスラム教徒を虐殺するばかりではなく、ユダヤ人も殺しまくります。堂々と、ユダヤ人の子どもを喰らった(これは本当に事実だよ。威張っていますよ)と書いています。また同じキリスト教徒だった、ギリシアの地を侵しまくります。彼らは、その歴史を今省みて羞しくないのでしょうか。
 また地中海のいくつもの諸島にも、この騎士団の土地が今でもあります。遠くロシアとバルト3国のあたりにも、彼らが作った国々が堂々とありました。

 そして私が大嫌いなのは、江戸時代に威張っていただけの何も働かない武士とかいう存在です。私はもう昔から大嫌いでした。今になっても、自分の祖先が武士だと威張っている人がいるのが私には、実に信じられないです。みな農民で必死に働いているなかから、源氏だ平氏だと、武家が出てきた時代はまだ許せます。でも江戸時代なんか、武家がさも偉いかのような錯覚をすべてに植えつけます。
 江戸時代は、時代が開始された頃から、ものすごく一揆が起きています。その動きを、少しは違う方向にもっていったのは、お伊勢参りなどの動きです。この多くの農民がお伊勢参りするときの勢いはものすごく、どこの武士たちも何も防げません。大坂を始めとするところにいる武士たちは、こんな嫌な百姓たちを大嫌いだったでしょうが、でも表面上は、彼らのごきげんをうかがい、ただひたすら彼らにこびへつらいます。武士たちは江戸時代を通じて、ずっと百姓を嫌い、恐れていました。
 私は私の先祖が、私の祖父祖母が、その父親母親、そのまた父親母親たちが武士ではなく、百姓だったことがとても得意であり、嬉しいことでした。

武士道が日本人の心だなどというデタラメを言いたがる馬鹿者は、目先のいくさに勝つために、人を売る精神性が日本人の心だと言っていることになります。

 まったく、その通りです。私は一貫として、「武士道」なんて言葉が嫌いですし、そもそも、そんなものがまったく好きになれません。宮本武蔵の「五輪書」はいくら読んでも、「何がいいの?」としか読めないし、「葉隠」は私は好きな書物ですが、読んだところ、いじいじとした武士が、少しはそれでも生き延びようということを書いたものにしか思えません。

 私の父も、私の双方の祖父も、300年500年の昔は、どこかで戦っていた武士でもあったとはいいましたが、江戸時代は、ずっと百姓で働いていた先祖たちに誇りを持っていました。
 そんな私の一族が私は好きです。武士なんて、私は少しも好きではありません。格好悪くていやですよ。

 でもねえ、今でも私より若い人でも、「自分の先祖は武士だ」なんて誇りを持っているらしく言うのを見ると(実際にそういう人はいるんですよ)、もう実にばかばかしくなってきます。

    『「新版 雑兵たちの戦場」を読みました』 の2 へ

続きを読む

↑このページのトップヘ