将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:歴史を流れるようにする

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 歴史的に言えば、現在のアメリカでもヨーロッパでも、先進資本主義というのは相当末期的な様相を呈していると僕は思います。うんと知恵があって欲が少ない金融資本家とか産業資本家が世界中にいたとしたら、資本主義のこれからの運命についてとことんまで考えて対策を取ると思いますが、今は何も対策を取っていないでしょう。(「よせやぃ。」『歴史を流れるようにするとは───第四回座談会』)

 こうして「末期的」とまで言われてしまうと、その時代に生きている私たちはどうしたらいいのだろうかと思っていまします。とにかく、この時代を見つめ、その中でなんとか路を見つけていかないとなりません。実にしんどいことがずっと続くのですね。仕方ないのです。この時代に生きているのですから。

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 人間の生涯は一〇〇年足らずだけれど、時代はどこまでも続いていくわけですから、一〇〇年足らずの間にこういう考え方をしていけばいいんじゃないかとか、将来こうすればよくなるんじゃないかということを考えて、常識的なものと、あるいは世間一般の世論とあまりにも食い違う時代情況のときには、知らん降りをしているのがいちばんいい。それで三人でも五人でも、自分たちの中でちょっと理想的だぜというものを構想していけば文句を言われる心配はない。僕はそのように考えます。
 ときどき偉そうなことを言って、「これはしまった」と思ったり、いろいろ反省したりしていますけれど、今のところはそういう感じじゃないかなという気がします。細かいことを言い出すと、細かい反論がいくらでも出てくると思いますし、それは妥当な反論だというものもたくさんあると思います。ただ、大筋と言ったらいいんでしょうか。ここが根源だというところだけは、ちゃんと押さえていけばいいんじゃないかと。
(「よせやぃ。」『歴史を流れるようにするとは───第四回座談会』)

 私は自分でここが根源だと思うところは押さえているつもりではいます。ただし、それが正しいかどうかは判らないことなわけです。でもとにかく、これが根源だと思うところはいつも押さえてきたつもりではいます。

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 産業が歴史的に動いてきて、ハイテク産業で停滞して終わってしまうかというと、そうではなくて歴史的に発展してきているということは依然としてあって、その延長線で発展していくに決っているわけです。そしてやがては、現在考えられているハイテク産業以上のものができるに決っているけれども、同時に現段階ではハイテク産業が自然産業に大量に使われていくことも決っている。
 それが今後どうなっていくかということについての構想力というか、配慮というか、僕の文学上の言葉で言えば、「自己批判をどこかに含んでいる」という言い方をしますし、フーコーみたいな哲学者は「自己への配慮」とか「主体への配慮」という言葉を使っています。いわゆる主体性ということで、「産業は儲けることばかり考えていたら済むというものではない、利潤以外のものとして、自分への配慮を考えなければ、産業なんか発達していかないよ。発達した産業の構想力は持てないぞ」と言えるようにするべきだし、言うべきである。そう考えるべきである。こういうことが現実に出てきたことを意味するんじゃないでしょうか。
(「よせやぃ。」『歴史を流れるようにするとは───第四回座談会』)

「自分への配慮」とは、たしかにこの通りだなあ、と深く考えます。このことが判らないと、たしかに「肉体労働と精神労働」は別なものだと思ってしまうことになるでしょう。このことを現実に深く理解して生きていきたいと私は考えています。

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