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 年を取ったから死ぬというのじゃなくて、事故で死ぬことも、病気で死ぬこともある。だから死というのはいつ、誰が、どう死ぬか、そんなことはわからんのだと。親鸞はそれに気が付いて、そこまで認識を深めたわけです。
 死は別物だ。人間の生涯の中には入らない問題で、生きている限りは生きていて、やがては死に至るんだけど、死は人間の個々の人が関与する事柄では全然ない。どういう病気で、誰が、いつ死ぬかわからない。そんなことは考えてもしようがないから、考える必要はない。臨床的にもそうで、死は別系統だ。他人にはあるか、近親の手にあるか、医者の手にあるか知らないけれど、自分の手には入らない。
(「よせやぃ。」『人間力について───第二回座談会』)

 もう私も59歳で、いよいよ来年は還暦です。自分の親族だけでなく、友人や知り合いでも、けっこう死に接することが実に多くなりました。また今は12月です。喪中の葉書をたくさん受けとったものです。こうして死が実に身近なものになってきているわけですが、でも以前として「死」のことは判りません。ただ、死は別系統のものだということで、そのことはよく理解でき、なんだか少し落ち着いている私がいます。

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