将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:母たか子

6add4420.jpg 昨日9日は、私の母たか子の一周忌でした。それで、前日の8日に、草月黒松を買ってきました。翌日9日は、朝8時44分に王子駅の電車に乗りますから、8日に購入したのです。それで私が8日の午前にお店に行ってきたのです。この日は、もういくつもの買い物で王子を走り回っていました。
08080802 そして私のいる部屋が一番寒い部屋ですので、ここに置きまして、妻が翌日9日の午前11時30分からの北柏味すゞでの食事会に持ってきてくれました。
 でもこの東十条の草月黒松ですが、私のところから自転車で10分かからない近さなのですね。
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 さて湖北の正泉寺から、藤代の佐貫新川へ向かいます。12時15分前くらいに出発します。道はそれほど混んではいません。12時15分くらいに着きます。
 母の実家には大きな池がありました。でもそれはもうないのです。家もすべて建て替えられていて、すっかり綺麗になっています。ただし、造りが前の建物とそっくりに作ってあります。
 私の母たか子の実家の当主は、私の従兄になっていまして、でも彼はけっこう癌で何度も入院しているのです。その病気見舞ということで、私たち我孫子の3兄弟が来たのでした。彼は昭和13年生まれですから私よりも10歳上です。彼の弟もわざわざ埼玉県深谷市から来てくれていました。彼は昭和16年の生まれで私の兄莞爾が昭和17年2月生まれで、ちょうど私の兄がよく可愛がってもらったものなのでしょう。
 それと四女の由紀子さんも来てくれていました。彼女は昭和22年生まれなので、私より1歳上です。いつも私と弟も夏休み等に、この母の田舎に来ますと、いつも優しく迎えてくれました、優しい綺麗なお姉さんでした。
 さて、ここで、昭和41年に亡くなりました、三女節子の残してくれた横田家の系図を見せてもらいました。このことは「横田家の歴史」に、その冒頭のみを書いてあります。
 それを読みながら、お話しながらの食事になりました。私の兄からは、母たか子が亡くなりまして、その相続の手続きが終了したことの報告があります。
 みなでビールを開け、私はお酒も飲みますが、私の弟は車を運転しますから、飲みませんし、もう誰も昔のようにたくさんは飲みません。時間が大変に変化し、誰も身体の具合が変わってきていることを感じます。
 思えば、まだ孫の世代でありました私たち従兄弟同士が、みなそれぞれが孫の居る時代なのです。
 私たち3兄弟は午後2時30分には、ここを辞去しました。もちろん、その間、この家の現在の御当主のお父さん(私の伯父、母の兄貴)ご夫婦と、私の祖父祖母、そして私の従姉の節子ちゃんには、お線香をあげました。

 かくして、また弟の車で我孫子まで帰ります。また私は我孫子の自宅に戻りました。そこでまたかたづけを続けます。でも何故か少し綺麗になっています。私の妻が来てくれていたようです。さてしばらくして、王子に帰ることにします。
 実は、母の実家でお米を10キロお土産にくれていたものですから、それが重いのですが、それを持って王子まで帰ります。

 ひさしぶりに従兄弟たちに会えて嬉しい思いでした。今度あの家に行けるのはいつのことになるのでしょうか。
 きょうも、我孫子の自宅へ行ってきます。そこで妻と落ち合って、部屋のかたづけの最終的な打ち合せをします。あとは、ゴミと資源と雑芥をどういうふうに処理するかを決めるのです。

 2008年3月20日 へ

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