将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:毎日新聞

1112070111120702 吉本(吉本隆明)さんに関しての記事が毎日新聞にありました。どういうわけか私のまわりにいる人はみんな私にこれを教えてくれました。

[コーヒーブレーク]吉本隆明、吉本ばなな親子の色紙
                     93.03.08  東京本紙朝刊 8頁
 東京・千駄木。都立駒込病院の前に「ストレル」という小さなケーキ屋さんがある。一九五八年開業。「わが町のケーキ屋さん」として地域の人に長く親しまれている。評論家の吉本隆明さん(69)も、その一人だ。
 「お父さんは自転車に乗って、ばななさんも前は犬の散歩の途中によく来られましたよ」という。「ばななさん」は、むろん、二女で作家のばななさん。
 「ストレル」の店内に色紙が張ってある。横長の一枚の右側に、
  対の幻想  共同の幻想
 そして、左側には、
  ストレルのエクレアは絶対世界一だ!!!ホントデスヨ
 「ご近所のよしみ」で、隆明さんとばななさんが寄せてくれた。もちろん、右が隆明さん、左がばななさんのものだ。
 「お父さんの方のは、どういう意味なんでしょうね。聞くのも変ですしね」
 ばななさんの「キッチン」がアメリカで評判になっているという外電記事が、つい先ごろ出ていた。英語のほか、すでにイタリア語・ドイツ語・スペイン語・オランダ語・韓国語に訳されているという。アメリカでは一月中旬に発売され、西部ではベストセラーの八位になったそうだ。初版四万部に加えて四万部を増刷したというから、すごい。
 ところで、お父さんの方の著作が翻訳されたという話は聞かない。翻訳するにも、ちょっと難しいのかも知れない。毎日新聞社

 え、いいなあと思いました。私も色紙がほしいなあ。でもこのケーキ屋へいってみよう。写真撮らせてくれるかな。私はどうせミーハーなんです。
 でもばななはまったくばなならしいですね。そして吉本さんは面白いな。ちょっといたずら気分なんでしょうね。

  対の幻想  共同の幻想

というのはケーキの何なのかな。

 先日次のようなニュースが目にとまりまりました。

井奥貞雄・衆院議員、我孫子市に“圧力”−−「献金元」所有地の開発事業
11120303    97.11.06  東京本紙朝刊 27頁 社会 写図無 (全845字)
 井奥貞雄衆院議員(比例代表南関東、自民)が、国土政務次官当時の今年2月、千葉県我孫子市内の宅地開発に伴う道路拡幅で、業者の主張に沿った取り扱いを求める電話を市幹部にかけ、市が従来の姿勢を一転させていたことが5日までに明らかになった。開発予定地は井奥議員の有力後援者の所有地。同議員は「支援者から依頼されて口を利くのは当たり前。圧力はかけていない」と話している。
 開発予定地は同市根戸の約2000平方メートル。関係者らによると、東京都内の住宅会社がこの土地に15棟の宅地造成を計画。昨年11月に市に計画を提出した。市の宅地開発指導要綱では「開発区域内の道路は区域外の幅6メートル以上の道路に接続させる」となっているが、計画では道路幅が5メートルだったため、市は業者に幅6メートルにするよう指導した。
 しかし、住宅会社は「要綱には『5メートルでも可能』と解釈できる条項もある」などと主張。今年1月には、住宅会社などから依頼を受けたとする同市の市議(60)が計画通りで許可するよう求めたが、市は拒否した。
 2月になって井奥議員から市幹部に数回、電話が入り、今後、道路反対側の土地を開発する際にもう1メートル拡張する案を示し「この方法でできないか考えてやってくれ」と再考を求めた。
 市は5月になってこれまでの立場を一転させ、要綱の「開発規模などでやむを得ない場合」という特例部分を適用し住宅会社などの主張を認めた。
 方針変更について同市の福嶋浩彦市長は「国会議員の口利きで認めたわけではないが、要綱自体にあいまいな部分があり、結果として業者の言い分を認めた。業者には今後も道路幅6メートルとするようお願いする」と話している。
 開発予定地を所有している同県松戸市内の会社社長(67)は昨年度だけで、経営する7社から計350万円を井奥議員の政治団体に寄付している。
 井奥議員の話 支援者から依頼され口を利くのは地方議員でも国会議員でも当たり前のこと。「できるかどうか考えてくれ」と言っただけで、圧力をかけたことはない。毎日新聞社

 これは毎日新聞でしか報じられていません。私がなにげなくこのことを発言したところ、私の関係するクライアントで大きな話題になりました。もうこれで、5メートルの道路幅でOKということになってしまったわけですね。みなすべて、これで開発が進むことになるでしょう。事実、もうそれで進んでいますよ。
 国会議員の「圧力」というよりも、我孫子市のミスといったほうがいいでしょうね。でも、そのミスを国会議員からの電話がなかったら認めなかったわけでしょう。
 私などは今までけっこう我孫子市にいくつかのことを言ってきましたが、どうしてもあの役人さんたちは認めてくれなかったものです。なんか面白くないですね。

11102507 2002年4月7日より、毎週日曜日吉本さんの「現代日本の詩歌」という連載が開始されています。

11073003 本日「柏市民ネットフェスティバル」です。私は元田東野「芳山楠帯刀歌」を詠います。今朝さきほど練習しました。妻が「あなた酸欠で倒れないでよ」といいます。本当に練習不足だなあ。私の披露する詩は「周の漢詩入門」で紹介解説しております。
 26日の毎日新聞で、13日のここの欄で紹介しました「1968年」の全面広告がでます。そこに私のホームページのURLが出るそうです。これは愉しみです。そういえば、昨日の松戸自主夜間中学校で毎日新聞の記者の方が来ていました。(10/24/98 10:21:57)

11051005 明日(9日)は、松戸自主夜間中学で和尚さんのパソコンの授業がありますが、その夜間中学で中心に活動されている藤田先生が毎日日本教育会館にて行っている活動を紹介した記事が6日の毎日新聞に載っていました。
 ここはゴトさんがもう何度か取材にいっているところです。私もときどき自転車で近くを通るのですから、そのうちに寄ってみたいと思っています。

[教育]登校拒否などの悩みをファクスでも受け付け−「親と子の教育相談室」
                     93.04.06  東京本紙朝刊 17頁
 勉強や登校拒否問題、子育てなど、子供の生活全般にかかわる悩みの相談を、約十二年前から受け続けてきた「親と子の教育相談室」(東京)が、電話やファクスで相談に応じる態勢を整えた。
 これまで手紙と電話で相談を受け、後日に相談委員の助言を手紙で送る方法をとってきた。即応できる態勢が整ったことで悩める親子の心強い指針として期待されている。
 相談室は一九八〇年暮れに「困っている相談者に寄り添い、ともに悩み、ともに考え、誠実で面倒見のよい相談室であること」を基本に日本教職員組合、国民教育文化総合研究所と日本教育会館が共同で設立した。さらに寄せられた相談の教訓を学校現場で生かす目的もある。相談委員は教育学の大学教授や学校現場の経験者らの専門家が当たってきた。
 当初は手紙による相談を基本にスタート。電話でも受け付け、ケースによっては面接にも応じていた。しかし、受けた相談を相談委員に回し、助言を手紙で返送するため、せっかくの助言が遅れがちだった。
 これまで約三千件の相談を受けてきた。内容は、当初は子供の非行問題が主流だったが、現在は登校拒否が最も多く、次いで進路・進学問題、生活全般のくずれ、成績・勉強、学校批判など。
 登校拒否の相談例では、子供が前の晩に時間割などを整えているが、朝になると玄関を出られない。学校に行かなければ、という自覚、義務感はあるが、行こうとするとはき気や頭痛などを起こしてしまう。「今日は行かなくても良いよ」と言ってやるとホッとした表情を見せる。しかし着替えた制服が脱げないまま、というケース。また、暴力を振るわれ、いじめられている友達を助けてやれなかったことから自己嫌悪に陥って登校拒否になった例など相談の内容は多様。
 藤田恭平室長は「教師の暴力など、本人のプライドや尊厳を踏み付けるような場合、子供にはいやし難いものを残す。人間不信に陥っている子供には、内面を回復してやらなければいけない。家の中で、親がその子をまるごと受け入れてやることです。不登校は不道徳でも病気でもないのだから、責めないでほしい」と言う。
 電話とファクスを備えた態勢では、月曜から金曜の午前十時から午後四時まで相談委員が交代で待機。相談委員は▽宇野一・大東文化大学講師(教育学)▽鈴木喜代春・日本児童文芸家協会理事▽小沢牧子・和光大学講師(臨床心理学)▽田中喜美子・児童教育研究家▽藤田恭平室長をレギュラーに、専門の児童精神科医も加わる。相談は無料で、個人の秘密は厳守する。手紙相談も従来通り受け付ける。
 電話は03・3234・5799、ファクスは03・3234・4110。手紙相談は〒100東京都千代田区一ツ橋2の6の2、日本教育会館内・親と子の教育相談室。   毎日新聞社

 これまで3千件の相談を受けてきたとありますから、できたらこれをデータベース化できないのかななんて思ってしまいます。私たちのネットの「ゴトさんのTR通信」はいまのところこのネットにアクセスしてもらえば、だれでも見ることはできるわけです。このTR通信ももっと多くの人にみていただきたいし、藤田先生のおやりになっていることも、もっと私たちがみていきたいものだと思います。
 データベースといったって、ようするにそれらの相談ケースを、プライバシーを侵さないような形で私たちが見られるならと思うのです。もっともっと知れば、少なくとも今よりはほっとできる子どもや親が出てくると思うのです。

 パソコンの中を整理していたら、次の☆☆☆で挟まれた私の文章が出てきました。これは2005年の毎日新聞を読んだときの記事内容ですが、さらに私が書いていたのは、もう30年以上前のことです。

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 4日の日に新聞を見て、「これは何だよ、馬鹿じゃないか」と思いました投書がありました。朝刊の13面の「生活 いきいき 家庭」の面です。

 電磁波くさい             (毎日新聞2005.01.04朝刊13面)
 趣味を聞かれたら読書と答えていた私だが、最近本を読んでいないことに気付き、これではいけないと本棚から「次郎物語」を引っぱり出して読破することにした。なにしろ5部から成るから読み応え十分。以前読んだはずなのに内容を全く覚えておらず、もう夢中になって読んだ。そうして私はあることに気付いた。今の世の中、この小説に出てくるような人間くさい人っていないものだなあと。当たり障りなく付き合う人はいても、その人を深く知りたい、または知ろうとする人はいない。何かを熱く語れば妙にさめた目で見られるし、火の粉が飛んでこない限りひとごとと割り切って、何事にも無関心な人の多いこと。
 今増えてきたのは……電磁波くさい人だろうか。パソコンやケータイは自分の一部、それがないと自分の生活は成り立たない──そんな人たちが世間から「良い人」と扱われているような気がしてならない。「すみません」とか「失礼」「ごめんなさい」、こういう言葉がだんだん聞かれなくなってきた。寂しいことだ。「次郎物語」の時代より現代の方が何もであるのに、人の心は広がるどころか、かえってしぼんでしまったように思える。 電磁波くさいだけだと人としての温かさが消えてしまう。新しい年は人間らしさを大切にして、日々過ごしていきたいものだ。群馬県新田町・松崎由美(家事手伝い・40歳)

「パソコンやケータイは自分の一部、それがないと自分の生活は成り立たない─そんな人」って、これは俺のことじゃないか、と言う思いですね。ただ、そういう人だと、「人としての温かさが消えてしまう」と言い切ってしまうのは何なのでしょうか。もう「馬鹿じゃなかろうか」としか思いません。この女性がいう「こういう言葉」なんか、私は普通に使っていますよ。
10110512 それと言っておくけれど、私が『次郎物語』を読んだのは中学2年生だけれど、内容は詳しく覚えているよ。
 私が昔進学教室をやっていたときに、ある国語の時間に、中2の男の子がこの「次郎物語」を全部読んだという話をしました。そうすると、そのときの国語の担当の先生が、

 あれは、ものすごく長い小説だぞ、お前なんか読めるものか

などといいました。この先生は、私がある人に頼まれて雇った人で、その頃から今もいくつもの本を出している文芸評論家です。でもその中2の子は、全5巻ちゃんと読んだことをいいますと、

  あんな長いの読んだのか。でもとにかくくだらないつまらない小説
だよ。読む必要なんかないよ。

 私は隣の事務室で、この会話を聞いて、「これはまずいな、あの子が気づついちゃうじゃないか」という思いで、そのあとの休み時間のときに、彼のそばへ座って話かけました。彼はさすが元気がありませんでした。

『次郎物語』の次郎のお母さんの名前、何だった。覚えていないか。
「お民」という名前だよ。あの育ての親の名前は? 「お浜」だよ。

 何でそんなに覚えているんだという問いに、

 私も読んだのは中2の時だった。長い小説だけれど、かなりあれ
に影響を受けてね、それでそのあと、『歎異鈔』を読んだものだよ。
今でも内容を忘れられない好きな小説だよ。

と答えたものでした。これで彼は、少し安心したはずです。なにしろ、「次郎物語」を読むことを理由もなしに、頭から馬鹿にされてしまったのですから。そしてこの子とはずっと私はつき合いまして、今年も子ども二人の写真入りの年賀状を送ってくれました。
 就職が決まった頃、私の自宅へ来てくれたのですが、そのとき、上のエピソードを話しますと、彼はよく覚えていました。そして、「あの先生がどんな有名な評論家でも、絶対に信用しない、できない」と言っていました。
 そして、今話してしまうのは、少し羞しいのですが、私は本当に「次郎物語」が好きなのです。
 それなのに、内容をすっかり忘れ果てて、そして40歳になって、読み直して、その読み直した自分こそが「人間らしさを大切にして」いるようなことをいう、この女性は実に傲慢であり、ただの馬鹿でしかありません。パソコンや携帯をおおいに使おうがなんだろうが、『次郎物語』を読むこととは関係がありません。
 しかし、今もこうした馬鹿がいるんですね。少しはパソコンでたくさんの情報を手に入れ、携帯でたくさんの友人たちとメールしてください。それこそが「人間らしい」ということですよ。 (2005.01.10)
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 私がここに書いた生徒とは、今も付き合いがあります。もう子どもがいて、その子どもたちと奥さんを置いて、仙台に単身赴任しています。
 ここに書いた文芸評論家は、今はある有名大学の教授です。そして相変わらず分厚い評論本を出しています。
 でもその彼は今もパソコンもケータイもまともに使えないでしょう。私よりも年下なのに情けないです。まあ、『次郎物語』も読んだことのない人なんて、私には話にならないです。
 でも問題は、この毎日新聞に書いていたこの女性です。私のように、パソコンやケータイをおおいに使っている人は、「電磁波くさく」て、駄目なんだ。でもこの彼女は、もう昔読んだ『次郎物語』の内容を忘れてしまっているのね。実に情けないです。
 そして私はパソコンもケータイも大いに使ってきましたが、

   http://sites.google.com/site/kumowaza2/ 蜘蛛業

にも書いていますように、本もパソコンと同じように読んできていました。こういう人を「電磁波くさい」とか貶して(どう読んでも貶していますね)いう女性は、私よりも17歳くらい年下なのに、こんなひどさです。
 こんなお馬鹿はもう話になりません。

 目森窟 Memorix でこのUPがあります。

http://blog.livedoor.jp/kozymemory/archives/51345152.html
                         吉本さんの「太宰の場所」

 昨日の夜に目森さんからメールがありまして、この毎日新聞の記事を早速読んだものでした。そして目森さんのブログも読みました。

4e936b3b.jpg 太宰は抜群に文章の巧い作家で、戦前なら、1、2を争う人でしたし、戦後も、彼を抜いた人はいません。
 太宰の「軽さ」を別の角度から言うと、無一物の文章だからだと感じます。何も背負っていない。偉いとか、偉くないとか、そういうものがない。それは、生活的な場所での上昇がないという事で、生活はするのだけれど、理念的には生活がない。そういう「軽さ」です。
 そこで変幻自在さを獲得していて、時代劇で例えると、ふらりと出てきた着流しの浪人が、スパスパと腕が立つのだけれど、結核病みか何かで、酒をあおりながら、ゲホゲホして、途中で死んでしまう。
 その剣技の軽さを感じます。
 吉本さんは、本当に良いことを言っています。

 これだと、天保水滸伝の平手みきの感じですね。でも知っていれば、すぐにこの新聞(私はときどき吉本さん関連の新聞記事があると新聞販売店に手に入れに行きます)を買いに行っていたのでしたね。あ、でも、目森さんも知らなかったようです。
 やっぱり太宰はいいですね。私がいわば一番好きな作家かなあ。

 でも目森さんが迷惑なくらい長く電話で話してしまいました。

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 この王子に住みだしてから、ずっと日経新聞を読んでいます。義父が長年購読していたからです。私は我孫子では、ずっと毎日新聞を購読していました。いや、もう私は毎日新聞のみを長年購読してきていたものでした。
 御茶ノ水の事務所では、日経産業新聞をとっていました。一時は日経流通新聞と日経新聞もとっていましたが、やはり日経産業新聞のみが面白くて、それだけにしていました。
 ところが、今朝は朝日新聞が入っています。なんでだろうと思いまして、とにかく販売店に電話しました。そうすると、販売店は、日経と朝日を取り扱っていたのです。すぐに来てくれました。私は朝日新聞は読む気が全くしないので、そのまま返しました。雨の気候のため、みな雨よけのつつみに覆われているのです。

 しかし、今の若い世代は新聞をまったく購読しないので、私なんかには不思儀な感じです。でももう、そういう時代なのですね。

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『続いている「絵本の会」』に、ナミちゃんが次のコメントをくれました。

1. Posted by なみんと    2007年12月13日 00:15
周さん!今晩は。いつも私のブログを読んでくださり有り難うございます。ブログを始めて・・丸七ヶ月が過ぎ相変わらず楽しくやっていますよ。書く事が楽しくて・・書きたいことが沢山!です。
周さんにはいつもトラックバックをしていただき嬉しく思っています。また皆さんからのコメントでとっても勉強になる事が多くてブログを勧めてくれた周さんに感謝です・・本気ですよ<笑>
絵本の魅力を知っていただきすご〜く嬉しいです。
あの時の記者さんは周さんのお友達だったんですね。

 コメントをありがとうございます。たしかにナミちゃんのブログはコメントが多いですね。私はコメントというと、どうしてもわずかな量しかかけないので、ナミちゃんのところへも、少ししかしていません。でもトラックバックなら、自分のところで好きかってに書けるので、どうしてもトラックバックのほうがやりやすいのです。
 ただ、私のところは見てくれる方は確実にいるわけですが、コメントはどうしても少ないのですね。これは私が魅力あることを書けていないのだと思って、日々反省しているところです。
 そういえば、きのうもあるところで、ブログで何をUPしたらいいのか、という話をしていました。別に自分が面倒だという方法でやることはないのですよ。私はいっそ、「ここのある商品をすべて毎日デジカメ写真で紹介していったらいいのではないかなあ」とお話しました。その画像と名前をあげるのは、そんなに面倒なことではないはずです。

 私も絵本を読むことを知って、大変に嬉しいです。私がほとんど知らなかった世界でしたね。もっと読んでいかなければなりません。そして私の孫のポコちゃんが、もう少し大きくなると、実際に絵本を見て読めるようになるでしょうから、私も一緒に仲良く愉しく読んでいけます。

「あの時の記者さん」というと、まずナミちゃんを最初に記事にしたのは、朝日新聞ですね。あの記者もお会いしてことはありますが、彼は、どうしてもパソコンが嫌いで得意でなく、やがて新聞もすべてパソコンで書いていくようになるというのを嫌がっていました。だから、そんなパソコンを使う世界ではなく、「絵本を読む」ということを紹介したいという思いが強かったようです。私が実に仲良かったのは毎日新聞の記者です。彼もナミちゃんを取材に行ったことがあるかと思います。
 この毎日新聞の記者さんとは、実に仲良くなりました(いえ、実は私と殴りあったこともあるのですが)。この方はそののち長野県に転勤になり、そして今は千葉県に戻ってきています。自宅は今は、千葉市です。
 この毎日新聞の記者が、私に松戸自主夜間中学を教えてくれて、それで私はそもそもそんな存在をまったく知らなかったわけで、すぐにその松戸自主夜間中学校へ、友人の和尚さん(これはハンドル名です)と一緒に行きました。そしてその行った日の翌週から、彼と二人でここで、パソコンの授業を1カ月に一度担当するようになりました。それが何年続いたでしょうか。けっこう長く続けたものでした。
 何人もの生徒たちの前での、パソコンの授業ですから、みんなが興味を持つようにと、Netmeetingをやりまして、海外の人たちとの会話(無料の電話と考えればいい)もけっこうやりました。その授業でパソコンを自作することもやりました。
 けっこう新聞の取材、テレビの取材を受けまして、私の顔をテレビで見たというので、連絡をくれた昔の友人も何人もいます。私とパソコンというのが、どうにも理解しがたいようでしたが、まあ、思えば仕方ないですね。

 思い出せば、たくさんのことがあったものでした。

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