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 3面の「『遠野物語』に現れる相異なる柳田国男像――民俗学と経世済民の学のはざまで」を読んで、私にとって実に親しい思いのする柳田国男が、「これでは私には少し遠い人に思えてしまうな」という思いでした。

新聞名 図書新聞第2891号
発行所 図書新聞
定 価 240円
発行日 平成20年10月25日
読了日 2008年10月18日

 ここでは2冊の本の紹介があります。

 「鶴見太郎『柳田国男入門』」 角川学芸出版
 『藤井隆至「柳田国男――『産業組合』と『遠野物語』のあいだ」日本経済評論社

 鶴見太郎の本は次のように言われています。

 この『遠野物語』ほど素材として扱いにくく、特異な位置を占める書はないという。なぜなら、「物語」と銘打たれているからであり、柳田が書いた農政学の論考はもとより、後に書き継がれた民俗学の著書と同じ目線で論じることが難しいからだ。
 柳田が佐々木喜善のことばを「感じたるまま」に書いたこの物語は、『柳田国男入門』が指摘するとおり、遠野郷に昔から伝承されてきたものであり、すでに『遠野物語』として書かれる前から「“原・遠野物語”ともいうべき民譚」が伝承されていた。柳田はそれを、虚飾ない文体で書いた。
 それは、「近代の道徳という暗黙のうちに設けられた尺度」から離れることによって、つまり対象をいたずらに分析するのではなく、「感じたるまま」に記述することによって生まれた物語だった。「ザシキワラシ」や「オシラサマ」などの怪異な現象に目を奪われてばかりいてはならない。実はそれらの多くは、ここにしるされた遠野の地勢や地名の由来、家の間取りなど、日常生活に関する記述のはざまに配置されることによって、はじめて鮮やかさと奥行きの深さを増すからである。
 つまり、近代の分析的な方法によって内面をえぐることなく、「感じたるまま」を書くことによって、かえって深い人間観察を可能にするものだった。柳田は「怪奇譚」を聞き書きしたのではない。それは遠野郷という「大海」のような日常を書くなかから、ふいに表れてくるものだった。近代の道徳意識というフィルターをとおして怪奇譚をつかみ出すのではない。柳田によって書かれた物語が、近代の道徳意識では説明できない、怪異なものの潜む遠野郷の日常
生活だったのである。

 藤井隆至は、次のようだということです。

 柳田の『遠野物語』が農政学、とりわけ協同組合論の人間的基礎を追究する過程で生まれた「人間研究の書」であったと述べる。つまり、『産業組合』と『遠野物語』を同じ目線で論じ、柳田が協同組合の思想家であり、日本人における自助と協同の精神を研究するため、その基礎となる人間学を深化させる過程で生まれたのが『遠野物語』だったという指摘だ。
 それは、「若いときの柳田は協同組合の研究をしていたけれども、途中で方向転換して民俗学を開拓する方向に向かったと整理する」ような、従来の捉え方とは異なる「深化説」である。実際、そのことは折口信夫も悟っていた。つまり、柳田の学問を「ふおくろあ」として理解しながら、その理解では把握できない学問すなわち経世済民の学が、「ふおくろあ」の地盤になっていることを見てとったのである。
 それゆえ、『遠野物語』を怪異譚と規定するのは正確でないという。柳田はこの物語を書いたあと、『時代ト農政』を刊行するが、そこでは協同組合の人間的基礎が重要であると繰り返し主張していた。その意味でも『遠野物語』と『時代ト農政』は連続する関係にあり、前者が示した人間学的な基礎の上に、後者の農政学が展開されていったのである。
 自助と協同を説く柳田の経世済民の学は、『遠野物語』人間学を基礎にしていた。それでは、銘打たれた「物語」とは何か――。この問いに対して、『柳田国男』はこう答える。すなわち、柳田は佐々木喜善の話を聞き書きしたが、「感じたるまま」に書き写した聞き書きしたというにはかなり特異であり、そこには著者・柳田の存在があった。彼は人間生活を「スケッチ」する方法で物語を書いたが、それは「霊」を感じつつ生きる人間を「スケッチ」することだった。
 人間生活を観察するためのそうした方法論を、柳田は西欧文学の研究を通して得た。『柳田国男』によれば、『遠野物語』を読むときに、柳田が法律の専門家であったこと、そしてこの物語が人間生活誌として書かれていることを念頭に置く必要があるという。それを踏まえて『遠野物語』を読めば、「怪奇譚を多く収録した人間生活誌」であることが分かると。その怪奇譚は、遠野郷の人びとの日常から生まれたものだが、柳田は、怪奇譚を生み出した人間の根源にまでさかのぼり、「前代」の人びとの畏怖や不安といった宗教意識を解明したのである。
 それによれば人間は、人知を超えた自然の力を畏怖し、日々の天候に不安を抱きながら、生活を営んできたが、そこに怪奇譚が生まれた。『遠野物語』は、そんな人間の精神を「スケッチ」した物語である。そうしてたどり着いた人間学的基礎の上に、柳田は自助と協同という、人と人との結合原理を確立することをめざしたのである。

 いや、こうして書いてみますと、私の理解が少しは深まる思いがしました。あとは本を手にして見ることですね。
 高校時代、部厚い「柳田国男全集」のいくつかを手にしていたことを思い出します。それと「折口信夫全集」も読んだものでしたね。私には、折口信夫さんのほうが読みやすかった思いがあります。あのとき、「口訳万葉集」や神道に関する本を読んでしまっていたことは良かったなと、今になって思い出しているものです。

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