将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:江分利満氏の優雅な生活

12092417 このポメラをパソコン上でもよく付け加えます。そうして、いつも読み、書いているのです。

2012/09/25 07:56またリビングに「梅ちゃん先生」を見に来ました。
 ひろし君はどうしたのかなあ。ものすごく心配です。
120926082012/09/25 10:18「江分利満氏の優雅な生活」と「江分利満氏の華麗な生活」を私の後の本箱から持ってきました。なんだか読みたくなったのです。
 この二つの文庫本で、「優雅な生活」は

  昭和四十三年二月二十日発行
  昭和四十九年五月三十日十刷

となっています。
 私は「あれおかしいな」と思いました。私はこの作品を昭和42年の3月に横浜の白楽の古書店で買って読んでいるのです。・・・それで思い出しました。
 私はたしかにそこで買ったのでしたが、私は単行本で買っているのですね。そして「あまりによく読むから文庫本も買って置こう」と早稲田の古書店で買ったものでした。そして「華麗な生活」もまたその頃手に入れたものでした。その単行本は今はありません。
 中身を必死に読んで、また私は涙になっていました。私がNIFTYでメール交換したのは、この最初に活字で出てくる辺根さんだったように思えます。いや、電話番号を聞いて話したような気もしますね。いや小説の中の登場人物は違ったかもしれません。
 でも私はまたどうしてもこの小説の数々のところで涙になっていました。しょうがないですね。
 やっぱり、この作品は読んでいて、つらいばかりです。もちろん、笑うところも多いのですが、今は涙のほうが多いです。
2012/09/25 14:27そういえば、私の3年下の大学の後輩で、この山口瞳をまったく知らず、私は何度も作品をいくつかあげて話しましたが、驚いたものでした。吉本隆明や磯田光一のことなら私と話せるのに、この山口瞳をしらない12092418のです。そのとき彼はもう30歳くらいでした。その後私は彼とは一切付き合っていません。
 こういう手合いはときどきいますよ。もう今では、このインターネットすら何もやっていないでしょう。

 とにかく、これでまたUPします。

12012203 今回の金丸他1名の脱税容疑の逮捕に関して、ちょっといろいろいいたいと思います。
 しかしまず先ほどフジテレビでこの金丸のことをやっていたのをほんの少しだけみたのですが、それで途端に不愉快になった発言がありました。なんだか市川房枝の政界浄化の運動の精神を受け継がなくてはなどといったおばさんがいました。
 市川房枝(明治26年生)といえば、戦前から婦人参政権の運動をしていて、戦後とくに昭和50年代からは金権政治を批判して参議院で頑張っていました。昭和39年に二院クラブを結成しています。青島幸男なんかの先輩ですね。今の金丸問題みたいなことをずっと弾劾していた人です。
 でもちょっとまってくれよといいたくなります。彼女は戦争中は何をやっていたのだ。昭和16年に大政翼賛会の調査委員になっている。戦争推進者じゃないのか。戦争賛美者じゃないのか。
 かなり前に私は、

山口瞳「江分利満氏の優雅な生活」(1992.07.05)

で江分利の怒りを書きました。戦後ずっと必死に生きたサラリーマンの江分利は、あの戦争を忘れていません。

 江分利の前に白髪の老人の像が浮かびあがってくる。温顔。どう
してもこれは白髪でなくてはいけない。禿頭ではダメだ。禿頭はお
人よし。神宮球場の若者たちは、まあいい。戦争も仕方ない。すん
でしまったことだ。避けられなかった運命のように思う。しかし、
白髪の老人は許さんぞ。美しい言葉で、若者たちを誘惑した彼奴は
ゆるさないぞ。神宮球場も若者の半数は死んでしまった。テレビジョ
ンもステレオも知らないで死んでしまった。
「かっせ、かっせ、ゴォゴォゴォ」なんてやっているうちに戦争に
かりだされてしまった。「右手に帽子を高くゥ」とやっているうち
はまだよかったが、「歩調ォとれェ、軍歌はじめェ、戦陣訓の歌ァ、
一、二、三……やまァとおのことうまれてはァ」となるといけない。
野球ばかりやっていた奴、ダメな奴。応援ばかりしていた奴。なま
け者。これは仕方がない。
 しかし、ずるい奴、スマートな奴、スマート・ガイ、抜け目のな
い奴、美しい言葉で若者を吊った奴、美しい言葉で若者を誘惑する
ことで金を儲けた奴、それで生活していた奴。すばしこい奴。クレ
バー・ボーイ。heartのない奴。heartということがわからない奴。
これは許さないよ。みんなが許しても俺は許さないよ、俺の心のな
かで許さないよ。

 この江分利満が許さない白髪の老人とは市川房枝のことではないのですか。
 だいたいに政治を綺麗にしようなんていう奴にはろくな奴しかいない。大政翼賛会で若者たちに美しく死ねといっておいて、また自分だけはのうのうと生き残り、また同じように政治をきれいにしようなんていっている。自分の戦争責任をどう総括するのだ。なんの反省もなしにまた同じことやっていたのじゃないか。私ははっきりいおう。あんな市川房枝を理想とする政治運動や政治理念なんか、絶対にだめだ。
 まあこれは市川房枝のことをいうことが目的ではないのですが、政治を考えるとき、そして今回の金丸のことを考えるとき、やはりおさえておかないといけないなと考えたわけです。
 さてそれで、今回の金丸問題ですが、私は金丸逮捕の決意をさせたのはいったい何なのかというのを解明していきたいと思うのです。でもまずはその前段階です。
 今回金丸以下1名が脱税容疑で逮捕そして起訴されたわけですね。脱税額がどのくらいになるのでしょうか。70億くらいの隠し金が見つけられましたね。あれが脱税の額にもなるのかな。しかしまったく金丸というのは大雑把ですね。
 しかしなんで今になってあれが分かったのですか。今年確定申告をされた方もいると思いますが、あの税務署がみなさんを見逃してくれますか。
 ちょっとDMさんには悪いのですが、DMさんのことを例にさせてもらいます。私は以前以下のようなUPをしました。

RE.税のこと 周(1992.02.28)
 DMさん、はっきり訳が分かってよかったですね。それでさらに杞憂とでいうところなのですが、

どうやら税のほうも祖父が払ってくれるというので一安心。

というところですが、税額がいくらになるか分からないのですが、もし60万円超だと、この金額がまた贈与の対象になりますよ。贈与を受けたのはDMさんだから、DMさんに納税の義務があるわけで、それをまた肩代りしてもらうと、それもまた贈与になります。金額によっては、お祖父さんから借り入れして払ったほうがよいようです。
 それからまたついでに、この贈与によりDMさんの昨年度の年収は増えるわけですから、今年支払う住民税も増えます。ですからこの増えた分もお祖父さんから借りるなり、もらっちゃうなりで払った方がいいでしょう。それには申告のとき、この贈与分の収入の住民税は「普通徴収」にするといいでしょう。そうすると、柏市からこの分の住民税の請求がきます。これを「特別徴収」にすると、会社で6月から源泉徴収される住民税がふえます(要するに手取りが少なくなる)よ。

 本当はDMさんはもう不動産を貰っているわけですから、この所得税と地方税の増額分を貰ったとしたら、それは間違いなく贈与になります。もちろんDMさんは借りられたとは思います。だけどもしももしも今年の申告のとき、以下のような問答があったとして考えてみます。

 税務署 そうするとこの贈与にともなった増税額、所得税と地方
    税もですが、どうされるんですか。

 DM  祖父から払って貰います(こういっちゃったという仮定
    ですよ)。

 税務署 はあ、そうですか。

さて今年はこれで終わりです。それでこのことは済んでしまったことと、DMさんがすっかり忘れていると、多分来年5月頃呼出がきます。贈与があったのに申告していないじゃないかと。DMさんは驚きますが、税務署は昨年「祖父から払って貰います」という言質をとっていますから、当然平成5年分の贈与税と所得税を追徴されるでしょう。そしてさらに地方税もまた会社に7月末ころ増額の通知がきます。
 今年の申告の際ひょっとしたら、面接した相手がどこかの会計事務所のいい人だったらアドバイスしてくれるかもしれません。

 とにかく税務署はこんなに細かいんです。みなさんの中にも経験があるかたがいると思います。また会社で経理なりに従事している方なら1度や2度は税務調査にあったことがあるでしょう。国民が見てようが見てまいが、税務署はきっちりやってくるでしょう。私も私が役員やっている会社や、顧問している会社ではよくこの税務調査に立ち会います。私と税理士の先生のコンビでかなり頑張ってしまいます。税務署はしつこく細かいですが、御存知のように周もしつこく細かいので、かなりな大戦争になります。けっこう面白いんですがね。(大戦争といっても、税務署の方と険悪な関係になるということではありません。理論的にも事実でもあくまでしつこく細かく争うということです)
 このこれだけ細かく私たちを捕捉してくる税務署が、しかも国税当局がなんで金丸のあの脱税をいままで見逃していたのですか。職務怠慢じゃないですか。まずはこの点をおさえておきましょう。いままでだってやれたのを、ただ黙っていただけではないですか。
 ではいままで黙っていたのに、今になってなんでやったのでしょうか。「国民の怒り」なんていわれますが、私はまったくそう思いません。まあそう思わせたいだけでしょう。

 まずは山口敏夫がいったという説から。山口はこれを官僚の大反撃ととらえている。3月9日の毎日新聞朝刊に、

金丸前副総裁逮捕を、山口敏夫元労相は明治の官僚政治の代名詞である大久保利通になぞらえ「大久保利通の亡霊の復活だ」と、「金竹小支配」に屈していた霞が関の官僚たちの反攻とみる。事実、竹下派分裂で永田町と霞が関の力関係、政治家との関係は変化し始めた。一昨年までは予算編成時に建設省の一室に金丸氏の代理役として小沢一郎元幹事長が陣取り、さらに経世会の若手議員らがこれを取り囲み、同省の予算獲得を励ました。「小沢学校」と称されていた。しかし昨年の予算編成時、小沢氏の姿はなかった。

とあります。山口はうまいこというなと思いました。私は大久保というより山県有朋を思い出しましたが。私も真っ先に「おッ、官僚の復讐がはじまるのか」と思ったものです。
 大久保利通のあとをひきついだ伊藤博文と山県有朋は実はかなり資質も政治への考え方も違いました。山県が相変わらず藩閥政治を続けようとするのに、伊藤は憲法を制定し、やがては政党政治までやろうとします。ことごとく正反対だったのが、山県です。この対立はその後の伊藤のあとを西園寺公望が、山県のあとを桂太郎がつぎました。伊藤は早くに殺されてしまいますが、山県は桂なきあとも、黒幕として日本を支配します。あの大逆事件も、治安維持法の制定も、みんな山県がやったといえるでしょう。北一輝はこの山県を敵として深く憎んでいたと思います。その山県のやったのが、官僚による政治支配です。
 昔自民党内であった角福戦争、いわゆる田中角栄と福田武夫の闘いは全部で3回ありました。すべてに田中角栄が勝利しています。何故でしょうか。これは実は、田中は絶対に負けるわけにいかなかったのです。1度でも負ければ、もう政界追放です。逆に福田は負けても負けても復活できるのです。田中派が野武士なのに比べて、福田派は完璧な官僚派ですから。
 この日本の強い官僚支配を、田中・竹下派はおさえてやってきました。これはかなり大変なことでした。その下で我慢していた官僚たちの総反撃が今回の金丸逮捕です。
 私も最初真っ先にこのことが思い浮び、かなりまた暗い気持になったものです。またしても、あの官僚たちに日本を支配されるのでしょうか。この不況はさらに暗く長くなりそうですね。
 そしてその官僚たちの親分は誰なんでしょうか。
 まずは、「金丸をなんで逮捕された」の一つ目の答は以上です。まあ、だれもがこう思うでしょうね。
 次に私はこれこそがその本当の理由だと考えていることを述べたいと思います。ただこの情報をくれた人に了解をとってからと思い、次回のUPと致します。これは大変にお驚くべき情報です。私も最初「まさか」なんていっていましたが、段々これこそが金丸逮捕の一番の理由だなということに思い至りました。まだだれも気がついてはいないようですね。
 ぜひ次のUPを楽しみにしていてください。(1993.03.14)

12010113 前回の江角マキコのことで、そのときに思い出したことがありました。それを「周の掲示板」に書いていたのですが、それをまた書いてみます。

 なんだかしつこいのですが、また書きます。
 私が、最初

むしろ江角さんの自らの未加入を知っていながらあの迫真の演技ができるのはさすが役者根性だなーとして評価されてもいいのでなないか。

を読んだときに思い浮かべたのは、映画「江分利満氏の優雅な生活」の新珠三千代です。
 これはたしか山口瞳「酒飲みの自己弁護」に書いてあったと思うのですが(たぶんというのは、今あるべき本だなに、この本がないのです。焦っています)、江分利の妻夏子役が新珠三千代なんですが、彼女が、江分利の母親が亡くなったときの演技が「凄い」のです。いや「凄い」としかいいようがないのです。
 新珠三千代は、そのシーンで、ただときどき目に手を当てるだけなのです。それが「これはすごい女優だな」と感じさせてくれます。
 このすごい演技のことを山口瞳が、直接新珠三千代に聞きます。このときの新玉三千代の応えがこの「酒飲みの自己弁護」に書いてあるのです。
 この映画「江分利満氏の優雅な生活」は、本来は川島雄三が監督として撮る予定でした。ところが彼が突如亡くなります。山口瞳と実に昼から痛飲して(その飲んでいる途中で、川島は銀座で大岡昇平と大喧嘩したといいます)、
その後10日後の次の日に、ある編集者から、山口瞳に電話がかかってきます。

  先生、すぐ酒を止めてください

山口瞳が、「いったい何のことか」ととまどっていると、

  昨夜、川島雄三さんが亡くなりました

と伝えられます。川島雄三も、山口瞳と同じ大酒飲みでした。
 新珠三千代は、この川島雄三のお通夜のときの、川島夫人のしぐさを、ただただ見ていまして、それをそのまま真似ただけだと山口瞳にいうのです。
 これが私には、すごいのです。すごい演技です。これこそ、役者魂です。新珠三千代は、自分の義理の母(江分利満は山口瞳自身であり、その母親は、のちに「血族」の主人公です)を亡くしたという体験はありませんでした。それで、この川島雄三監督の奥さまのしぐさをつぶさに見ていまして、それをそのまま真似ただけなのです。
 この映画は岡本喜八監督に引き継がれて、完成したわけですが、この新珠三千代のこのシーンが私には一番記憶に残ります。

 今回の江角マキコの出来事でも、彼女はあの演技をする際に、何を思い浮かべたのでしょうか。おそらく、結婚していた時、国民健康保険のこととか、夫とは話したのではないでしょうか。彼女も働いているから、別々の保険証を持つことになる、彼女の保険料は、夫ではなく、彼女の通帳から自動引落にするとかなんとか。それなら、当然国民年金のことも話したのではないでしょうか。彼女の年金は、彼女の所得から支払うから、彼女の通帳から自動引落にするとかなんとか。彼女はそんなことも一切関心のない妻だったのかな。

 私の亡くなった親友の堀雅裕さんは、実は晩年は、かなり身体が悪くて、悪いというのは、彼は歩くのも、仕事するのも非常にきつかったはずなのです。もう満員電車で通勤するのもきつかった。だから彼はバイクを使っていた(しかも、このバイクを2台使っていた、自宅の近くと、会社の近くと。でも、実に私はこの頃知ったのですが、実はバイクは3台あったといいます。どう使い分けていたんでしょうか)。でもこのバイクが彼が死ぬ事故につながりました。
 でも彼は、サラリーマンになったのがおそくて、そして身体がきつくても、懸命にサラリーマンとして貫徹しました。それは、とにかく厚生年金の受給資格が得られるまでは、働こうとしていたのです。彼は自分の命が長くないのを知っていたのです。
 そして、ちょうど受給資格を得られてすぐに、彼は亡くなってしまったのです。だから彼の残された奥さんには、今遺族年金が支給されています。奥さんはこのことを区役所で教えられて、号泣したといいます。おそらく彼は、そのことを考えていたのです。
 彼は私と同じで、いつもいつも大酒を飲んでばかりでした。私と同じような、少々欠陥人間だったかもしれません。でも、私は彼が笑顔で私に語りかけている気がしています。

  あの女(彼の奥さんのこと)はサ、口うるさくて、萩原さんは
  気にいらないだろうけれど、俺には、いい女房だったんだよ。だ
  から、俺はやるだけのことはやったろう。

 だから、あんなに身体がきつくても、通勤していたんだ、新聞記者を貫徹したんだと思います。

 江角マキコも、夫婦のときに、そんなことを、ほんの少しでも思い浮かべなかったのでしょうか。いや、夫婦のときは、そんなことを考えなかったというのなら、あの演技のときに、こうしたことを学んで、演技に生かそうとはしなかったのでしょうか。

 惚れた女に愛想がつきたときに、その理由(わけ)が実に思い浮かべるのも馬鹿馬鹿しい。

11122828  私の「山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』」へ、BOBさんから以下のコメントをいただきました。

1. Posted by BOB   2011年12月10日 18:58
はじめまして
とても参考になりました
ありがとうございます。

 私は山口瞳は昔から大好きで、全作品を読もうと思っていたのですが、新潮社の「男性自身」シリーズが莫大で、挫折しています。それ以外の作品は、すべて読みました。
 ただ読み始めは遅いのです。『江分利満氏の優雅な生活』『江分利満氏の華麗な生活』を読んだのは、高校3年のときでした。今でも、この2冊は、私のすぐそばにあり、いつも読んできたものでした。
 この山口瞳の関係で、私は国学院大学が大好きになったものです(もちろん、折口信夫も好きですが)。
 でも私が書いていることで、最初に

強烈な二日酔が夕方になってもさめないまま、何人もの友人や初対面の人たちと飲みはじめたことがあります。

というのは、本当の事実で、その日は、最初二日酔いのまま、どこかの綺麗な渓谷へ行ったものだったのです(私だけはよけいだったかもしれない。だってほかは家族ずれが3組いました)。そこで、延々と、戦争文学の話をして、しかも私がしつこくからむように、大岡昇平の話や、木山捷平の話なんかをしていくわけです。まあ私は大西巨人や島尾敏雄がすきなのですね。
 そして、この山口瞳が好きなのです。私はNiftyでも話して、『江分利満氏の優雅な生活』に出てくる登場人物とも知り合いになったものです。
 もう山口瞳さんの行かれるいくつかの飲み屋も行って飲んでいたものですね。
 もはや、ただただ懐かしい人になってしまったのが、この山口瞳です。
 ああ、あなたのホームページも拝見いたしましたよ。

11011609 随分昔のことになりますが、強烈な二日酔が夕方になってもさめないまま、何人もの友人や初対面の人たちと飲みはじめたことがあります。私はこうしたことは実はいつものことでもあるのですが。そこでどういうわけか戦争文学の話になってしまいました。
  最初は大岡昇平「俘虜記」「野火」の話です。私は当時吉本-埴谷論争のため大岡昇平には非常に不愉快に思っていたこともあり、「俘虜記」のあのシーン、銃の照準で白人兵をとらえたとき結局銃をぶっはなさなかったというのに猛烈に異議をとなえました。あの兵が大岡昇平ではなく私たちのような普通の庶民だったら躊躇なく引き金をひいていたのではないか。そしてそれのほうがあたりまえだ。したがってあんな小説は戦争の実体をとらえてはいないのだ。

  そして誰かが日本にはまともな戦争文学というのはないのではないか、あれだけの戦争をやってまっとうに文学で描いていないのではないかというのに対して、段々二日酔も醒めてきて、本格的なその日の酔いになり激しく反論しました。第1次大戦後のフランスのドレフィス事件やロシア文学でのショーロホフ「静かなドン」からソルジェニーツィンの話のあと、では日本はどうなのかという話です。
 私は五味川純平「戦争と人間」、大西巨人「神聖喜劇」、島尾敏雄の数々の作品をあげました。そして、山口瞳の「江分利満氏の優雅な生活」も立派に戦争をとらえていると主張しました。
 その山口瞳のこの小説のお話です。

書 名 江分利満氏の優雅な生活
著 者 山口瞳
発行所 新潮文庫

 三島由紀夫はこの小説を絶賛していました。同じ戦中派としての共感もあったようです。それに対して、山口瞳はどうもありがたくないという対応だったと思います。だが、山口瞳からいわせれば、ゲートルをうまくまけないでビンタはられていた自分と、東大出の秀才とが同じ戦中派であるなんて信じられなかったのだと思います。
 あるとき羽田空港で若いひとたちに囲まれている三島を山口瞳がみて、なんだか三島の回りはボーッと明るかったそうです。あんな華やかな人間が同じ戦中派であるわけないということのようです。山口瞳のひがみでもあるのでしょう。そして三島は、そんな山口瞳に対して、「いやいや、俺だってあなたたちの仲間なんだよ」と気弱にいっている気がします。

 さてこの小説は、大正十五年生まれで、現在東西電機(本当はサントリー寿屋なのでしょうけれど)に勤める江分利満(実は作者)のごく普通の日常が書いてあります。「ごく普通の日常」といったって、私たちはそれが毎日毎日たくさんの大変なできごとの積み重ねであることを知っています。江分利にとっても、戦後どうにかやってきた自分は大変なことをごくあたりまえにやってきたという自負があると思います。
 江分利は面白いんですね。大酒飲みで、人にからんで喧嘩ばっかりしている。妻のノイローゼも息子の喘息も、親父の借金も本当にたいへんなことばかり。

  東西電機の赤羽常務が江分利にきく。
 「江分利。お前、兄さんどうしてる?」
 「ええ。まあ、なんとかやっているようです」
 「へええ。奥さんの病気は?」
 「おかげさまで。まあまあですね」
 「ふうん。坊やの喘息は?」
 「咳は出ますが、まあいいようですね」
 「あ、そうや、お父さん退院したそうじゃないか。どんなふうや?」
 「ええ、まあ、ぶらぶら……」
  常務はついに癇癪を起こす。
 「なんや!お前の言っていることは、ちっとも訳わからんやないか!」
  そんなこといったって仕方ないじゃないですか。これが現状なん
 ですから。

  マンモス企業のマンモスビルの社員食堂にカレーライスを食べよ
 うと思って、つらなる長い長いバカバカしい列にいる三五歳の中堅
 社員、典型的なホワイトカラー、そんなものはどこにも存在しない。
 そんなものは、どっかの社会心理研究所の調査にまかせればよい。
 マス・ソサイアティのなかのひとり、とは江分利も思っていない。
 「あなたは通勤の満員電車の中でどんなこと考えていますか?」
 「はい、何も考えておりません」「あなたの就職の動機は?」「ま
 あ、なんとなく」
 「あなたは今の職場に満足していますか?」「ええ、満足していま
 す」
 「将来、何になりたいですか?」
 「大過なくつとめたいと思います。みんなのために」「あなたの尊
 敬する人物は?」「さあ、ちょっとおもいあたりませんね」

 江分利はカルピスが恥ずかしい。神宮の野球場も恥ずかしい。文学座も、築地小劇場の食堂のカレーライスも、N響も恥ずかしい。何故なのか。

  昭和のはじめにあって、昭和のはじめに威勢がよくって、それが
 ずっと十年代から戦後のいまでも威勢がいいような、そういうもの
 がはずかしいんじゃないかね。

 江分利はある日曜日妻と息子ととある公園にいく。江分利は当然二日酔いだが、角瓶をもっていく。それを飲みながら、だんだん思い出してくるのです。

  江分利の前に白髪の老人の像が浮かびあがってくる。温顔。どう
 してもこれは白髪でなくてはいけない。禿頭ではダメだ。禿頭はお
 人よし。神宮球場の若者たちは、まあいい。戦争も仕方ない。すん
 でしまったことだ。避けられなかった運命のように思う。しかし、
 白髪の老人は許さんぞ。美しい言葉で、若者たちを誘惑した彼奴は
 ゆるさないぞ。神宮球場も若者の半数は死んでしまった。テレビジョ
 ンもステレオも知らないで死んでしまった。「かっせ、かっせ、ゴォ
 ゴォゴォ」なんてやっているうちに戦争にかりだされてしまった。
 「右手に帽子を高くゥ」とやっているうちはまだよかったが「歩調ォ
 とれェ、軍歌はじめェ、戦陣訓の歌ァ、一、二、三……やまァとお
 のことうまれてはァ」となるといけない。
  野球ばかりやっていた奴、ダメな奴。応援ばかりしていた奴。な
 まけ者。これは仕方がない。
  しかし、ずるい奴、スマートな奴、スマート・ガイ、抜け目のな
 い奴、美しい言葉で若者を吊った奴、美しい言葉で若者を誘惑する
 ことで金を儲けた奴、それで生活していた奴。すばしこい奴。クレ
 バー・ボーイ。heartのない奴。heartということがわからない奴。
 これは許さないよ。みんなが許しても俺は許さないよ、俺の心のな
 かで許さないよ。

 江分利は思い出す。ウィスキーに手がのびる。夏子夫人が「パパも、もう止めなさいよ」という。もうここらへんになると私は涙があふれ、とまらなくなるのです。この「白髪の老人」とは一体誰のことになるのでしょうか。

 三島由紀夫の自刃のときにも、適確に書いていたのは、私は吉本(吉本隆明)さんと、この山口瞳であると思いました。実に執拗に執拗に書いています。
 山口瞳はもう亡くなりました。もう戦中派と言われる人も亡くなっていくんだなと悲しかったものです。彼の著作はほんんど読んでみました。そしてとくにこの小説はいつもいつも読み返しています。(1996.11.01)

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 二人の孫が、ポコ汰は熱があり、ポニョはお咳が出ているので保育園をお休みで、あちらのばあばが見てくれました。

2010/01/18 08:10いろいろとやるべきことがいっぱいありますね。とにかくたくさんのことがありまして、ただただ忙しいばかりです。
2010/01/18 08:12さて「ウェルかめ」の時間になりますね。きょうは、孫のところにあちらのばあばが来てくれています。さて、二人はどうしているかなあ。
 このドラマの展開に私も懸命に見ています。
 でもいい物語だなあ。
2010/01/18 12:35『江分利満氏の優雅な生活』を「読書さとう」に書こうという気持ちになりました。そうすると当初の私の「読書さとう」の位置づけが違ってきましたね。それを私のサイトで整理して書きましょう。

 山口瞳の『江分利満氏の優雅』は、『江分利満氏の華麗な生活』と一緒に私のそばに置いてあります。思えば、高校2年のときに、横浜白楽の古書店で購入したものです。今まで何度読んだことでしょうか。読むと、いつも涙を流しているものです。

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