将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:沖縄

15082801
15082802
15082901
 私が沖縄を訪れたのは25歳の時でした。私は埼玉大学を出たあと、ある印刷屋に勤め、辞めて浦和で飲んでいたのですが、急遽東京駅から汽車にのり、名古屋・京都・大阪と飲み続けました(それぞれの街をけっこう歩きました)。鹿児島で知っている友人の店でも飲み(そこのお母さんが私の母を懐かしく思い出してくれました)、鹿児島港から船で沖縄へ向かいました。この船の中で読んでいた『トゥキュディテス「歴史」』は実によく覚えています。
 それで那覇に着いて、泡盛の二日酔いの中で気がついたのは、もうヘルメットをかぶって塔に登っているときでした。15082902
15082903
15082904
15082905
15082906
 あそこの飯場では、ただただ泡盛を飲み(昼はオリオンビールでしたが)、米軍用飲み屋で(辺野古社交街というところでした)のみ、そしてけっこう手紙を書いていました。 当時の彼女が来てくれて、竹富島、石垣島も行きました。竹富島の新田荘もよく思い出します。15082907
15082908
15082909
 私は沖縄が大好きです。ただ私は奄美含めた南島が好きなのです。私はこうして南島が好きでいるのは、もちろん島尾敏雄、そして柳田国男、そして吉本(吉本隆明)さんのおかげです。

10080814  Spider job  蜘蛛業 に書いております ニュースさとう が8月8日〜8月14日までのUPが以下の通りです。

2010/08/14(土)No.278
私の好きな沖縄、こうした顔もあるのです
2010/08/13(金)No.277
沖縄は私の大好きな故郷といえます
2010/08/12(木)No.276
派閥談合と長老支配の時代ではない
2010/08/11(水)No.275
「ハマコー」逮捕で私も同じ思いです
2010/08/10(火)No.274
なんだ、紙の本が増えるだけじゃないか
2010/08/09(月)No.273
リニア新幹線が品川から
2010/08/08(日)No.272
自民党が野党になって最長記録のようです

 私の好きな沖縄のことを13、14日と書きました。また行ってみたいと思う沖縄です。沖縄については、私の思いがいくつもあるのですが、まずはこうしたニュースをあげてみました。

1be0b5a2.JPG

  周の『独楽吟のススメ』の448 に 鈴ひとみさんから以下のコメントもありました。このコメントのほうが先にあったのでした。でも私はこちらのコメントを見落としていたのです。いえ、最初はメールで見るもので、見落としたのです。いえいえ、私がとろいのでした。

1. Posted by 鈴 ひとみ   2010年06月16日 10:31
私は姉の店 きゃらめるの大画面のスクリーンで サッカー観戦をしました
前半に 本田がゴールして1点をキープ その後 何回もカメルーンの攻撃にあうが 終わるまで 1点を守り通した
頑張ったね 日本チーム
面白くて ワーワー 歓声を上げて 見ていました
今度は19日 オランダ戦ですね
一緒にきゃらめるの大画面で 観戦しませんか?
鎌倉行ってらしたんですね
私も銀杏の木が倒れたこと 心配していました所
若芽が生えてきているらしく 嬉しさいっぱいです
私も 何処へとも 自らの思いを表現していきたいと思っています
浅野さんは 美味しかった〜〜

 あの、まず私はひとみさんへの手紙も書いたのですが、それはこのコメントではなく、鈴ひとみさんからのきょうのコメント のほうで書いていました。でもまた手紙は書きます。「一緒にきゃらめるの大画面で 観戦しませんか?」への返事も手紙に書いてあります。明日の朝ポストに入れますから、明後日には着くと思います。そのあとの手紙は、またその翌日でしょう。
 このところまた手紙を書いているのよ。どうしても相手は女性が多いですね。もちろん、男性の友人にも手紙を書いて行きます。
 次女ブルータスへは、ケータイメールを毎日書きます。いえ、お腹の中にいる私の孫に呼びかけてほしいのです。そうすれば、10歳くらいになれば私の言葉を読むこともできるでしょう。私はポコ汰にもポニョにも葉書を書いているのです。
「浅野」へもいかなくちゃいけないな。なかなか夕方こそ時間がとれないのです。
 手紙もいいものだと思っていますよ。きょう手紙を書いた女性は沖縄に住んでいる方です。もう孫がいるから、私にも孫がいるということで、面白いでしょうね。とっても綺麗な女性です。クリスチャンで、いつも葉書に素敵な切手を貼ってくるので、私もその真似をしだしました。彼女の聖書の言葉の真似をして、私も聖書の言葉を(ただし、必ず文語訳で)あちこちに書いています。
 またひとみさんに手紙で何のことを書こうかな。

続きを読む

ff725af6.jpg 沖縄は私が住んだ日本の中で、秋田と並んで好きになれたところです。沖縄の人たちの話す言葉は、日本の一番古いものをそのまま残しているのですね。実に丁寧な優しい言葉です。
 写真は4月15日午前8時のご近所にあったお花です。私は朝の散歩をしていました。妻が義母を送る日ですと、こういう余裕があります。(04/16)

5a994c6c.jpg

 喪中の葉書を出しましたら、「転居先不明」と「あて所に尋ねあたりません」ということで、きょう現在13通が帰ってきました。これは困りました。どうしたらいいのでしょうか。

 それと、きょうこの喪中の手紙に対する丁寧なお悔やみの葉書とお手紙をいただきました。そのお二人に、今お礼の手紙を出しました。
 母が亡くなり、義母の介護を続けている今の私には、この葉書と手紙の文面は、どんなに嬉しく思えたことでしょうか。
 お手紙は、クリスマスカードにもなっていまして、彼女の手紙は沖縄県(に住んでいるので)の魚の絵の切手が貼ってあります。彼女は昔からいつも手紙には、綺麗な切手を貼ってくれるのです。
 彼女は、私が沖縄で働いていたときに、飯場で飯炊きをやってくれていた女性です。胸の大きい色の白い綺麗な子でした。その後、しばらく山口県で幼稚園の先生をやっていて、園長になったと思っていたら、もう退職ということです。3人の子どもと3人の孫がいます。
 彼女からもらったこのクリスマスカードには、彼女の家族(もちろん亭主のことも、この彼が私と親しいわけなのです)の近況と、新約聖書の言葉が書いてあります。
 彼女はクリスチャンで、沖縄で働いていたときにも、いつも教会へ通っていました。
 その聖書の言葉が、「ことばは人となって私たちに間に住まわれた(ヨハネ1:14)」とありまして、手紙を出したあと私は「聖書」を眺めてみました。
 この言葉は、以下のことでした。

 言(ことば)は肉體となりて我らの中(うち)に宿(やど)りたまへり、我らその榮光を見たり、實(げ)に父の獨子(ひとりご)の榮光にして、恩恵(めぐみ)と眞理(まこと)とにて滿てり。(ヨハネ福音書第一章14節)

 私もこういうときに、ときどき聖書を読み直しているのです。あんまり好きになれなかった新約聖書ですが、ときどき読んでみますと、いくつものことを考えてしまいます。

続きを読む

07080415 周の雑読備忘録「伊東三郎『くろうまブランキー』」へのコメントの3ナミちゃんが以下のコメントをくれました。

1. Posted by なみんと    2007年08月09日 01:35
ちいちゃんの話が面白くてそして懐かしくて感無量です。まずろうそくのことですがそんな素敵なろうそく☆★どこで手に入れたのでしょうか。会津や飛騨に絵ろうそくがありますがそれかなぁ〜。そんな洒落たものを売っていたなんてステキなお話です。
(クリスマスにろうそくを沢山買って女性にプレゼントされたサンタクロースの男性も粋ですね)
あと踊りの件ですが・・まだ見られるかなぁ〜。
なぁんて思いますがもう無理でしょうね。ちいちゃんという人は魅力のある人でしたね。親分の貫禄も十分!今も・・・活躍されている様子で、よろしくお伝えくださいね。

 まず、あのときのロウソクは、製作から販売まで、すべて日の丸社がやっていました。実際に株式会社日の丸社という会社だったのです(のちに、この会社は株式会社ネバーランドと社名を替えました)。それで、実際にロウソクを製作するのは、ナベさんでした。毎日大量に作っていたのね。そしてそれを背中に担いで路上で販売していたのがチィーちゃんです。
 ただ今も売っているロウソクよりも、もっと大きいのです。綺麗なロウソクばかりたくさんありましたよ。

 ある年の夏、又さんが沖縄から出てきたのね。それでナベさんの土浦の家に着ていて、私が呼び出されました。それで飲むうちに、最初からどうも悪い予想(思い出せば、いい予想だったか)があったのですが、秋田に湯沢に行こうということになりました。私はちょうど学習塾をやっている頃で、そのときは1週間くらいの夏休みでした。
 このときのことは、以下に書いています。

   http://shomon.net/sake/sake3.htm#sa12  湯沢の農民食堂

 あ、そういえば、沖縄の又さんの大変に美人の奥さまは、今山口県でどこかの学校の校長先生です。今その年賀状を手にしています。年賀状の写真でも、美人の彼女ももうばばになりました。双子の2歳の男の孫をかかえています。彼女のとなりには、美人の娘さんがいます。それで、彼女たちの住所は、沖縄の恩納村なんですね。それで、年賀状で顔姿の写っていない又さんは、「今は福岡にいる」と手書きで書いてあります。
 ときどき又さんは、日本のいろいろなところから私に電話があります。いつも頼み事があるのです。ほぼパソコンでインターネットで解決する件なのですが、あんなことはご自分でやってくれないかなあ。いえ、彼に頼まれてやることは嬉しいのですが、あんなことは高校生でも大学生でもできることです。
 あ、それから、ここで書いている仲間は、「日の丸」の仲間です。以下に少し説明があります。

   http://shomon.net/sake/sake2.htm#sa11  「日の丸」のこと

 あ、そうだ。以下のページも作っていたのです。

   http://shomon.net/tomo/hinomaru.htm  日の丸土建

 でもね、日の丸の人たちは、みんなこうしたパソコンやインターネットが得意でないので、困ってしまいます。このホームページも、もう少しみんなやってくれるかと期待していたのですが、全然駄目ですね。

 あ、今年の年賀状に、又さんの手書きの最後にこうあります。

   死が身近な年となり、温故(こうとしか読めないが)知人を尋ねたい 又三郎

 みんな、たしかに「死が近い」年であり、そんな感じが多くなりました。

続きを読む

ef2b3f0a.jpg とにかくただただ暑いです。私は小学校2年から6年までの3年半、名古屋に住みましたが、あそこが一番暑いところでした。その後住んだ鹿児島、大人になって住んだことのある沖縄よりも暑いところでした。でももう今のほうがもっと暑い気がしますね。さらに歳とると辛くなるんだろうな。(8/03)
続きを読む

1023db2a.jpg このブログのサイドバーの「livedoorデパート」を今までの「千葉県我孫子市」から「横浜市」にしました。我孫子は、今も私の自宅のあるところですし、母の家があるところです。私は19歳の2月に我孫子に引越してきました。ただし、その後は、浦和へ行きましたり、沖縄へ行ったり、早稲田に住んだりはしましたが、ずっと父母の家が我孫子でしたから、いつもときどき我孫子には戻っていました。
 その我孫子にくる前住んでいたのが横浜市です。横浜には3年数ヶ月住んだのかなあ。その前が鹿児島でした。
 横浜も、私には少しも好きになれない街でしたが、今は、大変に好きになり、また何故か恋しい街です。思い出せば、横浜で恋をしたことはないのですが、何故か不思儀に私には恋しく思える街です。
続きを読む

06122205 今朝また夢の中で、焦って起きました。朝6時15分でした。

 私は家族で沖縄に旅行に行っています。でも二人の娘はまだ小学生のようです。
 沖縄の那覇から、さらに飛行機で南島に行きます。行ったところは、宮古島か石垣島がどちらだか判りませんが、大きな島です。
 私はまだ時間的に早いので、妻と二人の娘と離れて、一人でバスに乗ります。なんだか独りで、南島の海の地平線を見たいのかもしれません。
 バスは南島らしい、乾いた白い路を走っています(あ、今思えばあの夢の中の路は舗装されていなかった)。

 着いたところで、海岸で白い砂と青い海を見ます。
 でも私はそうした沖縄の海だと、必ず海岸の白い砂を手にたくさんつけて、星砂を探すのです。石垣島でも竹富島でも、たくさんの☆砂が手にたくさんついてきます。本当に☆の形をしているのです。
 でも私は夢の中でそれどころではありません。

 海を見るよりも、私は自分の背景の後を振り返りました。そこのは、白い海岸のすぐ後にはたくさんの綺麗な家が建っており、そのさらに背景には、いわば摩天楼のようなたくさんのビル群がそびえているのです。そしてその光景は実に綺麗です。

「え、南島って、こんなに変化繁栄しているんだ」

と私は声をあげます。実に驚くほどの変化繁栄です。
 でも私は急に自分の家族に逢いたくなります。
 そこでバス亭に戻ります。バス亭まで戻る路は、白い砂が綺麗で、海水も入り込んで実に狭い路になっています。でも私は急いで帰ります。

 バスに乗ります。何故かバスはいっぱいの人です。長い距離を走ります。
 そして私は、「早く早く、家族に逢いたい」という気持でいっぱいになっています。それでバスで払う料金が実に多いコイン玉で払わないとなりません。「なんだか数えるのが大変だなあ」なんて思っています。
 そしてバスを降りました。でも実はどこで降りたらいいのか判らない。でも私はもう降りて、走って行く気になっています。

「こんな綺麗な南島に来て、娘たちは喜んでくれているだろうな」なんて思いで、私は走り出しています。

 そこで目が覚めました。

 なんで、あんな夢なのでしょうか。私は南島はものすごく好きです。そして私の故郷だと思っています。
 でもその私の故郷の南島が、あんなに綺麗な海と綺麗な路をそのままにして、そして大都会になれているというのは、私の心からの願いです。

続きを読む

白旗の少女

 

 

 

書 名 白旗の少女
著 者 比嘉富子
絵   依光隆
発行所 講談社青い鳥文庫
発行日 2003年3月15日第1刷発行
読了日 2006年6月23日

 表紙に、この少女がカメラに向かって手を振っている姿の写真があります。思えば、この話もずいぶん誤解をうんだものでしたね。つまり一時は、日本軍がこの少女を楯にして塹壕から出して先に歩かせたという大きな嘘です。
 ただ、私は最初から読み進むのが辛かったのです。でも夜中独りで涙を流しながら読み終えました。この少女は、のちに米国に渡り、このときのカメラマンと会います。
 この事実は、映像でこの少女が撮影されており、そのときに、実はもう一人カメラを構えていた方がいたわけなのです。

 でも今の私が一番興味あるのは、私の次女ブルータスが、きょうの授業で、この本を取り上げることです。6年生の生徒たちは、どんな反応をしてくれることでしょうか。

 ぜひ、この事実を多くの子どもたちに知ってほしいです。
 涙を流すだけではいけないんだよな、といつも思っています。

  そうです。きょうは6月23日でした。昭和23年のこの日、沖縄戦は終了しました。

   以下も読んでみてください。

 6月20日の「白旗の少女」です。そしてブルータスの授業内容を知って(たぶん、ぶるぶる日記 と I'm brutus に書いてくれるはずです )、私もまた私の思いを続けて書きます。

ひとつのいのち、ささえることば
書 名 ひとつのいのち、ささえることば
著 者 新垣 勉
発行所 マガジンハウス
定 価 1,238円(税別)
発行日 2004年6月17日第1刷発行
読了日 2006年6月22日

 この著者は1952年生まれ、私より4歳年下である。私は彼の歌声をNHKテレビで聴いたことがあります。「さとうきび畑」と「白百合の咲く頃」でした。昨夜我孫子の自宅に帰りまして、次女ブルータスのこの本を読みました。やはり、涙ばかりになりました。最初の「はじめに」のページからです。
 この本についての私の次女ブルータスの

   http://members.jcom.home.ne.jp/sbrutus/aragaki.htm  オンリーワンの人生を生きよう!〜新垣勉さんから学ぶ〜

を読んでみてください。小学6年生も、この新垣さんの生き方にどんなに感動したかが書いてあります。
 この本を読み終わりました昨夜の私も、このブルータスの教えた生徒たちと同じ状態だったかと思います。
 私はもうこの彼のCDを借りました。やはり、これをiPodに入れていつも聴いているようにします。でもCDからiPodに入れるのって、どうするんだっけ?

 このブルータスのページにこの授業を受けた生徒たちの作文が載せてあります。私は昨夜この生徒たちの書いた作文の原文を見ることができました。
 沖縄−戦争−日本……………というようなことを、そして私も働いていた沖縄の風景を思い出していました。どうしても、私は涙を流すということくらいしかできないのです。

b3c7fcec.jpg
 このブログのサイドバーに「livedoor デパート」があります。きょうから、それを「名古屋」というキーワードで、デパートを形成しています。
 
 最初は、ここは「沖縄」で作りました。私の住んだところでいわば一番好きなところだからです。その次は「秋田」でした。これもまた私が住んだところで好きなところです。沖縄は沖縄本島も八重山諸島もすべて好きですが、「秋田」は、住んだのは秋田市(市内の2カ所に住みました)ですが、「秋田」自体がみな好きです。秋田県全体が好きだというか、秋田犬も好きですし、秋田のお酒も好きですし、秋田美人も好きです。
 ただ、その次は「北海道」ではなく、「札幌」というキーワードでデパートを形成しました。北海道と札幌というのは、私には違うものなのですね。そして私の本心は、北海道は好きなのですが、札幌は、どうしても「好きなところだ」とはいいにくいところです。幼稚園が札幌めばえ幼稚園だし、小学校に入学したのが、札幌市立幌西小学校ですが、どうしても私とは似てもにつかないところでした。いわば、あの札幌のハイカラさが私には合わない気がします。
 
 そして、きょうからは、「名古屋」です。愛知県でもなく、中部地方でもなく、「名古屋」です。そしてここは、私の家族は、南区、千種区、北区と3カ所住みました。小学校は、私は3校でした。でも、どうしても私とは合わない地方という気がずっとしています。まあ、とにかく異常に暑い街でしたね。
 でも、そんな街である、名古屋のことを今はよく知りたい、好きになりたいという思いがします。これは私が気弱になったのかもしれないことです。訳の判らないこだわりばかりで世界を見ている私よりも、名古屋の存在のほうが迫力があるようにおおいに感じています。
続きを読む

↑このページのトップヘ