将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:沢野ひとし

11071812 先日、自宅にて妻にインターネットの説明をしていたときに、友人のかもさんのホームページで、次が目にとまりました。

 『あや探』山形林間学校報告

これは椎名誠のキャンプのようです。

 「椎名誠とあやしい探検隊」をご存知? 昔は男ばかりで、僻地
 離島に出かけて酒を飲んで騒ぐ、という集団でした。

という書き出しではじまるこの報告は、女房も私も愉しく読んでいきました。
 私も椎名誠のファンですから、「いいな、いいな」と思いながら読んでいました。デジタルカメラによる写真が入っているから、妻が感心していました。妻はこういうことができてしまうことに感心し、私は椎名誠さんや、沢野ひとしさん、木村晋助弁護士等々という方と目の前で会っているという事実に感動していました。
 私は椎名誠が好きで、彼の小説エッセイはすべてを読むようにしてきました。ただ、何年前に、自宅にあったあらゆる彼の本を、ある飲み屋の女の子にすべて宅急便で送りました。彼女も椎名誠のファンだというからです。
 私はとにかく自宅に本が大量にたまりがちなので、ときどきこうして誰かにまとめてあげてしまいます。島田荘司も「周の書評」に部屋にあげたものは、すべて人にあげました。高橋和巳も全部あげたことがあったな。

 ところで、上の椎名誠が好きなのは、それはもちろん彼の小説が好きなのですが、私が非常に彼に親近感を抱く理由があるのです。それは私が27歳の頃勤めていた「温泉新聞社」に彼もいたことがあったからです。「哀愁の町に霧が降るのだ」にそのことが書いてあります。
 温泉新聞とは、旅行業界の業界紙でした。ブランケット版の新聞を月3回出していました。椎名誠の上の小説では、なんだかあやしげな新聞社として描かれているわけですが、私にはいろいろなことを教えてくれたとても懐かしく思い出せる会社です。
 この新聞社の記者だったときの思い出も書いておきたいな。

11032208 5月17日(金)の松戸自主夜間中学校のKAMOさんの漫画の授業のあと、柏の『平井食堂』で、当日漫画の授業の教材に使った沢野ひとしの漫画の話をしました。それで、沢野ひとしさんというのが、誰と結婚したのかというような話になり、私は小説ではこうだったけれどと『銀座のカラス』の内容を思い出しました。
 この中で沢野ひとしにあたる登場人物は、木村晋助にあたる人物の中学か高校の生徒会の同級生の女性と新宿のビヤガーデンで会い、一目惚れして、やがて結婚することになるのですが、KAMOさんの正確な情報だと、本物の沢野さんは同じ職場の女性と結婚するようです。「なんだ、あれも小説の中の出来事なのか」と思ったものでした。

書 名 銀座のカラス
著  者 椎名誠
発行所 朝日新聞社
1991年10月1日第1刷

 それで次の日の18日(土)に朝早くからこの本を読んでみるみる間に読み終えてしまいました。私は4年くらい前に椎名誠の本は40冊ばかり、ある飲み屋の女性に送ってしまいましたが、この朝日新聞社の本はまた私の兄からもらっていたのです。
 これは椎名誠の『哀愁の町に霧が降るのだ』『新橋烏森口青春篇』に続く3部作といっていい作品です。高校生からそのあとのバイト及び仲間で住んだアパート生活から業界紙に勤めて、次第に大人の社会へ出ていく椎名誠の姿が描かれています。
 私にとって、椎名誠はちょうど『哀愁の町に霧が降るのだ』の中巻で就職した「温泉新聞社」(これは実際に存在する会社名で、小説の中では別な名前になっている)に、ほんの少しばかりいた、言わば先輩になる方であり、非常に親しみを感じています。小説の中で、あれほど学生時代(椎名さんたちの生活が学生生活とはいえないかもしれない)に飲んでばかりいるのに、また社会に出ると、これまたとてつもなく飲んでばかりいる職場と同僚たちばかりだという姿に、私も「同じだな」とよくよく思ったものです。作品の中では、主人公たちがよく飲んでばかりいるわけですが、またよく働いている姿もよく見えるわけで、まったく同じだよなと思います。
 しかし、この3部作のどれをよんでも、なんだか「せつない」です、悲しいです。自分のあの頃が思い出されるからかな。少しも豊かではなく、毎日懸命に働いて、毎日飲んで、ただそれだけで日々が過ぎていった思いです。仕事が終わって恋人と会うのもけっこう大変でした。日曜日に彼女が来てくれたり、休みの前の日に昔の仲間と会えるのがなんだか安らぎでした。
 この『銀座のカラス』のあとの物語はどうなるのでしょうか。『岳物語』にまで至るのには、まだまだ時間がありそうだから、ぜひ続きの話を書いてもらいたいものです。いやもう書いているのかな。(1996.05.21)




2017112702

書名  きんいろの木

著者 10122203 大谷美和子
絵   沢野ひとし
発行所 講談社
定価  1,150円

まだ自分の子どもたちが小中学生の頃は、私は子どもたちの買った本は漫画以外は必ず読んだものです。漫画も読むようにしているのですが、あまりに多いし、それと「りぼん」なんか、「ちびまるこちゃん」とその他2、3以外は、いくら見ても区別がつかないものでした。
この本は、夏休みの青少年読書感想文全国コンクールの課題図書でした。こどもたちの夏の感想文の宿題用に、妻が買ったものです。二人の娘たちも珍しく読んでいました。普段は漫画ばかりの二人が、よく読み通していました。
私も読みましたが、やたら感動したり、涙出したりしないように考え読み終りました。でも読んでやはり良かった。重い自閉症の長男光と次男悠、一番下の女の子未来と、ちから強いお母さん優しいお父さんの5人家族が描かれています。
未来と友達由美子の会話。

「そんなんができるんやったら、ひーちゃんの病気、なおせないんかな
あ。」
「さあ、無理なんとちがう?お父さんがいうてたけど、ひー兄ちゃんは
病気とかやなくて、ああいう状態がひー兄ちゃん……、とかいうてた。
ようあたしにはわからんねんけどね。……お父さんの考えはね、なんで
もふつうの人と同じことができるのがええ、いうのはいややねんて。で
きんもんはしょうがないでしょ。ひー兄ちゃんみたいに。なんでそれが
わるいんや、って。」
「おっちゃん、すごいね。」
「そう、ひらきなおってるやろ。」
あらためて未来は、そんなお父さんが好きだと思った。
「お父さん、もっとはっきりいうねんで。みんな、生きものやないか、
やて、人間だけが地球の生きものやないぞ、ほんのひとにぎりの故障の
ない人間だけを基準にしているんはおかしい、いうねん。」
「わあー、すごーい考えやねえ。」
由美子は目をまるくした。でも未来は、お父さんがとくべつなことを
いっているとは思わない。小さいときからそういうことは、くりかえし
きいてきた。

お母さんが、金のピアスして、フレアスカートはいて、ソバージュして、ちりちりパーマかけ、はやりの髪かざりして、派手なリボンをつけようとする。

「光をつれて歩いたら、知らん人が気の毒そうな顔でみるでしょ。あれ
がいややねん。」
「うん。」
未来はうなずいた。でも悠は、
「ふうん、そうかなあ。」
と、首をかしげた。
「障害児の家族は不幸やなあ、と思いたい人は勝手に思わせといたらえ
えねん。」
悠は、それまでのぶすっとした顔をやわらげていった。
「くやしいことはないの? わたしら、なにもそんなふうに思うてへん
のに。」
お母さんはむきになった。
「これがうちのありのまま。それがどこがわるいのよ。色めがねで見る
ほうがわるいでしょうが。だからね、光と歩くときはぜったいおしゃれ
してね、楽しそうにして、いらんかげ口きかせないようにするねん。」
お母さんは鏡をのぞくこんだ。
「それがつっぱってるっていうねん。ふつうにしとったらええねん。」
悠がなだめるようにいう。

未来には、光がわからなくなることがしばしばある。
「こういう障害を持って生まれてきたんや、それが光なんや。」
と、お父さんはいう。それはだれのせいでもない。悠や未来やそのほか
のたくさんの子が、障害を持たずに生まれたのも、たまたまそうであっ
たということだけだ、と。

未来は多分ずっと光に振り回されてきた。いや家族全員が同じなのでしょう。だから自分ひとりの城、ワンルームマンションにあこがれる。物語の最後3人兄妹で歩くところがあります。このまま光兄ちゃんはどうなるのだろう。

「ねえ。」
未来は悠を見た。そしてきくつもりはなかったのに、
「ひー兄ちゃん、おとなになったら、どうなるの。」
といっていた。悠はちょっとだまった。それから、おこったように短く
いった。
「おまえは、いらん心配せんでええねん。」
未来は小さくかぶりをふった。
「おれ、ちゃんとする。おまえはどこへでもいったらええ。」
ひとり暮らしをしたいと夢みていることは、今も同じだ。だけど、と
未来は思った。
悠兄ちゃんはどんな夢を持っているのだろう。おとなになったら、ど
んなことしたいと考えているのだろう。
そしてさっきのキンモクセイの花をひろっていた姿を思った。
未来は顔をあげ、大きく息をすった。
「悠兄ちゃん、ずるいわ。そんなん、なしやで。おばちゃんがいうてた
やない。ひー兄ちゃんのせわしたら、ええことあるって。悠兄ちゃん、
ええことひとりじめする気ィ?ふうんだ。あかんで、そんなそんなゆる
せへんもん。あたしかて、三人のうちのひとりやもんね。わすれんとい
てや。」
悠はなにも答えない。未来もそれ以上いうことはない。口にしてしまっ
たことで、気が楽になったような、それでいて気はずかしいような、へ
んな感じだった。

やっぱり涙は出すまいと思ってましたが、ここでグットきました。子どもたちの前だから、そしらぬふりでごまかしましたが、やはりいい兄妹です。
なかにくだらない宗教家がよけいなこといいにくるところがあります。私はこの本の中に入ってぶん殴ってやりたい。たしかにどこにもいるんですよね、こんな馬鹿が。

でも私も思い出しました。ある日私は五反田から池上線にあるクライアントヘ行くので急いでました。約束の時間に遅れそうだった。私時間を守れないのは絶対に嫌なのです。ホームを走っていた。ホームから階段駈け上がっていくところで、目の片隅に車椅子とそのそばの多分ボランティアの方が、もうひとり車椅子を持ってくれるひとさがしていた。私は駈けあがってから、私は駈けおりて、声かけるべきだと思いました。が、私は約束の時間に遅れるのがかっこ悪いとの思いで、そのままいってしまった。私は池上線でそのことずっと考えました。そののちずっと。私がそこで手伝ったって5分か10分遅れるだけなのです。クライアントの社長は話せば、ニコニコ笑ってくれるだけでしょう。何故私は当り前のことやらなかったのか。
それから私は同じようなことがあったら、私は当り前にふるまおうと思い実行してきました。自分で自分に納得できることやらなかったら、子どもになにもいえません。この世に生を受けて、みんな同じなのです。みんな努力すべきなのです。ただ役割としてできることはやっていくべきです。
私のこどもたちも、この本を読んで良かったといってました。これで感想文書いたのかどうかは忘れてしまいました。でもできたら自分たちの身近なことをこそ思い出してほしいと思いました。

私は子どもたちがときどき学校なんかで、どう考えてもひどいとおもうことあると、「うぬ、俺がいってやる」叫んでしまうことがありましたが、いつも子どもたちに止められてきました。そしていつかしら子どもたち自身で解決しているんですね。
私の長女が確か小学2年のころ、学校帰りに少し知恵遅れの子の10メータくらいあとを友だちと二人でついて歩いているのを偶然見たことがありました。私はあとで、「お前なにしているんだ」とききました。実はその子のことを他の男の子たちが学校帰りにぼろぼろに殴ったことがあるんです。私はそれを聞いたとき、「うぬ、そいつらみんなぶん殴ってやる」と怒ったのですが、そのとき長女は「パパそんなことやめて」といったのです。
それでその結果が、こうして学校帰りに娘が友だちと毎日その子の周りを見はっていたのです。「でも○○くん、なかなか家に帰らないから、大変なんだ」といってました。
あんなことをたくさん思い出してほしい。そしていまでもこどもたちの周りには、たくさんの異端と思われるものがあるのですね。でも私ら含めて、みんな「たまたまそうであったということだけ」なのですよ。

それからこの本のさし絵かいている沢野ひとしさん、いいですね。私は椎名誠が好きで、彼の本はほとんど読んでいるのです。それでもう沢野ひとしさんは他人と思えないのですね。いつも椎名誠と一緒に生きてきたウスラバカで胃に歯がある大めし食らいの沢野ひとしさん、いいですね。彼のさし絵はどれもいいですね。(以上は多分1996年くらいに書いていました)。

今これを読んでいて、また私は涙を流していました。もう私の娘二人はこの物語を覚えているでしょうか。でもこうして何らかのことを書いておくといいですね。私はまたこれを読むだけで涙に溢れてしまいました。またどこかで(多分図書館でかな?)大谷美和子さんの本を探して読むことでしょう。(2010.12.22)

続きを読む

↑このページのトップヘ