将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:浅田次郎「黒書院の六兵衛」

13082617 浅田次郎「黒書院の六兵衛」(330)へジバゴさんから、次のコメントがありました。

1. Posted by ジバゴ 2013年08月27日 15:15
はじめまして。 ワタシもこの新聞を読むのを楽しみにしておりました。 最終回は隼人が六兵衛との別れを惜しむ気持ちに共感しなんとも感動しました。
思いもかけずこのブログで再度読むことができ嬉しくありがたいです。

ところで挿絵が異色の画風で最初は面食らいましたが、今ではあの独特な目つきが懐かしくなっております。当地方の新聞では白黒の絵でしたがそちらではカラーのようですね。 色付きだと感じが違うようで一度読んでみたかったです。

 私はこの作品の最後をこう書きました。

 供連は翳りの中をしずしずと去ってゆく、漆黒と純白のみを彩と信ずる江戸の夕景は、そのうしろかげにこそふさわしい。
 そしてこのあとに「完」という字があるのです。もはや大きな時代が終わったのです。これから本当の「明治」という時代なのです。

 明治なのですね。新しい時代なのです。私たちには明治というと古い時代です。でもこのときには「新時代」なのですね。そして昭和は実に新時代でした。でも大正も私の両親、私の義父母が生まれた時代です。私は以下で大正天皇の作品を紹介しています。
周の漢詩入門「大正天皇『梅雨』」
また
  わが家のおかあさん2010.07.28
に私はこう書いています。

この天皇が実に1,367の漢詩を作られているのです。この数は歴代天皇の中でも群を抜いています。その次が後光明天皇(江戸初期)で98、その次が嵯峨天皇(平安初期)で97です。大正天皇が驚くべき方だったということが分かるかと思います。

だが私には、この大正時代は振り返れても、江戸時代ははるかな昔です。でも私の四人の孫から見ると、それもまた「はるかな昔」なのでしょうね。

当地方の新聞では白黒の絵でしたがそちらではカラーのようですね

 これを読んで驚きました。そんなことがあるのだなあ。13082619
 しかし、この「挿絵」というのもいいですね。こうした作品が本になるときは、もうこうした挿絵は忘れられてしまいますが、それを活かした本(インターネットでもいいけれど)がほしいものです。
 なお、こうしてレスをお返しするのが遅くなりもうしわけありませんでした。

13012203 浅田次郎「黒書院の六兵衛」(245)へmatoyaさんから、以下のコメントがありました。

1. Posted by matoya   2013年01月20日 18:40
  コン!…….
間違えました。こんばんわ周さん、御無沙汰です。
狐説のmatoyaです。

新六兵衛の徳川慶喜説がでましたか。
海舟なら、旧幕の徹底抗戦派に慶喜が見つけ出されず、担ぎ出されることなく、どこかで静かに隠れてもらいたいでしょう、新六兵衛のように、城の真ん中で目立っていては、具合悪いと思うのです、といって、切腹でもされたら、仇打派が奮い立ち 反維新政府勢力が増幅しますので、慶喜には、どかでひっそりと 生き恥をさらして、人々から忘れ去られるまで、延命してもらいたいとでも、私が海舟なら、考えます。慶喜と入れ替わるなら内藤筑前あたりが、適役かと、そして直心影流の達人の新六兵衛が警護役兼目くらまし(注目)役。しばらく江戸城で幽閉し、筑前を水戸へ、世の中が平定すれば、入れ替え直す。そう考えると、新旧六兵衛の話は、隼人たちの関心を六兵衛に引きつけておく為すべて作り話か、なら海舟以下の旧幕のキャストたちは、相当な役者ぞろいだな、海舟は脚本賞、特に子役の泣きの演技はオスカー賞もの。でも、化かしの名人の狐が六兵衛なら、辻つまが合うのですがねえ。え?、やけに狐にこだわるなあと、それは、秘密です。それでは、しっぽ掴まれぬうちに、ドロン!

 私は前にも書いたのですが、私の今住む東京北区王子は狐がものすごく縁のあるところです。王子装束稲荷の小さな境内で、まだ小さかったポコ汰を写真で撮ったことがあります。王子の飛鳥山公園の南側の都電を見下ろせるあたりでは、江戸時代には瓦を投げる遊び(瓦といっても小さくしたものでしょうが)、その先には田圃ではなく、ただの荒地だったのでしょうね。
13012204 この時代にはたくさん狐もいられたものなのでしょう。でもこの小説の時代ではねえ、もう狐もどうしようもない、活躍はできないと思うのです。狸は今でも、住宅地でも庭などに穴を掘って生きているようですが(事実私の以前住んでいた千葉県我孫子市では聞いていました)、でも「高畑勲『平成狸合戦ぽんぽこ』」でも登場した狐が言っていましたが、今は狸とは違って、狐の方が住みにくいのです。狐のほうが純情なのですね。
 これはこの「黒書院の六兵衛」のときも同じだと思うのですね。私の家のすぐそばにも小さな稲荷神社があります。もう狐もああいうところで治まってしまったのでしょう。
 そういえば、私には登場人物の勝海舟も格好悪い人物です。書きのこしている漢詩は一つもよくないし、そういえば米国へ行ったときも、彼は咸臨丸の中で船酔いで船室でずっと寝ていたようです。何も役に立たない人だったようです。江戸城を開城するときの西郷南洲との会談のときだけがいいのじゃないかな。
 そういえば、我孫子の布施(あ違った。柏の布施だ)に、ある古い家で(私は写真撮影の仕事で行ったものです。数奇屋造りの家を撮影しました)、海舟と西郷従道の書いた書を見ました。二人(鴨猟に来ているのです。もちろん、お供は何人もいたでしょうが)で、書いているのですが、はっきり言いいまして、少しもいいとは思えないものでした(従道のほうが良かった)。
 まあ、家に本妻と妾を同時に置いたという世界でも珍しい人物ですからね(狭い家にこんなことをやったのは世界の歴史の中で勝だけです)。奥さんが、「今度生まれて来ることがあったら、絶対にこの勝13012205には会いませんように」と願ったのは(願をかけたようです)、よくよく分かります。
 なんといいますか、私はこの『浅田次郎「黒書院の六兵衛」』の的矢六兵衛が狐であるというお話には、少しも興味を持てないものです。もっとそうではないことを、浅田次郎さんは描いていると思うのですね。

13010117 そうかと今気がつきました。毎朝の『浅田次郎「黒書院の六兵衛」』を待っていて、「あれ、今日はこないのか」と気がついた私です。
 日経新聞は、いつもそれほど面白いとは感じられないのですが、これはいつも待ち遠しいです。
 思い出せば、私がこんなに新聞の連載小説を読んだのは、昔温泉新聞(この新聞は旬刊でした)で、『あなたに似た街』という連載小説を読んだとき以来です。
 この街とは、松戸市の新松戸駅前に広がる街のことでした。

12101313 matoyaさん、ありがとうございます。私の「黒書院の六兵衛」(146)に寄せられたコメントは以下の通りです。あのそれで昨日は私はどうしてか疲れていましたもので、これを読むのも今朝(しかも8時代)になりました。
 それと「matoya」さんは漢字で書きますと、どうなるのですか。興味があります。

1. Posted by matoya   2012年10月13日 23:32
  周さんこんばんわ。黒書院の六兵衛はますます目が離せません、いろんな人に六兵衛を語らせながら、その実、語り手本人の人間性や生き様を描写しているとこが、実におもしろいです。あと、本人に語ってほしい人は、同心の尾関孫右衛門の下女おふじ、与力の忌部新八郎の叔父、金貸し淀屋辰平、御書院番の御番頭、出雲之守、的矢家の新助以外の三人の奴、若い女中おまつと古い女中のおかね、郎党の的矢欣次郎、もとの奥様が連れてきて暇を出された女中頭、大御番士の兄、御隠居様と大奥様、元の的矢六兵衛とその妻、新六兵衛と妻。
私はまだまだ。新六兵衛の正体の狐説を捨てません。なんと146話で御書院番八番組の御頭、秋山伊左衛門が狐につままれたようなと、いってましたから。
最終回あたりでこの秋山と上司の御書院番の御番頭、淀屋辰平の三人のつかまされた小判が木の葉に変身してたら、愉快でしょうね。これも願望ですが、元の的矢一家は、実家の大御番士の兄の家で身を寄せていてほしいです。
以上勝手な妄想ですみません。

12101314 前に書きましたように、私が今住む王子には狐の関係のものはいくつもあるのです。私が以前に「狸屋」さんの歳のいった方に「王子は狐ばかりのところなのに、このお店はどうして狸なのですか?」と尋ねたのですが、そのおばあさんは、「分からない、もう昔から狸だったのです」という話で、でもそれより私の下駄が珍しい(前に鎌倉で買いました下駄でした)と言ったものでした。
 それで王子の狐に関したものはいくつも見てきました。12月31日夜の王子の狐の、行列には参加してきました。王子装束稲荷から王子稲荷までの行進です。王子稲荷は大きな神社ですが、装束稲荷は実に小さな神社です。

  http://shomon.livedoor.biz/archives/50816544.html
    王子・狐の行列

 私は孫のポコ汰をここの神社の前で写真を撮ったことがありますよ。まだ小さかったポコ汰でした。
 今は12月31日に人間が大勢歩くのですが、昔(江戸時代の頃までかな?)、本物の狐が大勢集まって歩いたそうです。
 あのジブリの映画の「平成狸合戦ぽんぽこ」も好きな映画です。あの映画でも言っていましたが、狸のほうが狐よりも現代は生きやすいようです。私のマンションのすぐそばにも、稲荷神社はあるのですが、もう狸とは違って狐(実際の獣の狸と狐)には住みにくい今の日本、東京なのでしょうね。
 狸は、私が長く住んでいた我孫子でも、「家の庭に狸が穴を掘った」なんて話を今も聞くのですよ。でも狐はないのですね。

 この「黒書院の六兵衛」は江戸時代の話(ただし、その江戸時代の末期ですが)ですね。でもそのときには狐ももっとやれたのかもしれませんね。
 この王子にはものすごく関係ある狐ですが、どうなのだろうと、私はますます分からなくなります。
12101315 今が「狸や狐が何かするよりも、もっとひどい時代だからなあ」なんていうくだらないこと(こういうことを平気で口にする人が現実にいますよ。現実の狸はもっとしたたかに生きています)では終わらせてほしくないです。まあ、浅田次郎ですから、そういう風には終わらないでしょう。でも私は「蒼穹の昴」では、少しがっかりした気があって(だから、この「黒書院の六兵衛」がその後読みます初めての本です。

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