将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:浦和会

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 ちょっと何日かUPできていませんでした。

2014/06/15 02:55また朝になりました。
 昨日はひさしぶりの浦和会でした。
2014/06/15 09:08昨日浦和会のあと、赤羽東口を歩いたのですが、もう実にたくさんの人がいつぱいいて驚きました。私たちができたら入ろうかと思った店も長い行列ができていたものです。
 もう驚くほど多い人ばかりで、たしか4年くらい前に王子の街を歩いていた高校生の女の子四人が、「王子って、なんというださい街なの。なにもない、誰もいない街じゃないの!」と言っていたことが実に思い出されます。

2014/06/16 03:32こうして朝です。
 今テレビをつけました。Eテレ・テレ朝はこの時間で今日はまだみられません。
 今気がついたのですが、昨日6月15日は千葉県の県民の日なのですね。そうなんだ。6・15というと樺美智子さんが60年安保闘争で殺された日だとばかり思っていたものでした。
 こうしてここにあるサルビアの種の袋を見ます。そこで知ったのですが、このサルビアの花ことばは”燃ゆる思い”だそうです。14052502
2014/06/16 03:55思い出せば私も「花詩集」という花ことばを集大成してある本をもっていましたね。あの小さな本には思い出があります。私が1969年の東大闘争での接見禁止が解けて、府中刑務所の拘置所で最初に差し入れになったものです。私はもう不満でなりませんでした。とにかく、莫大に長く読める本を欲していたのです。花ことばの情報なんか、読むものではなく、調べるものなのです。当時は3冊しか差し入れできないのですから、もうこうした本の差し入れでは不満だらけなのです。こんな本ではすうに読んでしまうではないですか。
 でも差し入れしてくれた友人にはとにかく礼だけは言ったものでした(私の不満の思いは相手には伝わったようですが)。
2014/06/16 04:27今は普段履いているショーツ(短パン)を替えました。昨日届いたものに替えたのです。
 昨日「父の日」だったのですね。「じいじの日」「祖父の日」というのも造ってくれないかなあ。
2014/06/16 05:57またテレビをつけました(もちろん消音で)。もうすぐ6時です。
 今ずっとテレビ広告のステテコを考えました。今はポケットがついているようです。でもベルトがつけられないのかなあ。いえベルトがつけられないと、私の左右のデューロカーゴがつけられないのです。でもベルトなんてこれは下着なのだから、無理ですよね。今のショーツ(短パン)でいいか。
2014/06/16 06:21とにかく私のパソコンとディスプレイの新しいものが着かないと、どうにもなりません。明日です。19インチのディスプレイが楽しみなのです。私の将門Webでこの画像を出します。14052503
2014/06/16 18:02今はおはぎの家にいます。17時19分にここへ来ました。17時45分からポコ汰のともだち3人が来まして、そのうちの二人とポコ汰でゲームのマリオ何とかをやっています。でも友だちは6時には帰りました。あわただしいですね。
 明日12時から2時の間に新しいパソコンとディスプレイが来ます。それでまずはディスプレイを替えて、それを上手く使えるようになったら(これは簡単にできるはず)、新パソコンを入れてみます。これで上手く行くはずです。


 樺さんを思い出すこともあるのです。

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 この頃6時(5時代も多いのですが)を過ぎてから起きることがありまして、困っています。

2014/06/14 02:24もうどうしても目が覚めるものです。眠ろうとしましたが、無理でした。
 昨日書いたことですが、ディスプレイを買い換えるのはもう少し早く決断すべきだったなあ。今のパソコンを買ってまだ2年ちょっとしか経過していないから油断していました。今度17日に来るのは19インチです。ばあばのが17インチだから、それより一回り大きくしました。そのディスプレイで私の将門Webを見ることが実に楽しみです。
 今日17時から開催される浦和会も楽しみです。
2014/06/14 03:04私が野村さんからの今日17時からのケータイメールをなくしてしまい(いくら探してもないのです)、困っています。今日また私から再度メールして送付してもらいましょう。しょうがない私です。
 とにかく17時から赤羽駅南口の店だろうから(間違いないでしょう)、16時30分には店に入るつもりでいます。
2014/06/14 03:33困ったなあ。いえ、赤羽へはタクシーでいくつもりなのですが、いわば入場券をどうやってスイカで買い、入るのかなあ。まあ、とにかくやってしまうことですね。
2014/06/14 04:08今もまたXDR-63TVで聴いています。今このポメラの単語登録を見てみました。
 それと私のオメガの腕時計(私の父の形見)を見てみました。いつもは腕にはしていないのですが、今はしてみました。もうこの時計は常時持つようになって22年になるのだなあ。ただし、普段は私の外見では見られません。


こうして腕時計もしてみるものだなあ。

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 以下の「新しい機器」は「これがいいのじゃないか」と思ったのはあったのですが、どう手に入れたらいいのかが大変なのです。

2014/06/11 05:43もうすぐ6時になります。
 昨日三人の孫と接した時に、「何か新たな機器が欲しいな」とは思ったのですが、自分では何も思いつかないですね。

2014/06/12 05:46今まだ今日の新聞(日経新聞と日経産業新聞)がこないので、部屋の外へ出て、見てしまいました(外へ出てみました。新聞が引っかかっているのかなあと思ったのでした)。
 でもたった今入ってきました。チラシ、日経産業新聞、日経新聞の順で読みました。チラシではEveryPadの広告内容が気になりました。あとでインターネットで見てみます。
2014/06/12 06:31今ずっとこの将門WebのUP数が少ないことが気になって仕方ありません。私がちゃんとやり切れていないのです。


 この後、もう今使っているディスプレイが古いのでしょうが、それでパソコンとディスプレイを決めてすぐに注文しました。
「2014年6月17日」の12時から14時に到着します。なんか遅いなと思ったのですが、「土日を除く2日目」というのはその通りです。
 それから浦和会が明日14日17時から赤羽で開催されます。私が王子だからなのでしょうが、こうして赤羽で開催されます。

X12121801 私が昨日の浦和会での私のチラシで書きましたことなのですが、私はA4の用紙の両面に12月15日にプリントしていきました。
 それで思ったのですが、やはりどうしてもこのインターネット上でブログで公開したほうがはるかにいいものですね。紙の上ではリンクしてありましても、そこをクリックしてそこへ飛ぶことはできません。
 そのことをつくづく感じました。やはり紙の上ではどうにもならないものですね。
 私は今も手紙を書きますが、そしてそこでインターネット上のリンクも書いているわけですが、やはりメールと違って、どうにもならないものですね。
 そのことを深く思いました。
 もうこれは仕方のないことですね。

X12121509 これだけしか書いていないんだ。

2012/12/15 12:21今「生活笑百科」を見始めました。
 この直前に書きました「ニュース将門」で私は記事と写真でもう涙だけになっていました。もう銃の所持を自在にしている米国は嫌です。
 もうこの番組を見て笑って行きたい思いです。
2012/12/15 12:41今また他のチャンネルのテレビを見ています。

 このポメラを浦和会へも持って行ったのでしたが、結局書いてはいませんでした。

X12121504 萩原周二よりの個人的情報発信 2012.12.15

1.私は今日の浦和会の知らせをEさんから受け取っているはずだと思っていましたが、ケータイメール内にないので焦りましたが、Cメールだったのですね。これで確実に行きます。
 またここに書いたことを、私のインターネット上のブログ

   http://shomon.livedoor.biz/  将門Web

にも、今夜15日か明日16日に、この文章をUPします。なおその際に、固有名詞他は、別な名称にします。

2.私はこの将門WebにUPしている量は、ただただ量だけは、世界の米国にも中国にも負けていません。ただUPする数は中川翔子さんなどのほうが上です。ただし、量だけですよ。質はダメに決まっています。
 ただとにかくこうして日々書いていけることは嬉しいことです。私は月に、200くらいのUPをしています。
 それとここに私は読書の感想文を「周の雑読」と称してUPしています。もう数は1,600を越えています。とにかく、これを3,000書いていくつもりです。やがては5,000を越えるつもりです。
 本を読むことはいいのですが、その読んだ思いを書くことが大事だと考えているのです。
X12121508 今私は「司馬遷『史記』」の黄帝から始まる五帝から、夏を終えて、今は殷のことを書いている途中です。まだ書いて行きますが、周の西周の時代を少し書いたら終わりです。いやそれ以降は、またいろいろと他の本でも書くことがあって『史記』だけと限らないのです。ただし、『史記』も五帝の前の三皇のことはあいまいというか記録がないのですね。

3.上の本のことだけでなく「周の映画館」と称して見た映画のことも多く書いています。前には、任侠映画が多かったのですが、今は今年封切になった映画も書いています。今日本映画はいいですね。最高だと思いますね。
 今私は64歳で老人ということで、映画は実に安価に見られるのです。そして必ず私はプログラムを買うのですが、今回「降旗康男『あなたへ』」はこのプログラムがすべて売れきれで困りました。
 もちろん、私のブログには、私の文章だけでなく、映画のいくつかのシーンの画像も入れていますよ。

4.その他私のブログ将門Webでは「周のニュース」ということで、いくつものことを書いています。今日書いた「米東部コネティカット州の小学校での銃乱射事件」は悲しく嫌な悔しい事件でした。
X12121506 いや私はこの毎日のニュースでは、ITのことも、健康についても、その他も書いていますよ。私のような酔いどれが、パソコンからインターネットを通じて書いていけることは嬉しいことなのです。嫌な悔しいことでも、できるだけ毎日書いて行きます。

5.その他日経新聞の連載小説である「浅田次郎『黒書院の六兵衛』」も毎日書いています。明治維新という大きな転換点を、今までの歴史や文学では書きえていなかった、この小説が実にいいです。私も毎日書くことで、今の現状も見えてくる気がしています。
 私の思いでは、この「浅田次郎『黒書院の六兵衛』」は夏目漱石にも森鴎外にも負けない作品だと思っていますよ。

6.またNHKの連続ドラマ『純と愛』についても毎日書いております。これは実にいいドラマです。ときどき思い出の中に出てくるおじいの姿を見て私はいつも涙しています。
 こうしてドラマが見られて私はものすごく嬉しいです。

7.私が毎日書いておりました『吉本隆明鈔集』は私が過去書いたものは終わりました。もちろん、これからも書いていくつもりですが、まずはひとくぎりしました。
 私には吉本(吉本隆明)さんが亡くなられて、なんだかものすごく寂しいと同時に、もう俺も終わりにすべきかななんて思いましたが、それは吉本隆明さんの言われていることと違う、もっと寂しくとも生きて行こうと思っています。X12121507

8.私の孫、ポコ汰朗、ポニョ、ポポ、じゅには私の将門Webのサイドバーに今日現
在次のようにあります。

ポコ汰はいくつになったの?
ポコ汰は1月3日生まれ
5歳11ヶ月12日♪
★6歳の誕生日まで19日★

ポニョはいくつになったの?
ポニョは8月2日生まれ
4歳4ヶ月13日♪
★5歳の誕生日まで230日★

ポポはいくつになったの?
ポポは2歳7ヶ月4日♪
★3歳の誕生日まで147日★

じゅにはいくつになったの?
じゅには2歳と26日♪
★3歳の誕生日まで339日★

X12121505 私は上の三人へは、できるだけあまり行かないようにして、一週間に2回くらい行っています。この三人の保育園のクリスマス会へは22日、じゅにのには、26日に参ります。
 この孫と会えることと、毎日吉本(吉本隆明)さんのことを書いていけることが私の今の無上の喜びなのです。 以上

X12121503 本日12月15日(土)は浦和会が開催されます。18時から始まります。もし参加の意向がありましたら、私か野村さんへのケータイにお願いします。
 私には嬉しいことに赤羽で開催されます。もう王子に住んでいる私には大変に嬉しいことです。
X12121503 でももう私も年寄りです。何時に帰ろうかなあ。
 今回はたしか第41回だと思いました。

12012811  昨日1月28日に埼玉大学の友人でありました小島均さんのお墓参りに行ってきました。私を含め8人の友人が集まってくれました。そこで私の持って行きました文書をここに掲示いたします。

         萩原周二よりの小島均さんへの思い     2012.01.28
1.私はいつも「書き言葉」と「話し言葉」ということを言っています。そして、私の友人でありました小島均さんについても、私の書き言葉で、こうして書いておきたいと思いました。もちろん、私のインターネット上のブログ

   http://shomon.livedoor.biz/  将門Web

にも、今夜28日か明日29日に、この文章をUPします。
2.小島均さんのことを思うと、いくつものことが思い出させます。思えば彼には手紙も書いたことはなかったのだと思い出します。私は手紙はけっこう書いていて(2008年には私的な手紙は600通を超えました)、でも彼には書いていなかったのだと悔やむばかりです。でも今では、ケータイメール(私はけっこう長文のケータイメールですよ)が多くなりましたが、彼とも交わしたかったものです。
3.彼と私は1967(昭和42)年に埼玉大学に入学し(ただし、彼は私より2歳年上でした)、同じ歴史研究会に入り知り合いました。彼はよく、年上の先輩方とも、丸山正男や吉本隆明の話をしていまして、当時は丸山正男は知っていましたが(高校時代に岩波新書の「日本の思想」は読んでいました)、吉本隆明は私は名前もまったく知らないもので、いつも驚いていました。
12012812 でも今では、吉本隆明といえば、私のサイトは知られていますし、吉本(吉本隆明)さんご自身も、私のことをマスコミ者に対して、「律儀な人」と言われるようになりました。これも、思えば小島均さんのおかげだよなあ、と思っています。
4.思い出せば、1967年秋のむつめ祭で、我が歴史研究会は講演会で高島善哉を呼びまして、そのときに、小島均さんが彼の腕を取って歩いていたことを(高島さんは目が失明に近いくらいに見えませんでした)思い出します。
 高島さんが、小島均さんの言うことに対して、「長洲(神奈川県知事だった長洲一二のこと)なんか読んだってしょうがないよ」と言いまして、あとで小島均さんが舌を出したのを覚えています(私は小島さんが舌を出したのは、初めて見たものです)。
5.その翌々年1969年1月、私は東大闘争で逮捕起訴され、府中刑務所に拘留になりました。このときに、彼は3月に2度、4月に1度、7月に1度、8月に1度面会に来ています。その7月の接見面会で、彼が私のことを「うらやましい」と言ったのを覚えています。私は今孫のじゅにが「千葉県こども病院」に入院していますが、最初の昨年5月は府中市の「多摩医療総合センタ−」に救急車で運ばれました。私と妻はあわてて、京王線のどこかの駅で行ったものでしたが、そこからタクシーで府中刑務所のわきを通ったのでしたが、あんな遠くまで小島さんは面会に来てくれていたのですね、そのことを強く思い出していました。
6. 私がその後、芝浦工大事件があったのちも、また1970年の秋にも、学生運動の場で、激しくやっていると、彼は「いつまでやるんだ」というような視線をくれていたものです。
 その後、社会へ出てからも、彼が職場のことで、私に相談に来たことがあり、でももうちゃんと応えられていたのかと不安です。
7.もう毎年年末の浦和会の忘年会でお会いするだけになっていました。いつも二次会に誘うと、言葉少なく断るだけでした。
 思えば、もっと話しておけばよかった。手紙もメールも書いておけばよかったと今は悔やむだけの私です。萩原周二

   小島均さんのお墓は「1-6-7-11」です。

12012713  今は秋葉原です。京葉線の新浦安に向かっています。もう東京駅ですね。また東京駅を歩くのですね。

   今は毎日乗っております京葉線の東京駅です。ちょうど2時に到着の予定です。今は地下だからメールが出せません。
  今日もいい天気ですね。でも風は冷たそうです。
 
小島均さんのことを思います。考えてみれば、彼とは同じサークル歴史研究会だったわけですが、彼が卒業してからは、1985年くらいの浦和会から会うだけだったのだなあ。
 それから今日が彼が亡くなって10年なのだから、思えば私はそれほどの付き合いだったとはいえないのだなあ。
 なんかいくつものことを思い出します。 涙は流さないようにしましょう。

1112121211121213  今は16時51分です。赤羽の「浦和会」の忘年会の会場にいます。まだ飲んでいません。

  上は昨日「浦和会」で書いていたものです。これを書いた直後野村さんが来ました。

   さらに今日12日になってしまいました。10日と11日もUPしていなかったものです。 このIS01では書くのもUPするのも楽なのですが、量が書けないことだけはだめですね。それがどうしても不満です。
  だからまだまだパソコンを利用しないと駄目ですね。
  今NHKでケータイゲームのグリーのことをやっていましたが、
  私はこのゲームがまったく駄目です。好きじゃないんだよなあ。仕方ないのですね。

4621bb2a.jpg「カーネーション」を見始めました。また私は涙になってしまいます。やっぱりあの戦争を許すことはできません。

 今は昼になりました。NHKの「生活笑百科」を見ています。これを見始めて、もうどのくらいになるでしょうか。なんかずうっと見ている思いがしますね。

  今は赤羽に向かっています。「浦和会」の忘年会なのです。妻に絶対に迷惑をかけぬように、飲み過ぎることを戒めます。
  今店に入りました。まだ私が最初です。

1112100111121002   将門Webで検索したらでません。私がUPしたものが、ちゃんとしているかということで見たいのでした。変だなあ。


  上は昨日11時40分くらいに書きました。そのあとはこのIS01が使えなくて(電池が充電していなかった)、それで昨日はもうポメラのみに書いていったものでした。
   いやこうしたことは、初めてのことですから、これからはこのことを忘れないでけっしてこういうことのないようにしていきます。

  でも今日は浦和会ですが、このIS01はもって行きますが、ポメラはいらないよなあ。それよりガラパゴスを持って行きましょう。それのほうが来てくれる方に刺激になると思うのです。

11111610 もうすぐ神田会です。名簿を用意したりいろいろしました。あとは飲むだけです。ただ、私は2日間完璧に徹夜なのですね。昨日の昼に少し仮眠を取るつもりでいたのですが、来訪者がありまして、その相談でその機会がなくなり、そのままです。これで飲んだらまずいかな。なにしろ神田会は飲むんですね。会場を探すのが大変なのです。宴会時間って、2時間が多いじゃないですか。延長しても30分でしょう。無理を言って1時間の延長。でも神田会はそれじゃだめなのです。2時間半くらいでおわると、必ず2次会になってしまし、そここそ効率が悪い(いや、誰がどこかへはぐれただの、どこへ行ったか判らないなどと大変です)ので、すべて1軒ですむのがいいのです。
 それで本日は4時間貸切です。これはいいなあ。
 でも思えば、浦和会というのは、いつも3次会4次会5次会とやっていたものでしたね。土曜日の午後6時からはじめて、次の日の昼をすぎても、まだ飲んでいまして、私は午後3時ころになって逃げ出したことがあります。今の浦和会はさすがに、朝の8時ころ解散です(いえ、最後の店のマスターが大歓迎してくれるのですが、さすが「もう朝だから、私を眠らせてよ」というんですね)。
 そんな話はさておき、本当はいろいろなことをいいたいわけです。
 今月18日は、「芝浦工大事件」のあった1969年9月18日からちょうど30年でした。埼大生かつ中核派の活動家であった滝沢紀昭さんが、芝浦工大で「反戦連合」がやってきたときに、2階から飛び降りて、脳座礁で亡くなってしまった事件です。そして私は、その滝沢さんを襲ったと言われる側の人間でした。30年というので、私の友人たちや先輩たちが、何人も滝沢さんの墓参りに行きました。滝沢さんのお父さんは87歳、お母さんが76歳でお二人ともお元気で、わざわざ埼大の人たちが来たということで、大歓迎してくれ、大量の酒が出まして、みな帰れずに,しこたま飲みまして、その日夕方からありました小野田襄二さんの出版記念会には、出席できなかったということです(小野田さんも埼大の先輩なのです)。なんだか、中核派だ、反戦連合だという前に、埼大生ということで、酒が酌み交わせるなんていいことです。
 私は、前々から予定していたことがありまして、どちらにも参加できませんでした。でもこの18日は、私は朝から、さまざまなことがあり、真夜中まで、上の芝浦工大事件の思い出含めて、感慨深い日でした。
 本当はそんな思いをたくさん書き残しておくべきだよなと思っています。(1999/09/29 18:34:30)

11090403 年があけました。みなさま、あけましておめでとうございます。今年こそ、私たちの手で少しは世界を面白くしましょう。
  それから、私の友人知人で、御自宅の住所を私が知っているかたには、「周の家族の年賀状」が届きます。職場会社を知っている方には、「周の会社の年賀状」が届きます。ただし、会社のはこれから宛名印刷の段階です。それぞれ現物と同じ内容のものが、ホームページの表紙から見ることができます。みてください。印刷のほうが活字は綺麗ですね。

  「周の会社の1999年の年賀状」

 毎年私の会社の年賀状をパソコンで作成してきました。いつもその年の干支のイラストを使っていまいした。今年もそう考えたのですが、何故か気に入ったものがありません。そこで「もういっそ、このホームページの表紙を使っちゃえ」と昨日31日に思い至りました。年賀状にふんどし姿の裸は失礼なのですが、まあイラスト姿ですからいいだろう、なんて自分で納得しています。
 思えば、こうしてホームページの表紙に私のふんどし姿を長女に描いてもらってからなんだかあちこちでこの姿を露出することが多くなりました。前にはたんなる私の下着だったのが、今では私を象徴するものになりました。あちこちの飲み屋でも、みな私のふんどし姿を知るようになりました。とくに若い女性は、「うしろはどうなっているの?」なんてのぞきにきます。
 私は昨年は「自作パソコンとホームページ開設の年」でした。そしてこのことは、単に私のみにとどまらず、これから21世紀を生きていく中小企業および個人に共通する大事なことであると思っています。昨年12月5日の「浦和会」にて、そのことを訴えた文章を配りました。またそのうちにこのホームページにも掲載します。
 そしてでは次の年である今年は何なのかというところでしょう。これまた私はもうすでにいろいろなところでお話しています。間違いなく、今年の年末になったら、「あ、たしかにその通りだったな」と言えるような気がしています。
 それでこの年賀状ではなんと言っても「安田弁護士の不当逮捕・不当起訴に抗議する!」という内容を述べています。あの事件以来、さまざまな方からお電話いただきました。けっこう熱心に喋りました。誰もが理解を示してくれます。だが問題は時間がかかりすぎます。1時間2時間はあっという間です。このアナログな方法だと大変に手間がかかりすぎるのです(もちろん直接電話でも、お目にかかってもお話できるのは大事なことです)。やはりそれよりも、私のホームページの「安田弁護士の不当起訴に抗議する!」を直接見てもらえばと思うのです。私のページのみならず、リンク先まで見ていただければ、おおよそのことは判るのではないかと思いました。
 そうした思いのときに、「港合同法律事務所」の高田さんと電話でお話していて、「あと私たちに何ができるのでしょう?」なんてことで、私はこうして年賀状にて訴えて、それを見たかたに私のホームページへ来てほしいと思ったのです。年賀状ではわずかな文面ですが、ホームページへ来ていただければ、もっともっとたくさんのことを知ることができます。
 おそらく、だんだん多くの方がインターネットに接せられる世界に触れつつあると思います。ぜひとも、職場でも、息子さんのパソコンででも、この安田弁護士の問題を見ていただきたいなと思っています。
 この安田弁護士の問題は、弁護士のみの問題ではなく、私たちあらゆるコンサルタントに対する脅しです。このことを見逃してしまったら、私たちはさまざまなクライアントに適正なアドバイスをするのにも「こんな真面目にやっていたら、逮捕されちゃうのかな?」という恐怖感を抱いてしまいます。「それなら、もういいかげんなことをアドバイスして、とにかく金だけはいだだこう」というコンサルタントが増えるに違いありません。とにかく昨年1年間でも、私は弁護士でも税理士でも経営コンサルタントでもあらゆるコンサルタントでいいかげんな奴が多いのを、それこそ嫌というほど見聞してきました。でもそんな奴等は、けっこうな顧客を持ち、けっこうな報酬をあげています。「港合同法律事務所」のように、真に顧客のために身を粉にして働いている弁護士さんが、いわれもないことで、デッチアゲで逮捕起訴されてしまいました。
 こんな馬鹿なことがあるでしょうか。私は警察を、検察を、裁判所を、そしてマスコミを糾弾します。
 そんな思いをこめて、あの年賀状を作りました。
 ただし、これから、宛名印刷に入ります。(99/01/01 8:35:12)

11080413 今仕事をしながら、これを書いています。プリンターがうるさく動いています。電話でクライアントの社長と打ち合せて(きのうの夜も自宅でやっていたな)、その合間にこうして書きます。それからしばらく会社に泊まっていたのでモデムでアクセスするところはいけませんでした。今夜は書き込みます。
 それこそたくさんの方がおいでになり、嬉しい悲鳴というところです。とくに昨日は埼大の後輩たちのむつめ祭常任委員会のホームページを見つけて、すぐさま行って書き込んで、互いにリンクしあいました。後輩といっても30年近く離れていると、もう顔が判らないのですよ。でもこうしてホームページでの話題があれば、会ったときにいろいろ話せていいですね。問題は「浦和会」の年寄り(つまり私の世代)たちだな。
 その同じ世代の一人が昨日夕方急にはじめてメールをくれました。会社ではもう必要だし、自宅では娘たちに教わっているといいます。私と同じく、若き時代に死力をつくして、学生運動に邁進していた男です。入学したときから、私と同じ学科で、そして不思儀に歌舞伎が好きで(河竹黙阿弥をすべて読んでいると言っていた。私も同じで歌舞伎もまた好きだった)、私と気があった。その彼が三派全学連の中核派になってやりだしました。私は国粋主義者でしたが、私も同じ時代を生きる男で、また激しくやりだしました。
 そんな彼が優秀な営業マンとして長年生きてきて、そして今は50歳のおじさんです。でもこうして、またインターネットの世界で出会えるのだと思うととても嬉しい。(10/30/98 14:09:37)

 13日、夕方から「浦和会」の忘年会でした。
 会場に着く前に、携帯に妻のメールが入ってきました。

  ………、飲み過ぎて、けんかしたり、転んだりしないように!
  お願いしますよ!

11060605 まったく妻にも子どもたちにも心配ばかりかけています私です。
 でも思うんですが、やっぱりこうして携帯でメールできるのはいいですね。けっこうたくさんの友人たちに、携帯でメールをすることを薦めてきまして、みな「便利だね」と言ってくれるのが嬉しいです。

11012709 長女おはぎの

    文教大学教育学部美術専修卒業制作展

に1月31日と2月3日に行ってきました。私は長女も次女も、その同級生とは、けっこう顔見知りです。はじめて会った子たちも多いのですが、初対面という気がしないのです。
 でもとにかく、いつまでいても見ていたい作品ばかりでした。「あ、あの子らしい作品だな」と思うことがたくさんありまして、「でも、これはどうやって作ったのだろう?」とか「これは、どう見ればいいのかな? 聞いてみたいな」という作品がたくさんあります。
 2月3日には、妻の大学時代の同級生が来てくれましたが、その方もけっこう驚きかつ感心していました。「よくこれだけのものが作れるな」という驚きなのです。そして、その作者たちは、会場にいるわけですから、それがまたけっこう初々しい若者たちなので、これまたちょっとした驚きなわけです。
 1月31日には、皆で宴会をしました。その店が私がいつも「浦和会」のときに、最後に行きまして、朝まで飲んでいるお店です。ここの店長がとても私たちのことを覚えてくれていまして(実に莫大な年月のつき合いですね。かつこの店長が大事にしているのは、私たちだけではなく、もっと大勢の人を大切に考えていてくれる方です)、そんなお店で、おはぎの同級生たちと飲みたかったのです。店長もまた差し入れを持って、制作展に来てくれたということでした。思えば、この店長の持っている優しさみたいなものが、ちょうどあの若者たちの作っていた数々の作品のもつものと共通なものがあるように私は感じていました。
 あの若者たちが作った作品は、全体的に一言でいえば、「圧倒的な迫力がある」のです。見ている私たちが、なんだかその迫力の前で、不思儀に動けなくなってしまうという感じでしょうか。そしてまた、不思儀に心がなごんでくる思いがしてしまうのです。
 いいものに出会え、いい若者たちとこうして共通の時間と空間を共有できたことはとても嬉しいことです。ゲーテ「ファウスト」の「時よ止まれ、お前はいかにも美しい」というファウストの言葉は、私が出会ったこんなときに生まれるものなのかななんて思ったものでした。

10122803 1月28日夕方に、27日に大学時代からの友人の小島均さんが急逝したという連絡が入りました。癌でした。でもお正月にはとても元気だったということでした。それなのに、まったく急なことでした。なんで、こんなに早くどこかへ行ってしまうのだろうと哀しいばかりです。
 彼は私と同じ1967年に埼大に入学しました同級生です。ただし年は2歳上でした。彼は経済学部でしたが、私と同じ「歴史研究会」というサークルで知り合いになりました。私はその中の「東洋史ゼミ」という部門で、彼は「日本史ゼミ」でした。思えば、このサークルの中では、私とは一番の論争相手だったかと思います。
 彼とはじめて知り合った時に、彼はもう丸山真男も吉本隆明もそのまま知っていまして、それどころか大塚久雄も宇野弘蔵もついでに高島善哉(思えば、今はこんな人を読んでいる人こそ皆無だろうな)知っていて展開できます。私は高校時代には丸山真男しか知らないのですから、驚くだけでした。それでもそんな無知な私でも、彼と論争できたのは、私がひたすら学生運動での実践のみを言い続ける活動家だったことです。私は思想的には、反マルクス主義で国粋主義者を自認しておりましたが、ただただ実践活動をすることにおいては、三派系の諸君と一緒の行動をすることばかりでした。私よりもずっとマルクス主義への理解の深い彼なんかは、逆に運動で実践のみしていく行動には批判的でした。思えば、けっこう言い合いをずっと続けていたかと思います。
 だが、私が東大闘争で逮捕起訴されたときに、彼は4月、6月、7月、8月とわざわざ遠い府中刑務所まで面会に来てくれました。思えば、彼にとっての私は、ただの単純なゲバルト学生だっただけでしょうに、よくまあ来てくれたものでした。4月に接見室でガラス越しの彼の姿を見たときには驚いたものでした。「なんで、わざわざ俺なんかに会いに来てくれたのだろうか?」。普通なら私と一緒に運動をやっていた友人のほうこそ面会に来るはずなのに、わざわざ彼は、その役割を引き受けてくれたのです。私は、この4度の面会で彼と喋ったことの内容はすべて覚えています。彼が2度目の面会で、私のことを「羨ましい」と言ったことをよく覚えています。
 私が、その後、再度の逮捕起訴から保釈で出てきまして、また70年闘争でしつこくやっているときに、彼はまた私のことを遠くから見ていました。とくに70年の10・21で、またしても私が若い後輩たちと一緒に、日共民青と激しくゲバルトをしているのを、彼が心配そうに見ていたのを思い出します。「あいつ、まだやっている。いつまでやる気なんだ」という思いだったでしょうね。
 彼は4年で卒業して、丸善に入社しました。部門は洋書関係だったようです。
 でもそれからは会うこともなかったのですが、当時から経済学部の同窓会があったのですが、それには参加していたようです。それで、1985年から、「経済学部だけなんてのはケシカラン」と私が参加しだしました。これが

   浦和会

になっていきました。私が参加し出してからは、もうずっと下の後輩も、大学の職員もみな大勢参加するようになりました。この浦和会は怖ろしい飲み会でして、4次会、5次会、6次会がザラでした。実に土曜日の午後7時から、次の日の昼頃まで飲んでいます。実に午後3時すぎまで飲んでいたこともありました。そんな中で、小島さんは、いつも2次会くらいまでで、帰っていました。あまり身体が丈夫じゃないんだと聞いていました。
 でもこの頃には、昔のように激しく論争することもなしに(いや、私はしつこいから、昔のことをいろいろ蒸し返すのですが、彼が笑って避けていました)愉しく飲んでいました(愉しいと言ってもね、みな昔の活動家が多いから、ときには、殴り合いがあったりして、それは愉しいものでした)。
 思い出せば、私が今の経営コンサルティング事務所を開設したときにも、ある相談をしに来たものでした。もちろんうまく解決しました。
 ただ、ここ数年、彼は浦和会にも参加しなくなっていました。いつも断わりのメールをくれていたものです。身体の具合が悪いので、残念だけれど参加できないという内容でした。

 お通夜にしか参加できませんでした。早すぎるよ、早すぎるよ、今度身体がよくなったら、ゆっくり飲んで、昔のことを話したかったと思っていました。府中へ面会に来てくれたことのお礼をしたかったものでした。
 もう、さようならをいうしかないのですね。悲しいです。寂しいです。(2002.02.14)

10121701 ガラパゴスで日経新聞が読めないので、朝10時すぎに電話して、電話があることになりましたが、ずっとないので4時半頃電話したら、また今日電話があるかもしれません。今日は土曜日ですが、大丈夫なようです。

2010/12/17 08:03台所で洗い物をしていて、「てっぱん」を2分から見ました。
 なんだか涙が出ます。しかしどうしてもいいドラマですね。いつも、この朝ドラにはそれほどのめりこまないようにと思っているのですが、どうしても見ていると、どんどん私も引きつけられてしまいます。
2010/12/17 10:24ガラパゴスで日経新聞を読めないので、さきほどやっと電話したら(忙しいからなかなかやっていられない)、結局はあちらから電話があることになりました。たかが新聞を読むのも難しいことですね。
2010/12/17 11:58上に書いた日経新聞の件で電話はありません。でももう義母のニチイさんの介護の時間になりました。
2010/12/17 12:12もう明日は「浦和会」だから、その場でガラパゴスが使えないと、格好悪いよな。でもこのままじゃ仕方ないです。私はただの酒飲みばかりになってしまいます。
「浦和会」と言えば、私は昔はノートパソコンを持って行っていたのですが(15年くらい前から)、今年は、このポメラ(これは昨年も)とIS01とガラパゴスを持って行きます。といいましても、軽いし、小さいですからね。昔のノートとは大違いです。IS01は先ほどツイッターを書きましたが、まだ他もやらないといけないよな。
 思えば、このポメラは普通に両手で打っていて、IS01は親指打鍵でガラパゴスはまた違う(というか、まだガラパゴスはよく分からない)ので、もう困ってしまうよなあ。 あ、それで明日の「浦和会」でも私の詩吟の披露があるけれど、何を詠おうかな。まずは「文天祥『過零丁洋』」ですね。いや文天祥も零丁洋もこのポメラで単語登録できたから、感激です。こうしてどんどん単語登録すればいいのだ。
 でも思えば、今後このポメラは単語登録が決め手ですね。

 とにかく、きょうはまた忙しくなりそうです。

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 夢の中の日常「北浦和の階段を登りながら」へ、ナミちゃんから次のコメントがありました。

1. Posted by なみんと    2008年04月03日 14:22
とっても現実味がありますね。
私がかって惹かれた光景です。
北浦和の東口は今はどうなっているんでしょうか〜。

 コメントをありがとうございます。そうですね。北浦和もずいぶん変わりましたよ。北浦和東口では昨年の浦和会の忘年会をやりました。私はもうそんなに飲めない身体なのですが、そのときは、夕方から、翌日朝まで飲んでいられました。これで判ったのが、一気に急激に飲むのはいけないということです。ゆっくり落ち着いて飲めばいいのですね。思えば、昔からなんだかいつも焦って飲んでいたものでした。なんだか、先に飲まないと、相手に先に飲まれてしまうのですね。思えば、埼大の関係の飲み会で、すべてこういうクセを付けてしまったのですね。だからいつも焦って急速に飲むクセがあるから、いけないのですね。
 今年の1月には、北浦和の埼大跡の浦和近代美術館にも行きました。懐かしくて、そしてやっぱり少し哀しくて、たくさんの思い出が甦ります。
 この夢であったようなことが、現実の世界でもいくつもあり、そんなことをずっと思い出していました。

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 私が長年所属していまして、愉しくお付き合いが続いている神田会と浦和会の会員のウェブサイトをここのサイドバーに載せていきます。

http://homepage2.nifty.com/floatingworld-style/ It's a Floating World!
http://floatingworld.livedoor.biz/ it's a floatingworld! blog
http://blog.livedoor.jp/kiku551/ 閑人閑想
http://shomon.net/ 将門Web
http://shomon.livedoor.biz/ 将門Web(ブログ篇)
http://www.skattsei.co.jp/ 清文社
http://www6.ocn.ne.jp/~kangfu89/ 日中康復治療院
http://barbaroi.cocolog-nifty.com/ Barbaroi
http://whatisrusk.exblog.jp/ what's 'RUSK'?
http://www.mainichi-art.co.jp/ 和美三昧
http://blog.livedoor.jp/mainichi_art/ 和美三昧blog

 まだまだいくつものウェブサイトはあるのですが、今後も載せてまいります。

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 昨日の浦和会で、私が配りました文書です。

浦和会の皆さまへ
           萩原周二よりの個人的情報発信
                        2007年12月29日
                          周の住所等々

 私はもう今は大変に酒が弱くなり、それでもよく飲みに行く千駄木「浅野」では、もうビール1本、日本酒3本と決められるようになりまして、こうなると私はそれでどうやらまたいいお酒を飲んでいます。
 また王子北口の「藤や酒店」で、実にいいお酒を手にいれて、ずっと毎日晩酌しています。毎日一合づつ飲もうと考えているのですが、どうしても3日で一本がなくなります。
 以下、また酒が入ると、記憶がなくなるので、こうして文書を提示いたします。ただし、昨年のように長文には致しません。

1.私はほぼ王子で生活しています
 義母の介護で、2006年1月9日よりほぼ、王子の妻の実家にいます。それで仕事上の事務所も、もうこちらに移しました。
 我孫子に自宅はあるのですが、もう来年3月には引き払うつもりです。私の母も亡くなりましたので、もうこれからは王子を生活の拠点にします。

2.私に初孫が生まれました。
 今年1月3日、私の初孫が生まれました。長女家族は同じマンションの別な階にいます。だからすぐに会えるのです。もう可愛くて可愛くて、いつもいつも私じじがおおいに可愛がっています。
 この初孫を含め、我が萩原周二家は、全部で7人になりました。次女も昨年3月25日に結婚して家庭を作りました。ここにも孫が生まれてくることを、もう私はただただ待っているばかりです。

3.ケータイメールで連絡とりましょう
 もう私の場合は、すべてケータイメールで連絡を取っています。生活上も、仕事も、もうすべてケータイメールです。これのほうが便利なのですね。電車の中でもどこでもこれで連絡できます。
 ついこのごろは、私の年代の親しい方々がみなこのケータイメールを使ってくれるようになりまして、電話だと出られないこともありますが、これなら私は実に嬉しいです。

4.グーグルメールも使っています
 メールは前のPOPメールもすべて使っていますが、もうスパムメールばかりで困っています。実に莫大な量があって、もうまずPOPメールで受けて、そこで削除しています。まずいことに、その際に間違えて削除することもあるようです。だから、それであとからケータイメールで連絡をとって、長いメールだと、このグーグルメールで受けています。
 グーグルメールなら、スパムメール退治も、ほぼ完璧です。
 ケータイメールですまない詳しいメール(相手が印刷する必要があるのような場合)は、これですべて出しています。

5.スカイプでお話しましょう
 もうケータイメールですべてすましているわけですが、でも実際に声で電話で話したいこともあります。そんなときに、スカイプを使っています。
 スカイプ同士は何時間喋っても、無料です。そしてスカイプは普通の電話にもケータイにもかけられます、受けられます。そして電話代は、それぞれよりわずかに安いです(5%くらいかな)。
 それからチャットが今は100人でできます。これがメール替わりに使えるのですね。実に便利ですよ。
 昨年12月に私はこのスカイプのケータイを手に入れると言っていましたが、実際にロジテックのケータイを手に入れました。これだと、パソコンなくても路上でも話せますよ。

6.私のホームページ
 私のホームページは、今も

   http://shomon.net/  将門Web

ですが、もう私はもう毎日以下のブログを更新しています。

   http://shomon.livedoor.biz/  将門Web(ブログ将門)

 もうこのブログを将門Webという名称で私のTOPページにしていくつもりなのですが、ドメインの関係でまだ少し困っています。

7.メルマガ「マガジン将門」
 私が毎週月曜日発行しています

   http://shomon.net/osirase.htm  マガジン将門

が、来週月曜日31日で、第385号になります。もう31日0時台に予約配信しています。それで翌2008年1月1日には、第386号を、これまた0時台に配信します。

 以上まだ書きたいことも、書くべきこともあるのですが、それはまたここでお話していきましょう。

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 毎年いつも12月には、浦和会を開催してきました、今回は急なお知らせですが、本日開催します。

日 時 12月29日(土)午後6時より
会 場 やず八(ヤズハチ)
    (さいたま市浦和区北浦和1丁目2番6号イルミネビル2階)
(北浦和駅東口下車、旧中仙道の信号を渡って角の花屋を右手にして、つまり与野方向へ進むと30メートル行った右側の居酒屋です)
       電話 048−822−0575

 私周は、近年とても酒が弱くなりまして、たいして飲めません(というか、ビール1本と酒3合しか飲まないようにしています)。だから、朝まで飲み続けるというようなことは、もうしません、できません。
 なにかありましたら、私にケータイメールください。

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10.少し追加します

 今印刷したら、A4で6枚になりまして、その6ページ目が少ないから、こうして追加します。
 それと、もちろん、これは全文私のブログ将門にUPしています。
 実はこうして印刷した文書で読まれるよりも、インターネットでごらんになったほうがいいのです。私の高校時代の友人が、私に次のように言いました。

 息子が携帯でメールするというのだけれど、携帯電話できるなら、実際に話そうよと言っているんだ。だってそう思うだろう。

 だが私は少しも同意しませんでした。電話で話すことと、ケータイメールで連絡をとることは全然違うことなのです。ケータイメールなら、電車の中でも、どこでもつかえます。こうして印刷した文書でも、実際にはとても駄目なのです。ここに書いているURLをクリックして、そこに跳ぶことができないではないですか。
 ぜひケータイメールで連絡をとりましょう。たくさんのことをお話しましょう。会話と違って、何度でも内容を確認できますよ。

 今世界では、日本語のブログの数が英語と変わらない数があります。世界の使用されている言葉と比すると(もちろん話されるのは人口として圧倒的に英語・中国語・スペイン語が多い)、日本人というのは実にこうして文字による会話を大切にしているのです。このことは、私たちの祖先が中国から難しい表意文字の漢字を教わりましたところから、私たちの祖先が営々と繰り返しやってきたことなのです。
 ぜひ多くの方が、ブログを始められ、たくさんの思いをインターネット上に披露され、そしてまた、ケータイメールで家族・友人・仕事先と会話されることを希望します。

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浦和会の皆さまへ
           萩原周二よりの個人的情報発信
                              2006.12.16

 昨年の浦和会では私は100日の断酒始めたばかりのときでした。結局102日の断酒を貫徹し、その後はまた飲み始めました。
 思い出せば、昨年12月の第1週の土曜日に千葉市で飲んでいて、最後は救急車で運ばれたのでした。それから、もう断酒して、また飲み始めたといいましても、前と同じようにはもう飲めません。静かにおとなしく飲んでいるし、そうすべきです。

 思えば、あと一生涯のうち、何度会ってこうしてお話できることでしょうか。
 なんだか悔しいので、こうして文書にて伝えたいと思いました。いえ、文書で伝えないと、私のことが何も残らないかなあ、なんて思っていますのです。

1.来年1月8日(月)よりのNHKスペシャル「団塊の素顔」で、解答者になります

 NHKからのメールが、以下の通りです。

このたびNHKでは団塊の世代の方1000人とスタジオをPCでつなぎ、質問に答えていただく形でその素顔を浮き彫りにしようとする企画です。
●放送  1月8日夜7時半より
●スタジオ収録 12月17日夜7時半から二時間強
●参加いただける方は、昭和22年から25年3 月までのお生まれの方となります。
●パソコン状況は、通信回線がADSL以上の方、
         Osはウインドーズの場合 2000 XP
            マックの方は  OS9  OSX
         以上の方が参加可能です。
●12月17日夜七時半からは、パソコンの前にいていただき、画面にスタジオの様子が映し出されますので、それをご覧になりながら、質問に答えていただきます。

ということで、要するに画面に私の顔が出るわけではありませんが、私もパソコンにて、リアルタイムに応えます。

 前にも2度テレビ朝日とNHKの番組に出ましたが、私はいろいろと喋りましても、画面には私の顔しかでませんでした。
 今回も同じかもしれないけれど、今度は映像ではなく、私のタイピングの速さと内容でしょうから、なんとかなるかなあ(でも内容が、私は変だと思われるだけかなあ)。
 とにかく、明日頑張ってみます。

2.スカイプでお話しましょう

 私のスカイプ名はshomon56です。これは私が56歳のときから始めたからです。これをやりますと、1998年頃よくやりましたnetmeetingよりも、実に音質がいいです。普通の電話よりもいいですよ。
 でも私の56歳のときから2年間ほとんどやってくれる同年代かつ40代はいませんでした。だが、私の友人の64歳の女性は、自分の孫の姿を映像で見て、お喋りしています。彼女は子どもが米国、イギリス、オーストラリアにいるのです。スカイプ同士は何時間喋っても、無料です。
 そしてスカイプは普通の電話にもケータイにもかけられます、受けられます。そして電話代は、それぞれよりわずかに安いです(5%くらいかな)。
 私の友人では、何人かの方がやってくれています。大阪からOさんがスカイプで電話してきます。彼はヨーロッパの友人とこれで話しているようです。
 私はケータイはもっぱらメールに使っています。電話はこのスカイプでのみ話そうと思っています。友人とどうでもいいくだらない話を延々しています。
 あ、もちろん話しながら、ファイルを送ったりソフトを一緒に使うこともで
きますよ。
 今ケータイ型のスカイプもあります。これはパソコンなしでも使えます。ただし、すぐに売れきれちゃうので、私は手に入りませんでした。
 この12月中旬に2つ発売されます(ロジテックとバッファロー)。ということはいつなんだろうか。私は絶対に手に入れます。

3.ケータイメール・ウェブメール・POPメール

 私はPOPメールは現在主に4つ使っています。
 fsinetは私が最初にホームページをもったところで、現在もそこにTOPページだけのホームページはあります。それでここのメールのみ2つ使っています。それで費用は2つで千円です。もうでも一つだけにしようかなあ。
 ただし、私が長年名刺に入れていたことも、ホームページに記していたこともまずかったのでしょうが、今は1日300くらいのスパムメールが入ります。ただついこのごろ管理がしっかりしてきて150くらいに減りました。
 次に私の将門Webのあるホームページのサーバーをお借りしているのが有限会社愉快堂ですが、ここもfsinetほどの多さではないですが、1日50通くらいのスパムメール数です。
 我孫子の自宅でのケーブルテレビのJcomのメールは1日100くらいのスパムメールです。そしてこれはJcomが全然管理してないようです。これはただの一つも必要なメールはありません。
 それからniftyは、私がパソコン通信時代から使っているアドレスです。これは管理がしっかりしていまして、必要なメールしか入ってきません。

 次にウェブメールは主に3つ使っています。
 Yahoo Japan のは、実にたくさんのスパムが入ってきますが、管理がしっかりしているのでスパムメールが1日200くらいですが、すべて排除してくれます。必要なものは5通くらいかな。ときどき私のホームページ内での質問や励ましのメールがここに入ってきます。
 Gメールは、すべて大事なメールばかりです。ときどきどうでもいいのが入ってきますが、私の処理で二度と入ってきません。これは今私の名刺に入れています。おそらく、これが私のメインのメールアドレスということになるでしょう。
 もうほぼこれでさまざまな連絡をとっています。
 あと、livedoorも必要なメールしか入ってきません。ただし、ちょっとメール受信が時間がかかるのですね。

 それからauのケータイメールは実にしっかりしています。私はこれでどこでも連絡をとっています。
 ただ私の妻の携帯なんか、実にスパムメールが多いようですね。私だったら、あんなところはすぐに解約しちゃうのですがね。
 もう間違いなく一番頻繁にどこでも使えるのが、このケータイメールです。電車の中では携帯は使えませんが、ケータイメールならどこでも使えます。ただし、ドコモのムーバは短いメールしか使えないので(設定を変えると大丈夫のようですが)、これまた使いものになりません。
 おそらく、このケータイメールがもっと使われるようになるでしょうね。ケータイメールが使えない人は、ちょうど我が日本に字が入ってきたときに、字を書かない人(字の書けない人、字を書こうと努力しない人)と同じです。間違いなく、そういう人は滅びました。

 あ、それからケータイメールを打つのは、私が今持っています

  http://shomon.net/pc/pc1.htm#060223  Rboard for Keitai RBK-310C

がいいですよ。
 長い電車の中で座れたときには、いつも私はこれでメールやブログを打っています。

 でも今は、あまりのスパムメールの氾濫で、メールを使えていない人がいます。私はPOPメールがスパムメールだらけだといいましても、必ず3つのパソコンで、「nPOP」と「Spam Mail Killer」にて管理していまして、スパムメールは削除していますよ(このソフトは私のホームページに説明しているページがあります)。

 だから今後Gメールとケータイメールで連絡をとりましょう。

 そういえば、たった今もNTTの代理店というところが光ファイバーの営業の電話をしてきたよ。それで私は、「でもスカイプだと電話代は無料なんだけれど……」というと、もうまったく判ってなかったな。インターネットについても、「プロバイダーはどこですか?」というのを、私はもういっぱい応えるから、相手はもう何も判らないようでした。電話もインターネットについても、あれだけ無知識・無理解で、よく営業の電話してくるよなあ。

4.私のホームページ

 私のホームページは以下です。

   http://shomon.net/  将門Web

 でも今の私はもう毎日ブログを更新しています。

   http://shomon.livedoor.biz/  ブログ将門

 これのほうが実に情報の伝達が素速いのですね。上の将門Webは、いわば私の資料倉庫になっています。もちろん、大切な倉庫です。
 それと

   http://www.voiceblog.jp/shomon/  ポッドキャスト将門

もあるのですが、ちょっとここのところ放送をやっていません。声を出す場を確保するのが大変なのです。それにね、路歩きながら喋るのは大変ですよ。
 アナウンサーというのは偉いな、と思っています。
 でもまた再開します。ここで私の詩吟も聞けますよ。

5.メルマガ「マガジン将門」

 私が毎週月曜日発行しています

   http://shomon.net/osirase.htm  マガジン将門

が、来週月曜日18日で、第331号になります。
 毎週配信するのはきつかったですが、今は実に楽な気持で発行できます。
 ぜひ読んでみてください。私のホームページでバックナンバーがすべて読めます。
 これでさまざまな方と知り合いになることができました。

6.私に初孫が生まれます

 今月12月25日耶蘇の誕生日に私の長女おはぎの男の子が生まれます。もう私は名前を考えてあるのですが、「パパは余計なことを考えなくていい」ということで、名前は彼のお父さんが考えるそうです。
 でもなあ、考えるくらいいいじゃないか。
 1年後、この初孫を、王子の柳田公園で走らせています。

7.次女が結婚します

 私の次女ブルータスが来年3月に結婚します。彼のお母さんはとても綺麗な方です。それで私は、この結婚式に当然私の詩吟をやるつもりですが、次女も長女もそれを阻止しようと必死です。
 でもいい詩を私は必ず詠います。

8.現在私は王子に住んでいます

 お渡しした名刺のところに私は住んでいます。10月からは、ここの一室を事務所にもしました。義母の介護で、妻と必死なもので、もう自宅我孫子、王子、そして事務所と3カ所は大変なのです。
 それで来年3月になったら、我孫子から次女がお嫁に行きます。そうすると、長年親しんだ我孫子ですが、去ることになります。

 でも今私は王子で、狐の行列の会に入りました。12月31日の真夜中から元旦にかけて、王子装束神社から、王子稻荷まで狐(今は狐の衣裳と狐の化粧をした人間)が行列します。
 私のブログ将門のサイドバーに以下がリンクしてあります。

   http://www.netcity.kita.tokyo.jp/kitsune/  王子・狐の行列

 あ、それから王子関係のたくさんのホームページもサイドバーでリンクしてありますよ。
 もう酒をあまり飲まなくなりました私ですから、王子のいろんなお店(お菓子の店も)を知りました。今後もブログでも紹介していきます。

 私のブログでもこの狐の行列の模様を書きますからね。

 あそれから私が毎日通る王子柳田公園は、王子野戦病院闘争(1968年の2、3、4月)のときに集会をやったところですね。ここを通るたびに、あの闘争を思い出しています。
 王子野戦病院の跡には来年には、王子図書館が大きくできますよ。今図書館が実にいいです。
 私は高橋和巳を泣かせていた吉川幸次郎が大嫌いでした(もちろん、高橋和巳もすいぶん前から嫌いですが)。でもでも、王子図書館で「吉川幸次郎全集」をすべて見てみて(まだまだ読める段階ではありません)、吉川幸次郎の素晴らしさに驚愕しています。高橋和巳が涙を流していたのは、吉川幸次郎が嫌な人なのではなくは自分の不明さが情けなかったのでしょうね。
 私もこうして歳をとることは無駄なことばかりではないようです。

 その他図書館が利用できると、実にいいですね。感激しています。
 とにかくこうして図書館がありますと、私が自分に課してします、年間300冊の読破も可能になるはずです(インターネットでホームページを持った年から、年間260,70冊になってしまいました)。

9.王子のいい酒屋

 今住む王子のJR王子駅北口の岸町に、「藤や酒店」があります。これがいいお店で、私はもう感激しています。もうここでいつも一升ビンを買っています。10月から買い始めまして、もう12本になりました。でも空き瓶は、娘に「どうして空き瓶をとっておくの」と怒られまして、半分棄てました。
 あ、いやきのうみな棄てました。あるのはお酒が入ってるもの1本だけです。

 ここのご主人との最初の会話です。

 周「私は我孫子に自宅があるのですが、義母の介護で王子に住みますようになりました」
 ご主人「我孫子といえば、『春日や』のご主人が亡くなられましたね」

 春日やは、私の実に好きなお酒屋さんでした。そしてご主人のことも私は大好きでした。あんないい酒屋さんがあることが我孫子の実にいいところです。
 でも王子も、この藤やさんがありますから、実にいい街ですよ。

    明日の浦和会で の3に続きます

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c2e7bba2.jpg 私が明日の浦和会で、みなさんに配布する予定の文書を次に載せます。これは1週間前のプロジュエクト猪で配布した文書と、ほぼ同じです。
 ただし、最初に「1.来年1月8日(月)よりのNHKスペシャル「団塊の素顔」で、解答者になります」というところは、新しい情報です。
 それで猪のときは、私は詩吟は七言絶句を二つやりました。それで、できたら明日は一つは七言律詩をやりたいなあ。
 私はね、律詩は好きですから、やりたいのですが、みなさん、絶句なら1分50秒くらいだからいいのですが、律詩だと4分近くかかるので、やんないのですね。でも浦和会の人たちは、私とは長いつき合いだから、やっぱりこれを披露しましょう。
 いえ、私は広瀬武夫「正気歌」もやるのですが、さすがこれは長すぎるのですね。何かのときにしか披露してきていません。
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06121305 毎年浦和でやっています 浦和会 ですが、今回は東京都北区赤羽で開始します。2次会・3次会はどこへいくのかは判りません。

日 時 12月16日(土)午後6時30分より
会 場 ホテルメッツ赤羽2階
    中国料理「桂林」
    北区赤羽1丁目1番76号
    (JR赤羽駅北口東口下車)
        電話 03−5939−0014

 一昨年までは、いつも朝まで飲んでいたものでしたが、昨年は私は一滴も飲みませんでした。今年は飲みますが、もう前のようには飲めません、飲みません。
 でもひさしぶりに愉しく飲みましょう。

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