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 ここで書きました 離婚成立に当たり−ある審判官の思いやり溢れた言葉に感激将門のnewsing に書きましたところ げげげのげげげ さんから、次のようなコメントをいただきました。

   こういう裁判官が当然ではなく、美談となるのは悲しいですね。

 これで私も「はッ!」と気がつきました。たしかにそうですね。

 ただねえ、私のもつ裁判官の印象というと、実に彼らにあまり人間的にいい印象を持たないのですね。だから、このニュースを読んで不覚にも涙を流してしまった私だったのです。
 でも浦和の裁判官には、ものすごく印象深い方がいました。

 私が二度目の芝浦工大事件で起訴され裁判になったときの浦和地裁の主任裁判官は、その後こんなことがありました。私があの裁判が終わって3年後の頃のことです。私は私の友人の下宿に行こうと自転車に乗っていました。そうしたら、このときの裁判官とすれちがったのです。彼も自転車で急いでいましたが、通りすぎて彼から大声で声をかけてきました。

  彼「俺はさ、今度東京地裁に行くことになったよ」
  私「あ、そうですか。あっちへ行ったら、学生さんを易くやってあげてくださいよ」

 彼は、「うん」といいながら、笑顔でさよならしたと思います。

 ただし、この裁判官は浦和地裁では、けっこう赤軍派の諸君等々にもきびしい判決を出していましたよ。

 ただ、思えば面白かったことがいくつもありました。
 私たちの裁判での弁護士と我々被告の打ち合せの場に、彼がやって来ます。当時の埼玉大学の活動家はほぼ全員彼女がいます。だからいつも傍聴席にはにぎやかです。我々は自分たちの彼女を、みな「俺の女房」と言っていました。
 それで、私たちの弁護士のうちS弁護士は、私たちがみな彼女がいることに、非常に不思儀なことかつ不満なようです。彼女も何人もいる席(だって彼女たちの何人かは情状証人になるのだ)で、そのうちあまりの我々の仲良さに、彼はプリプリ怒って出ていきます(もちろん、弁護士としての役割としては、彼は出て行ったわけではありませんが、そのことはちゃんとやる方でした)。
 それで、その判事が、「おい、あのSは彼女いないのかよ」なんて、聞きますので、私たちは「そうなんですよ。それでね、ちょっと大変なんですよ」なんていうと、その判事は、「おい、誰か紹介してやれよ」なんて言っていたものでした。

 私たちは、あの時代実に戦闘的な過激派でしたが、同時にこんなに牧歌的で、面白かったのです。私たち学生活動家だけでなく、浦和の裁判官も面白かったのですよ。

 あ、だんだん、いろいろなことを思い出しました。また別に書いていきましょう。

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