将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:湯西川温泉

10080818 昔行きました湯西川温泉を思い出していました。まだ孫たちは生まれていなかったのですね。

2010/08/14 07:40今NHKテレビで湯西川温泉を見ています。
 今から4年前か5年前に5人家族で行きました。私たちは元は4人家族でしたが、あの年からミツ君が加わり、浅草から鬼怒川公園駅で一旦降りてまた乗り、湯西川温泉で降りて、そこからバスで温泉まで行きました。私は遙かな昔、私が25歳か26歳のときに、集金旅行でこの温泉にも来たものでした。前日の夜鬼怒川温泉に着いて(泊まったホテルは覚えています)、そこであるホテルに泊まり、翌日朝から鬼怒川温泉を集金して回り、さらにこの湯西川温泉に来て、また夜に日光湯本温泉に泊まりました。翌日は塩原温泉へ行ったものでした。
2010/08/14 08:02『「妖怪いそがし」に負けるな』と思いますね。
2010/08/14 12:42根津の「海上海」に来ました。長女家族五人と私たち夫婦で来ています。だから7人家族なんですね。11月17日に次女ブルータスに女の子が生まれますから、それで私の萩原周二家族は全部で10人になります。来年の年賀状は10人家族になります。

 ブルータスにも会いたいな。

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 今朝着いていましたメルマガの「えきから時刻表『えきからNEWS』vol.117」に、読みまして注目した記事がありました。これは以下から来ているメルマガです。

   http://ekikara.jp/ えきから時刻表 ホーム

 以下は「わたしの えきから自慢」の中の一つの優秀作品です。

yamatarouより

会津鬼怒川線[湯西川]は、駅舎と併設で道の駅がありますが、
この駅前には見慣れぬ乗り物がこの季節だけ出現します。

その乗り物は、バスくらいの大きさですが、なんだか妙に不格好!?
タイヤだってがたいに似合わぬ小ささで、車体は電車の様に
四角四面な感じですが、時間になると待っていた乗客が
タラップの様なはしご式の入り口から乗り込みます。

「何だこりゃ〜???」不思議に思っていたある日、
この乗り物が近くの湖面に浮いているじゃありませんか!?
「やばっ!険しい谷から湖水に落っこちたのか!!」・・・と、
よく見ればその乗り物は湖面をすいすい進んでゆくのでした!
そうだったのです、この変な形の乗り物、実は「水陸両用バス」だったのです。

湯西川温泉駅から乗客を乗せ、道路を走って観光しながら、
そのままダム湖へドボン!と入ってしまうのです。
「今度一度乗ってみよう・・・」

▼突然、車が湖に浮かんでいたらビックリしますよねヽ(◎д◎;)ゝ!!
『水陸両用バス』乗ってみたいです!早速調べてみたのですが、
11月初旬まで楽しめるようですよ♪

 一昨年、私たち家族は、この湯西川温泉に、私と妻と次女ブルータスと、長女おはぎ、ミツ君と行きました。湯西川温泉というと、私の思い出では、鬼怒川温泉駅から、バスで乗って行きました30年前の思い出ですから、こうして電車に乗って行けるのは、始めての経験でした。もっともこの湯西川駅で降りても、そこからも長くバスに乗って温泉まで行きます。
 でもこんなバスがあるのなら、また行ってみたいなという思いです。
 まあ、この温泉は、「平家の里」ということで、そんな町興しをしたようですが、ここでいう「平家」というのは、「平家物語」や「源平盛衰記」でいう平家で、いわば私の尊敬崇拝します平将門様を討ちました、平貞盛の子孫ですから、私は少しも好きになれないのですが、まあ、もう仕方ないですね。
 でも私が30年以上前に行ったときには、この温泉には、そんなことは少しも書かれてはいなかったように記憶しているのですが、どういうことなのでしょうか。もっとも私はそのときには、集金に来ていただけでした。

 でもまたこの温泉に行けることなんかあるのかなあ。

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 周の『独楽吟のススメ』の9 に私は次のように書いていました。

 え、これを読みまして、清水から、河津へ行くというと東伊豆だから伊豆半島の南を回っていくのかなあ。遠く距離がありますね。それとも「河津桜」というのは西伊豆にもあるのかなあ。でももう桜が見られるのですね。私も伊豆は大好きです。

 それでインターネットで検索してみました。「河津桜」で検索すると、たくさんのサイトが出てきます。いくつか見てみましたが、次の河津町役場のサイトに次を見つけました。

   http://www.town.kawazu.shizuoka.jp/kankou/now/sakuranituite.htm 河津桜

 以下のように書いてあります。

河津桜の特徴
 河津桜は、寒緋桜と早咲き大島桜の自然交配種と言われており、樹形は広卵状で樹皮は紫褐色で光沢がある。花形は平開形で一重のやや下向きであり、花弁は5枚の円形で無毛である。
色は蕾の時は濃紅色だが、満開時は淡紅色になる

河津桜の原木
 河津桜の原木は、伊豆急河津駅から天城方面に向かって1.2kmの地点、飯田氏の庭にあります。現在は、樹齢約50年・樹高約10m、樹巾約10m、幹周約115cmです。
 河津桜の原木は、河津町田中の飯田勝美氏(故人)が昭和30年頃の2月のある日に河津川沿いの冬枯れの雑草の中で芽吹いている桜の苗を見つけて、現在地に植えたものです。昭和41年から開花が見られ1月下旬頃から1ヶ月にわたり咲き続けました。
 この桜は、河津町に原木があることから、昭和49年に河津桜と命名され、昭和50年に河津町の木に指定されました。

 でも思えば、この河津桜を見たことはありませんね。
 私は伊豆は昔からあちこち歩いたつもりなのですが、これじゃ何も知らないんだな、という思いです。私は温泉新聞の記者をしているときも、観光ホテルセンターの営業をしているときも、伊豆を訪れています。
 04年の8月には、家族4人で中伊豆の嵯峨沢温泉に行きまして、その最初に修善寺に行きました。それは以下と、このあとのUPに画像と私の能書きが書いてあります。

  http://www.marinenet.co.jp/shomon/opini/opi0408.htm#040817 2004/08/17(火) 修善寺の桂橋です

 私はこのときに修善寺まで行く際のタクシーの中で、運転手さんとお喋りしながら、そのさらに27年前に北修善寺温泉の様を思い出していました。私はそのとき、26歳で温泉新聞の記者でした。でもタクシーで乗るうちに次第に左右に見える温泉街が私の思い出とかなり違うことに気がついたものです。
 タクシーから降りて、歩いた修善寺はもう私の思い出の中の修善寺ではありませんでした。この家族の旅行で、もう伊豆の温泉が変わったこと、よりいいほうに変わってしまったことをつぶさに感じていました。
 それは2006年夏に家族5人(+ミツ君)で行きました湯西川温泉でも感じたことです。ここにも私は温泉新聞で集金旅行で行っていたのですね。これは、このブログの2006年8月に書いてあります(いや文章はそれほど書いていないですが、画像はこのときの旅行の写真がたくさんあります)。18日から旅行に関するいくつもの写真をUPしています。
 またポコ汰を連れて、みんなで行きたいな。私たち夫婦と娘二人の夫婦と、孫がホコ汰と、そのあと何人もの孫と一緒に行きたいです。

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 私のこのごろのブログ将門は、16日、17日に行きました湯西川温泉の写真を掲載しています。まだまだ続くのですが、この旅行中に娘おはぎに言われました。
 ちょうど、「平家の里」を歩いていたときです。

   長女「なんでパパは、ここであまり写真を撮らないの?」
   周「いや、別に、パパは平家って、そんなに好きじゃないんだよな」
   長女「あんなにいつも道端の石ころみたいのばかり撮ってブログに載せているのに。こうしたところで撮りなさい」

 思えば、私はたしかに毎日道端のどうでもいい写真ばかり撮っていますね。それをみなここのブログ将門にUPしています。
 でも、こう言われて、私はそれから、少しデジカメを撮ることに頑張りました。

 たしかに私はいつもデジカメを持参していて、いわばどうでもいい写真ばかり撮っていますね。なるべく人の顔が写らないようにしていますし。もちろん、こういう家族の旅行では、家族の顔がはっきり映る写真も撮りましたが、それは見せて、いいものは印刷します。

 そうねえ、それに私は承平天慶の時代に、平将門様のもとで戦った関東に於ける下人の子孫であると思っていますので、その将門公を討った平貞盛の子孫が「平家物語」でえがかれている平家の人たちです。
 だからその平家のことばかり飾っている、この「平家の里」は私には少しも面白いところではありません。なんだか敵地を歩いていた感じでした。

 私は平将門を、尊敬崇拝していた、源頼朝、源実朝のいた鎌倉を歩くのは大好きですよ。

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f7b04bf4.JPG帰宅の電車の中です。昔のようにブランケットの新聞を読んでいる人はほぼいなくなりましたね。今はケータイ見ている人が多いです。でも座っている人は眠っている人が多いな。でも、こうしてブログをアップできるのは嬉しい。

 写真は、17日湯西川温泉の泊まりましたホテルの部屋の床の間です。いい部屋でした。

55b4fab8.JPG世田谷に向かっています。なかなか地下鉄ではいつもアップに時間がかかります。それといろいろと打てないな。困りました。写真は16日の湯西川温泉です。あとそのわけをまた書きます。

feacb921.JPG暑いのが苦手の私は冷房ばかりに頼りがちです。でも義母は冷房が苦手なので、その調整がたいへんです。9月の末までは、この暑さは続くのでしようね。

   写真は、16日の湯西川温泉での午後5時すぎです。

5e5dcb15.JPG私は30数年ぶりに来たのですから、あとまた何年後に来ることがあるのかな。長女に子どもが生まれて、次女が結婚して、またみなで来たいな。

  なんだか、きのう飲んだお酒もビールもとても美味しかったです。

    写真は部屋の床の間です。

91762788.JPG少し予定より遅くなりました。長女夫妻が用意してくれたお菓子がないのです。困ったものだ。

 湯西川温泉に家族5人で出かけます。でもお菓子の袋がなくて、焦りました。そのあと長女夫妻と4人で出かけます。
 写真はケータイの中の残っていて御茶ノ水駅の写真です。だから温泉行きとは関係ありません。

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 私の ドコモPR用「SNS」 10日で「炎上」というニュース旅人moo00の冒険人生 さんからコメントをいただきました。

1. Posted by moo00    2006年07月24日 21:57
>そしてやっぱり直接会うことが一番大切なことでした。

 ああ、これは僕もずっと前から思っていたし、今でもそれをしたいなと思っています。

 例えば周さんだと、以前は色々な酒場でお酒を飲んでいらしたようですし、もしかしてどこかですれ違ってる可能性も全くないとは言い切れないんですよね。
 なのにずっと会わずにネットで会話というのもなんか変というか、寂しいなと思っていました。
 だからといって中々お会いする機会を作るというのも難しいんですよね。
 私も今はお酒を全く飲んでいないし。

 でもいつか周さんとお会いしたいなあと思っています。
 それが実現するかどうかというより、そういう気持ちでいつもブログを拝見しています。

 いつかお酒を飲みましょうね。

 どうもありがとうございます。うん、もう外ではあまり飲まないね。いえ、家ではもう缶ビール一つだけです。

   ただし昨夜は千駄木の 浅野 で飲みました。きのうは、イギリス人の家族が全部で6人で来ていましたね。今あのお店は、けっこう外人さんがおいでになるのですよ。
 私がマスターの自宅のパソコンのインターネット設定をしたので、その後どうなのかな、と気になっていたのです。あの店も、今はけっこうインターネットでの情報で来られるかたが増えましたね。私のホームページの紹介記事を見てこられる方もいるようです。
 まったくの始めての方のときに、「どうしてうちにこられたのですか?」と聞きますと、インターネットでの情報だということで、そうなると私のホームページ内ということになります。

 でも私はもう飲むのは1軒で終わりになります。つい1カ月前に、昔のように3軒飲みましたが、もうまったく私は駄目でしたね。
 まあ、飲むことよりも、いろいろな方と愉しくお喋りしたいものです。そのことをいつも考えています。

 きのう浅野に来ていたイギリス人の方が家族で来ていましたが、私も来月夏休みに家族5人で湯西川温泉に行く話を店のお二人にしていました。
 湯西川温泉は、私は大昔に温泉新聞の集金で行った記憶しかないのですね。前日夜遅く鬼怒川温泉に泊りまして(泊まったと言っても、宿泊費は新聞の広告費と相殺で泊まります)、翌朝から鬼怒川温泉を集金して周り、それから、この湯西川温泉と川俣温泉を周り、夕方日光湯元温泉に必死に着いたものでした。もちろん、翌日も集金旅行が続きます。
 でもあのときとは違うから、今度は愉しくゆっくり行きたいです。今回は娘たち二人だけでなく、長女の彼も一緒ですから愉しみです。家族4人ですと、わいわいと愉しいのですが、温泉に入るときに寂しくなります。温泉の前までは4人で行きますが、温泉には、私以外の家族3人は一緒に入りますが、私は男独りで寂しくなります。
 でも今年からは、彼と二人で温泉に入れます。これがとても嬉しいです。とても愉しみです。
 あと、それから私は「日光江戸村」にも行こうと言っています。私はあのばかばかしいようなところが大好きなんです。私はディズニーランドは嫌いですが、日光江戸村は好きなのですね。

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