11020509 私は谷崎潤一郎が好きでした。中学2年のときに実にたくさんの作品を読みました。
 その後『新々訳源氏物語』を東大闘争で逮捕拘留された府中刑務所の中で読んでいました。ちょうど1969年の8月に「ファーブル『昆虫記』」と交互に読んでいたものでした。
 しかし、この谷崎の源氏はけっこう難しいです。私には内容がよく判りませんでした。いや、そのときに、私に「これよく判らないよ。面白くないよ」といえる勇気があればよかったのですが、私は「源氏物語は谷崎の訳が一番いいのだろう」という思い込みがありました。だが私はその後、「吉本隆明『源氏物語論』」を読んで、私の感じていたことには、根拠みたいなものもあったのいだ、やっぱり中学生のときに読んだ与謝野晶子の源氏物語の訳のほうが良かったのだと思ったものでした。
 私が好きであり、いわば親近感を抱いていた谷崎潤一郎にはたくさんの作品があります。好きな作品はいくらでもあげることができますが、この『少将滋幹の母』は少し私には面倒なものでした。
 少将滋幹という人物はほぼ姿を現しません。それよりも私には、なんと言いましても、『平中物語』とでもいう、平中の話が実に興味深かったです。そして当然この滋幹の母親に関心を持ちます。でもこの作品の中心人物だろうこの母親、「北の方」は、ただ絶世の美女というだけで、実はその姿顔も読んでいる私たちには思い浮かばないのです。
 左大臣時平が、この美女を大納言国経から奪います。色好みの平中もどうにもできません。そして最後に、滋幹がその母親に会います。そのあたりでこの物語は終わります。
 なんとなく、中学のときに読んだ小説は、「もはや読み返すこともないだろう」と思うのですが、この作品だけは読み返してみようかなあ、なんてと思うものなのです。(2011.02.06)