将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:漢詩

12022009 いつもこの京葉線では、この「周のIS01ブログ」を書いていますが、実は他にも書いています。
 これは、フォルダ管理する必要もないのでこれで手紙も書いて、あとで家に帰ってプリントします。ポメラでも同じにやっています。 ただポメラは携帯ではないので、じゅにのそばで書けるということでしょうか。
 私はポメラに「あ、これは携帯じゃないんだ」(病院の中では携帯電話は使えません)と気がついたのは遅いのです。

  それまでは、じゅにのそばでは、書くものもないので、私はいくつもの漢詩の長詩を心の中で読み上げていたものでした。
 それと「マルクス・エンゲルス『共産党宣言』」も読み上げていたものでした(ただし、私は訳者の大内兵衛は好きですが、向坂逸郎は大嫌いです)。だが長い間続けると、それも飽きていたものでした。

11072106 返しましたのは「フェイスブック若き天才の野望」という本でした。これは実際に借りるのには、ものすごく待たされました。私は常時5〜10冊の本を借りていますが、漢詩に関する本や映画に関する本を借りています。
 ただ図書館で選ぶことは皆無です。すべて図書館もインターネットで検索して、予約して借りています。
 予約すると、1日〜2日で借りられます。ただし、上のようなファイスブック(いまはフェイスブックですが、前にはツイッターであり、その前も、インターネット・パソコン関係のものは)に関するものは、実際に借りられるまで数ヶ月かかります。
 あと借りているのは、漢詩に関するものが3冊、映画に関するものが1冊です。
 だが以前ツイッターに関しては5冊くらい借りて、よく分かった気がしたものですが、フェイスブックは分厚い専門的としか思えない本で(2冊とも数ヶ月待たされたのですが)、私にはよく理解できませんでした。このことが、今もツイッターは普通にやれるが、フェイスブックは少しもやれない私の今になってしまっていると思います。

11052708 昨日「2011年5月27日のポメラ」をUPするのを忘れていました。情けないなあ。

2011/05/28 05:43まったく私のブログに書き込めません。いえ、「周のコンサル」と「周の家族・教育の話」と「周の教育の森」には書きましたが、そのあとののが少しもブログにすら入れないのです。「食人」ということを書こうとしているからかなあ。困り果てます。
2011/05/28 07:56なんとか上はUPできました。6時をすぎるとというか、5時57、8分になるとスムーズにやれるようになります。
 私のブログのサイドバーの最上段に「じゅに元気になってね」というバナーを置きました。このバナーはサンタクロースの画像です。これをクリックすると、私の書いてあるUPに行けます。
「おひさま」の内容にまた涙が出そうです。
 じゅにのところへ行きますが、ブルータスにも何かをもっていきます。お姉ちゃんが行くと、実にブルータスにはいいのですが、私なんか何になるのかなあ。一昨日も私はブルータスに怒られました。でも私は嬉しいのです。ブルータスは「パパは字知らないからな。漢字が書けないんだから・・・」と言っていましたが、実は「ひらがなも書けないんだから」と付け加えたいのでしょうが、本当のことはまずいな」と思ったことでしょう。
2011/05/28 08:18だから私は漢詩漢文をやるのです。それで必死なのです。
 あ、そうだ。諸葛亮孔明の「梁甫吟」をUPしようと思ってまだまだやっていないんだ。
 この頃私のブログでも漢詩をUPしていないな、と反省しました。上に書いた「梁甫吟」は今も詩句を口に出すことができます。なんとなく、つまらない詩だなあ、と思ってきたのでしたが、でも今は孔明のたくさんの思いが私の脳裏には浮かんできます。いい詩ですね。

 このあと「諸葛亮孔明『梁甫吟』」もUPします。

2017020511

10112311 田中角栄が亡くなったときの1993年12月に書いた文章です。

 田中角栄が亡くなりました。日本共産党の野坂参三が亡くなったときは、「水に落ちた犬を打て」とばかりにけなしたわけで、田中角栄にも何かいうべきかなと思いました。ただ私は角栄のことは嫌いなわけではないので、何を書こうかなと思い、そうだ彼が日中国交回復の際作ったといわれる漢詩(?)を見てみようかなと考え付きました。
 1972年秋に北京で毛筆で書いたといわれる漢詩です。

 国交途絶幾星霜 国交途絶して幾星霜
 修好再開秋将到 修好再開の秋(とき)将に到らんとす
 隣人眼温吾人迎 隣人の眼温かにして吾人を迎え
 北京空晴秋気深 北京晴れて秋気深し

 いったいこれはどう読むのでしょうか。たぶん私が書き下したように読んでほしいのだと思います。しかし、これはいったい漢詩なのでしょうか。多分七言絶句のつもりなのでしょう。しかし、押韻もなく、平仄(ひょうそく)の法則も何もしてありません。少し意地悪く平仄と韻を書きだしてみましょうか。
 以下○は平音(ひょうおん)、●は仄音(そくおん)です。押印のところは、それぞれその韻の種類を書いてあります。

 (起) 国 交 途 絶 幾 星 霜
     ● ○ ○ ● ○ ○ 平陽
 (承) 修 好 再 開 秋 将 到
     ○ ● ● ○ ○ ○ 仄号
 (転) 隣 人 眼 温 吾 人 迎
     ○ ○ ● ○ ○ ○ 平庚
 (結) 北 京 空 晴 秋 気 深
     ● ○ ○ ○ ○ ● 平侵

 中国語をやった方は判ると思いますが、中国語には四声があります。そしてその現代の四声とは少し違っているのですが、唐の時代をはじめとして漢字には四声があります。平声、上声、去声、入声という4つであり、このうち平声はただ平たく発音し、その他は変化があるわけで、残りの3音を合わせて仄音といいます。この平仄の並べ方に法則があるわけです。七言絶句の場合には、各句のところで、二番目の語と四番目の語は反対の平仄に、二番目と六番目の語は同じ平仄にという法則があります。これを「二四不同、二六同(にいよん同じからず、にいろく同じ)」といいます。私なぞ酔ったとき時々このことをぶつぶついっています。こうしないと、音が綺麗に聞こえないようなのです。ただ中国人でない私たちには、音でそれを判断することはできません。でもこれは守らなければならない鉄則です。
 押印の規則とは起句の最後に「霜」という語を使ったら、その語は平声の陽という韻のグループなので、承句と結句の最後の語も同じグループの語を使わなければいけないし、それが平声なら転句のところは仄声でなければならないという規則です。こうして同じ韻を踏むことにより、この詩が美しく発声されるようです。これまた中国人でない私たちには音でそれを判断することはできません。
 またできるだけ同じ字を繰返すのは避けなければいけないとされています。承句と結句で「秋」とはまずいのです。
 比較として、郭沫若が「日本人の作った漢詩中の最高傑作である」と激賞したという乃木希典の「金州城下作」を見てみましょう。

 (起) 山 川 草 木 轉 荒 涼
     ○ ○ ● ● ● ○ 平陽
 (承) 十 里 風 腥 新 戰 場
     ● ● ○ ○ ○ ● 平陽
 (転) 征 馬 不 前 人 不 語
     ○ ● ● ○ ○ ● 仄語
 (結) 金 州 城 外 立 斜 陽
     ○ ○ ○ ● ● ○ 平陽

 まったく乃木さんらしく律儀に律儀に作詩しています。規則をどこも外していません。これを中国人が発音したとしたら、綺麗な音声になるのでしょう。こうした形が日本人も昔からやってきた漢詩の作法なのです。
 私は不思議でならないのです。田中角栄の周りには、こんな漢詩の作法について言う人間もいなかったのでしょうか。毛沢東をはじめ、中国の要人たちはかなりな詩人たちです。日本にもたくさんの漢詩人がいることを知っていたはずです。いくらなんでもこれはおそまつすぎるのです。
 田中角栄という人のやった日中国交回復という業績は評価されるべきことかもしれません。しかし、これではあまりに相手の文化を知らなすぎるといえるかと思うのです。どうして事前に誰かの添削でも受けなかったのでしょうか。
 でもその添削を私がやってみるべきかなとは思っております。(といいながら、私もそんな気もなくなってしまったものでした)I。

10081804 この頃パソコンはデスクトップばかりでノートに触れていませんでした。それで少々トラブリました。いや、ノートでは電車の中でも、起動するのにすぐに目的の駅に着いてしまいます。これなら、2秒ですぐ打てるポメラのほうがずっとましなのです。いやポメラなら文庫本を開くのと同じ時間です。
 今この頃絵本や童話を読んでいないことに反省します。いやインターネットで検索すると、漢詩に関する本はすぐ探せ、すぐ借りられるのですが、例えばツイッターに関する本なんかは、何日も何週間も待たないとなりません。
 写真は昨日長女の家で撮りました。スタジオジブリへ行って、ポニョが買ってもらったジジです。あれ、じいじと関係あるのかなあ、なんて馬鹿なことを言っていました。最初は私にはこのジジに少しも触らせてくれなかったのでしたが、そのうちに私が触ってもいいようでした。後にポコ汰の足が映っています。(08/19)

09092610 六本木の森美術館のアイ・ウェイウェイ氏の作品 に書き始め、そしてその後では私のこのブログに引き続き画像を載せて行きました。氏の作品を掲載した書籍がありました。私は美術展に行きますと、そのカタログなり書籍を買います。自分であとで熱心に読まないと、目でみた作品がよく理解できないからです。
 あ、映画でも必ず解説のカタログを買っていますよ。
 それにこのときも会場では、解説してくれるマイクも手に持って耳にあてて各作品の前で聴いていました。その解説を聴きながら、そしてあとでカタログや本を読んでようやく少しはその作品が理解できるのです。

書 名 AI WEIWEWI ARCHITECTURA WORS 1999-2009
執 筆 Ai Weiwei
    Fake Design
    佐々木瞳(森美術館)
日本語翻訳 木下哲夫
制 作 森美術館/淡交社
定 価 2,667円+税
読了日 2009年9月26日

 この9月14日に森美術館で見たアイ・ウェイウェイ氏の作品は圧倒的な迫力でした。その自分の身で感じた迫力が何なのか、私はこのカタログ解説本を必死に眺め、読んでみました。
 私は中国は好きですし、とくに数々の漢詩を読んで、そして詩吟で詠うのが好きです。でもでもどうしても今の中国は嫌悪感を持っていまいます。中国共産党が嫌なんですね。
 ただ、このアイ・ウェイウェイ氏の作品を見て触れてみて、やはりあの大地とそこに活きる人たちへの感動を覚えました。やっぱり中国は私の好きなところです。

 あ、それから余計なことです。私はこの本の表紙を見て、「あ、ラッシャー木村だ」と声をあげてしまいました。私の一番好きだった国際プロレスのラッシャー木村の顔姿に、この本の表紙のアイ・ウェイウェイ氏はよく似ているのです(ここにその画像を掲げました)。

 もう私はそればかり考えていました。しょうがない私ですね。

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 今私の次女に手紙を書いています。これは以下に書いたように、手紙を出しているのです。

   http://shomon.livedoor.biz/archives/51567071.html 私の二人の娘への手紙
   http://shomon.livedoor.biz/archives/51593673.html 次女への手紙

 このあとは、きょうまで以下のように書いて来ました。

09年02/05 李白『相逢行』
09年04/22 金子みすゞ『みんなをすきに』
09年05/17 秋瑾『梅』
09年05/22 曹丕『燕歌行』『釣竿』
09年05/26 曹植『吁嗟篇』『七歩詩』
09年05/29 高橋泥舟『偶成』
09年06/02 金子みすゞ『わらい』
09年06/07 曹丕『上留田行』

 ただ、どうしても漢詩は、それほど習ったことがないから、手紙送られても、よく判らないかな。
 ただきょうは、どうしても曹丕の詩を好きになってほしいという思いなのですね。

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 前に 私の二人の娘への手紙 に書きました私の次女ブルータスへの手紙で紹介している漢詩と詩歌の続きです。昨年12月から、きょうまで以下のような内容で出しています。

08年12/03 上田敏「カアル・ブッセ『山のあなた』」「ボドレエル『信天翁』」
08年12/09 陸游『釵頭鳳』
08年12/10 陸游『沈園(一)(二)』『口占』
08年12/13 江馬細香『自述』
08年12/23 清水昶「男爵」
09年01/09 野口成郎「知られざる人へ」

 今年も1年書き続けたら、かなりの詩を紹介できますね。次女は漢詩は苦手のようですが、これで好きになってくれればいいなあ。
 上田敏の「カアル・ブッセ『山のあなた』」は、ブルータスも学校の教師として教えている国語の教科書でも扱っていたということでした。

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48316f5f.jpg 義母の俳句と義父の短歌の写真を載せてみて良かったです。私は実は、俳句とか短歌って苦手なのです。その変わり漢詩は実に好きです。よく詩吟はどこでも詠っていますし、漢詩を作ることも好きです。漢詩作りは平仄や韻を付けるのは少々大変なのですが、でも江戸時代に使われたアンチョコを使えば比較的に容易なのです。
 でもこのごろは、次女が小学校の自分のクラスでやっている百人一首ゲームを知り、多くの小学生がやっているのに私も刺激されています。俳句も、インターネット上でやっている世界を知りまして、私もときどきUPしてきました。
 ただ現代詩は、苦手意識しかなかったのですが、ついこのごろは、なんとしても知っていきたいなあという思いなのです。
 でもやっぱり、漢詩を読んで、ただただあちこちでいきなり詠うのが私には向いていますね。
 きょう六義園を歩きましたら、紅葉が実に綺麗でしたよ。
 写真は、義母が昔作ったものです。なんという動物なのかなあ。(11/22)

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 私の次女が昨年3月25日に結婚して、我孫子の自宅から、彼と一緒に暮らすようになって、私たちも、我孫子の自宅を出まして、今年の4月から、正式に東京都北区の住民になりました。
 でもその昨年に、私の次女ブルータスのホームページも私には行方が判らなくなっていました。
 でも今月の9日に、新しいホームページのURLを教えてくれました。でも前のときよりも随分縮小したサイトになっていました。もうブログはありません。
 それで私のブログで、リンクしたい旨を言ったのですが、今朝その了承のメールが来ました。
 新しい私の次女ブルータスのホームページは以下です。

   http://members3.jcom.home.ne.jp/kanesayo0325/ I'm brutus!

 できたら、今後ブログもUPしてほしいものです。
 今朝のメールの中に以下のようにあります。

最近の手紙は難しくてかないませんね。漢文は苦手です。
パパに大量の手紙をもらってそろそろUPしようと思い、
頑張って新しいページを作りました。去年の実践を何個かUPしましたよ。

 そうか。私の長女も次女も漢文の授業なんてなかったのかなあ? あ、でも思い出した。私もまともな漢文の授業なんかなかったな。私が記憶しているのは、鶴丸高校の1年生の1学期、亀井先生という私の10ルームの担任の先生の漢文の授業がよく覚えています。でもたしか先生はご病気で、その授業自体は、たしか5、6月しか受けていませんでしたね。
 私は漢文というと、NHKの教育テレビのラジオの第2放送で、漢文の授業を受けていた思いです。
 それから、埼玉大学で、一般教養の授業で漢文の授業のみ受けていました。私は学生運動でとても忙しくて、ほとんど授業なんか出ないのですが、漢文の授業だけは、出ていまして、私は一人しか出ていかなかったときに、その先生が「一人か。じゃ、私の研究室でお喋りしよう」と言ってくれて、そこで、この先生も鹿児島の鶴丸高校出身の方だと判ったものでした。
 この先生が、「曹操『短歌行』」を教えてくれたものでしたね。
 だから、私の漢文は、いわば自分で勝手にやってきたものです。でも、ブルータスへの手紙で書いている漢詩の紹介は、実にユニークな面白いものであるはずなのです。
 だから、また長女のように拒絶されるまでは、この漢詩の解説を書いて行こうと思っています。
 あ、それから、私のここのサイドバーにも、ブルータスのホームページへのリンクした画像を置きます。

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08062504「詩韻含英異動辯」に次のように書いていました。

 漢字は、四声があり、それが平声、上声、去声、入声です。平声は平たく話す語で、上声、去声、入声の3つが音に変化があります。この上、去、入の3つを合わせて仄音といい、これで平音と合わせて、平仄(ひょうそく)といいます。この平仄の2種類で漢詩はすべて法則に従って並べられます。

 でも「平上去入」の読みを書かないと何もならないな、と思いました。以下の通りです。

 平声(ひょうしょう、ひょうせい)
 上声(じょうしょう、じょうせい)
 去声(きょしょう、きょせい)
 入声(にっしょう、にっせい)

 もっとも漢詩の平仄のことなんか、誰も関心がないでしょうね。

 「詩韻含英異動辯」 へ

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 ここの画像が、一つ前の画像の「詩韻含英異動辯」を開いたページです。漢字は、四声があり、それが平声、上声、去声、入声です。平声は平たく話す語で、上声、去声、入声の3つが音に変化があります。この上、去、入の3つを合わせて仄音といい、これで平音と合わせて、平仄(ひょうそく)といいます。この平仄の2種類で漢詩はすべて法則に従って並べられます。
 それは実に見事に並べられています。ただし、それは特に唐時代からで、その前の時代はまだ規則だっていません。
 この平仄の規則と、起承転結の最後の字に韻を踏むことが大きな鉄則です。日本の漢詩人もみなそれにならっています。ただ、良寛のような人は、この規則をわざと守っていません。また織田信長や豊臣秀吉のような人は、そういう規則が面倒ということで、漢詩を作っていません。
 ただ、中国人はこの平仄も韻を踏むことも、音(おん)で判るわけですが、日本人は、まったく判りません。だから、その日本人が漢詩を作るにのは、こういう字引が必要だったわけです。一つの漢字を使いたい、その字自体の平仄もいいとなると、この字引で、ではその前の語、熟語の場合も語句の場合も平仄は大丈夫かという語漢字を調べることができるのです。

 「詩韻含英異動辯」の2 へ

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 私の兄弟 に以下のコメントをいただきました。

1. Posted by みに    2007年06月25日 21:02
まずは、莞爾先生がお元気である事でホットしました。
当時は、授業中に良く詩吟を聞かされました(笑)文系の苦手な僕には、全く魅力がありませんでした。(スイマセン)でも、今では良い思い出です。詩吟を聞くこともありませんから・・・中学は、常盤平です。桜並木を良く、女の先生と一緒に学校に向かわれていた姿を思い出します。

 ありがとうございます。常磐平は、実に桜並木の綺麗なところですね。私があの桜並木を歩いたのはいつのことだったろうかと考えました。10年くらい前かなあ。
 私も詩吟をやりますよ。つい数日前にも人前でやったばかりです。
 でもね、「文系の苦手な」というようなことが今ではさっぱり理解できません。文系理系なんて分け方は、平安時代の日本にはありませんよ。鎌倉時代にもない。江戸時代にもない。せいぜいつい昭和時代くらいなものですよ。
 私の知人でも、「あの人たちには理系がいないから、会っても仕方ない」というような人がいまして、その「理系がいない」いうのは「パソコンが使えない」(もちろんみなパソコンくらい使っていますが、彼のような使い方はしていない。あ、それと彼のいう大学の理系とかいうことなら当然いますよ)ということでした。でも彼は残念なことに、インターネットはほぼできません。もうこれは困ったものです。彼の馬鹿げた言動はいくつもありますが、もう無駄なことばかり言っているだけです。
 詩吟は、もう聞く機会がないでしょうね。実は詩吟をやる人は多いですし、そしてインターネット上でも詩吟のサイトは増えているのですが、なんだか寂しいですね。つまり、「現在」に合わせようとしていることが少ないのですよ。幕末に詩を詠っていた人たちは、少なくとも現状を変えようという気持があったかと思います。でも今はどうなのでしょうね。
 ただ、少なくともインターネットで、普通にウェブサイトをやっていく気持にならないと、詩吟をやっていけなくなるはずです。私はそういうふうに思っています。
 いえ、もうアナログレコードが聞けませんね。詩吟のたくさんある貴重なレコードはみなアナログレコードのままなのです。アナログもデジタルにもできるのですが、それも大切な技術です。
 私は詩吟で一番詠われる漢詩が好きです。でも残念なことに、短歌や俳句はどうにも苦手でした。現代詩も苦手でした。でもどれもどうやら、今は読めるようになってきたものです。

 思えば、詩吟をやる人が増えているのはいいのですが、同時にインターネットも普通にやってほしいものです。

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3e3e83cb.jpg 私のこのブログのサイドバーを一部変更しました。今まで「アマゾン」で「永井荷風」だったところを「森鴎外」にしました。
 私は永井荷風は、谷崎潤一郎に比べると、それほど好きではありません。でもやはり、あといくつか読んでみようという気持があります。
 だが、森鴎外は、私には夏目漱石と比較しますと、どうしても私は漱石のほうに傾いてしまいます。私はこのごろ、ずっと漱石の漢詩に惹かれています。漱石の漢詩はいいですね。この歳になって初めて判った気がしています。
 ところで、鴎外の漢詩もいいのですね。ただ漱石ほどの量がないように思っています。
 また、このブログで、鴎外の漢詩も見てみたいと思っています。
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 ブルータスの書いた短冊 にあるブルータスの

   僕が女でサヨコが男だったら
    二人は案外お似合だったかもしれないね  サヨコ

は、サヨコというのはブルータスの本名の名前ですが、「サヨコ」という歌手もいるということで、聞いていまして、その歌手のことを名前の苗字も含めてちゃんと書きたいのですがインターネットで調べても、私には判らないのです。困りました。ブルータスに聞くのがいいのだけれど、あいつももう忙しいからなあ。きょうも群馬に行っているのです。行くだけで3時間かかるのだそうです。
 何しに行っているのかというと、生徒を連れて、百人一首大会に行っています。
 私しゃ、百人一首なんて、たぶん20首くらいしか覚えていないよ。今の小学生は、どうやって覚えちゃうのかな。
 私は漢詩のほうが覚えやすいのですが、小学生は漢詩はやらないからなあ。

 きょうは、一気に我孫子の自宅へ行き、テレビの配達を受取り(でも今の液晶テレビって、実に綺麗だね)、そのあと一気に西川口のクライアントへ行きまして、さきほど王子の家に帰ってきました。

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漢詩―美の在りか

書 名 漢詩
     ─美の在りか─
発行所 岩波新書
著 者 松浦知久
定 価 780円+税
発行日 2002年1月18日第1刷発行

 いや、この本はまだ全部を読んでいるわけではありません。だが、ちょうどこのパソコンを開いているときと、さきほど朝のNHKの連ドラを見ているときに読んでいました。もうあちこちのページで目を見張る思いです。
 李白と杜甫の比較、李白は絶句であり、杜甫は律詩に秀でています。そのことの理由(わけ)がよく判った気がします。
 最後の章の

     「文語自由詩」としての訓読漢詩
     ───定型詩(和歌・俳句)との相補性───

を読みました、もう私は実に感激すると同時に何かどうして訓読漢詩が今活きているのかが判りました。ダンテやシェークスピアやゲーテがいくら優れていても、この訓読漢詩のようにはいきませんでした。それは、この「自由詩」という点にあるのですね。このことは、今初めて知りました。初めて知った驚くべき視点です。
 この作者は、今も早稲田大学の教授なのかな。昔私は早稲田のある先生の授業に忍び込んで授業を受けたことがあります。大学4年のときでした。ある先生の魯迅に関する講義でした。また、この作者の講義も受けてみたいな。でも、もうお年だからやっていないかなあ。
 この方の「詩歌三国志」は、私も感激のまま読んだことがあります。

   http://shomon.net/kansi/siika2.htm#tutii  土井晩翠「星落秋風五丈原」

は、この本を読んで、「あ、ルビもないとまずいな」と思って、つけたものでした。ただし、書いたときにはルビはできず( )にしたものです。

 私はこの本に関して、以下のように書きました。

 この本は全編、土井晩翠『星落秋風五丈原』の解説をしています。私の大好きな詩です。この晩翠の詩を中心にして、三国志の諸葛孔明に関係した漢詩が関係した文書を紹介しています。いやはや、実にいい本です。多くの方々に読んでほしいな。やっぱり孔明の「誠」の気持だけは誰も涙をながすことだと思います。 (2003.04.04)

 こうして、いい先生とその先生の書かれたいい本がありますね。生きていることはいいことです。

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