11100408 もう何年か前のお話です。
 私が夜12時を過ぎてからよく行くゴールデン街の「オハラ」という店で、ときどき会うオカマさんに「桃ちゃん」という人がいます。彼は「狸御殿」という有名なオカマバーで「桃奴」という名前でいるオカマさんです。たいてい豪華な着物姿で頭は桃割れのカツラをつけていました。彼は自分のお店の勤めが終わったあとに、「オハラ」に2時か3時に飲みにきます。
 ただ「オハラ」の客の中には、「オレはオカマなんて、嫌れえなんだよ」などという人がいて、そういう人と言い合いしている桃ちゃんは少し私には可哀想でした。桃ちゃんも口では負けないのですが、仕事が終わって、仕事あがりの一杯というところなのに、面倒なことだったでしょう。私はゲイには一切偏見も差別観も持っていないので(ということは、別なことには偏見があるかな)、相手がオカマだろうがレズだろうが、同じ態度で話します。同じ態度ということは、和やかに話もするし、からんだりすることもあるということです。だからなのか、私とはけっこう仲良くなりました。
 あるとき、この「オハラ」で日曜日の朝6時頃になって、「もう店を閉めるよ」ということで、「帰るかな」というときに、桃ちゃんから、「ワタシの家に来て飲まない」と誘われました。「いいよ」ということで、私と二人で歩いて行きました。歌舞伎町裏の大久保のホテル街を抜けて歩いていきます。もう朝日がサンサンと照る中、派手な桃割着物姿の桃ちゃんはしゃなりしゃなりと、私を連れて歩いていきます。行く道には桃ちゃんの知り合いがけっこういて、みんなに挨拶して歩いていきます。
 大久保のホテル街をすぎたあたりで、このまま家に帰っても食べるものが特別にないからと、朝からやっている定食屋に入りました。とても綺麗なお店です。ここで「もっと腹一杯食べろ」というようなことを桃ちゃんに言われますが、結局二人でビールを飲み続けます。店の人も桃ちゃんのことはよく知っているようです。
 けっこう飲み続けたあと、やっと店を出て桃ちゃんの家に向かいました。歌舞伎町風林会館から歩いて10分くらいに、桃ちゃんのアパートはありました。私たちの学生時代に住んでいたようなアパートです。
 部屋に入って、「服脱いで楽にして」というので、私はそのとおりにします。桃ちゃんも着物を脱ぎ出します。まず帯を解いてじゅばん姿になって、カツラを取ります。
 ……なんと、そこには頭が薄くなった初老の男の顔がありました。うーん、かなりな驚きです。そうか、それで着物姿でないパンタロン姿のときなんかも、必ず帽子をかぶっていたんだ。そして桃ちゃんはだんだんと脱いでいきます。しかし、最後にどうしてか桃ちゃんは何と、下着が白のブリーフだったのです。私はすかさず強力に言いました。

  男なら、下着はふんどしでなきゃ駄目だよ、少なくとも柄パン
 ならまあいいけど、ブリーフは誤謬だよ

 桃ちゃんは突如「しまった」という顔をして、

  私だって、普段はブリーフなんかしていないのよ。きょうはた
 またまなのよ。いつもは女パンツはいているんだけどね……、で
 もこれの方が楽な のよね

それで、私はやっぱりブリーフは誤謬で、本来はふんどしであるべきだと主張して私の下着を見せました。
 さてさて、そんな馬鹿な会話を続ける中、またビールを開けて飲み出しました。桃ちゃんのいろいろな話を聞きました。私が昔の左翼活動家らしいと気が付かれていたので、そんな話もしました。彼にもあの時代は印象深かったようです。彼の年齢だと、オカマなんて存在は生まれ故郷にいるわけにはいかず、東京新宿に必死に出てきたようです。そしてオカマ一筋の人生だったわけです。彼は彼でいわば自立して生きてきたわけで、その中にはいうにいわれぬ苦労があったようです。金にまかせて、自分の身体の上を通りすぎていった男たちのことは、悔しいから忘れられないなんて言っていました。
 そんな会話で私たちはまたまた、しばらく飲み続けていたのでした。
 今でもときどき真夜中に桃ちゃんと出会います。まだまだ元気に頑張っています。またまたオカマを毛嫌いする何人かの客と言い合いを続けています。私は隣に座ることがあると、「桃ちゃん!」と声をかけます。桃ちゃんはすぐには私のことを分からないのですが、私が詩吟や軍歌をやったりすると、思い出してくれます。そんなときの桃ちゃんはいいなあ。やっぱり桃ちゃんに乾杯したいです。