将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:猟人日記

11020504 私がこの本を読んだのは中学2年のときでした。
  私が鹿児島市の甲東中学というところの2年生の夏休みのたしか8月1日でした。
 兄が東京の大学から帰ってきて、その1カ月後のたしか8月30日に東京へ帰る列車の指定券を買うために、8月1日の朝4時から鹿児島駅に並んだものでした。切符の発売は午前8時でした。
 そのときに、長時間待っているわけで、私はこの新潮文庫の『猟人日記』(全2冊)の上下を持って読み始めたものです。たぶん、ただ切符の発売を待っているだけなのは、退屈なので、多分、このより退屈な本を読んでいれば、時間がまぎれるだろうと思ったものでした。
 訳者は米川正夫だったと記憶しています。現在の新潮文庫の訳者は違うのですね。

 ツルゲーネフは1818年11月9日~1883年9月3日に生存した19世紀ロシアの代表する文学者だと思います。私は彼のいくつもの作品を読んでいますが、最初に読んだのがこの作品でした。
 この作品は、貧しい農奴の生活を描いています。ただツルゲーネフは地主貴族の出身でした。だから、私にはどうしても何か上から見ているような視線を感じたものでした。ただし、ツルーゲネフ自身はこの作品を書いたことにより、ロシア政府官憲に逮捕投獄されています。
 たしか、ドストエフスキーの『悪霊』にも、このツルゲーネフをモデルとしている作家が出てきます。そしてその姿は少しもほめられたものではありません。いわばドストエフスキーがツルゲーネフをからかっているという感じです。
 私には、このときのドストエフスキーの描いているツルゲーネフが忘れられません。
 なんとなく、私はこのツルゲーネフのいくつもの作品を読んできて、割と好きな作家なのですが、どうしても好きだということはいえなかったものです。その私の思いの根底には、この作品がありました。読んだことは読んだけれど、少しもそれを人にいうこともできない。そんな作品であり、そんな作家に思えたものでした。
 おそらく、今後もこの作品を読むことは決してないことでしょう。(2011.02.05)

10121906 私がこの本を読んだのは中学2年のときでした。
  私が鹿児島市の甲東中学というところの2年生の夏休みのたしか7月20日頃に、兄が東京の大学から帰ってきて、その1カ月後のたしか8月30日に東京へ帰る列車の指定券を買うために、朝4時から鹿児島駅に並んだものでした。
  切符の発売は午前8時でした。そのとき長時間待っているときに、私はこの新潮文庫の『猟人日記』(全2冊)の上下を持って読み始めたものです。たぶん、ただ待っているだけなのは、退屈なので、多分このより退屈な本を読んでいれば、時間がまぎれるだろうと思ったものでした。
 訳者は米川正夫だったと記憶しています。現在の新潮文庫の訳者は違うのですね。
 ツルゲーネフは1818年11月9日~1883年9月3日に生存した19世紀ロシアの代表する文学者でした。私はその後も彼のいくつもの作品を読んでいますが、最初に読んだのがこの作品でした。
 この作品は、貧しい農奴の生活を描いています。ただツルゲーネフは地主貴族の出身でした。だから、私にはどうしても何か上から見ているような視線を感じたものでした。ただし、ツルーゲネフ自身はこの作品を書いたことにより、逮捕投獄されています。
 たしか、ドストエフスキーの『悪霊』にも、このツルゲーネフをモデルとしている作家が出てきます。そしてその姿は少しもほめられたものではありません。いわばドストエフスキーがツルゲーネフをからかっている、少しバカにしているという感じです。
 なんとなく、私はこのツルゲーネフのいくつもの作品を読んできて、割と好きな作家なのですが、どうしても好きだということは誰のもいえなかったものです。その私の思いの根底には、この作品がありました。読んだことは読んだけれど、少しもそれを人にいうこともできない。そんな作品であり、そんな作家に思えたものでした。
 おそらく、今後もこの作品を読むことは決してないことでしょう。(2009.11.21)

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 Spider job 蜘蛛業 に「読書さとう」をはじめました。以下がURLです。

   http://kumowaza.net/taxonomy/term/6

 昨日は、ツルゲーネフ『猟人日記』について書きました。きょうはもう原稿は送りました。「トゥーキュディデース『ペロポネソス戦史』」です。
 私は以下に書きましたように、

 1.これはもう2度と読むことはないだろう。
 2.こんな本を誰が読むのかなあ? 無駄じゃないかな。
 3.大昔に私は読んだことは良かったのかもしれないけれど、そのことの記録だけは書いておこう。

という思いの本を、ここで紹介していくつもりでいます。
 ただ、これは私の記憶だけで書こうと思っていますので、その記憶をたどるのがけっこう大変です。

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 長春有情を読んでいましたら、このUP(No.2426)でまた思い出しました。

『はやぶさ』の切符を買うために徹夜で西鹿児島駅に並んだのは遠い昔

 たしか、私の兄が東京の大学の寮から、夏休み鹿児島へ帰ってきて、東京へ帰るときに、西鹿児島駅に並びました。たしか、午前3時頃から並びましたね。中学2年の夏休みだから、昭和37年(1962)のことですね。たしか、鹿児島では、切符の割り当てが10枚くらいだと思いました。途中で、兄と交代します。
 なんで覚えているかというと、そのとき私は新潮文庫の「ツルゲーネフ『猟人日記』」を持っていきまして、読み出したからです。そんなときでないと、あのように最初は退屈にしか思えない小説は、読み出せないからなのです。でもこのときから、私はツルゲーネフが好きになりました。ただ、他の人に「ツルゲーネフが好きだ」とは言いにくかったものでしたね。ドストエフスキーやチェーホフの話ならいくらでもできるのですが、ツルゲーネフではねえ、みんな評価しないんだよなあ。
「父と子」「はつ恋」「開かれた処女地」等は話すことがあっても、「猟人日記」の話はしたことがありませんね。
 そもそも、ツルゲーネフのことを、どうしても評価しない、できないのは、ドストエフスキーが、少し貶しすぎなんだよなあ、なんて私は思っています。
 新潮文庫で上下2巻で、でも今回11日に古書店に出しちゃったなあ。やっぱり、図書館で読み直すかなあ。
 ロシアは当時ナポレオンのモスコー遠征の大混乱のあとで、もちろん農奴解放のあとで、また大混乱でしたが、あの「猟人日記」をいくつものシーンを思い出してきます。そういえばゴーゴリの「死せる魂」も暗い小説でしたね。いつもナポレオンのモスコー遠征と農奴解放令を思い出してしまいます。

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