将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:猿の惑星

12092007 私が「2012年9月21日のポメラ」で次のように書いたことです。

 私は「戦場にかける橋」の早川雪洲が大好きです。ただし、あの映画の終わり方はよくないよなあ、といつも思ってきました。ああいう終わり方にしなければならなかった、ならないのでしょうか。私の父も大変に評価し(父は実際に、あの橋を建設した日本軍に従事していました)、でもあの描き方には、私と同じ思いをもっていたようです。

12092104  このことは私がピエール・ブール『猿の惑星』に次のように書いたことに関連しているのです。

不愉快な日本人を描くのに、小説『クワイ河の橋』を出版しましたが、それを映画(これが『戦場にかける橋』)にしたものは、は早川雪舟の描き方など、実にいい映画と言って良く(ただし、内容は事実とは違っています。私の父はあの泰緬鉄道の建設に従事しており、そのことを実に誇りにしていました。映画で流れる『クワイ河マーチ』も作者は日本人だとその方の名前をあげて言っていました)、実はこの作家はそれが不愉快だったのです。まあ、私はあの映画の内容にも異議がありますが。
 この映画のいい評判に苦虫をつぶす思いだったピエール・ブールが不快な日本人を描いたのが『猿の惑星』です。だがまた映画は評判がよく、不快な猿たちの映画は、その読篇も出来てしまいました。

  この「戦場にかける橋」で描かれた泰緬(たいめん)鉄道は、映画の中では最後壊されてしまうのですが、あれは事実ではなく、今でも現地の方々に便利に12092105使われているとのことでした。それは「泰緬鉄道」という本を私が読んだからです。この本は父が大事にしていた本でしたが、もう私の今いるこの部屋にあるはずなのですが、今は実際にはどこにあるか分からないのです。
 もう現実にはどうしようもない私なのですね。

11020807 このフランス人の作家は、1912年2月20日~1994年1月30日の生涯でした。
  第二次世界大戦が勃発したときに、インドシナのフランス軍に加わり、ナチスがフランスを占領すると、シンガポールで自由フランス軍に加わります。だが彼はヴィシー政府軍に逮捕され、サイゴンの日本軍の収容所に入れられます。
 このときの体験が彼には大変に大きかったと思います。このときの嫌な黄色い猿に捕まった不愉快な記憶を描いたのがこの小説なのです。だから、あの映画は誰もみな見たと思いますが、あの猿たちはこの著者を収容所に隔離していた不愉快な黄色い猿=日本人なのです。
 最初は、この不愉快な日本人を描くのに、小説『クワイ河の橋』を出版しましたが、それを映画(これが『戦場にかける橋』)にしたものは、は早川雪舟の描き方など、実にいい映画と言って良く(ただし、内容は事実とは違っています。私の父はあの泰緬鉄道の建設に従事しており、そのことを実に誇りにしていました。映画で流れる『クワイ河マーチ』も作者は日本人だとその方の名前をあげて言っていました)、実はこの作家はそれが不愉快だったのです。まあ、私はあの映画の内容にも異議がありますが。
 この映画のいい評判に苦虫をつぶす思いだったピエール・ブールが不快な日本人を描いたのが『猿の惑星』です。だがまた映画は評判がよく、不快な猿たちの映画は、その読篇も出来てしまいました。
  だからこの『猿の惑星』の原作は、最初だけはこのフランス人のフランス語の小説ですが、『続』からは、4作とも英語の別な作家の作品になっています。読んでみますと、最初の第1作の猿たちとは大きく印象が違うのを感じるものです。すなわち、もう不愉快な日本人のことではなく、『猿の惑星』の猿たちのこと、そして人間のことが描いてあるのです。
 ただし、やはり私には、この作家の『猿の惑星』の印象が強いです。(2011.02.09)

d9b8ef68.jpg 毎日私はほぼ午前6時30分くらいまでに蜘蛛業というサイトへUPしています。きょうもグーグル携帯のことと「猿の惑星」のことを書きました。新しいこのケータイは3、4年前のパソコンと同等の機能だといいます。
 それと「猿の惑星」を書いたのはフランス人で、あの猿は黄色い日本人のことを描いたものです。作者はインドシナで日本軍の収容所に拘留されていたことを描いたのですね。
 管直人が財務大臣に就任しただけで円安にふれるんだ。なんとなく驚きます。
 写真は、孫のポニョがクリスマスにあちらのじいじからもらった犬のぬいぐるみです。この子が吠えたりいろんなしぐさをします。

↑このページのトップヘ