将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:環境にやさしい

「環境にやさしい」言葉の続き
 反論があればいつでもお受けします。

なんてことを書いておきながら、自分自身から文句をつけたくなりました。以下のところです。

            A社         B社
   売上     8,000      7,000
   原価     5,500      3,900
   経費     2,000      1,600
   利益       500      1,500

 私なら当然B社のほうが上です。多分かなりな合理化して、石炭を使ったとしてもなるべく排煙をほとんどださないくらいまで使いきろうとしているわけです。また最後の利益から、税金が払われ、株主配当ができて、またそれらが再投資されます。税金はさまざま社会資本の充実に向いますし、株主配当はまた別の消費に向ったり、またその会社の増資に応ずる形にもなります。

11062708 私周が経営コンサルタントだとすると、こんなコンサルしてしまうのかと疑問になります。Aが中国でBが日本というのはまあ、無理やり判るように思っても、この2社を比べたとき、どうしてB社がいいとはいいきれないはずです。まず条件がほぼ同じ規模の会社でなくては比較する意味はありません。即ち、資本金、従業員数などが同じであるという前提です。その前提があったとすると、従業員数が同じで、経費がこんなに違うのは、いくら合理化しているといっても、A社の社員の方が給与、厚生面等の待遇がいいのではないか。それにA社は税金を約250億円払っていると考えられ、B社は750億円払っている。脱税はいけないけど、B社はもっとその税金に向ける分を社員に向けるべきではないかという指摘です。
 周は頭をかいていいわけをします。これはあくまで中国等の企業との比較というようなことで例にしたわけで、この2社そのものを比べると、たしかにまだA社のほうがいいのかもしれません。それで、またまたですが、例を訂正します。少しは現実に近いような話にします。

 以下A、B二つの会社の損益計算書があります。この二つの会社は業種、資本金、社員数等々はほぼ同じです。

            A社         B社
   売上     8,000      7,000
   原価     5,500      4,100
   経費     2,300      2,500
   利益       200        400

 B社はさまざまな努力により、原価を下げる努力により、ユーザーに対しても安い製品を提供できています。だから、売上は残念ながらA社よりも低くなってしまいました。だが来年はA社を凌駕するでしょう。でも、経費は200億円多く使っていますが、この分は社員へのボーナス、福利厚生面での支出になっています。そして、それでも利益はB社はA社の2倍を上げていて、この分また税金も多く払っています。また株主配当も多いわけです。
 すなわち、B社はA社に比べて、ユーザーに対しても、社員、株主、国家社会にたいしても、その責任を果たしている役割は大きいと思います。
 ということで、お判り頂けるのではないでしょうか。

 実は眠っていても、もう一人の周が、「なんであれでコンサルタントなんていえるの」と文句つけるので、こうして起きていいわけすることになりました。
 さらにいいますと、このB社の形が日本企業の多くが目指している姿であり、中国やロシアの統制経済や、日本の旧国鉄では考えようのないことです。アメリカの企業もこうしたA社的な雰囲気に陥っているところが多いように思います。
 こうしてあくまで利益を追及するということが、環境保全に関しても一番の解決方法なように私は思うのです。環境を保全する企業や国のほうが、より利益があがり、そこの社員や国民の生活はよくなっていくのだということだと思います。環境保全の為には生活は多少不便になっても我慢しようとか、便利な生活をおくるには、環境が多少破壊されるのは仕方ないんだという考え方とは全く正反対のところにいるわけです。(1993.08.05)

 さらにもうう少し話していきたいと思います。
 二酸化炭素のことで少しのべます。以下1987年の世界の主要国の二酸化炭素排出量の比較資料です。平成二年版「環境白書」からです。

   国名        二酸化炭素排出量
             (億トン) 比率(%)
  世界全体       52.25   100.0
   日本          2.44    4.7
   中国          5.29    10.1
   韓国          0.42    0.8
   米国         12.38    23.7
   西独          1.86    3.6
   フランス        0.95    1.8
   イギリス        1.59    3.0
   イタリア        1.06    2.0
   ソ連          9.70    18.6

11062702 これで見るとわかりますが、米ソ中の3カ国が圧倒的に二酸化炭素の排出量の多い国だということがわかります。この3国では石炭の利用がおおく、さらに今後も続くだろうと考えられています。化石燃料を燃やして出る二酸化炭素も、もしその国に森林が多かったら、その木がまたその二酸化炭素を吸い取るわけですが、これで、出す量よりも吸い取る割合が多いのは、日本と韓国だけだといいます。日本も韓国も懸命に植林をやってきたおかげです。
 それに日本の各企業はなるべく、排ガスを100%に限りなく近いまで使いきろうと努力しています。その方が無駄がなく、利益を生み出せるからです。

 日本のような国の企業が自分の会社の利益を考えるからこそ、いま日本は環境保全に関しては先進国になりつつあるのです。中国が圧倒的に二酸化炭素をそのまま放出しているのは、この「利益」という概念がわからないからです。彼らはせっかく日本が製鉄工場などにつける排出部のフィルターなんかをはずしてしまいます。彼らは国家がGNPしか考えないように、いわば売上(つまり生産高)しか考えません。だから生産高に関係のない排出ガスなんかそのまま出したって関係ないと思っているのです。これが全体主義、社会主義経済の駄目な点です。

と述べた点を説明しましょう。以下2つの企業の簡単な損益計算書を例としてあげます。単位は別に億円とでもしておきましょう。

            A社         B社
   売上     8,000      7,000
   原価     5,500      3,900
   経費     2,000      1,600
   利益       500      1,500

 少しおおざっぱですが、これが損益計算書の形です。ではこのA、Bどちらの会社のほうがいいのでしょうか。このましいのでしょうか。フィルターをはずしてしまう中国などでは当然Aになります。彼らは売上ではなく生産高になるのでしょうが、とにかく生産高がおおいほどいいのです。GNP計算の考え方もこれと同じような傾向があります。だから中国も必死に国としてのGNP増大ばかり考えています。もうフィルターなんかはずしたって、多少酸性雨で作物が枯れようと、とにかく生産高があがればいいのです。
 私なら当然B社のほうが上です。多分かなりな合理化して、石炭を使ったとしてもなるべく排煙をほとんどださないくらいまで使いきろうとしているわけです。また最後の利益から、税金が払われ、株主配当ができて、またそれらが再投資されます。税金はさまざま社会資本の充実に向いますし、株主配当はまた別の消費に向ったり、またその会社の増資に応ずる形にもなります。
 こうしたことが中国やソ連の統制経済では理解できないのです。またアメリカも資本主義の国なはずなのですが、この点に関してはもう判っていないように思えます。アイアコッカの著作などみると、なんだ判ってないなと感じてしまいます。

人間が生きてきたことはどうしても地球環境を破壊してしまう、これからは地球のためには、人間は少しは不便になっても我慢しなければというような考えにつながるのではと思うのです。ということは、人間がよりよい生活をするためには、環境を破壊してしまうのが必然だという考えかただということではないでしょうか。

とのべたことは、私はかなり大事なことだと思っているのです。現在のエコロジストや環境保護派の連中がこのように思っていることは重大なことを含んでいます。
 たとえば、先の中国の例でもいいのですが、そのような開発途上国といわれるような国へいって、「緑をなくしてはいけない」「川を綺麗にしなくちゃ」「そんなことやると、地球が滅ぶんだよ」といったとしても、彼らから、

 過去世界を汚してきたのは君達日本じゃないか
 俺たちだって君達のような生活をしたいのだ
 そのためには環境が破壊されるのは仕方ないんだ
 だって君達だって環境を破壊していまの生活を築いたんだろう

といわれたら、返す言葉がないはずです。
 問題の立てかたはそうではないのです。私たちはこういうべきなのです。

  私たちは人間の力で、水をまもり木を育ててきたから、豊かに
  なれたし、これからもより豊かになれるんだよ
  私たちは、石炭でもなんでも全部使いきるようにしているから、
  よごれた煙は出さないんだ、それが効率がよくて利益が増えてい
  くんだ
  私たちは環境を人間の手で守ろうとしてきたからこそ、豊かに
  なれたのだ
  君達が生活をより豊かにするのなら、まず環境を大事にするこ
  となんだ
  そのためなら私たちだっていくらでも応援するよ

これが私は、世の「緑の党」だのエコロジストだのと違った私たちが提出すべきことだと思っています。
 私は私たちに対して「清貧」だ「清潔」だを強いてくるような連中をまったく信じていません。私たちがよりよい生活をしたいと願うのはあたりまえのことなのです。私には緑の保護叫ぶ連中と、「清貧だ」という連中はまったく同じに見えます。いつも私たちがみなぜいたくしてきたからいけない、世界中から魚でもなんでももってきてしまう日本人がいけない、アマゾンの緑なくしているのは日本だ、などという連中こそ、まったくどうしょうもないと思っています。
 ちょっと問題発言的なこというと、これらの連中に共通していることは、

 反核がすべて正しい
 反原発は当然
 ぜいたくがいけない
 もっと清貧に生きよう
 学習塾の隆盛は問題だ、偏差値もよくない
 ファミコンみたいのがはやるのがよくない
 大企業が環境破壊の一番の存在だ

というようなことです。これは問題発言と言いましたが、かれらの主張からいくらでも共通して抜き出すことができます。
 反論があればいつでもお受けします。(1993.08.04)

93-07-09 「環境にやさしい」言葉 KA
最近環境問題が叫ばれている中、「環境にやさしい」という標語がお店などでやたらと目につくようになりました。今日はこの標語について皆さんの意見を聞きたいなーと思って書き込みをしました。

11062603 私もこの言葉を好きにはなれません。もっとも環境というより「地球にやさしい」という言葉のほうをよく見かけますが。この「地球にやさしい」という文字がはいった「エコ・マーク」が登場したのは平成元年のことです。環境庁が導入しました。このころからこのような標語のものをいろいろ見かけるようになったように思います。4WDに「自然にやさしく」などというステッカー貼って、野山海岸をふみあらす冒険野郎などというのも現れました。 この「地球にやさしい」ということは、アメリカからの輸入です。「地球を救うかんたんな50の方法」などということの単純なまねごとだったように思います。私が過去このネットで少し考えてきたように、その中には「これはどうなんだろう」というものが多々あるように思いました。
 ところで、KAさんのいう、

人間が地球上で生活している以上、どうしても環境を破壊してしまうと思います。

という意見には、私は同感できません。人間が生きてきたことはどうしても地球環境を破壊してしまう、これからは地球のためには、人間は少しは不便になっても我慢しなければというような考えにつながるのではと思うのです。ということは、人間がよりよい生活をするためには、環境を破壊してしまうのが必然だという考えかただということではないでしょうか。私は、

  小野田猛史「環境の限界は技術が超える」

で、この著者が以下のように述べていることと同じように考えているのです。

 「成長を求めれば環境が破壊され、環境の保全を追及すれば成長
  にブレーキがかかる」とか、「公害は『資本の論理』が生んだも
  のである」と、環境保全を求める人はだれもが信じてきた。しか
  し、皮肉なことに、いままでこのような考えと無縁な人々が、地
  球環境対策を世界で進めている。振り返るならば、このような考
  えが強い支持を得てきたために、その反面で、豊かな生活を送る
  ためには環境が破壊されるのを甘受しなければならない、という
  誤った社会通念が確立されたといえる。エコロジストたちが、環
  境はとどまるところを知らず破壊されていくと感じ、自分たちを
  環境問題の殉教者であると考えたのも心情的には理解できる。し
  かも、このような殉教者意識が本人たちの考えに反した社会通念
  をつくりだすという役割について、これまでの社会理論では無視
  されてきた。こうしたことについて、率直に反省、再検討しなけ
  ればならない時期にきている

 このことはもうもっとはっきりしてきているように思います。たとえば海がめを自然のままにおいておくよりも、人間が孵化して育て海に放したほうが生存率がはるかに高いのです、天然自然よりも、人工自然のほうがこの海がめの生存に関しては上なのです。
 もうひとついうと、日本の国土の約70%は森林です。この森林のお蔭で、日本は川の水は絶えることなく、田畑には豊かな作物が実ります。私たちは蛇口をひねれば水道の水がすぐに飲めるのも、この豊かな森林のお蔭です。そしてこの豊かな森林のうち約41%が人間の手でつくられた植林による人工林なのです。実に縄文の時代から私たちはこの森林を育ててきたのです。これは稲作より歴史が古いのです。私たちの祖先が、

人間が地球上で生活している以上、どうしても環境を破壊してしまうと思います。

と考え、森を育てることをしなかったら、きっとこの日本も砂漠化していたでしょう。人間が木を植え、育て、間引きしたり、炭つくったり、家を建てたり、割箸にしたりすることによって、この日本列島はみずみずしく保たれてきたのです。
 また現在中東の砂漠を緑地化することも日本の科学技術で考えられています。人間が環境をよりよく変えようとするのはいいことなのです。この中東の砂漠を緑地化する科学技術に関しては、またそのうちUPしたいと思います。かのサハラ砂漠だって過去には緑がいっぱいだったことがあるといいます。人間の科学と技術はまたそれを再現できるはずです。
 私は環境をそのままにしておこうといって、トキの保護には関心をもっても、蚊やハエ、ゴキブリの種の保護も大事だと主張するひとを見たことがありません。ようするに環境保護だ、エコロジーだという人のいうのは、人間に悪いことをしない生物の保護であり、さらにいえば自分に都合のいいことのみの主張だと思います。
 またさきほどの小野田猛史氏のいっていることですが、

  環境を保全するほうが、環境を保全しないで放置したままの場
  合よりも利益があること。技術は、そのような道に沿って発展で
  きること。それというのも、環境保全を確実にする唯一の方法は、
  保全したほうが利益があがるという状況をつくることにしかない
  からである。環境を破壊すると損をすることを知れば、だれも環
  境を破壊しなくなる。
  環境を破壊する原因となる汚染物質は、簡単にいえば、投入さ
  れたエネルギーなどの資源が有効に用いいられなかった結果とし
  て生じるのであり、エネルギーを効率よく利用できる技術が開発
  されれば、汚染物質は自然に減少するのである。しかも、この夢
  のような話は、今日の日本においてすでに実現しはじめている。

 日本のような国の企業が自分の会社の利益を考えるからこそ、いま日本は環境保全に関しては先進国になりつつあるのです。中国が圧倒的に二酸化炭素をそのまま放出しているのは、この「利益」という概念がわからないからです。彼らはせっかく日本が製鉄工場などにつける排出部のフィルターなんかをはずしてしまいます。彼らは国家がGNPしか考えないように、いわば売上(つまり生産高)しか考えません。だから生産高に関係のない排出ガスなんかそのまま出したって関係ないと思っているのです。これが全体主義、社会主義経済の駄目な点です。
 人間が生き、生活をよりよくしていこうとすることは、古代から環境をよくしていくこととは矛盾しないのです。人間が企業がよく儲けたい、よい暮らしがしたいということはいいことなのです。
 私はどうも、人間が生きること自体が環境を破壊する、とくに日本人のようにぜいたくをしていると地球が亡びてしまうというような考えかたには、ちょうど割箸追放運動と同じような傾向を感じてしまいます。
 このネットではかなり今までこの環境のことは話されてきたかと思います。本当をいえば、こうして私が述べたことも過去話されてきたことの確認のように私は思っています。ただなんども繰返し話していくべきでしょう。(1993.08.01)

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