将門Web

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Tag:環境の限界は技術が超える

11071103 私は小野田猛史「環境の限界は技術が超える」から、かなりたくさんのことを学びました。この本は、環境破壊が著しい国ほど経済が破綻に瀕しているという事実を述べていきたいのだと思います。このことは、私もなんども述べてきました。また技術や科学の発展が環境破壊を生み出しているという考えも、はなはだしい誤解の上に成立しているということも、筆者は繰返しのべています。このことも私は主張してきました。
 以下では、この著者が「効率のよい農業を求めるニューウェーブの誕生−農民の創意性が生かされるシステムが食糧の増産を可能にする」という章で紹介しているアフリカのガーナの例を新聞の記事から見てみたいと思います。

[よみがえった緑の革命](1)食糧生産量5倍に(連載)88.12.22  東京読売夕刊2頁
  ◆“奇跡”に国を挙げて大喜び◆
 ソルガム(こうりゃん)、メイズ(とうもろこし)ともに、生産量が二―五倍という驚くべき食糧増産計画がアフリカのガーナで成功した。日本船舶振興会(笹川良一会長)がカーター米前大統領と協力、「笹川グローバル2000」プロジェクトとして、さる一九八六年から実施していたもので、この驚異的な成功に、ガーナ政府は今後、国家事業として推進、食糧不足追放の構想をたてている。このほど視察団に同行、その実態をみた。 (ガーナ北部で、山本栄一編集委員、写真も)
 ガーナの北部、アッパーウェスト州の州都ワーから車で二十分、サバンナの中の農耕地は、収穫の喜びに沸き立っていた。
 七―十月の雨期、ここはまったく雨に見放された。三十五度を超す灼熱(しゃくねつ)のなか、雨は一滴も降らない。これまでのソルガムは、つぎつぎに立ち枯れていく。丈だけは二メートルにも伸びたが、それがせい一杯、もう実をつける力は残っていない。無残な姿だ。
 ところが−−それに隣接して_在する十エーカー(四ヘクタール)のプロジェクトの生産実験農園では、緑も鮮やかなソルガムの茎がたわわな褐色の実をつけている。
 きょうはそれを収穫しようと、部落総出で農民たちが集まっているのだ。タイコや笛を鳴らし、足に鈴をつけた男や女たちが、土ぼこりを立てて踊っている。
 と、二、三十人の若者がナイフを片手に農園へ。その後をカゴを頭に乗せた女たちが続く。ソルガムの房が切り取られ、カゴを満たしていく。
 一方では、穂をたたいて、脱穀が始まる。ギラギラの太陽のもと、歌声が流れた。
 その一人がいった。「長い間、不作がつづいた。どっしりした実が成ることなど、すっかり忘れていたよ。この収穫で子供を学校にやれる」
 そこから二十キロのブサ村では、広場を埋めた約三千人もの群衆が、視察団を出迎えた。収穫のソルガムを入れた袋が十メートルの高さに三角形に積みあげられている。小屋がけの人々の前は、メイズやイモ、果物などの収穫物が、山積みにされている。
 盛大な収穫式典が始まった。首都アクラからかけつけたオビンベ農相や地元の州知事、村長、あるいは大しゅう長らが、次々にあいさつ。「この地方に奇跡が起こった。これまでソルガムの収穫は、ヘクタールあたり〇・五トン、それがいま平均二・三トン、メイズは一・二トンが二・五トンになった。この増収で子供の教育や自転車の購入など、農民の生活向上への貢献ははかりしれない」。また「なにより大きいのは農民に自立への自信と実力がついたことだ。アフリカの飢餓を救済する方策の一つはここにあるのではなかろうか」……。
 歓喜の農民たちは、せめてものプレゼントとして、視察団長の笹川陽平氏に、手製の民族服を贈った。
 ガーナ全人口(千二百万人)の七〇%が村落に住み、農業に従事しているが、土壌の風化や浸食で、有機物質が少なく作物の栄養素は低下、さらに干ばつや病害、害虫の発生などで、農民は苦しい環境にあえいでいた。それが初めての連続大豊作となったわけだ。
 いまこうした農園はガーナ全土で二万エーカー、二万世帯の農民が働いているが、北部三州では主穀栽培面積の一五%、全土では八%の土地で、この新技術を実施する計画が進められている。
 農民を歓喜させた倍増農業、「笹川グローバル2000」プロジェクトは、一体、どんな“魔法”を使ったのだろうか。読売新聞社

[よみがえった緑の革命](2)飢え追放の決め手(連載)88.12.24  東京読売夕刊2頁
  ◆「心と心の交流」で農耕指導◆
 一九六〇年代、全世界の農業関係者に大きな衝撃を与えた「緑の革命」をご記憶だろうか。
 食糧の生産量を数倍にアップし世界から食糧難をなくそう−−ノーベル平和賞受賞者、ノーマン・ボーローグ博士の研究成功と提唱は、人類の夢の実現として注目された。
 開発途上国の貧困は、なにより農産物の収穫の低さが原因だった。悪い品質の種子、肥料の欠如、不十分な水の供給や耕作方法……。したがって途上国と先進国の生産量には、数倍もの差が出てしまう。
 そこで新品種を導入し、適切な肥料と水を与えたら……。「緑の革命」の骨子はここにある。当時、食糧こそ最大の戦略物資としたアメリカの強力なテコ入れもあって、メキシコ、フィリピン、インドなど数か国に研究機関が設置され、多くの国でこの新技法を実施した。期待が大きい余り、あまりにも急速な進展だったといえよう。
 結論からいえば、「緑の革命」は明暗二つの側面を露呈した。
 たしかに画期的な収穫増をもたらす反面、「新種子は自然条件に神経質。また太く短く実が多いが、虫がつきやすく多量の殺虫剤を必要とする。肥料も有機肥料とくらべ五倍以上もいる。さらに多量の水が要求される。大量生産のため大耕作主義がとられ、耕地は大地主に集中し失業農民を大量に生み出す……」−−こうした予想外の非難、中傷を浴びることになる。だが、新技術はパキスタンなどで成功し、インドはこれによって一躍、食糧輸出国にのし上がった。一方、ブラジル、コロンビアなどでは、批判のような結末も招いた。
 なかでも、土地を荒廃させるという環境論者の追及は急であった。こうして、いつしか「緑の革命」という人間の理想は、ネガティブな評価のうちに表舞台から消えたかにみえたのである。
 一九八四年、アフリカ各地で大飢饉(ききん)が発生した。エチオピアでは、死者百五十万人以上を出した。この時、「飢えるアフリカの根本的解決は、人口増加を上回る食糧増産以外にない」と提言したのが、日本船舶振興会の笹川良一会長だった。同会長は、ボーローグ博士に「その後の研究成果を踏まえて、再度、アフリカで増産計画を実施するよう」要請した。一度、思わぬ苦杯を喫した「緑の革命」を、新しい世界で再開させようという大胆な提案である。
 これにはカーター前米大統領も賛意を示し、翌八五年七月、スイスのジュネーブで飢餓対策緊急会議を開催、全世界の農業学者、医学者、公衆衛生の専門家など三十五人が参加して、徹底的に討議された。
 その結果、「笹川グローバル2000」プロジェクトがガーナ、スーダンで開始されることになった。メキシコやインドの研究機関に従事していた経験豊かな技術者が呼びよせられた。インドからガーナに派遣され、今日の成功の基盤を作った韓国人学者、洪鐘雲(ホン・ジョンウン)博士は、当時を振り返ってこう語る。
「援助などというと、現地では必ずトラクターや大型機械などを期待するものです。しかし、われわれの方法はそうではない。これまでの放置農耕から、いわば人手農業に転換させ、互いに心と心を交流させながら、マンツーマンのきめ細かな指導をしたのです」
 ガーナの農民にとっては、文字通りの“革命”となったのである。(山本栄一編集委員、写真も)読売新聞社

[よみがえった緑の革命](3)素朴な農法、収穫倍増(連載)88.12.26  東京読売夕刊2頁
 ソルガム(こうりゃん)などの穀物の収穫が、二倍から五倍というと、なにか高度で、複雑な作業を想像されようが、実はこの「笹川グローバル2000」は、簡単も簡単、素朴でいかにも自然に適応した新技法なのである。
 成功したガーナの北部、アッパーウエスト州ワー地区の土壌は、真っ赤な色。チッ素、リンといった成分をまったくふくまぬ砂のような不良土だ。しかも雨は降ったり、降らなかったり。農民ははじめから絶望し、外国人の新農法など問題にもしなかった。
 したがって、一九八六年秋、技術者としてインドから派遣されたホン博士、メキシコから来たマルチネス博士は、農家の戸別訪問からスタート、協力農民を一軒、また一軒と増やしていった。実験地区は、一軒あたり各一エーカー(〇・四ヘクタール)、ここで新品種を新技法で植え、隣接の耕地はこれまでの方法で実施する。つまり二つの畑の収穫の違いを、農民たちにはっきり知らせようというのが、狙いだった。
 まず整地する。いままでは好き勝手に種まきをしていたが、こんどはナワを使ってスジを引き、そこに先が二またになった木の棒で、五センチほど離して二つずつ、深さ七センチほどの穴をあける。
 その片方の穴に新しい種子、もう片方にコーヒースプーン一杯程度の分量のチッ素とリンの混合肥料を注ぎ込む。そして土をかぶせる。それだけのことだ。なんだと思われるほどの素朴な農法なのだ。
 だが、たったこれだけの肥料が弱りきった土壌の生産力を回復させるのである。肥料漬けの日本などと違って、ガーナの施肥量は、一ヘクタール当たりわずか八キロ・グラム、アジアの八十一キロ、南アメリカの三十二キロとくらべ、問題にならないほど少ない。未開人に一錠の薬が大きい効き目を発揮するように、スプーン一杯の数グラム肥料が土地をよみがえらせたのである。
 きちんとした順序正しい種まきが、草とりの時、いかに便利か、農民ははじめて知った。これだけで収穫にも差がでることがわかった。
 激しい日差しのなか、生育は早い。新旧二つ並んだ耕地のどちらが見事に成長していくか。農民の目にも一目りょう然だった。
 毎日のように近在から見学者がきて、ホン博士らの指導を受けるようになった。五か月後、初めての収穫。旧来のメイズ(とうもろこし)は、一ヘクタール当たり一キロ、改良方法ではなんと四キロ、ソルガムは五倍の二・五キロ、農民が狂喜したのもむりはない。
 当初、慎重だったガーナ政府も態度を一変させた。オビンベ農相以下、農業当局も全面的な協力体制に乗り出した。同農相は語る。「なるほど、新式の機械や設備を必要とするものではない。簡単なやり方です。だが、まさにコロンブスの卵のような画期的なものだった。これまで考えられもしなかった収穫がそれを証明している」
 地元の若者たちが、ホン博士らの助手、普及員として立ち上がった。長い間、お先真っ暗だった自分たちの生活にもこれでようやく希望の光が差してきたというのである。
 たった四十軒(四十エーカー)からはじまった生産実験農園は、一年後には千七百、今年は実に二万。明後九〇年には、三十万にしたいというのが、政府の計画だ。普及員もすでに六百人を超え、支給されたオートバイ、自転車で誇らしげに走りまわっている。(山本栄一編集委員、写真も)読売新聞社

[よみがえった緑の革命](4)自立促す収穫後返済(連載)88.12.27  東京読売夕刊2頁
 オジョビ村は、首都アクラの北東、約六十キロの丘陵地に広がる人口千人ほどの寒村である。かつては換金作物のカカオ豆の生産で潤い、古い取引場の壁の彩色などにそのころの面影を残しているが、生産過剰と価格の下落で、いまはさびれてしまった。
 このオジョビ村で、農民の何人かが「笹川グローバル2000」に注目し、実施に踏み出したのは昨年の十二月。わずか二世帯、二エーカー(〇・八ヘクタール)から始まった。
 そしていま……。農民を集めた集会所で村長のアサ・スプランが演説する。「生産実験農園でのメイズやソルガムの生産量は、これまでの四倍にもなった。今後は二百エーカーにしたいと、村民は希望している。だがそうなると、トラクターや資金も必要になる。プロジェクトとしてもこの点を考えてもらいたい」
 援助要請だった。その時、農業指導の韓国人技術者ホン博士が立ち上がっていった。「われわれはサンタクロースではない。これまで機械や施設を与えるだけの援助が失敗した例をたくさん見ている。私たちはみんなと一緒になって汗を流し、この国を自立させるために来たのだ」
 自立……これこそプロジェクトの目的とするものだった。
「笹川グローバル2000」は、農民に必要な種子や肥料などを供与するが、その費用は収穫後に穀物か現金で返済させる。「このプロジェクトはたんなる援助ではなく、あくまでも自立のための協力」という認識を持たせるやり方なのである。
 実験農園一区画あたりの肥料代は、六千五十セディ(三千七百五十円)だが、この方針は農民の自覚を促し、増収に勇気づけられて、全国の返済率はすでに九〇%以上となった。
 返済金はいま一億セディ(六千二百万円)に達し、積み立てられて、新しい農業開発基金として、農村振興に役立たせることになっている。
 農園の多いアッパーウエスト州では、知事のボンドリ氏が、「これまでは、援助とはモノをもらうこと。使い果たせばそれでおしまいだし、せっかく外国から贈られたトラクターなども故障して部品がないと、放置されてしまった。残念だが、これが現実だった。ところが、このプロジェクトは、農民とともに働き、生産の喜びや収穫増の自信を与え、自立への願望を達成させてくれる援助だ。借金を返すことで、農民ははじめて社会の一員としての自覚を持った」と、自立への熱意をこめて語ったのだった。
 収入増は、貧しい農民の生活に大きな光明となった。自転車が買えた、あこがれのラジオが買えた、ドロ造りの家に窓を入れることができた……このように明日への夢が生まれたのである。
 かつて「緑の革命」は肥料の投入で土壌を荒廃させると、環境学者らから非難されたが、ガーナでの成功は、疲弊した土地への適正な施肥は土質をよみがえらせ、無理なく十分な収穫をもたらすことを証明したのだった。
 またやはり問題となった多国籍のアグリビジネス(農業関連総合企業)の進出もない。ここで働くのは農民と労苦を共にする技術者である。
 こうした農業の起死回生策に、元首のローリングス議長は視察団の笹川陽平団長と会見、「農業立国を模索するわが国が、一つの実験の成功により、来年、また来年と希望に燃えて前進できることを喜びたい」と語ったのである。(山本栄一編集委員、写真も)読売新聞社

[よみがえった緑の革命](5)可能性秘め、援助期待(連載)88.12.28  東京読売夕刊2頁
 日本のODA(政府開発援助)実績は、いまアメリカについで第二位、まもなく世界一の援助国になるのは確実とされている。年間一兆二千億円もの国民の血税が、発展途上国の開発に使われる。
 だがその日本の援助が、本当に現地の人々に役立っているのか。野ざらしの施設、機械など、「何のための、だれのための援助か」という批判をしばしば受けた。
 一方、NGO(非政府間機関)の民間援助も経験が浅く、資金、人材不足のため、小規模ないわば“点”の援助にとどまっている。
 そうした意味でガーナでの「笹川グローバル2000」プロジェクトの成功は、“点”から“面”への広がりとして注目されよう。
 むろん今後の課題がないわけではない。適量の肥料をコンスタントに低価で入手できるか……肥料による土壌の荒廃はないか……農作物の貯蔵法は……。現地で指導にあたるマルチネス博士は、「経験を生かしつつ、あくまで現地の伝統と実情を尊重する」と語っている。
 ガーナばかりでなくスーダンでも約三千の農園でソルガム(こうりゃん)、小麦など二―五倍の増産に成功、両国の主穀の自給体制の基盤はできた。同プロジェクトを運営する笹川平和財団(田淵節也会長)はこの研究成果を踏まえ、アフリカの食糧増産を図りたいと、両国に続き、タンザニア、エチオピアでの実施を検討している。
 タンザニア農業当局は、この計画に全面協力の方針だ。マンネン農業省参事官の話によると、すでに予定地として、イリンガ、ドドマ、ムベア、ソンゲアの四大穀倉地帯があがっている。中央部のイリンガ高原は、ソルガム、メイズ(とうもろこし)の主産地で、ジャガイモも取れ、換金作物としてのコーヒー、茶、トマトも盛んだ。ドドマ州は十一月から四月までの雨量が六百ミリ程度の牧草地で、約百万頭の家畜が飼育されている。
 西部のムベア地方は、ソルガム、メイズのほか、ワインをつくるブドウの主産地。雨期には二千ミリもの雨があり、地味も豊かだ。ソンゲアも南部最大の穀物産地。「どこも成功の可能性は十分あり、農民たちも待っている。わが国の穀物の九〇%は零細農民が生産しているが、これらの人々に増収と生活向上がもたらされたら、これ以上のうれしい話はない。タンザニアの主食ともいえるメイズの総生産量は二百八十万トン、かりに一〇、二〇%の増収があれば、国家財政にも蝌N報だ」。マンネン氏は、希望をこめて語った。
 エチオピアもプロジェクトの実施に期待を寄せている。同国北部はいぜん深刻な食糧難にあえいでおり、同政府はさる十二月五日から三日間、首都アジスアベバで「飢餓対策会議」を開催。全閣僚をはじめ、各国NGO代表や飢饉(ききん)を克服した中国、ボツアナ政府関係者も出席し、飢餓防止と食糧増産案を協議したほどだった。
 それだけに同プロジェクトには強い関心を示し、国家開発委員会のレデイェ局長は、「ガーナでの大幅増産は、われわれにも自信を与えてくれた。エチオピアが求めるのは、一時的ではなく、農民を自立させる援助だ。このプロジェクトはそうした願望にぴったりだ」と語る。「緑の革命」は、いま再びアフリカで、その真価を問われることになった。
(山本栄一編集委員、写真も)(おわり)読売新聞社

 この実験について小野田猛史は次のように言っています。

   この実験がはじまる以前のガーナでは、農民は前途の展望を見
  失なっていた。この農民が、こうして食糧を自給するために生産
  に主体的に参加することで、自立の道を踏みだそうとしている。
  巨額の資本を必要としない、効率的な農業技術が、絶望の渕にひ
  しがれていた農民を、未来への展望をもった農民へと変えている。
  この実験の成功は、輸入した外資への元利支払を追及するために、
  輸出依存の生産を行うという、従来の経済発展の理論が二重に破
  綻したことを示すものである。一つは、かつて行われた輸出依存
  経済への転換が、開発途上国の経済を破綻させたという事実であ
  る。もう一つは、こうして破綻した経済の再建は、輸出依存経済
  から国民生活の要求に応える経済へと転換することで、はじめて
  可能になったという現実である。

 こうした効率的な農業技術、効率のよい農業生産の組織はきっと南の最貧国の環境問題についても道を開いていくに違いありません。
 小野田猛史氏の著書はたくさんのことを教えてくれるものですから、今後もまたさまざま引用していけると思いますが、私としてはもう直接お会いしていろいろお話をおききしたいなと思っているところです。そのうちに実現させますから、またその報告もやっていきたいと思います。

93-07-09 「環境にやさしい」言葉 KA
最近環境問題が叫ばれている中、「環境にやさしい」という標語がお店などでやたらと目につくようになりました。今日はこの標語について皆さんの意見を聞きたいなーと思って書き込みをしました。

11062603 私もこの言葉を好きにはなれません。もっとも環境というより「地球にやさしい」という言葉のほうをよく見かけますが。この「地球にやさしい」という文字がはいった「エコ・マーク」が登場したのは平成元年のことです。環境庁が導入しました。このころからこのような標語のものをいろいろ見かけるようになったように思います。4WDに「自然にやさしく」などというステッカー貼って、野山海岸をふみあらす冒険野郎などというのも現れました。 この「地球にやさしい」ということは、アメリカからの輸入です。「地球を救うかんたんな50の方法」などということの単純なまねごとだったように思います。私が過去このネットで少し考えてきたように、その中には「これはどうなんだろう」というものが多々あるように思いました。
 ところで、KAさんのいう、

人間が地球上で生活している以上、どうしても環境を破壊してしまうと思います。

という意見には、私は同感できません。人間が生きてきたことはどうしても地球環境を破壊してしまう、これからは地球のためには、人間は少しは不便になっても我慢しなければというような考えにつながるのではと思うのです。ということは、人間がよりよい生活をするためには、環境を破壊してしまうのが必然だという考えかただということではないでしょうか。私は、

  小野田猛史「環境の限界は技術が超える」

で、この著者が以下のように述べていることと同じように考えているのです。

 「成長を求めれば環境が破壊され、環境の保全を追及すれば成長
  にブレーキがかかる」とか、「公害は『資本の論理』が生んだも
  のである」と、環境保全を求める人はだれもが信じてきた。しか
  し、皮肉なことに、いままでこのような考えと無縁な人々が、地
  球環境対策を世界で進めている。振り返るならば、このような考
  えが強い支持を得てきたために、その反面で、豊かな生活を送る
  ためには環境が破壊されるのを甘受しなければならない、という
  誤った社会通念が確立されたといえる。エコロジストたちが、環
  境はとどまるところを知らず破壊されていくと感じ、自分たちを
  環境問題の殉教者であると考えたのも心情的には理解できる。し
  かも、このような殉教者意識が本人たちの考えに反した社会通念
  をつくりだすという役割について、これまでの社会理論では無視
  されてきた。こうしたことについて、率直に反省、再検討しなけ
  ればならない時期にきている

 このことはもうもっとはっきりしてきているように思います。たとえば海がめを自然のままにおいておくよりも、人間が孵化して育て海に放したほうが生存率がはるかに高いのです、天然自然よりも、人工自然のほうがこの海がめの生存に関しては上なのです。
 もうひとついうと、日本の国土の約70%は森林です。この森林のお蔭で、日本は川の水は絶えることなく、田畑には豊かな作物が実ります。私たちは蛇口をひねれば水道の水がすぐに飲めるのも、この豊かな森林のお蔭です。そしてこの豊かな森林のうち約41%が人間の手でつくられた植林による人工林なのです。実に縄文の時代から私たちはこの森林を育ててきたのです。これは稲作より歴史が古いのです。私たちの祖先が、

人間が地球上で生活している以上、どうしても環境を破壊してしまうと思います。

と考え、森を育てることをしなかったら、きっとこの日本も砂漠化していたでしょう。人間が木を植え、育て、間引きしたり、炭つくったり、家を建てたり、割箸にしたりすることによって、この日本列島はみずみずしく保たれてきたのです。
 また現在中東の砂漠を緑地化することも日本の科学技術で考えられています。人間が環境をよりよく変えようとするのはいいことなのです。この中東の砂漠を緑地化する科学技術に関しては、またそのうちUPしたいと思います。かのサハラ砂漠だって過去には緑がいっぱいだったことがあるといいます。人間の科学と技術はまたそれを再現できるはずです。
 私は環境をそのままにしておこうといって、トキの保護には関心をもっても、蚊やハエ、ゴキブリの種の保護も大事だと主張するひとを見たことがありません。ようするに環境保護だ、エコロジーだという人のいうのは、人間に悪いことをしない生物の保護であり、さらにいえば自分に都合のいいことのみの主張だと思います。
 またさきほどの小野田猛史氏のいっていることですが、

  環境を保全するほうが、環境を保全しないで放置したままの場
  合よりも利益があること。技術は、そのような道に沿って発展で
  きること。それというのも、環境保全を確実にする唯一の方法は、
  保全したほうが利益があがるという状況をつくることにしかない
  からである。環境を破壊すると損をすることを知れば、だれも環
  境を破壊しなくなる。
  環境を破壊する原因となる汚染物質は、簡単にいえば、投入さ
  れたエネルギーなどの資源が有効に用いいられなかった結果とし
  て生じるのであり、エネルギーを効率よく利用できる技術が開発
  されれば、汚染物質は自然に減少するのである。しかも、この夢
  のような話は、今日の日本においてすでに実現しはじめている。

 日本のような国の企業が自分の会社の利益を考えるからこそ、いま日本は環境保全に関しては先進国になりつつあるのです。中国が圧倒的に二酸化炭素をそのまま放出しているのは、この「利益」という概念がわからないからです。彼らはせっかく日本が製鉄工場などにつける排出部のフィルターなんかをはずしてしまいます。彼らは国家がGNPしか考えないように、いわば売上(つまり生産高)しか考えません。だから生産高に関係のない排出ガスなんかそのまま出したって関係ないと思っているのです。これが全体主義、社会主義経済の駄目な点です。
 人間が生き、生活をよりよくしていこうとすることは、古代から環境をよくしていくこととは矛盾しないのです。人間が企業がよく儲けたい、よい暮らしがしたいということはいいことなのです。
 私はどうも、人間が生きること自体が環境を破壊する、とくに日本人のようにぜいたくをしていると地球が亡びてしまうというような考えかたには、ちょうど割箸追放運動と同じような傾向を感じてしまいます。
 このネットではかなり今までこの環境のことは話されてきたかと思います。本当をいえば、こうして私が述べたことも過去話されてきたことの確認のように私は思っています。ただなんども繰返し話していくべきでしょう。(1993.08.01)

11010512 私はいままで環境問題について、いろいろと述べてきたものです。そこでいつも問題になってきたのは、いわゆるエコロジスト環境保護主義者たちとの論争です。私はエコロジストを自称する人間が、平気で四輪駆動で河原の土手を駆けのぼったり、タバコの吸い殻をどこへでも平気で棄てる姿を見てきました。またドイツから帰ってきた人から、ドイツの環境保護主義者の集会が終わったときのたいへんな量のゴミが棄てられていたなどということを聞きました。
 そんな連中の言うこととは違った、まともな環境論を私は欲していました。そんな私に爽やかな気持を与えてくれたのが、次の著作です。

書  名 環境の限界は技術が超える
著  者 小野田猛史
発行所 東洋経済新報社
1990年6月28日発行

  著者があとがきで、

  技術の発展が環境破壊を生みだしている、という世界的に普遍して
  いる考え方がよい見本だが、いままで科学や技術にについて語られ、
  社会に受けいれられてきた科学や技術に対する断罪が、実ははなはだ
  しい誤解のうえに成立していることを不十分ながらも本書でいうこと
  ができたことに、喜びを感じている。環境破壊は、技術の発展が社会
  的、政治的な要因で抑圧されていることに起因している。

と述べているところにこの著書の目的があります。私もこの手の誤解とは、随分論争してきました。誤解というより、なにかひとつの傾向をもっているのですね。しかも自分たちの主張が絶対的な全人類、全地球の正義であるかのように思い込んでいるから、始末が悪い。そこまでいうなら、あなたは自分のタバコをやめなさいといいたいですね。ただし私はそれも言ったことないですよ。それは個人の自由勝手です。でも地球規模の破壊とやらと、狭い場所でのタバコとでは、その悪影響はタバコのほうが悪すぎますよ。

 「成長を求めれば環境が破壊され、環境の保全を追及すれば成長にブ
 レーキがかかる」とか、「公害は『資本の論理』が生んだものである」と、
  環境保全を求める人はだれもが信じてきた。しかし、皮肉なことに、
  いままでこのような考えと無縁な人々が、地球環境対策を世界で進め
  ている。振り返るならば、このような考えが強い支持を得てきたため
  に、その反面で、豊かな生活を送るためには環境が破壊されるのを甘
  受しなければならない、という誤った社会通念が確立されたといえる。
  エコロジストたちが、環境はとどまるところを知らず破壊されていく
  と感じ、自分たちを環境問題の殉教者であると考えたのも心情的には
  理解できる。しかも、このような殉教者意識が本人たちの考えに反し
  た社会通念をつきりだすという役割について、これまでの社会理論で
  は無視されてきた。こうしたことについて、率直に反省、再検討しな
  ければならない時期にきている。

 まったく思い当たります。チェルノブイリで事故があったとき、反原発の人たちは、これはいい材料ができたと喜んだのじゃないですか。いまでも、どこかで事故でもおきれば、この無知な大衆に警告を与えられると思っているのではないですか。

 環境を保全するほうが、環境を保全しないで放置したままの場合より
  も利益があること。技術は、そのような道に沿って発展できること。
  それというのも、環境保全確実にする唯一の方法は、保全したほうが
  利益があがるという状況をつくることにしかないからである。環境を
  破壊すると損をすることを知れば、だれも環境を破壊しなくなる。言
  い換えるならば、環境を保全するために道義心で人間の行動を縛るの
  には限界がある。
 (略)
 環境を破壊する原因となる汚染物質は、簡単にいえば、投入されたエ
  ネルギーなどの資源が有効に用いいられなかった結果として生じるの
  であり、エネルギーを効率よく利用できる技術が開発されれば、汚染
  物質は自然に減少するのである。しかも、この夢のような話は、今日
  の日本においてすでに実現しはじめている。

 私もこの「利益」「損」ということが、この環境問題を解く重要な鍵だと思います。また一番反発のあるところでもあるでしょう。だが、私はまさしくこの著者と同じことを思い、同じようなことを主張してきました。今後もまたいろいろなところで詳しく展開したいと思っています。
 この著書には、大気汚染、温室効果、酸性雨、農業汚染の問題等々が、旧ソ連、米国、開発途上国含めて詳しく述べられています。ソ連が、中国が何故一番の公害輸出国なのか、くわしくわかる気がします。
 最後に技術学の課題について述べていますが、現在さらにこの著者はその検討を深めていると確信します。またそれらの論をよんでいきたいと考えます。
 この本がもう随分前の出版であるにもかかわらず、環境問題の根源的問題とその究極的な解決方法を提示しているものと思います。

 実はこの著者とは、この本を読んだ何年後かにお会いする機会がありました。そのときに、いくつかの環境問題についての論文のコピーをいただきました。
 それらをまとめて本にすることがあるようですから、今その出版を待っているところです。(1998.11.01)

超「格差拡大」の時代―価格破壊の「地獄」から抜け出せるのは技術力のみ

 

 

 

書 名 超「格差拡大」の時代
    価格破壊の「地獄」から抜け出せるのは技術力のみ
著 者 長谷川慶太郎
発行所 東洋経済新報社
定 価 1,500円+税
発行日 2006年6月29日発行
読了日 2006年8月7日

 これは実に読み応えがありました。これを読みながら、真っ先に以下の本を思い出していました。

   小野田猛史「環境の限界は技術が超える」

 これは1990年に出版された本ですが、

 環境を破壊する原因となる汚染物質は、簡単にいえば、投入されたエネルギーなどの資源が有効に用いいられなかった結果として生じるのであり、エネルギーを効率よく利用できる技術が開発されれば、汚染物質は自然に減少するのである。しかも、この夢のような話は、今日の日本においてすでに実現しはじめている。

 いわば、これと同じことが慶太郎さんがいわれています。もうあちこちのページの下辺を折りました。「これは書き抜いておかないとなあ」という思いなんですが、きのう読み終わったときに電車の中で、「でもこれを書き抜くのは少々大変だなあ」なんて思っていました。
 もうやはり、「インターネットにテキストが提示されていればいいなあ」でもそういうわけにはいかないですから、私がやらないといけないのですね。

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