将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:生涯現役

07020702 マルクスの唯物論というのはそんなに進歩的じゃないですよ。だからユダヤ人問題のような宗教的な問題に対して、当時の急進的な人間の間では、キリスト教だろうがユダヤ教だろうがイスラム教だろうが、全部すっ飛ばしてしまえばいいじゃないかというのが一般的な意見だったのですけど、マルクスはそうじゃなくて、要するに、宗教的なものを否定して追っ払ったって人間の解放とは同じじゃない、それは革命と関係ないんだっていうのがマルクスのユダヤ人問題についての論旨ですね。だから、あまりに馬鹿らしい進歩的なことはいわない人です。ユダヤ人問題ってのは、ヨーロッパの部落問題です。人間の歴史というのはそういうのをなかなか払拭できないです。だから、今でもそうだと思いますよ。ヨーロッパ人は上手に進歩的なことをいっていますけれど、心の底にはユダヤ人とユダヤ教に対する差別感があって、なかなか消えていない。そういうことがありますね。マルクスはそういう意味では無茶なインチキをいわないし、真っ当なことをいっています。(『生涯現役』2006.11.20洋泉社終章「老いの思想」)

 え、私はこれで、やっとマルクスの「ユダヤ人問題を論ず」が少しは判った気持になれました。結局私は長年何も判っていなかったのですね。羞しい話です。だが、これでまたちゃんと読み返してみようという気持が湧いてきました。年をとってくることも、本当に無駄なことばかりじゃないのですね。もっと学んでいこうと、そのことだけを思い浮かべています。

続きを読む

07020701 老いてくると、頭や観念の動きも狭くなりますけれど、狭くなることは目や耳が衰えるのと同じで自然の摂理だから仕方がないんです。からだの動きが鈍くなる、歩く範囲が狭くなる、すると思考の範囲も狭くなるというね。しかし、狭くはなるけれど、これもやりようによっては自然以上に衰えるということはありません。自然に衰えたなら仕方がないやとそうなりますけれど、そうじゃない限りは、自分の意欲でもって、急速に衰えるのではなく、自然に狭くなるというところに近づくことはできると思うんですね。(『生涯現役』2006.11.20洋泉社序章「老いとの対峙───自然と和解する意欲をめぐって」)

 私はまだ58歳なのだが、やっぱり自分の老いを感じてしまうことが多々ある。このままただ老人になってしまうのかというところで、大変に辛い嫌な気持になりがちなのだ。そうした私の現状に、こうした吉本さんの言われることは強く迫ってきます。まだまだやり続けないとならないのです。私も生涯現役でいるのだ。

続きを読む

fa09642a.jpg

 本当に老人たちの助けになるためには、親鸞流にいうと、「還りの相」、「還りの姿」というものが必要だということになります。つまり、偶然この人を助けたってことではなくて、この人一人を助けることが、そのまま老人というものを助けることと同じでなければ意味がないっていうことですね。同じことというのがどういうことかというと、一人を助けることのなかにひそんでいる偶然性を排除して、老人の運動性の鈍さとかそういうことを全部含んだ上での必然性としての老人といいますか、そこまでいかない限り、駄目だということです。(『生涯現役』2006.11.20洋泉社終章「老いの思想」)

 思えばこのことは吉本さんがあちこちのことで繰り返し言われていることだと思う。なんと勘違いしてしまった個人、勘違いしてしまっている思想が蔓延していることだろうか。老人や身障者の介護ということでも、この勘違い、意味のないことがあちこちに蔓延していることを感じている。

続きを読む

648c15dd.jpg

 人間が外界に対して手を加えるときに、人間は価値を増殖するためにしか行動しないわけですよ。どんな場合でもそうなんです。そうすると価値を生じるってことは、どこをどう押したって、利潤というものがつきまとうことを意味するわけです。人間が動いたら、そこには必ず利潤がつきまとうんですね。もちろん、利潤としてどう扱うかという問題は残りますけれども、利潤を得るためにしか人間は動きませんし、精神だって働きませんから、利潤がつきまとうこ
と自体はきまっちゃっているんです。
(『生涯現役』2006.11.20洋泉社第ニ章「老いのことば」)

 多くのマルクス主義者はこのことを間違って認識してしまった。一人マルクス自身はこうした誤りを犯してはいなかった。「無知が栄えた例はない」とマルクスが叫んだというこのは、この時のことなのかと改めて深く気がついた次第です。

続きを読む

849db251.jpg

 ぼくはね、麻原彰晃のときもいろいろやられましたが、それ以外にも、お前の批判のことばは気にくわないが、そもそも他人の細君を寝取ったような奴に共産党を批判する資格などあるのかという、その種の匿名の批判を受けたことが何度もありました。この野郎と思って名乗った上で聞いてくれるなら、ちゃんと事情の説明もし、いうべきことをいうこともできるわけです。でも匿名ではどうにもしようがないです。汚ねえぞ、やるなら名指しでやれということお終いになっちゃう。向こうにすれば、以前としてお前は面白くないよ、つまらん批判ばかりしてきたじゃないかと思っているんでしょうから、それでもきりがないんです。(『生涯現役』2006.11.20洋泉社第ニ章「老いのことば」)

 このことは私も思い当たることがあります。私ですからたいしたことではないのですが、このインターネット上でもう何度も匿名の批判を受けてきました。今もときどき実に私を攻撃する内容の匿名のメールを受け取ります。いつもいささかあきれはて、すぐ削除してしまいますが、また繰り返してくるのでしょうね。

続きを読む

a447f787.jpg

 ぼくがもし小泉純一郎みたいな立場の政治家だったとして、たとえば外国から靖国神社へ行くのは外交の妨げですなんていわれたら、冗談はよせやいと一言のもとにいうところです。そんなこといまさら言えた義理かというと思いますね。ヨーロッパとかアメリカとか、自分たちは植民地をさんざん作っておいて、何で日本だけがいけないんだ、しかもこっちは大東亜戦争の名目はついていたんだから、そういうことをいうのはおかしいと、ぼくだったらいうと思います。政府の命令と主導で大勢引き連れていくのなら問題だけど、一人で御参りして帰ってきてどこが悪いんだって、そんなことは仮に悪くたって、お前のところに言われる筋合いじゃないっていいます。(『生涯現役』2006.11.20洋泉社第ニ章「老いのことば」)

 これは実に気持いいことを、気持いい言葉で言ってくれています。私はもう大昔から思っていたことです。なぜこれだけのことを、日本の政治家及び各知識人たちは言いきれないのか。なぜ自分たちの父親母親たちが、何か卑劣なことをしでかしたようなことを思い込んでいるのか。私にはどうしても理解できないことだった。今こうして、吉本さんの言葉を読むと私の父が笑顔で私を見てくれている気がしています。

続きを読む

08ef6992.jpg

 ただ、ぼくの知人には、でもこの人はそうはならなかったんだなぁという人がたった一人だけいます。島尾敏雄さんです。あの人は、前線基地でいつ特攻にでなければいけないかわからないという場面にいながら、撃ち落とされた飛行機から落下傘で降りて開かずに死んでしまったアメリカ人兵士の遺体を見捨てずに、身分証明を見つけて、ついでに墓を立てたという人です。驚くべき冷静さといいますか、そんな場面にいてよくそれだけのことができたと、これは俺には真似できないよと思います。こっちは鬼畜米英でいっぱいだったわけだし、それでいて、じゃ特攻隊に志願するのかというとその勇気はなかったわけだから、情けない、かなわない、及ばないよという思いがありますね。そこまで冷静になれたらたいしたもんだと思うけど、おれにはそれはないというしかない。(『生涯現役』2006.11.20洋泉社第ニ章「老いのことば」)

 ここの「そういうこと」とは、一見正常で健康的な人たちが、「ある局面に立ち至れば、死ぬの殺すのなんてことを平然とやってしまう」ということを言っています。これは私たちでもよくありがちなことである。吉本さんも同じだという。だが、この島尾敏雄は違っていたのだ。これを読んで、吉本さんが何故島尾敏雄にこだわっているのかが、また別な面で判ったように思えている。

続きを読む

542f0708.jpg

 先生がいうには、お前みたいのは全然駄目だ、老人というのはみんな淋しいものなんだ。だから、うるさがれるほど頻繁にやってきて、もう働き口は見つかりましたかとか、先生やっていただけましたかとかいっていればいい。でも、こないのは駄目だ。ご老人は淋しいから、頼られることが嬉しいんだと、そういう話だったんです。それを君の態度は何だ、なっちゃいないぞって怒られたわけだけど、そのときは本当に感心しましたね。(『生涯現役』2006.11.20洋泉社第一章「老いのからだ」)

 この先生は、東京工業大学の遠山啓教授のことだ。これは吉本さんでなくとも、同じ態度になってしまうのではなかろうか。私もいつも就職口を探していたものだが、いつもどこにも頼みに行ったことがなかった。思えば私は自分のやり方を間違えていたし、相手のとらえ方も間違えていたのかもしれない。でも、もうそうやって今まで来てしまったんだなあ。

続きを読む

e1853d66.jpg

 介護の問題について、ぼくがいま抱いている解決策は、子どもたちが同居しているか、できたら近所にいるのが一番いいよということと、もし事情があって遠くに住まざるを得ないというきには、その子どものほうから、できればご老人が住んでいる土地の、たとえば町会のようなもの、公的な機関としては一番小さな規模のところに頼んで、近所の人たちに、パートでいいから炊事当番にきてくれとか、お風呂に入るのは何時だから何時から何時まで見てくれる人はいないかとか、あるいは寝るときに蒲団を敷いてくれるためだけにきてくれる人がほしいとか、そういう相談ができる仕組みがあるといいということです。金は自分のほうで手当てするからというので、近所でやってくれるような人はいませんか、そういう頼み方ができるようにするのが、まず今のところ一番いいのじゃないかって思いますね。(『生涯現役』2006.11.20洋泉社第一章「老いのからだ」)

 今私は長女がすぐそばにいるので、このことを一番感じています。義母にも、自分の孫がそばに居てくれることが実に嬉しいはずです。そして私も生まれてくる自分の孫をしっかり面倒をみようと思っています。やはりこういうように吉本さんが書かれているのが一番の解決策だと思いますね。

続きを読む

生涯現役

書 名 生涯現役
著 者 吉本隆明
発行所 洋泉社
定 価 780円+税
発行日 2006年11月20日初版発行
読了日 2006年12月10日

 短い新書なのですが実に読み終わるのに時間がかかりました。もうあちこちの部分で読み耽けっていました。しかし、吉本(吉本隆明)さんは大正生まれだけれど、今やっと老年になった感じで、いくつものことを考え書かれています。私はもう今の年齢で、老年になってしまった思いなのです。情けないなあ。
 でもなんとか私もやりきっていきます。

040aeeb0.jpg

 黙っていたら老いなんて誰にでも同じようにやってくるなんて思っていたら、それは大間違いです。ぼくも自分が歳をとるまではそう思っていたわけですけれど、それは大きな勘違いで、若いときの錯覚とでもいいますか、実際はそうではないんですよ。
 自然に老いるためにはね、どうしても何か、テニスやマラソンまではいかない、もっと軽目のもののほうがいいと思いますけれども、からだを動かすことをやめちゃ駄目ですね。やめたら急速に老います。たとえばアルツハイマーなどといわれて呆けた調子になっちゃうのをどうすればいいかというと、それが一番じゃないかと思います。
(『生涯現役』2006.11.20洋泉社序章「老いとの対峙───自然と和解する意欲をめぐって」)

 このことはいつも忘れてはならないと思っています。絶えず毎日動き回ることが大事だと思っています。まずはとにかく歩くことだと考えています。老いというのは、誰も避けることのできないものです。でもやはり私も「生涯現役」でいたいという思いがあります。この吉本さんの言われることが私がかみしめるように納得していることです。

続きを読む

725d0447.jpg

 忙しくて(ブログ、Web)を更新できないなんてウソだよね目森一喜 さんから次のコメントをもらいました。

1. Posted by 目森一喜    2006年11月20日 04:02
 ポツポツとしかブログの更新が出来ない者としては考えるところが多いアップでした。
 振り返ってみると、ブログ停滞の一番の原因は意欲の低下です。それも、つきつめなければ何となくという程度の意欲の低下です。そして、ある時、突然に意欲がわいて更新するという事の繰り返しをしています。
 それと、リズムですね。リズムに乗って更新を続けていける時があって、ある時、そのリズムが乱れると、一日が短くなって、あっという間に何日も更新が停滞します。
 書こうと思ったテーマによって構えてしまう場合があって、それがリズムの乱れの原因のように思います。ですが、それはある程度しょうがないので、時に停滞し、時にスイスイと更新しといった事を繰り返しながら、全体としてはダラダラしているブログを、当分は続けて行こうと思います。

 きょうのメルマガの「吉本隆明鈔集」で、吉本さんの「何かをやることが残っている」を『生涯現役』(洋泉社新書)から見つけてかきました。それはこの 2つ前にUPしたもの と同じです。
 私も「意欲の低下」はそれこそ、しょっちゅうありますよ。でもその自分の内面は、ひとには覚られないようにしています。ひとには分らないようにしているつもりです。ひとが落ち込んでいる様子を知ってもその相手も嫌になるだけでしょう。
 そしてホームページを開設したときから、必ず毎日更新していこうと思ってきましたが、それがこのブログでは実に簡単になった気がしています。ただただ自分の思いを書いていけばいいのですから。従来のHTMLはそうはいかないじゃないですか。
 だから私の将門Webも、どういうふうにしていこうかと考えまして、私のさまざまな思いの資料倉庫として考えまして、それでもっと整理していかなとならないのですが、できていませんね。
 毎日思うことがたくさんありまして、ブログにそのすべてを書いていられません。でもできるだけ多く書いていこうと思っています。

 それと私が毎日UPしようとしている「ニュース将門」他ですが、これもまたもっと書くべきことがたくさんあります。でも見出しだけ書いて、そのままになって、結局消え去ってしまうニュースがたくさんあります。
 これもまたちゃんと書いていくべきですね。まあ、私のは単なるメモですからね。でもメモはメモとしてちゃんと残しておかないと、何にもなりません。

 なんとしてもやり抜いて参ります。

続きを読む

ac2547f0.jpg

 団塊の世代といわれている人に、ぼくらの年代として注文といいますか、何か望みたいことがあるとすれば、要するに、定年になろうがなるまいが、何か自分が追及したいと思ってやってきたことがまだ余ってるっていうか、そういう状態に、絶えず自分を置いといたほうがいいんじゃないかということですね。そんなことしたら労力もかかるでしょうし、かかるだけじゃなく増えることだってあるかもしれませんけれども、でも、そういうテーマをもっていれば、歳をくったといってもそもそも安心できないし、安定感もないわけだから、勢い、じゃやっぱり働くかみたいな、億劫なんですけれど意欲がまだ残っている状態を保てると思うんですね。それだけですね、自分で現に苦労していることから実感的にいえるってのは。歳とってまた金銭にかんすること、生活にかんすることをやらんならんというのはきついにはきついけれど、意欲として何か残っていうという状態はやっぱりあったほうがいいんじゃないですか。そういう気がします。(『生涯現役』2006.11.20洋泉社序章「老いとの対峙───自然と和解する意欲をめぐって」)

 この吉本さんの言葉で、やっぱり自分の思っていたこと、やってきたこと、今やろうとしている姿勢が間違ってはいないと思いました。ものすごく嬉しいです。そして、でもやはりちゃんとやり続けないとなりませんね。いまとこれからやり続けることが大切です。

続きを読む

↑このページのトップヘ