2017020511

10112311 田中角栄が亡くなったときの1993年12月に書いた文章です。

 田中角栄が亡くなりました。日本共産党の野坂参三が亡くなったときは、「水に落ちた犬を打て」とばかりにけなしたわけで、田中角栄にも何かいうべきかなと思いました。ただ私は角栄のことは嫌いなわけではないので、何を書こうかなと思い、そうだ彼が日中国交回復の際作ったといわれる漢詩(?)を見てみようかなと考え付きました。
 1972年秋に北京で毛筆で書いたといわれる漢詩です。

 国交途絶幾星霜 国交途絶して幾星霜
 修好再開秋将到 修好再開の秋(とき)将に到らんとす
 隣人眼温吾人迎 隣人の眼温かにして吾人を迎え
 北京空晴秋気深 北京晴れて秋気深し

 いったいこれはどう読むのでしょうか。たぶん私が書き下したように読んでほしいのだと思います。しかし、これはいったい漢詩なのでしょうか。多分七言絶句のつもりなのでしょう。しかし、押韻もなく、平仄(ひょうそく)の法則も何もしてありません。少し意地悪く平仄と韻を書きだしてみましょうか。
 以下○は平音(ひょうおん)、●は仄音(そくおん)です。押印のところは、それぞれその韻の種類を書いてあります。

 (起) 国 交 途 絶 幾 星 霜
     ● ○ ○ ● ○ ○ 平陽
 (承) 修 好 再 開 秋 将 到
     ○ ● ● ○ ○ ○ 仄号
 (転) 隣 人 眼 温 吾 人 迎
     ○ ○ ● ○ ○ ○ 平庚
 (結) 北 京 空 晴 秋 気 深
     ● ○ ○ ○ ○ ● 平侵

 中国語をやった方は判ると思いますが、中国語には四声があります。そしてその現代の四声とは少し違っているのですが、唐の時代をはじめとして漢字には四声があります。平声、上声、去声、入声という4つであり、このうち平声はただ平たく発音し、その他は変化があるわけで、残りの3音を合わせて仄音といいます。この平仄の並べ方に法則があるわけです。七言絶句の場合には、各句のところで、二番目の語と四番目の語は反対の平仄に、二番目と六番目の語は同じ平仄にという法則があります。これを「二四不同、二六同(にいよん同じからず、にいろく同じ)」といいます。私なぞ酔ったとき時々このことをぶつぶついっています。こうしないと、音が綺麗に聞こえないようなのです。ただ中国人でない私たちには、音でそれを判断することはできません。でもこれは守らなければならない鉄則です。
 押印の規則とは起句の最後に「霜」という語を使ったら、その語は平声の陽という韻のグループなので、承句と結句の最後の語も同じグループの語を使わなければいけないし、それが平声なら転句のところは仄声でなければならないという規則です。こうして同じ韻を踏むことにより、この詩が美しく発声されるようです。これまた中国人でない私たちには音でそれを判断することはできません。
 またできるだけ同じ字を繰返すのは避けなければいけないとされています。承句と結句で「秋」とはまずいのです。
 比較として、郭沫若が「日本人の作った漢詩中の最高傑作である」と激賞したという乃木希典の「金州城下作」を見てみましょう。

 (起) 山 川 草 木 轉 荒 涼
     ○ ○ ● ● ● ○ 平陽
 (承) 十 里 風 腥 新 戰 場
     ● ● ○ ○ ○ ● 平陽
 (転) 征 馬 不 前 人 不 語
     ○ ● ● ○ ○ ● 仄語
 (結) 金 州 城 外 立 斜 陽
     ○ ○ ○ ● ● ○ 平陽

 まったく乃木さんらしく律儀に律儀に作詩しています。規則をどこも外していません。これを中国人が発音したとしたら、綺麗な音声になるのでしょう。こうした形が日本人も昔からやってきた漢詩の作法なのです。
 私は不思議でならないのです。田中角栄の周りには、こんな漢詩の作法について言う人間もいなかったのでしょうか。毛沢東をはじめ、中国の要人たちはかなりな詩人たちです。日本にもたくさんの漢詩人がいることを知っていたはずです。いくらなんでもこれはおそまつすぎるのです。
 田中角栄という人のやった日中国交回復という業績は評価されるべきことかもしれません。しかし、これではあまりに相手の文化を知らなすぎるといえるかと思うのです。どうして事前に誰かの添削でも受けなかったのでしょうか。
 でもその添削を私がやってみるべきかなとは思っております。(といいながら、私もそんな気もなくなってしまったものでした)I。