将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:田島小源太

1304060113040602  今までこの小説では幾多の歴史上の実在の人物が出てきました。今度は明治天皇が六兵衛に会うというのです。その前に福地源一郎のことも書いてあります。彼の新聞が今も続いていたら、朝日・読売・日経どころか、グーグルにも負けない情報提供者になっていたように私は思うのですが、それはどうでしょうか。

 伝馬町の牢屋敷に繋がれている間、源一郎は悔やしゅうてならなかった。「何が御一新か。新政府の正体は徳川幕府が薩長幕府に入れ替わったのみ」という論説の、どこが罪だというのであろう。

 この思いは正しいのです。だが正しいからこそ政権維持者には危険としか思えない言動なのです。

「ごめん」と、入側から声がかかり、田島小源太が青ざめた顔を覗かせた。
「一大事にございます。ただいま天朝様におかせられては、どうにもおむずかりあそ13040408ばされ、奥御殿より御黒書院にご出御なされます」

 いよいよ、この作品でも明治天皇まで巻き込むのか。すごい作品だなあ。もう江戸幕府の話ではなくなったなあという思いです。もはや日本国の話なのです。
 さて、そうなるのかなあ。的矢六兵衛はどうするのかなあ。

1303100613061007 的矢六兵衛の動向については、みなが注目しています。

「ついにお腹を召されたか」
 何かにつけてそう思わせるのは、的矢六兵衛の人徳というべきであろう。今さら切腹でもあるまいに、似合うのだから仕方ない。

 しかし、私も思います。もう切腹しても何もなりません。そんな路はとうに閉ざされているはずです。

 ようやく六兵衛が戻ってきた。いくらかは落ち着いたようだが、よほど苦しんだ13030908と見えて憔悴しきっている。
「じきに医者が参る。横になって休め」

 こうして隼人たちは実に、この六兵衛を大事にしています。感謝してほしいよなあ、と私は真剣に思いますね。

1302230613022307 さて、私が前回思ったのですが、「他の展開が開けるのかも」ということのようです。しかし、前回「源一郎は溜間に躍りこんだ」はどうやら抑えられました。

  隼人と小源太は追いすがって抱き止めた。
「はなせ、はなせ!何が御旗本じゃ、何が天朝様の物見役じゃ、刀がないなら絞め殺してくれるわ」

 しかし、源一郎は加倉井隼人と田島小源太の二人に取り押さえられます。この挿絵は、その三人なのでしょうが、左から隼人、源一郎、小源太の順なのでしょう。なんで隼人はこういう装束なのかなあ。小源太と同じじゃないんだ。
 だが、源一郎がいうのです。六兵衛は今は贅沢な食事になったのですが、その料理にはまったく手をつけていないのです。
 源一郎が語ります。

「のう、加倉井君。こやつは天朝様のご家来などではないよ。伝馬町の牢屋敷で、とんでもな13022110い噂を耳にしたのだ。聞いてくれるか」
 福地源一郎は夕立を見上げてから、雷鳴にまさる声で語り始めた。

 これまた明日が待ち遠しいです。どんな話が聞けるのでしょうか。

1302200113022002  ひさしぶりに福地源一郎が登場します。彼は伝馬町にパクられていたということです。この挿絵が源一郎なのです。

 羽織袴は汚れくたびれ、月代は浪人のごとく伸び、すっかり面窶れしているのですぐに誰とはわからぬが、よくよく見れば紛うことなき福地源一郎である。

 この源一郎がえらく怒っているのです。田島小源太がなんなく「源一郎の腰から造作もなく脇差を抜き取った」という。源一郎は刀なんか(ここでは脇差ですが)使えないのですよ。

「このなりを見たまえ。僕はその伝馬町の牢獄に、かれこれ一月近くも放りこまれていたのだ」

 そうなんだ。これから福地源一郎は新聞も大いに出していきますが私が浅田次郎「黒書院の六兵衛」(264)で書きましたように、

「そんなことだから、あとでパクられちゃうんだよな」と私は言います。いや逮捕されても、そのあとが問題です。今も、朝日、読売はありますが、福地の新聞はないではないですか。

と思うのです。
13021909 さて、この源一郎が前回浅田次郎「黒書院の六兵衛」(274)で勝安房が言ったことで、「天朝様がご勅遣の物見役」ということになっているのです。
 これであっさり源一郎がそれを簡単に覆してくれるかなあと期待します。

1301060113010602  加倉井隼人の妻しづゑと田島小源太の妻お勢は下谷稲荷町まで行きます。それでちょうど神田川を屋根船に乗っていくのです。この挿絵が橋の欄干から二人が船に乗っていくのです。このお勢は、小源太よりも四つ歳かさだといいます。それがすごくいいです。すごく「世事あれこれに長けている」のです。

 しづゑは江戸の地理に疎い。和泉橋の河岸から下谷稲荷町は近いのだろうか。13010503

 いや今でも遠いですね。でも屋根船で行くのはものすごくいいものでしょう。ただ今日は遊びで行くのではなく、的矢六兵衛の自宅へ行くのです。もし六兵衛に慶喜がすり替わったのなら、六兵衛はここに居るはずですね。私はそんなことはありえないと思ってはいますが。

1301050113010502  今日はもう隼人の妻ではなく、加倉井隼人と田島小源太が語るのです。二人ともこの日は非番なのです。そして子守です。

 まことに久々の非番である。
 朝寝を決めこんで目覚めたのは、春日もうららかな午前(ひるまえ)であった。

 子どもを見ています。しかし以下の

 長太郎はすやすや寝入っている。そろそろ起こして粥を食わせ、むつきも替えてやらねば。

 二人とも妻にも的矢六兵衛のことを喋っているのです。だから妻二人は六兵衛の家の稲荷町に行っているのです。六兵衛が慶喜と入れ替わっているのなら、本物の新六兵衛は自宅に隠れているはずなのです。
13010413 しかし、この小説は実に面白いです。
 でもそれと、ここに出てくる漢字熟語をUPするのが大変です。もう私は「大修館『漢字林』」を引いて大変です。インターネット、パソコンの時代になっても漢和辞典は欠かせません。

1212280112122802 今日の展開は隼人たちが市谷屋敷へ戻れるのですが、それは一時のことだけです。ただただ忙しいだけのおつとめなのです。

 その数日後、長く西の丸御殿の御用を務めた三十人の尾張衆は、暇を得て市谷屋敷へと戻った。

 このときに「これで御役御免かと一同歓声を上げたが」というのはよく分かります。でもまたすぐに激務が続くのです。
 榎本和泉守武揚が江戸湾を艦隊を率いて遁走して、江戸地共和国を樹立します。そんな時なのですね。その時に的矢六兵衛はどうするのでしょうか。

 小源太が江戸弁でお道化ると、御徒(おかち)ども12122703は声を合わせて笑うた。江戸屋敷の門長屋に生まれ育った彼らにしてみれば、まことにそれが人情なのだ。

 もうこの小説も終りになるのかと幾度も思ってきましたが、まだまだ続きます。なんか予想がつかないのです。

1212240112122402  この加倉井隼人の思い込みは途方もないとしか思えません。でもよく分かる思いです。

 狭苦しい御坊主部屋で内藤越前守と談じこんでいる間に、ふと途方もない想像が降り落ちてきたのだった。

 田島小源太が次のように言うのも無理からぬことです。

「お頭、それはいくら何でも考えすぎじゃ。六兵衛は六兵衛にちがいない。これまでにも、多くの者がそう認めているではないか」

 私は水戸烈公は好きですが、その息子の慶喜はどうにも好きになれません。晩年のカメラに凝っていた彼の姿がものすごい印象があります。
 彼が晩年新聞記者の「どうしてあんなに簡単に政権を投げ出したか?」という問いに、こう答えたそうです。X12122116

 それは神君家康様の水戸家に残された遺訓である。「将来、徳川家と朝廷が争うような事態になったら、あくまで水戸家は朝廷側に立つように」という家康の遺訓があったそうです。それに慶喜は従っただけのことだといいます。
 まあ、真相は分からないわけですが、とにかくあの時の日本にはいいことでした。いや、本当はもはや江戸幕府には、そんな根性も力もなかったのです。

1212140112121402  津田玄蕃の話は終わりました。でも的矢六兵衛のことはそのままです。そして加倉井隼人には苦労して名簿を作成したのにだれもそれを視てくれないのです。

 加倉井隼人にとっていささか心外であったのは、苦心の末にようやく作り上げた勤番者の名簿が、まったく顧みられなかったことである。

 しかし、もっと隼人には心外であることはまだ何も解決されていないのです。それはやはり今も座り通づける的矢六兵衛のことなのです。田島小源太は次のように言います。「だいたい、だの、あらまし、だの」でやれば良かったというのです。

「しからば、小源太よ。あれもだいたいのうちと思うか」X12121307

 この隼人の言葉の先には、今も座り通づける六兵衛がいるのです。「帳付けとは少々わけがちがう」と小源太のいうとおりなのです。
 さてどうするのでしょうか。

1211170112111702 この加倉井隼人を先頭にする三人の姿は見えるような思いになります。

 数珠つなぎの三人は畳敷の大廊下を、百足(むかで)のごとく足並を揃えて歩んだ。

 でも六兵衛が次に進むのは、大廊下の御詰席なのです。

12111703「お頭。やはり名古屋は、江戸の西備えではないのか。権現様の御台慮を奉じて大天守を上げ、金の鯱鉾を掲げたのではないか」
 言うや言わずのうちに、小源太は二の腕を四角い顔を当てて泣き出した。

 うーん、私はあの金の鯱鉾が名古屋城の天守に掲げられるときに、名古屋で現物を見たように記憶しています。小学5年生だったかな。今では、その記憶もあいまいですが。
12111627 でもこの小源太のいうことと、実際の名古屋人の有様(とくに昭和期以降は)は違うように思いますね。

 その夜から、的矢六兵衛は大廊下殿席に座った。

 そうか、これからどうなるのかな。

1211130112111302 この新的矢六兵衛は何を考えているのでしょうか。

 六兵衛は答えなかった。広敷の隅に堂々と座っていて、遠く西郷の膝のあたりをじっと見つめ続けるばかりである。

 しかし、皮肉なことに次のように思えるのです。

 ・・・。たしかに勅使一行を迎えた旧幕臣たちは、みな尻尾を巻いて這いつくばっていた。武士としての正しい所作を弁えているのは、皮肉なことに六兵衛だけなのかもしれぬ。12111205

 この頃の西郷さんはこの小説で描かれているようだったのかなあ。西南戦争では何故か違ってきたような思いがします。
 でもこのときは、官軍の総大将なのです。

1211110112111102  帝鑑の間に西郷さんが行くのです。そこには当然新的矢六兵衛がそのまま座っているのです。福地源次郎もなんとか早く西郷さんがこの場を去ることばかり考えています。でもやはり西郷さんの目は六兵衛に据えられます。

「オマンサー、ダイヤッドガ」

 でも当然(当然と私も言ってしまいます)、六兵衛は無言です。12111006

 たしかに大器量だと隼人は思うた。相手がわけありと察すれば腹を立てずに忖度しようとする。たいそうな侍ぶりはひとかどの御旗本でござろう。拙者は薩摩の西郷と申す、お名乗り下されよ、と。

 やっぱり六兵衛には答えてほしいです。そして少しは自分の今の存在のわけを語ってほしいのです。

1211040112110402 読んでいてどうしてか涙が溢れる思いです。

 六兵衛がおもむろに顔を向けた。厳しく武張ってた面構えだが、心なしか悲しげに見える。

 最後にこうあります。

 言うだけのことを言うて、隼人は帝鑑の間を後にした。おのれのできることはこれまでである。

 これで勅使を迎えることができるのですね。
 私もこの隼人がいうように、勝安房をものすごく見直しました。私はいくつもの漢詩も全然よくないし、米国へ行った咸臨丸の中では船酔いで横になっていたばかりだし、狭い家に、妻と妾を同居させる(世界でこ12110308んな例はありません。私知りません)というとんでもない男だし、妻が「今度生まれることがあるのなら、けっしてこの勝とは会いませんように」と言ったという、それらみんな思い出しても、この隼人の言うことはもう充分に納得しました。

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