将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:田辺聖子

12072404  私は、『源氏物語』を、『与謝野晶子訳源氏物語』「谷崎潤一郎『新々訳源氏物語』」田辺聖子『新源氏物語』と読んできました。
 私は谷崎潤一郎がものすごく好きで、彼の作品は中学生の2年のときに、ものすごく量を読みました。でもはっきりいいまして、どうにもつまらない作品としてしか思えないのもいくつもあるのですね。私は『痴人の愛』『鍵』『瘋癲老人日記』(あとの2作品を読んだのは20歳を過ぎてからです)は、少しも好きになれないものでした。他にもつまらないと思える作品はあるのですが、作品名が分からないです。

 Noraさんの「ネット赤ちょうちん」で、次のようにありました。

女性を渡り歩く光の源氏が嫌だし、女性達の切ない怨念のようなものは生きていく力にはなりにくいです。

 はっきりいいます。「女性を渡り歩く光の源氏」なんて、明確に誤りです。
 ここにいる女性たちは、みな源氏との恋愛に強く生きています。

 そうですね。末摘花(すえつむはな)という女性なんかは、どう読んでも彼女は醜いという容貌しかしていないです。でも源氏はちゃんと愛し続けるのです。
 どうにも私には怖いとしか思えない六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)という女性なんか、思えば、いい存在ですよね(いやこう簡単に言い切れるのかは、私には分からないところです)。
 やはり私は紫の上が好きです。『源氏物語』で、この女性(まだ女性というよりも「女の子」ですが)が若紫として始めて登場するところ、そしてこの女の子を見ている光源氏の視線が好きです。この物語が本当は、『紫の上物語』というのかもしれないというのは、よく分かります。いや紫式部は、この物語の名称を明確に言っていないのですね。
 まだ小さな女の子の若紫を見ている光源氏の視線はいいものだり、その視線の先にいる若紫は今私の目に浮かぶようなのですが、実に可愛い存在です。

 江戸時代なんかには、大名たちは江戸と本国に妻を持っていました。世継ぎができないと、幕府に平気で藩をつぶされてしまいます。いや各藩だけでなく、幕府本体も必死な世継ぎ問題でした。
 この江戸時代の前の戦国時代なんか、もう必死に家を守るために、各藩主は本妻以外に側室を持ちます。それでも織田家も豊臣家もうまく行きませんでした。一見不器用に見える徳川家康がどうやらうまく家を守れたのです。
 関が原のあと、京都の高台院に家康は北の政所(お寧々)をたびたび訪れています。豊臣家のことを相談しているのです。このときに、のちの大坂の陣は決まってしまったかのように私は思います。
 あくまであの時代も家を守ることが大事だったのです。
 世界でも狭い自宅に、本妻と妾を一緒に住まわせたのは勝海舟だけです。どんなにひどい帝王であっても、中国でも欧州でもこれまでのことはやっていません。海舟の奥さんが、亡くなるときに、「今度生まれてくることがあるのなら、二度とこの海舟には会わないように」と願ったのは実によく分かります。

 そんな武士たちにくらべて、この光源氏は、実に女性を大事にしています。
 平安時代にも、大変暑い夏があるわけで、清少納言がご飯の上に氷を乗せて食べるシーンがあります。涼しくていいように思いますが、待ってくれよ、そもそもそんな風に飯の上に氷を乗せて食べてもうまいわけがないじゃないか。
 間違いなく、現代が確実にいい時代なのです。
12072405 でもそうは思ったとしても、『源氏物語』はあの時代に、男女の愛を大事に描いた物語なのだと思います。男に任せたら、また人を平気で殺す戦の物語ばかり描いたことでしょう。
 私はまだ、この『源氏物語』を描ききれません。男である私には、どうにも退屈に思えてしまう物語です。『更級日記』の少女のようには、私には好きになれない物語なのです。

  「紫式部『源氏物語』」のことでへ

12062305 私の 周の雑読備忘録「『田辺聖子珠玉短編集5』」の4 にこのコメントがありました。

1. Posted by 横綱照国は、こんな人です   2012年06月24日 21:53
史上最年少の23歳4カ月で横綱になったのが、秋田県湯沢市秋ノ宮出身の照国万蔵。69連勝を達成した無敵の横綱双葉山と5回対戦し、3勝2敗。全盛期の双葉山が、同じ相手に3敗したのは照国だけだ。地方巡業でも双葉山は照国に敗れた。横綱在位、満10年。三役になってからの勝率は双葉山に次ぐ81・3%で歴代2位。だが争いを好まず、内気で温厚な人柄。時間があれば勉強したり、読書するおとなしい少年だった。そんな照国が、父の急死や兄の出征など家族の悲運を乗り越えるため、あえて相撲取りの道に進んだ。自分が堪え忍び、母と弟たちを窮地から救おうとしたのだ。息子を不憫に思う母は猛反対したが、照国は泣いて故郷を後にした。 
 だが優しすぎる照国は駆け出しの頃、相撲が弱く、「力士としてやっていくのは無理だ」と親方に破門された。両国橋で途方に暮れて泣いていた照国に手を差し伸べ、家族のように温かく育ててくれたのが、同郷の幡瀬川だった。故郷の母は照国を祈り、わが身に井戸水を浴びる過酷な「願掛け」を行った。「万蔵を救ってけれ。おらの寿命を縮めてもいいから」と寒中でも体に水をかぶった。照国が大病を患って危篤になった時も、母は一心不乱に看病し息子を救った。
 だが苦労しすぎた母は若くして逝った。照国は「あばぁ。あばぁ」と、亡き母を叫びながら泣いて相撲を取った。病気やケガに苦しみながらも、母を支えに必死に踏ん張り、連続優勝を果たした。照国は故郷の母や家族を支えに、必死に人生を駆け抜けたのだった。照国は語っている。「故郷にいた時が一番の幸せだった」と。貧しくても家族睦まじく、百姓しながら暮らした少年の日が忘れられなかったという。参考…秋田魁新報「秋田が生んだ横綱照国物語」

  ええと私の書いた中でも、田辺聖子さんの作品よりも、「川端要寿『下足番になった横綱 奇人横綱男女ノ川』」のほうのことだと思います。ただ、私が以下のように書いていますが、

私が覚えている相撲というと、千代の山、鏡里、吉葉山、栃錦の4横綱の時代です。その前の東富士、照国はもう知りません。

 実際に照国は知らないのです。でもこのUPでいくつか知った思いがします。
 私の家(私の萩原家では)昭和25年の2月か3月に秋田市に引越ししています。私はそのとき2歳でした。弟が4月に誕生しています。
 この秋田で剣光号(ふだんは「ケン」と呼んでいます)という秋田犬を飼い始め、この犬を秋田から札幌、名古屋(南区、千種区、北区の三ヶ所)、鹿児島まで連れ歩きました。このケンの父親が、五郎丸という名高い秋田犬でした(ここのサイドバーの「将門のブックマーク」に「une poire ふなこしゆり」というサイトを私はリンクしていますが、彼女の祖父(おじいさん)がこの五郎丸という名高い犬の持ち主でした。
 今思い出しても、私なんかは小さな子どもでも、秋田犬は少しも怖がらなかったのですが、この五郎丸だけは違いました。非情に怖い迫力ある犬でした。
 剣光号の母親が照姫と言いまして、この秋田出身の照国から付けた名前だと想像します。だが私はこの照姫には会ったことがないのですね。
 でも私はこうして秋田犬を思い出すと、いくらでも私の脳裏には甦ってきます。

12062306 ただ相撲のことでは栃錦は私も大ファンでしたから、実によく思い出します。実は一昨日の28日に鎌倉を訪れたのですが、若宮大路に面した陶磁器の店をよく見ていました。私は昔そこに鶴ヶ峰(1929年4月26日〜2006年5月29日)がいたのをよく覚えていたのでした。この力士も私はファンで、栃錦との対戦には胸を躍らせ、そしてやっぱり栃錦が勝つと嬉しかったものでした。

 私は川端要寿さんの作品はほとんど読んだと思っています。吉本(吉本隆明)さんに関すること、相撲に関することですね。
 ただ、ここで書かれている照国に関しては、私がここで書いたくらいしか(ほとんど何も書いていませんが)知らないのが本当のことです。

  それからせっかく書いていただいたのですが、お名前もハンドル名もないので、私はお名前に呼びかけようがありませんでした。できたら、ブログを開設されて、インターネット上に、この照国のことも公開されたほうがいいと私は思いました。

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もと夫婦

 ホントウに、この「僕」の友人が、「お前、阿呆(あほ)とちゃうか」というのがわかります。阿呆(あほう)じゃなくて、アホなんですね。でも今もまた読み返してしまいました。いややっぱり田辺聖子は面白いです。いや、でもでもやっぱり読み返してしまうものです。

貞女の日記

 しかし、この夫婦を考えても、いわばこれは戦中派の人たちだなあ、と思ってしまうのです。いわゆる「戦中派」というのは、いつをさすのかは正確には判らないのですが、でも、そう思ってしまいました。
 この夫のよく唄う「出征兵士を送る歌」は、実は私もよく唄う歌なのです。でもこの歌は、莫大に延々と歌詞があります。私は4番までしか歌えません。そのあとは歌詞を見ながらでないと無理なのです。それがいつも悔しいな。

よかった、あえて

 こんな結婚式があるのだろうか。もう頭が痛くなります。『「男らしい」女』と思われたい女っているよなあ。

あとがき

 でもやはり、大阪行って、湊川新開地を歩いてみたく思いました。でも私はその飲み屋に入れるのかなあ。「大阪弁というのは、目でよむよりも、断然、耳できくほうが面白いので……。」 その通りです。

解説 池内紀

 いつも思うのですが、この池内さんの書いていることもいいです。いつも感心して読んできました。

 ああ、やっぱり今後も田辺聖子を読んでいきます。

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たすかる関係

 しかし、こんな関係があるんだろうか。いや、実はいくつか聞いていることなのです。しかし、当然私にはその割り当てはありません。私はもうこれでいいと、とっくの昔に思い込んでいますがね。

加奈子の失敗

 この加奈子の感じ方というのは、男の私には実際に判らないなあ、という思いなのです。最後に「加奈子は失敗の原因を絶望的にさがしていた」で終わっています。なんだか、哀しいけれど、どうしても判らないのです。

種貸さん

 大阪の感じは、どうしても判らないなあという思いです。「キタ」、「ミナミ」の街の違いは理解しているつもりですが、尼崎とか難波とか天王寺も判らない思いです。
 そしてやはり、最後がどうにも判らないのです。お話としては面白いのですが、こんなことがあるのかよ、と思ってしまうのですね。

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 やっぱり、読んでいきますと、どんどんと引き込まれていくのがよく判ります。

書き屋一代

 もう読んでいて、どこでも頷いています。

 客は漫才師を笑うのであって、その作の出来栄えを笑っているのではないのだ。

 このところは、まったくその通りだとは思っても、それを書いている書き手のことには思いを致すことはできないものです。
 でも、そんな世界の絵を見せてくれた気がしています。そら、つらいけれど、こんな世界でもせいいっぱい生きているんでしょうね。

へらへら

 自分の夫が蒸発する。だが、それがよりによって、アパートの向かいの部屋の奥さんとなのです。その旦那が真相を知って、でも、「阿呆、男のくせに泣くな、と一喝したい心持」になります。
 ここに書いてあるような心境になっていくものなのでしょうか。こんなことがあるのでしょうかね。でも、こういう心境になる気持が判るように思いました。

下町

 別れた夫と、どうしても会っていると、いろいろと不満もあるのだが、それでも会うほうがいろいろといい思いになってくる。それにまだ小さい娘には、別れた夫でも、それは父親なのだ。

 もう読んでいくと、どんどんと中身に吸い込まれるようです。私は今けっこう手紙を書いているのですが、その手紙に、この小説の感想を書いてしまいそうな思いなのです。

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田辺聖子珠玉短篇集〈3〉

 ずうっとこの「短編集3」がなくて、この巻だけが読めていませんでした。こうしてきょう借りることができました。

書 名 田辺聖子珠玉短編集3
著 者 田辺聖子
発行所 角川書店
定 価 1,600円
発行日 1993年5月30日初版発行

 以下の短編およびあとがきが収納されています。

ぎっちょんちょん
書き屋一代
へらへら
下町
たすかる関係
加奈子の失敗
種貸さん
もと夫婦
貞女の日記
よかった、あえて
あとがき
解説 池内紀

 この3巻だけがなかったのが悔しかったものでした。こうして読めて嬉しいです。

 そしてやっぱり読んでいきまして、何故か涙ぐんでしまう私がいるのです。

ぎっちょんちょん

 夫の花蝶に亡くなられた花奴は、娘の菊江を相方に漫才をしていこうと考える。花奴はもともと、別な相方だった元の妻蝶子から今の位置を引き継いでしまっていた。花蝶の死は腹上死だったようだ(とは書いてはありません)。
 でもどうやら、娘の菊江ははじめてしまう。彼女の婚約者とは、別れてしまう。そしてでも、私たちも、その婚約者のことなんか好きにもなれない存在でしかない書き方である。そして菊江はいい相方と出会う。
 花江が最後にこうなる。

 花江は思わず笑った。
「お父さんとおんなしやな。あの子───菊江もとうとう、見つけよった」


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 この本は、電車の中だけで読み終えました。最後の作者と俵万智との「女と女の友情」のみをきょうこの家で読み終えました。

書 名 むかし・あげぼの─小説・枕草子
著 者 田辺聖子
発行所 講談社
定 価 2,300円+税
発行日 昭和62年11月20日第一刷発行
読了日 2007年12月28日

 最後に東国に旅立つ則光が逢坂の関で書いたというたよりの中に、彼には珍しく歌があります。

   われひとりいそぐと思ひし東路(あづまぢ)に
     垣根の梅はさきだちにけり

 この則光は、実に気持のいい男です。清少納言も好きな男だったのでしょう。

 いい男だった。いい男やいい女を、私はたくさん見た。あれもこれも、書きとどめ、伝えたかった。

 でも彼とは別れてしまうのですね。

 最初から読んでいながら、「紫式部のことはいつ、どんな風に言うのだろうか?」と思ってきましたが、最後に少しだけ書いています。この田辺さんの書かれることが、いわば清少納言の紫式部への思いなのでしょうね。
 思えば、私は『源氏物語』は、谷崎源氏も、與謝野晶子の源氏も読んできましたが、『枕草子』はいわば始めてです。
 でもこの清少納言のつかえた中宮定子という女性も、実に魅力に溢れた方だったのですね。この人のことは、清少納言の『枕草子』があってのみ、歴史の上で知られた方であり、私もまったく、どんな女性だったのか判りませんでしたが、清少納言と田辺聖子によって、私も大好きな女性になったという思いがします。

ウキウキした気分

 

 

 

書 名   ウキウキした気分

著 者 田辺聖子

絵   永田萌
発行所 大和書房
定 価 1,400円
発行日 1994年12月25日第1刷発行
読了日 2007年12月20日

 パソコンを打ちながら読んでしましました。
 いくつか抜き書きしたいところがあって、でも書いていられないから、今また読み直してみました(そして全ページまた読みました)。でも前に思ったところは判らなくなっています。
 でも次の言葉を拾いました。

 女にとって、
 (そうしたくなかったから、しなかった!)
 というのは、たいそう論理的なことである。

     (『恋にあっぷあっぷ』より)

405e2491.jpg いえ、この右のページもよくよく気になる言葉なのですが、でもやはり私には強烈すぎます。

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 清少納言と紫式部きなりずむ のきなりさんが以下のコメントを書いてくれました。

1. Posted by きなり    2007年12月16日 10:35
リンク、そしてトラックバックをありがとうございました!私は源氏物語は円地文子から入り、その後与謝野晶子、谷崎潤一郎と続きましたが、与謝野晶子がやはり読みやすかったです。しかしなんといっても、楽しいのは田辺聖子さんの源氏です!それから、これは私の中学(高校?)時代からの愛読書で、「むかし・あけぼの」がとても良いです。この本で私は清少納言のファンになりました。「田辺聖子と読む蜻蛉日記」も読んだはずなのですが、周さんがおっしゃった「自然に対する清少納言の考え方、紫式部の考え方、そしてもちろん蜻蛉日記の作者の自然のとらえ方」について、あまり考えずに漫然と読んでしまっています。また読み直してみたいと思いました!教えてくださってありがとうございます。

 ありがとう。そしてもう私はとってもこうしてきなりさんと会話できることが嬉しいです。 円地文子さんの源氏は読んでいません。でも読まなくちゃいけないなあ、今真剣に思いました。
 私が谷崎潤一郎の「新々訳源氏物語」を読んだのは、ちょうど東大闘争で府中刑務所に勾留されているときの1969年の7・8月でした。ちょうど岩波文庫の「ファーブル『昆虫記』」と一緒に読んでいたものでした。でも読んでも読んでも私には谷崎の描く源氏物語は難しかったのです。

 私はついこの間、妻に話したことなんですが、こんなことを言っていました。

 日本の女流作家というと、まず樋口一葉が浮かんでくるが、でもその他というと、例えば、坪井栄とか宮本百合子じゃ、しょうがないしなあ、私は宮部みゆきは好きだけど、やっぱり、この田辺聖子が、とてつもなくいいねえ、ほかにはね、いないなあ………なんて考えていたら、何を言っているんだ、紫式部と清少納言がいるじゃないか。おれは駄目だなあ………。

 ただ、紫式部は、清少納言のことをかなり嫌っていますね。仕方ないのかなあ。

 私が 周の雑読備忘録「『田辺聖子珠玉短編集6』」 の4 の中で、田辺聖子のあとがきの中の言葉を次のように抜き出しました。

あとがき
 田辺聖子は、「蜻蛉日記」のことを次のように言っています。

 これは哀切でやるせない私小説であるけれども、見方をかえると、ものすごいユーモア小説である。それが私のパロディ欲をそそった。 <荘厳と滑稽は紙一重の差だ> とナポレオンもいっている。『蜻蛉日記』はどんなにでも深刻に現代語訳できる古典で、事実、そんなのを好む人も多い。

 また、兼家について、このように言っています。

 兼家という男にピントを会わせればユーモア小説になり、蜻蛉という女にピントを合わすと深刻な悲劇の、 <女の一生> ものになる。私はユーモアのほうが好きだから、男にピントを合わせた。

 うん、だから面白いのですね。

 私は田辺聖子が書いてくれるのなら「蜻蛉日記」も読んでいけますが、やはり、本物は苦手ですね。
 源氏物語も、谷崎潤一郎が書いているのは、私にはどうしても難しすぎます。谷崎さんて、なんて真面目すぎるんでしょうか。

 でもこうして、きなりさんのように、ちゃんと古典の世界も知っている方のことを知り、そのお話も少しでも知ると、またちゃんと読んでいこうと思います。

 今ちょっと前に同じマンションのポコちゃんの家に行ってきました。ポコちゃん家族の年賀状の写真を撮るためです。もう3人は、綺麗に撮れましたよ。もう可愛くて可愛くて仕方ありません。私を見てにっこり笑ってくれるのです。

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 リンクス「きなりずむ」で紹介した きなりずむ さんのブログで、「仕切りなおし」鉄紺日記 というUPがあります。
 その中に、

ただすぎにすぐるもの。帆かけたる舟。人のよはひ。春、夏、秋、冬。

清少納言ってほんと天才だなぁ〜

とあります。そうだなあ、清少納言って、「ほんとに天才だなあ」と私も強く思います。それで、私はこのごろ田辺聖子が好きでよく読んでいるのですが、周の雑読備忘録「田辺聖子と読む蜻蛉日記」 に、田辺聖子が、清少納言と紫式部と蜻蛉日記の作者(名前は判っていません)の自然に対する考えが書いてあります。
 これを読むと、自然に対する清少納言の考え方、紫式部の考え方、そしてもちろん蜻蛉日記の作者の自然のとらえ方というのも判ってきた気がしました。
 でも私は、あんまり紫式部という人が判らなかったのですが(それにくらべて清少納言は大変に好きでした)、このごろは、どうやら紫式部の魅力が少しは判ってきた気がしています。

 思えば、私は谷崎潤一郎の『新々訳源氏物語』を読んだときに、その読んでも読んでもよく理解できない源氏物語に閉口しました。でも思えば、あれは谷崎潤一郎が、源氏物語を尊敬しすぎなのだと今では思えるんですね。
 それに比べて、私が中学生のときに少し触れた与謝野晶子の『源氏物語』はいいです。なんだか、あらためて数年前に読んでみて、それを強く感じました。しかし、それを教えてくれたのは、私にはもちろん吉本(吉本隆明)さんです。
 そして今は田辺聖子の源氏物語を読もうと考えているところです(でも図書館にないのですね)。
 でもでも、こうしてきなりずむさんのブログを読んで、また清少納言も読み直そうと固く思ったものです。

 あ、そうです。このきなりずむさんの鉄紺日記の こうまのせなか も愉しいですよ。

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 11月30日に、この本を持ってでかけましたので、電車の中で読み終えました。

忍びの者をくどく法
 大坂の豊臣氏が滅んだときを舞台にしています。城内にいるお女中の一人が忍びの者といい仲になります。
 城が最後落ちるときに、このお女中のお阿茶は、この忍びと城から逃げます。お阿茶は、忍びの背負われてしがみついています。この忍びはどうやら猿飛佐助のようです。きっと二人にひっそりと生きていくのでしょう。


かげろうの女───右大将道綱の母───
 私は「蜻蛉日記」は、昔から好きでした。そして田辺聖子の書く蜻蛉日記もいいです。

  http://shomon.livedoor.biz/archives/50927378.html 周の雑読備忘録「田辺聖子と読む蜻蛉日記」

 でも蜻蛉(この女性をこう呼んでしまいます)の次の歌はいいですね。

   なげきつつひとり寝る夜の明くる間は
     いかに久しきものとかは知る

 でもこの蜻蛉の夫である兼家の描き方はいいです。こんな自分勝手な男だったのでしょうね。でも大変に魅力があります。


あとがき
 田辺聖子は、「蜻蛉日記」のことを次のように言っています。

 これは哀切でやるせない私小説であるけれども、見方をかえると、ものすごいユーモア小説である。それが私のパロディ欲をそそった。 <荘厳と滑稽は紙一重の差だ> とナポレオンもいっている。『蜻蛉日記』はどんなにでも深刻に現代語訳できる古典で、事実、そんなのを好む人も多い。

 また、兼家について、このように言っています。

 兼家という男にピントを会わせればユーモア小説になり、蜻蛉という女にピントを合わすと深刻な悲劇の、 <女の一生> ものになる。私はユーモアのほうが好きだから、男にピントを合わせた。

 うん、だから面白いのですね。

 最後の解説で、池内紀さんが次のように言っています。

私たちはいつも、つい「この時代」に生きなくてはならないと思いがちだが、それはそう思い込まされているだけであって、これらの主人公が手本を示しているとこり、勝手に、自分の好きなように時代を選びとって生きることもできるのである。

 これは私にいいことを教えてくれてくれました。

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07112802 なんだか今は大変に仕事で動きがとれない感じなのですが、それでも夜に床の中で眠るまで読みました。やっぱり、私はこの作家のもはや大ファンと言っていいでしょう。

喪服記

 なんとなく、この話は私は笑えませんでした。なんだか良兼のつく嘘があまりにひどいのです。一件面白い話に思えますが、妻の驚愕を思うと、こんなのは実にいけない嘘です。まったく楽しくありません。


コンニャク八兵衛
 この八兵衛も妻のおよいも、大阪に住むタヌキです。およいは金歯をしているし、八兵衛は赤ふんをしていて、それを二人(いや二匹か)とも見せびらかします。でもタヌキの金歯や赤ふん見ても面白くないよね。私なんか、人間ですが、赤ふんを常時やっていますが、人に見せても少しも喜ばれません。そうね、ときどき若い女性だと、珍しがってケータイデジカメで写す人がいますが、もう男性は少しも関心を示しません。
 だからタヌキだってねえ。
 ところで、この話はタヌキではなく、中年の夫婦のことも書いてあります。うーん、でも私には笑えないのです。


鞍馬天狗をくどく法
 鞍馬天狗というと、そばには、杉作が常についています。でもサぁ、そもそも鞍馬天狗って何なのかしら。いやもちろん大佛次郎の作品だとは知っていますし、この鞍馬天狗のモデルという尊攘派の武士のことも聞いています。
 でもなあ、よく理解できないのです。鞍馬天狗が活躍すると言っても、一体何をやったのかなあ。
 昔、「少年」という光文社の漫画雑誌に、「どんぐり天狗」という幕末に活躍する鞍馬天狗みたいな被り物をした尊攘派の武士がいました。たしか昭和29〜31年くらいのことじゃないかな。でも途中で物語が終わり、ことは少しも解決されないのでした。子どもたちが幕末の騒ぎの中で攫われて(たぶん異人たちに)、それを解決するはずのどんぐり天狗が何もできないうちに、雑誌「少年」は、また別なヒーローばかりをもてはやしました。新しいヒーローが、「鉄腕アトム」であり、「鉄人28号」であり、「ダルマ君」、「矢車剣之介」、「ナガジマ君」等々でした。いや、今ひさしぶりに飲んで(あ、丸1日飲んでいない)、昔の記憶が無くなっています。
 あ、いやいや、聖子さんの小説ですね。私はとにかく、彼女の大ファンになったのです。

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 電車の中では違う本を読んでいまして、この本は、ちょっとした時間に読んでいます。なんだか、パソコンをやりながら読むのとか、テレビを見ながら読むのが、一番早く読めます。とにかく自分が情けなくなるほど、いくつものことで追われていて、それでも本を読めるときは少し落ち着きます。

宮本武蔵をくどく法
 私が吉川英治の「宮本武蔵」を読んだのはいつだったかなあ。大学5年のころだったか。私が読んだあと、この講談社版の宮本武蔵3巻を貸した人がいて、その人がかなり熱心に読んでいたことがありました。そのことを急に今思い出しました。いや懐かしいことなのです。いえ、たぶんその人と久方ぶりにちかぢか会うだろうものですから。
 でもこの田辺聖子の描いているムサシは、実にいいです。これこそがムサシかもしれないですね。そしてお通も、実はこんな女なのかもしれないなあ。いやもちろん、ムサシもお通も吉川英治が作り出した人物ですが(もちろん、宮本武蔵という剣豪は実在しましたが)、たしかにこんな「才タリン」だったかもしれないなあ。
 思えば、なんでお通は武蔵を追いかけているんだっけ。それにオスギおばばは、なんでこれまた武蔵をつけねらっているんだっけ。
 私は宮本武蔵に関しては、名古屋の南区にいたときから、実に関心がありました。南区の笠寺に武蔵の座ったという岩があったものでした。そのときから武蔵の話はいくつかのものを読んでいたものです。後年吉川英治を読んで、「ああ、世間でいう武蔵って、こんな人物なのか」と思ったものでした。
 でも吉川英治は、野人武蔵を、人間である剣豪武蔵に作り上げた気がしますね。そもそも実際の武蔵も、そう彼の著書の「五輪書」なんて私は内容に少しも納得できないもの。
 でもそんな、人間武蔵を、この田辺聖子さんは、さらにもっと書いてくれました。できたら全巻、書いてほしいな。………でもでも、多分吉川英治の宮本武蔵ファンが怒るかなあ?

檀ノ浦
 この作品は前にも読んでいました。そのときも、こんなふうに源平の檀ノ浦の戦いを描く作家もいるんだなあ、と思って、少々驚いたものでした。そして驚く俺がおかしいんだと思いました。戦なんて、あんなふうに描いているようにだけ終わっているわけではないはずです。


首くくり上人
 この話はとっても愉しいのに、渡辺抜が最後首をくくっていまうのが、なんだか悲しいです。あの時代(保元の乱の時代)だと仕方のないことだともいえるのかなあ。渡辺といえば、渡辺党だから、勇ましく感じるわけですが、この抜(ぬける)は顔姿は物怖ろしいのですが、実はいたってたいしたことはないのです。
 でもその抜が、美しい少女に恋をします。でもこの小君という美しい少女は、実にわけが判らず、彼を悩まします。それに実に勝手で怒りっぽいのです。
 それで、なぜか最後は抜は首をくくることになります。その首をくくっている足に抱きついて、小君は

 彼女は号泣し、狂気のように泣き叫んだ。
「バカ! ほんとに死ぬなんてあんたってほんとにバカだわ、この分からずや!……」

 でも、やっぱり私は悲しいよ。

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書 名 田辺聖子珠玉短編集6
著 者 田辺聖子
発行所 角川書店
定 価 1,600円
発行日 1993年8月30日初版発行

読了日 2007年11月30日

 きょうも行きまして、また、「短編集3」借りられません。だから「短編集6」になりました。

 以下の短編およびあとがきが収納されています。

檀ノ浦
首くくり上人
喪服記
コンニャク八兵衛
鞍馬天狗をくどく法
忍びの者をくどく法
宮本武蔵をくどく法
かげろうの女───右大将道綱の母───
あとがき

 なんだか、やっぱり田辺聖子さんはいいです。なんだか、ますます好きになってきました。もうちゃんと読んでいこうかなあ、という気持になってきました。
 これは田辺聖子の歴史小説です。過去に、別な作品で、これらのいくつかの世界に私も触れています。
 いやはや、日本の女性作家を何人か思いだし、比較していました。

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07112501 この3篇は、今朝食事をしながら読みました。

おちょろ舟
 いやはや、読み出したところで思わず笑ってしまいました。

 昔、相撲取りに「男女ノ川」というのがいたが。あれにパーマをかけ、服を着せ、スカートをはかせたら、こうもあろうかというような、容貌魁偉、大兵肥満の大女が、床板も破れよと踏みとどろかして哄笑していた。

 私はここの箇所を何度も読んで、笑っています。ここをこうして書いていても笑ってしまうのです。
 実は私は、実際の男女(みな)ノ川のことは知りません。もうテレビ放送が始まった頃は、もう引退していました。この私は昔以下の本を読んで、実によく知ったのです。
 以下は過去私の書いたメモです。

川端要壽『下足番になった横綱 奇人横綱男女ノ川』
 以下は周の言う話です。
 私が覚えている相撲というと、千代の山、鏡里、吉葉山、栃錦の4横綱の時代です。その前の東富士、照国はもう知りません(東富士はそののちTBSプロレスのときにレスラーとして見ている)。そしてその前の羽黒山、双葉山というと活字でしかしりません。そしてこの男女ノ川は、その不思儀なしこ名で活字として記憶があるだけです。だが、これを読みまして、あの戦前戦中戦後を自由自在に生きた人がいたんだな、しかもそれが相撲界の人だったということに感動しました。そして、やはり作者の川端要壽さんがいいですね。よくこれだけ書いてくれました。今後はできたら、私としては、大内山と不動岩のことを書いてほしいな。大内山の相撲を私はよく思い出すのです。

 いや、これは男女ノ川の話ではありません。でももうこの小説は、もうあちこちで笑っていました。田辺聖子さんが実に脂ののりきっている時期なのかなあ。

 もうあとも、いくつかのところで笑いました。
 しかし、最後は、私の期待した男女ノ川は出てこないで、大塚テルヨという驚くほどの美人が登場します。これは聖子さんが、「また男女ノ川じゃ、読んでいる人に悪いかなあ」と思ったのかなあ。
 とにかく、愉しい小説です。


世間知らず
 佐和子は、もう適齢期27歳だ。よんどころなく見合いをすることになって、それで今つき合ってきている他ほかの男性を思いだす。そしてその一人と最後に結婚する決意をする。
 でもでも読んでいても、私はあまり頷いて読んでいけません。こうした女性の心理が理解できないですね。


波の上の自転車
 村山とその妻の会話は、もともと私たちの常識で知っていた世界でした。阪急電車と阪神電車の違いが大変に判るつもりです。やっぱり、宝塚かかえた阪急と、下町を走る阪神の違いは知っていたつもりですが、私は今朝食事のときに、「阪神と阪急は合併してどうなったのかなあ、宝塚も甲子園も変わるわけがないしなあ?」と妻に聞きました。私の妻は、大阪でOLだったことがあるのです。
 昨年5月に義父の納骨で神戸に行ったときも、私はその違いを大きく感じていたものです。

 村山が最後浮気する相手は、その二つではなく、阪堺電軌の上町線である。でもでも、この女も、やっぱり村山は、「───オアシスと思ったのは蜃気楼だったというのか」と思ってしまう。
 村山はその晩、夢を見る。その夢が私にはせつない。

 村山はよろめき、寝室のベッドに向かう。今夜も阪神は負けている。


あとがき
 やっぱり聖子さんは書いています。

 やっぱり「おちょろ舟」などは若書きの腕力まんまんというところだ。……このころ私は<中年男性>を主人公にしてかくのが面白くてまたならかった時期、自分ひとりでノリにノッている。

 その通りです。実に面白く読みました。

 最後の解説で、池内紀さんが「波の上の自転車」のことを書いています。

 そのあと彼がソファに横たわって見た夢。月光に照らされた海の上を走る自転車の夢。

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 この3篇は、昨夜蒲団の中に寝ころんで読みました。

当世てっちり事情
 関西では、「何でてっちりというのかなあ?」なんて思いながら、鍋を前に酒を飲んでいます。最初は、京都先斗町の一番南にあった「づぼらや」かなあ。この店は大阪での飲んだこともあります。値段の安いいいお店ですね。
 この話も、男女の会話の大阪弁がいいです。そして、その会話の合間にあるてっちりを口に入れるシーンもいいです。


姥ざかり
 この主人公の姥は、現在76歳である。でももう元気いっぱいで、むしろ3人の息子やその嫁のほうが「年とっているなあ」と思えてしまうほうである。
 思い出せば、私の母も70代は実に元気だったなあ、と思い出されます。よく小学校時代の友だちとあちこちを旅行していたものでした。その頃の母をいつも懐かしく思い出しています。


男の城
 この稲原の自宅は、彼以外は女ばかりである。妻、娘、義母、義妹。彼が作った自宅であるわけなのだが、彼には居場所がない。実は彼は書斎を作る予定でいた。だが、家が出来てしまうと、その書斎は削られていた。
「どうせパパのことやから、めったにいないんでしょ」「使うひまがないのに要るんですか?」と言われてしまいます。

 でも、どうやら階段に下に三畳の一室ができる。天井には階段があって斜めになっているわけだが。そこで稲原は、やっと落ち着く。そこで稲原は、「しみじみした喜びを味わった」。

 でもでも、私も思い出したのです。
 私の今の我孫子の自宅ですが、リビングが広いのです。そこの一角に、私のたくさんの書籍を入れる本箱を置きまして、私のパソコンも置きました。私はみなに、ここの一角をアコーデイオンカーテンで仕切ることを言いました。そうすれば狭いながら(たぶん4帖くらいかなあ)、私の城ができあげるのです。でももちろん、娘二人も妻も反対です。で、で、当然私の案は通りません。そのうち、そこの端には、娘のピアノが入ってきました。
 …………でも、あのときのことなんか、みんな忘れているんだろうなあ。

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 なんだか、こうしてパソコンに向かっているときにも、つい読んでいまいます。もう人生の実に面白いところを描いています。

泣き上戸の天女

 野中の前にトモエという天女とも思える女性が現れる。彼は彼女とちゃんと結婚しようと思う。彼は41歳だが、トモエも同じくらいにしか思えない。そして同棲をする。
 だけど、いざ結婚、籍を入れようというときに、彼女はふいに居なくなってします。彼にはそのわけがさっぱり判りません。
 でも最後にその真相が見えてきます。実はトモエは60歳だった。彼と一緒に住んでいた彼女に、「『独り生きた女の碑』慰霊祭ならびに例会ご通知」という手紙が届く。彼女に会いたい彼は、これに出かけていく。
 この碑の背面に言葉が彫られている。

 戦争は有為の若者をたくさん死なせましたが、またわれわれ女性も犠牲者にほかなりませんでした。愛する人を奪われ、青春の花を咲かせることもできずに、女性たちは独り生き、老いました。今後はこの悲しみを繰り返さないため、われわれは戦争に反対し、平和を希求します…。

 私はもう涙が止りません。


春情蛸の足

 私はおでんで飲んでいるのも好きなのです。でも関西に行ったときに、あちらで言う「関東煮き」は、どうみても私たちと同じおでんとは思われない。
 サエズリ(鯨肉)とかコロ(これも鯨)とか、関東にはないものを、「これはなんやろか?」と心の中で思いながら(心の中でもなぜか大阪弁になっていたりする)、酒を飲んでいます。記憶がなくなりかけると、そこが北野天満宮なんていうふうなのですね。
 この杉野が、えみ子となぜか結ばれないのかは判る気がしますね。


にえきらない男

 ここに出てくる松山悠一は、甘い美貌をした男である。その彼がモモ子の家に結婚の申込に来る。でも彼は、母親になかなかそのことを切り出さない。美貌の中には、優しさもあるが、気弱さと優柔不断もあるのだ。それを見取る母もすぐに賛成とはいかないようだ。それを悠一が「大丈夫、僕に任せなさい」とでも言いきってくれればいいのに。
 最後にモモ子が悠一にいう。

 あんたって……煮えきらない男ね!

 そうねえ、こんな男はいっぱいいますよ。

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07112401田辺聖子珠玉短篇集〈5〉
書 名 田辺聖子珠玉短編集5
著 者 田辺聖子
発行所 角川書店
定 価 1,600円
発行日 1993年7月30日初版発行

読了日 2007年11月25日

 今度もまた、「短編集3」借りられませんでした。だから「短編集5」になります。けっこう田辺聖子は借りられていますね。

 以下の短編およびあとがきが収納されています。

泣き上戸の天女
春情蛸の足
にえきらない男
当世てっちり事情
姥ざかり
男の城
おちょろ舟
世間知らず
波の上の自転車
あとがき

 もう、短編なので、一つ一つはすぐに読めます。いつもちょっとの時間に読みます。パソコンに向っているちょっとした合間、蒲団に入って、少しの間です。内容への思いはまたそれは次に書きましょう。

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あんたが大将───日本女性解放小史

 これは読んでいまして、実に気持いいです。私はこんな妻の栄子が大好きになれます。たしかに「これは日本女性解放小史と言えるなあ」と思いました。こんなことが、けっこう日本のあちこちの家庭にあるのかなあ、と思いました。
 でもでも、やっぱり私の思いが違います。けっしてこの日本は女性が解放されていなかったわけではないと思うのです。むしろ、男の思い込みのほうが、あちこちおおいに間違っていたのです。


二階のおっちゃん

 こんな不思儀なことが現実にあるのだろうか。でもこんな話を、日本の昔話でも読んだような気持になります。
 ただこの小説には、姫路の鷺部隊のことが書いてあります。大変に中国戦線で活躍した部隊であるようです。中国軍からも「実に勇敢で軍記厳正であったことに敬意を表する。また民衆に対する軍紀も良好であった」と言われたということです。このことはよく覚えておきたいことです。


あとがき

 ここで田辺聖子さんが書かれていることです。

 小説は私の場合、回想から生まれるのである。他の作家の短編小説を読むのも好きだ。日本の短編小説で、完成度がたかいと思われるのは『今昔物語』のあるものと、『堤中納言物語』、それに川端康成のてのひら小説である。井伏鱒二、太宰治の短編もいい。芥川龍之介は、できすぎて減点、というところがある。

 うん、大変に頷いていましたものです。

 最後の池内紀さんの解説「あんたが大将」も実に頷きながら読んでいましたものです。

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07112004おんな商売

 信三は女ばかりの家族・親族に囲まれてくらしている。女七人に、信三は一人である。信三が満員電車の中で、硝子に移るわが姿を見るところがあります。もうなんだか、かなしくて侘びしくてなりません。
 最後にちょっとだけ彼は会社を休んで(もちろん有給休暇を取るのです)、独りで温泉に行きます。そこでのんびりできるはずです。でもそこでもなんだか、大変な光景を目の前にしていまいます。その光景のあとは書いてありません。その光景を見る信三の心情を書くのは辛すぎると私も思うのです。


子を作る法

 子どもって、私は可愛いばかりである。私の二人の娘も可愛かったし、もちろん孫も可愛いし、私の兄弟の子どもたちも、私の義弟の子どもも可愛いのです。いや、友だちの子どもも可愛いし、私の娘たちの友人たちの子どもも可愛いのです。
 だから、この伊吹のような子どもを好きになれない気持は私には理解できないのです。でも田辺聖子さんが書かれていることでは、この田辺の気持も判らないことはないのです。
 ただ、私は赤ちゃんが乳くさい匂いをさせているのも好きですよ。赤ちゃんって、私にはやっぱり可愛いのです。


壷坂

 この主人公は、交通事故に遭ってしまい、鼻がまったく嗅覚が無くなってしまっています。思えば、ほとんどの人はそんな体験は皆無だろうから、それがどういうことかは皆目判りません。でもこの主人公には大変なことです。
 この題名の「壷坂」は、「壷坂霊験記」のことなのです。このお芝居にお里という貞女のことということなのですが、この主人公の妻は、さてさて貞女とはいえないようです。でもそのおかげで、主人公の鼻は治ったようです。

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 きのう帰りの地下鉄で読んで、上野から千駄木「浅野」まで行く、台東区めぐりんバスの中で最後の池内紀さんの「解説」を読み終わりました。

書 名 田辺聖子珠玉短編集4
著 者 田辺聖子
発行所 角川書店
定 価 1,600円
発行日 1993年6月30日初版発行
読了日 2007年11月20日

 載っている作品の一つ一つへの思いを書いてみます。

夢とぼとぼ

 妻のマスミが大阪の家から、東京へ単身赴任している。夫の大沢は大変に不満なことばかりである。でもそのマスミは東京へ行って、ますます元気にやっているようである。そしてマスみは自分の本を出版している。その本の題名が「夫のわすれかた」。
 でもでも、最後大沢は、マスミとは別れたくない自分を見つめてしまう。
 だから、大沢はマスミを追って東京へ行くかもしれない。


もう長うない

 この「もう長うない」は夫の口グセである。結婚した当初からいい続けているのだ。そんなことを言われた妻は、それこそ大変である。……でも大変なのは結婚した当初の頃だ。そのままもう何年も過ぎてしまったのだ。そして妻が急に病気になる。彼女のほうがいう。「あたしはもう長くないわ」。もう夫のほうが大変になってしまうのだ。そしてそういう妻のほうが、初めて夫の今まで言うセリフの真実が判った(ようである)。


犬女房

 梶本はもう46歳である。妻も娘ももう相手にしてくれない。そのときに、梶本はもともと自分が子どものときから犬好きだったことを思い出す。でも家族は犬を飼うことは許してくれない。
 それで近所の犬と親しくなり、やがて実際にある犬の散歩を引き受ける。でも実にいい生活になったのだが、その犬も持ち主が引越、犬自体は保健所に持って行ったようですある。
 最後梶本は、ヌイグルミの犬を抱いて眠る。
 もうこれは実に哀しいです。

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田辺聖子珠玉短篇集〈4〉
書 名 田辺聖子珠玉短編集4
著 者 田辺聖子
発行所 角川書店
定 価 1,600円
発行日 1993年6月30日初版発行

 何故、「短編集3」ではなく「短編集4」かといいますと、3は借りられていたのです。ですから4から読むことになりました。

 以下の短編およびあとがきが収納されています。

夢とぼとぼ
もう長うない
犬女房
おんな商売
子を作る法
壷坂
あんたが大将───日本女性解放小史
二階のおっちゃん
あとがき

 やっぱり田辺聖子はいいですね。

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火気厳禁

 なんだか、こうした志奈子のような女性には会ったような気がします。けっこう素敵に思えるのだが、何故か独身であり、そしてでも自分の人生を充実できていない人が少しですがいるものです。
 でも最後の温泉宿での独りでの志奈子がどうしても可哀想です。


忠女ハチ公

 どうして田辺聖子は、こんな小説が書けるのだろう。どこにでもいる企業の中年男性の目で、同僚の女性社員を見ている視線が実にいいのです。この女性は、実に誰にでも好ましく感じられるはずの方です。でも、実はそうではないのです。思えば、いわゆる「新人類」と言われてしまうような若い女の子のほうが、私たちのような年齢にもうまく合っていけるのかもしれないですね。


雪の降るまで

 よくこの以和子のように、けっこうな年齢になっても、男性との逢瀬を愉しんでいる人を見てきたものです。その相手は、ほぼ妻子がいるわけで、いわば浮気になるわけだが、女性のほうはそれ以上の関係になろうとはしていません。
 でも人生が一回きりのものだったのなら、男女がこういう関係になっていくのは、逆にかえってつらいなあ、と私には思えてしまいます。


 最後の池内紀さんの「解説」が私には実に良かったです。田辺聖子の小説、「神サマの台本」があればどうなっているのだろうということで、『ト書に「ここで、退場」とあるのではないか』と言われているのですが、これには実に私も頷いています。
 とにかく、どの小説のいくつかの場面でも、頷いている私なのです。

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 しかし、何故かいらいらしています。もうどうしても無駄なことに時間がかかり過ぎます。この田辺聖子の小説の一節一節を思いだし、いくつものことを考えたほうが愉しいのですが、そうはいかないのですね。現実には、現実の世界で焦って呻吟していることを、一つ一つかたづけたり、そのことへのさまざまな思いを考えなければなりません。なんだかとても悔しいことです。

大阪無宿

 私もたくさんの会社を転職して回ったものです。たぶん、大学時代の彼女には、「この男はずっとこのままだな」と見透かされ棄てられたような思いがします。でも彼女は決して間違えてはいなかったのです。
 この小説には、二人の男が登場します。私はどちらの側に似ているのかなあ、と思いましたが、何ともいえませんね。「どっちにしても駄目なんだよ。お前は、また違う駄目さがあるのさ」という、自分に向けた自分の言葉を聞きました。


二十五の女をくどく法

 ここで書かれている女性は、男の視線で見ている、男の作家だから描いていることサ、と思うのだが、当たり前だが、田辺聖子は女性である。そうすると、何なのだろうか。男がえがいてしまう、新幹線の中での若い女性との出逢いと、そしてその彼女と京都で降りてまた飲みに行くのである。こんなことを夢想するのは、中年老年の男であるはずなのです。


求婚

 私は昔、旅行業界で働いていました。しかも私は旅行社側ではなく、「受入側」のまた特殊な職種に務めていました。そして実際にある中小企業会社の社員旅行に添乗員としてついて行ったことがあります。
 この小説にあるような、男女の出逢いがあるというのは嬉しいことですが、これはやっぱり、田辺聖子さんの世界だからだろうなあ。

 でもいつもいつも、私は田辺聖子の世界が好きです。

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薔薇の雨

 この小説の留禰はもう50歳です。相手の守屋は34歳。でも二人は外見からは不釣り合いなカップルには見られないだろうという感じのようです。守屋は、22歳の若い子と見合いしたばかりで、多分結婚するようです。
「今からやったら、まだ『ご休憩』ですむ、とか。もっとあとになると『泊まり』になるから急いだほうがエエ」なんていうのが、この守屋です。
 こんなカップルは、この東京でも大阪弁を使わないだけで大勢いるのかもしれないな、なんてことを思いました。


かんこま

 夫は「カンコマ」と呼ばれている。

 夫の言によれば、カンコマは、しぶちんやケチのようにいささか軽侮の意味で使われる言葉とは全然、語感がちがうという。
 どっちかといえば───倹約という意味の「始末」という語感に近い。大阪人や京都人は「あの人はシマツな人や」とか「しまつ」して金のこす」などという風につかう。そしてカンコマも、やや、それに似ている。
 この長い文化的伝統につちかわれた関西では、浪費・濫費、およそ放縦な経済観念は悪徳である。倹約・しまつ・カンコマは美徳として尊敬される。

 しかし、この夫は浮気をしている。しかもまったく私なんかには理解できない相手なのだ。でもそのことを問い詰める妻に夫はいう。

 なんでッていわれても……つまり、その、カンコマのせい…
 ………………僕のはもったいないという、カンコマごころ…

 うーん、これは何なのだろうか。これが大阪なのかな。それとも、こういう男がいて、それが大阪弁を使って、「カンコマ」なんだと言っているだけなのかなあ。


容色

 ウメノは、もともときりょうがよくない。でも実にさわやかな男ぶりの紋平と一緒になり、5人の子どもを産んだ。だが戦死したりいろいろで、二人の男女の子どもしか残らなかった。夫も早く死んだ。何故か生まれた子どもはみなウメノに似ずきりょうよしだった。
 でも残った男の子の嫁は、何故か不きりょうなのだ。その上性格もどうかなと思われる。そしてウメノとは少しも気が合わない。
 こんなところで、ウメノは少しも嫁と気が合わない。
 でも最後にこうあります。

 ふっと彼女の白粉(おしろい)の香が鼻をつき、ウメノは健造におしりをもちあげられ、車に押し込まれながらつくづくと喜栄の顔をみ、この人もまんざらのきりょうでもないのやなあと思った。

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田辺聖子珠玉短篇集〈2〉
書 名 田辺聖子珠玉短編集2
著 者 田辺聖子
発行所 角川書店
定 価 1,500円
発行日 1993年4月20日初版発行

以下の短編およびあとがきが収納されています。

薔薇の雨
かんこま
容色
大阪無宿
二十五の女をくどく法
求婚
火気厳禁
忠女ハチ公
雪の降るまで
あとがき

 いや、まだ読み終わってはいないのですが、とにかく私は最初の「薔薇の雨」で何かをいいたいのでした。


薔薇の雨

 次のように書いてあるところで、私は妻に聞いてしまった。

 東京にいたころほど忙しくないが、関西は東京に比べれば物価が安いから暮らしやすい。

 私「こう書いてあるけれど、これって本当かな?
 妻「私は東京に住み始めたときに、大阪よりもすべて1割くらい高いと思ったわよ」
 私「それって、他のことでも何でもいうんだよな。例えば…………………」

と語りかけると、義母が話かけてきたので、それきりになった。私が喋りたかったのは次のようなことでしだ。

 赤坂の広告制作会社にいたときに、社長は関西の人間だから、印刷でも関西のほうが数段安い、関西の印刷屋を使ってみろという命令がありました。とくに、神戸の○○は印刷屋が集結している地区だから、断然安い、使ってみろ、というのです。社長の言明ですから、私はそこの印刷屋を3社見積を取りました。
 しかし、私には、その3社の見積値段では、もうどうにもなりません。それらの印刷屋には、「この値段じゃうちは駄目です」と言ったのですが、一社だけが、「それは萩原さんが、関西が嫌いだから言っているだけじゃないのか」といいます。だから、私は、「仕方ないから、、じゃこちらの印刷屋の見積を見せるよ」と言って、社名等は隠してコピーして見せました。そのとき、その関西弁の印刷屋の営業マンは驚いていました。「え、こんな値段でやらせているんですか」と、そして「自分たちでは無理だ」というのみでした。
 もう私には、「安い、驚くほど安い」はずの、関西の印刷屋も、もう話にならない見積金額でした。あれでよく商売をやっているものです。そして私は決して東京の印刷屋を安くたたいている気は少しもありませんでした。私だって印刷工だったことがあるのです。適正な利益が印刷屋にもあるように考えていたつもりです。でも、それにしても大社長の言う、「大阪はすべて断然安い」というのは、まったくの判断ミスでした。
 そんなことを思い出していたのです。
 いや、この小説の感想はまた書きます。

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07110102人間ぎらい

 これを読み始めたのが、地下鉄半蔵門線の表参道あたりでした。「『人間ぎらい』ってモリエールか、どんな話だっけ?」なんて思い出しましたが、よく思い出せない。「モリエールでは『スカパンの悪だくみ』が面白いんだよな。ええと、あの有名なセリフは…」と思い出せません。「『何で軍艦なんぞに乗り込んだ?』だっけかな?」と思い出せません。
 でもこの話は、大阪新開地のラブホテルに務める女性の話です。もう彼女は子どもがいるが、亭主とは別れてしまっています。その子どもと会うことが、実に想像する親子の情の風景はありません。大阪弁に、「じゅんさいな子や」という言い方があるそうです。

 じゅんさい、というのは大阪弁で、ちゃらんぽらんというか、のらりくらりというか、いいかげんというか、………………………………

 うん、少し判るような気がします。
 そして彼女は少し知り合った少年が鑑別所に勾留されたので、面会に行きます。でも再び面会に行くと、その少年はすでに出所している。なんだか私も悲しい。少し淋しいです。


うたかた

 地下鉄の中で、その前のが、モリエールの「人間嫌い」と同じ題名なので、「今度は『うたかた』か、森鴎外だなあ、あ、鴎外は『うたかたの記』か」なんて思いながら、読んでいきました。大変に面白い男女の出会いと別れを読んでいました。よくあるようで、でもやっぱりこういう出逢いも別れもなかなかあることではないのですね。
 ただ、こんな出逢いも別れも、私には哀しすぎます。


カクテルのチェリーの味は

 この有川は59歳、今の私と同じ歳です。58歳と59歳はかなり違う存在になるようです。ただし、私には皆目判りません。私ももう違う存在になっていかないといけないのかなあ、と必死に考えたものです。


金魚のうろこ

 こんな小説の内容をよく田辺聖子が書けるんだなあと思いました。そしてだから、彼女は芥川賞作家なんだとつまらないことを考えました。


 最後の「あとがき」で、田辺聖子はこう言っています。

 この短編集がそれぞれ、おいしくて綺麗なお菓子のように、読者のみなさまをお喜ばせするものであることを願いつつ。……

 また次の巻も愉しみです。

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07110101ちさという女

 私には、このちさという女性が大変に可哀想な感じしかもたないのです。この「私」がちさをからかったのに、それが判らないままです。「私」は少し「哀れみ」というような感情をもったようです。でもでも、こういう「私」のからかいはよくないよなあ。


ぼてれん

 夫婦とは言っても、女性は子どもをお腹に実際に宿すわけだから、その点はおおいに役割が違うわけです。お腹に、次第に大きくなる子どもを入れたままで10月10日(場合のよっては、これより短かったり長かったり)過ごすわけです。生まれたばかりの赤ちゃんが、すぐにウンチをして、おしっこをする。あ、でもちょつと前まではお母さんのお腹の中で垂れ流しだったわけです。女性の身体って、実に神秘です。
 でもこの沢田も、そんな女性のことが自分の女房のことがはっきり判りません。そんな夫の思いを見事に書いています。でも最後に、沢田は、そんな女房が大変に可愛く思えるのです。いいなあ。


荷造りはもうすませて

 どうしてか、この夫婦も夫には、元の家庭があり、そこには夫の老母と子どもが三人いる。でも元の妻は、別に結婚した。だが、何故かその元の妻が新しい結婚に破れて戻ってきている。だが、えり子にも、夫にもそれはもう関係のない煩わしいことのはずだ………はずのことなのだ。でも。夫はしょっちゅうこの元の家に出かけていかなければならない。いつも不愉快な声、不機嫌な顔で出かけていく。でもどうなのだろうか。


夢のように日は過ぎて

 しかし、これは怖い話ですね。もう私には関係ないことなわけだが、たくさんの後輩には話すことがたくさんできます。もちろん、男性にも女性にもです。
 でも私はこの「私」がなんだか好きになれます。こんな感じで生きるべきです。そしてそんな女性が魅力あるわけだが、また怖いところもあることを、男が知らないといけないのだ。

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 この短編集を読んで、一つひとつの作品に私は大変に魅せられました。以下その私の思いを書いてみます。

ジョゼと虎と魚たち

 ジョゼは、子どものときから「脳性麻痺」ということになっています。最初に「もう二十五歳になる」とあります。
 でも恒夫という夫ができます。でも藉も入れてないし、恒夫の親には何も知らせていません。それでも二人は素敵な夫婦です(だと私は思います)。外出の際はジョゼはいつも車椅子です(部屋の中でもそういうことが多いのかもしれないが)。私もある時期、いつも車椅子を押していたことがありました。決して、こうした障害のある方が気持にゆとりがある方とは思えません。今の私のようにいつもイライラしていることが多いのです。
 でも、この恒夫はいいです。ジョゼとよく口喧嘩しています。それを読む、私も少し心配で少し安心しています。
 ジョゼは、動物園に行って、虎を見ます。彼女は虎が失神するほど怖いのです。でも、彼女の言う言葉で私は涙でいっぱいになります。

「夢に見そうに怖い………」
「そんなに怖いのやったら、何で見たいねん」
「一ばん怖いものを見たかったんや。好きな男の人が出来たときに。怖うてもすがれるから。………そんな人が出来たら虎見たい、と思てた。もし出来(でけ)えんかったら一生、ほんものの虎見られへん、それでもしょうない、思うてたんや」


雪のめぐりあい

 これも哀しい話です。こんな恋はしてはいけないわけだけど、こんなことは幾らでもあることのように思います。

 それにしても、「いつかまた」という言葉ほど、人生で惨酷な言葉はないと思う。人はその言葉にだまされ、はかない思いをかけて、その人生を終わるのだ。

 私もいつも「いつかまた」という思いを、いくつものことに思いめぐらせています。


おそすぎますか?

 夫婦って大変だよなあ、と思います。この小説を読んでもそう思います。離かれてしまう夫婦と、何故か続いている夫婦の差って、一体何なのでしょうか。
 でも夫婦って、とっても難しい大変なことを日々貫徹しているんだよなあ、なんて思いました。

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 朝王子駅から急いでいました。だからいつも首から下げているUSBメモリワンセグを忘れました。いやいつも使っているパソコンからはずすまではやったのですが、慌てて忘れ、マンションを出てすぐ気がつきましたが、「まあ、きょうはなくてもいいや」と思ったものです。250GのHDできょうはみな間に合うわ、と思ったところです。
 我孫子の自宅で8時35分から大忙しで、資源と雑介ゴミをいくつも出しまして(自宅のマンションの懐かしい顔の方とも協力してゴミだししました)、またすぐ9時過ぎて千代田線北柏に急ぎました。途中で妻とケータイで話して、それで私の昨日の振る舞いを指摘され、それでまた電車に乗って、長女おはぎにケータイメールしました。おはぎとこうちゃんとミツ君にはいつも会いたいです。
 王子から我孫子の北柏に来るときにもおはぎにはケータイメールしていました。
 そしてきょう発売の「週刊アスキー」をほとんど読んできました。真っ先に岩戸佐智夫さんの「著作権という魔物」を読みました。これへの私の思うところはまたここに書いて参ります。
 それから半蔵門線で10時45分世田谷区用賀に着きまして、その会社の社長とお会いして、彼の事務所へ急ぎます。そこで、私のノートパソコンにいくつもの数値を入れて、いろいろとお話します。
 そこでの私の反省点は、印字して渡さなければいけないものを印字していなかったことです。私はどうしてもパソコンの画面ばかりで、すべてのものを見てしまうので、印字するのを忘れがちなのです。
 それから社長と食事して、また半蔵門線に乗ります。この我孫子から用賀、そしてその後の水天宮前までの地下鉄で、私は「田辺聖子珠玉短編集1」(角川書店)を読み終わりました。やっぱり、電車の中が一番いい読書の場です。そして田辺聖子はいいですね。この短編一つ一つへの思いを書きたい気持になっています。
 今度は、この会社で、いくつもの処理をします。「あ、このところは落ち着いて王子の事務所でやろう」というのもいくつもあります。そこの会社のホームページに関する処理もありました。そしてまた判らないことはケータイメールで聞きます。相手も、すぐに返事をくれます。
 でもすぐに4時近くなります。4時には出ないと、義母を迎えられないことになってしまいます。
 また帰りの地下鉄とJRで、「週刊アスキー」の「著作権という魔物」を読み直します。この号の第5回のこの読み物も難しいけれど、面白いです。
 思えば、こうして遠いところを行き来して、電車の中で読書し、ケータイメールして、あちこちでいっぱいお話しています。
 でも昨日の酔いのことで、かなり反省していた日でした。

 あと30分で妻が帰宅します。そしたら、またお喋りしよう。私たち二人は普段から会話のない夫婦と思われがちなのですが、そんなことはないのですよ。

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 もう読んでいて、大変に面白く感激しています。以下が私の娘たちにも読ませたいところです。でも考えてみれば、もう娘二人は結婚しているんだな。

 ところで、私のもとへも、女子大生や若い娘さんがちょいちょいやってくる。私は彼女らに、<合わせものは離れもの>と教え、「ウマが合う」ことをすすめるが、まだ人生経験の少ない娘たちは、どんなのがウマが合うか、よくわからない。
 よって私は、ヒントとして、次のような点をあげる。
 一、蝶よ花よ、と大事に育てられた男は避ける。チヤホヤされて大きくなった男はつきあいにくいしろものである。有責配偶者となる公算大。
 二、我の強くない男がいい。女が常に屈服するというのは精神衛生にわるい。
 三、男の野心のないのがいい。家族はその犠牲になってしまう。
 四、サムライでないのがいい。といっても、これは程度問題で、あまりに廉恥を重んじ、信念に生き、志操高潔という男は、友達に持つのはいいが、夫にすると荷厄介だ。人生はゲリラにならねば生きのびられないときも多く、ウソもつき、信条も曲げねばならないこともある。だから、このへんの呼吸のわかっているオトナのサムライならよいのだるが………。
 五、女をなぐさめる能力のある男。男はつねに女になぐさめられたがっている動物である。とはいえ、男をなぐさめるばかりでは、女の息がつづかない。「妻だけが時世のせいにしてくれる」(柴田午朗)という川柳があるが、いつもいつもそれではなく、たまには女をなぐさめることのできる度量の男。
 ───と、まあ、こう結婚相手を選ぶときの基準を考えてきて、これは、男と女を入れかえれば、男が妻を選ぶ目安にもなるなあ、と思った。(後略)
『天窓に雀のあしあと』

 これは私は全く納得していました。そして、私の二人の娘は、もう結婚していますから、もう二人の選んだ夫も私の息子でもあるわけです。それで、私はとってもいい息子たちだと思っています。でも、まだまだ二人の娘には、これからが長い人生であるわけです。だから、これからもたくさんのことを話していきます。私もこれからもっとたくさんのことを学んでいきます。そして私が知り得たたくさんのことは、二人の娘、その二人の彼、そして孫たちに教えて行きたいと思っています。
 実はその次にも私が実に感心していたことが書いてありました。

 もし、私が、若者にいうとすれば、青年たちには、よい妻を得るよう努力せよ、というアドバイスだ。
 つらつらおもんみるに、男の一生の幸・不幸は妻による。仕事、なんていうのは昔ニンゲンの考えで、妻がよければ仕事もできる。「妻こそわが命」であろう。
 よい女を妻に迎えようとすれば、よい男でないと来てくれない。バカな男、気立ての悪い男に、賢い女、気立てのいい女がつきはずがない。よい女を妻に迎えるよう奔命せよ。
 また、娘たちには、自活せよ、自活するに足るだけの気力と職業をもて、とすすめたい。よい仕事のできる女には、男なんてほっておいえてもついてくる。高下駄の雪みたいなもんだ。結婚なんてお天道サンと米の飯同様、女にはついて回るのだ。
『続 言うたらなんやけど』

 これもまた私は感激して読んだところです。「なんだ、当たり前のことを言っている」と思う人もいるかもしれません。でもこうした一見当たり前のことが、現実の世界では実現できていない人ばかりなのです。
 そして私が思うのですが、私たちの世代よりは、男女が知合い互いに惹かれ合うというチャンスはとても狭くなっているように感じています。
 いつも私があらゆるところで知り合う人には、とっても魅力的な男性も、素敵な女性も多いのですが、何故か彼女がいないとか、彼がいないという人がたくさんいることを感じています。それが20代後半から30代にもなって、そういう存在を見ていますと、なんだかとっても残念になります。でもたしかに私たちの時代のようには、なかなか行きにくい、やりぬくいのでしょうね。
 でもそれは昔も同じことでもあったのですが、昔はもっとおせっかい焼きがいました。いえ、それは実は「おせっかい」ではなく、大事な役割を果たしてくれる方があちこちにいたのです。ただ、今はそうした人が出てくる要素がほとんどなくされているとしか思えないのです。
 そんなことを、いつも感じています。そして、できたら、あの彼女、あの彼氏に互いになんとか紹介できたらなあ、と考えているところです。

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おせい&カモカの昭和愛惜
書 名 おせい&カモカの昭和哀惜
著 者 田辺聖子
発行所 文春新書
定 価 750円+税
発行日 2006年10月20日第1版発行
読了日 2007年5月3日

 田辺聖子は私の大好きな作家です。そしてやはり、この作家が女性であり、奥さまであった(もう彼の相手である「カモカのおっちゃん」は亡くなっています)ということが、読んでいてとても大事なことだなあ、と思えてきます。いや、それにしても読んでいて頷いてばかりいます。
 この本は、巻末に「出典一覧」とありますが、著者の莫大な著作から引用されているいくつもの文章言葉の集積で作られています。
 いいなあ。これからも田辺聖子の本をいくつも読んでいくつもりです。

07031101田辺聖子と読む蜻蛉日記

 この本を読み終わるまで時間がかかってしまいました。いえ、どうしても図書館の単行本だから、購入した文庫本と違って鞄に入れるのに大きいのですね。もう私は鞄にたくさんのものを入れすぎなのです。

書 名 田辺聖子と読む蜻蛉日記
著 者 田辺聖子
発行所 創元社
定 価 2,000円+税
発行日 昭和63年6月1日第一版第一刷発行
読了日 2007年3月11日

 前々から私は田辺聖子が好きだったのですが、やはりこれを読みながらも感じていました。読んでいて、どんどん内容に引きつけられていきます。
 例えば、次なのですが、

 自然描写の美しさという点では、『枕草子』もあるんですけれど、『枕草子』は、そうですね。清少納言の大変ユニークな、天才的なひらめきのある感覚でとらえられた自然ですね。たとえば、車に乗って秋の野原を行く、そうすると車の簾の間からふっと薄の穂先などが入ってきて、つかもうとするとそのまま車が行き過ぎてしまうとか、蓬の葉を車が踏んでいく、蓬の香がぱっと匂い立って何とも言えずすがすがしいとか、そういうふうなことを書きとめたりする。

 私は「なるほどな、清少納言はそういう感じだなあ」と思ったものなのです。次に紫式部の自然に対する考えも書いていてくれます。

『源氏物語』の紫式部の自然に対する考えというのは、これはある種の舞台づくりをするために道具立てとして自然を持ってくる。蛍の美しさとか、水鶏が鳴く、ほととぎす、野分の風の音、そういうふうなものは、ある人生のドラマがあって、その舞台背景にぴったりしたような自然がほしい。人間のために自然を持ってくるという書き方ですわね。

 もうこれもまた、よく紫式部の感じが私にも手にとるように判った気がしてしまいました。そして以下のようにあります。

 それに対して、『蜻蛉日記』を読むと、彼女は自然の中に身を置いて、自分の人生をそのままに重ね合わせて考えたりしている。自然というものは、蜻蛉にとっては、何か非常に大いなるものの脈搏とでもいいますか、おんなじように自分のリスムが合う。だから、蜻蛉の自然を読むと、大変に奥深い感じに描かれています。

 こうして書かれますと、私にも少しは蜻蛉日記の作者の気持が少しは判ったような気になります。
 次は百人一首にもある蜻蛉日記の作者の歌です。

   嘆きつつ独り寝る夜のあくる間は
         いかにひさしきものとかは知る

 私はこの歌を覚えてはいませんでした。蜻蛉(作者の名前は判っていないのですが、もう蜻蛉と呼んでしまいます)は、こうして「嘆いて」いることが多かったのでしょうね。

 やはり私は田辺聖子が好きです。ちょうど昨年10月に鎌倉を歩いたときに、吉屋信子邸に寄るつもりでいたのですが、なぜか歩いているうちに、それを忘れ果てまして、それに気がついたときに、「俺は吉屋信子はそれほど好きじゃないんだよな。これが田辺聖子なら忘れるはずがないんだけど」なんて、自分に言い訳していたのを思い出します。
 やはり、田辺聖子はずっと好きでしたが、今後も彼女の本をたくさん読んでまいります。

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 さきほど、この本を読んでいました。まだ全体の5分の4を読んだだけで、読み終わってはいません。だから読み終わりましたときに、この本については述べてみます。
 私は、この本の「初瀬詣」のところで、不思儀にみるみるうちに思い出したことがあるのです。そのことを、少しだけ書いてみます。

書 名 田辺聖子と読む
    蜻蛉日記
著 者 田辺聖子
発行所 創元社
定 価 1,400円
発行日 昭和63年6月1日第一版第一刷発行

 蜻蛉もこの長谷寺にお詣りにまいりました。山深いところ、初瀬川の水音も高く、木々は天を突くばかり、木の葉は紅葉して夕日がさしています。蜻蛉はわけもなく感動して涙が出てきます。車の簾を巻きあげると、夕日に映えて着物の色も美しくみえる。

 私はこの少し前に、「長谷観音」と出てきたところで、昨年10月に行きました鎌倉の長谷観音を思いだし、そしてすぐに、「いやいや、これは奈良の南の長谷観音だな」と気がつきました。それで私も行ったことがあるのですが、「あれはいつの季節だったろう?」と考えていましたが、上の文を引用していて、「あ、あれは私もたしか11月に行ったのだから、『木の葉は紅葉して夕日がさして』だったなあ」と思い出してきたのです。
 あのときは、長谷寺は実にいい天気で、長い階段、長い回廊をよく歩きました。そして思い出したことは次のようなことなのです。

 この長谷寺のあるところで、私はとても綺麗な女性とすれ違いました。彼女もアベック姿でした。私は「あッ」と声をあげ、相手の彼女も少し私と目が遭いましたが、何も思い出せないままそのまま行きすぎました。私が連れていた女性も、「どうしたの?」と言いましたが、私はまだ完全に事態がつかめないまま、また歩いて行きました。
 あれは私の中学のときに好きだった女性だったと思いました。もうそのときから10年以上が経っていたのです。10年以上たって、私は相手が明確に認識できないまま、さらにその後35年以上が過ぎた今になってしまいました。
 そのときのことを、今パソコンを打ちながら、この蜻蛉日記に関する田辺聖子の本を読みながら、突如思い出したものでした。そして秋の日だったことを思い出しました。

 こうして突如、今から35年前の日のことが甦えるなんて、実に不思儀です。もうあの日は還りませんが、またあの長谷寺を歩いてみたいな。今度は、娘たちと孫と歩きたいです。

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9b1e6be8.JPGいつも見てきましたが、今回のが大変に思います。さすが田辺聖子ですね。写真がそのドラマのシーンです。

 いえ、私は田辺聖子が好きなのですね。先日鎌倉に行きましたときに、吉屋信子邸には行けなかったのですが、そのときに、吉屋信子を田辺聖子と比較して、よくよく考えました。

  私は田辺聖子の小説は大好きです。

  あ、この朝のドラマのホームページです。

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