将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:男はつらいよ

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  これをどんなに喜んで見ていた、そして喋ったことでしょうか。ある港区の会社で、これを言いましたところ、「先生、それは『ほうけんてき』と読むのです」と言った女性がいました。私は「うん、そうだよ、ふうけんてきな地方なんだよなあ」といいました。あきれちゃうよね。寅さんを見ていないのだ。
  もうこんな人が今もいますね。「ふうけんてき」で何がいけないのだろうか(書きますと「封建的(ほうけんてき)」なのです)。でも寅さんならこう読んでしまっていいのだ。
   しかしこうしていまも「ふうけんてき」なおバカがいるのだ。
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 私の「周の掲示板」でずっと女優さん(たまに俳優さん)の画像を出していましたが、今回は「男はつらいよ」のリリー(浅丘ルリ子)関連の画像にしたのです。私は常々この二人(車さんとりりー)が結婚すればいいとばかり思ってきました。それが妹さくらの願いでもあるはずです。
 でももう仕方ないかなあ。「周の掲示板」ではその前に島尾ミホさん関連の画像を出していました。このミホさんは夫の島尾敏雄と、この加計呂麻島で実に運命的な出会いをしているのです(現実の世界で)。そこにリリーが住んでそこへ寅さんが訪れるのです。
 本当に二人が結ばれればよかった。それはリリー役の浅丘ルリ子の願いでもありました。このことを思うと、私はいつも涙になってしまいます。15033011
 今も同じです。

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 私が2010年10月26日男はつらいよ『寅次郎の青春』に書いたのですが、

こどもたちが小学生低学年のころは、寅さんを実在の人物と思っていて、「寅さんて今どこにいるの」なんてよくきかれたものです。高学年になってくると、とくに優しい長女など映画を見るたびに、「寅さんて、あれで食べていけるのかな」なんて本気で心配していました。映像の中の香具師(やし)の仕事だけではどうしたってやっていけるわけないと私だって思います。「いや映画で映っている以外の時は、毎日真面目に働いているんだよ」なんて、答えていました。

これをよく思い出します。こう寅さんのことを思っていた長女おはぎは、今なら孫たちに寅さんをどう説明するのでしょうか。
 ここに(2010年10月26日)に置いている写真の絵はポコ汰が家の前の広場(ただの通路です)にチョークで描いたものです。
 でも私は今もその問いにいつも答えているのです。「いや映画で映っている以外の時は、毎日真面目に働いているんだよ」。でもでもこの答えは、今ならおはぎ自身もポコ汰に答えるのでしょうか。いやもう今なら、こんな映画も見ないかな。
 もうこうして時間だけが過ぎ去ります。今も私は心の中で答えています。「寅さんは普段は真面目に働いているんだよ」。

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 私はここで『「あじさいの恋」をまた思いだしていました』を書いて、また書こうかなあという気になりました。この「男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく(第21作)」については、少し書いていました。
 その書いたものに付け足してUPします。画像もいくつかは選んでいたわけですが、また新たにも選んでUPします。14091410
題名 男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく(第21作)
封切 1978年8月5日
監督 山田洋次
音楽 山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
諏訪さくら 倍賞千恵子
車竜造 下條正巳
車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 紅奈々子  木の実ナナ
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
諏訪満男 中村はやと
 後藤留吉  武田鉄矢
 宮田隆   竜雷太
 備後屋   佐山俊二

 これの封切が「1978年8月5日」ということは、これをどこで見ていたのだろう。私はこの木の実ナナがその大つくりな顔も好きでした。それに踊りの好きな彼女には、この映画がとっても似合う感じでした。14091420
 この映画の中で、話の途中で柴又へ帰ってきていた寅が、顔見知りに「よう、備後屋、相変わらずバカか」と言って大喧嘩になります。私は寅さんはいけないよな、口に出しちゃいけないよ、と思っていたものです。でも柴又の商店街の人も、みな心の中では寅さんが好きで、いつも心配しているのです。心配してもこの備後屋のように喧嘩してしまうのですね。92627b4df5d0a807d85f379226dbc4fb
 そこで妹さくらの友だち(さくらの学友だといいます)紅奈々子に会うのです。見ている私たちは、「またこのマドンナに恋して失恋で終わるのか」と思うわけなのですが、いつもいつも同じなのです。同じでも、毎回いつも違うさまを見せてくれるのです。
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 これでは紅奈々子は宮田隆という好きな男がいるのですが、奈々子は宮田隆を選ぶよりも松竹歌劇団SKDで踊っていることが好きなのです。
 寅さんは旅先の熊本で自動車整備工の青年の後藤留吉と知り合っています。
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 その彼が東京へ出てきたときに、寅は一緒の浅草のSKDのレビューを見に行きます。でも見ていっぺんにSKDが好きになってしまった留吉はもう故郷へは帰りません。
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 これは別に寅がいけないのではありません。でもこれではとにかく親たちもみんな心配したことでしょう。
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 でもどうにもならない寅さんなのです。
それから以下の画像は倍賞千恵子さんがSKDで踊られたときの写真です。
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またどうしてか、この映画を思い出しました。「男はつらいよ」のシリーズでは、私が一番好きな映画です。ここのインターネット上のあじさい寺成就院のサイトにはこの上の像が掲げられており、以下の言葉があります。14091110
   成就院の中心になる仏さまは、
   不動明王(お不動さま)です。
   真言宗の本尊・大日如来の命をうけて、
   右手に剣、左手に羅索をもち、背後には
   火焔(かえん)をしょい、お顔は忿怒の
   厳しいお姿をされています。
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 この像は恋がかなえられるという仏さまなのです。1409110114091102
 私が3年くらい前に行ったときも20代後半の女性がこの仏さまの像に熱心にお祈りをしていたものでした。
 この「あじさいの恋」は私が実に好きな映画です。「男はつらいよ」の中では、私が一番好きだといえる作品じゃないかなあ。140911131409110814091106
 この私が書いた「男はつらいよ」の映画評の中でも、私が一番先に書いたものなのです。私はちょうど孫のそばで、孫のポコ汰が地面に白いチョークで何かを描いているときに、このことを思い出したものでした。また都電で面影橋を降りて歩いたときにも、この物語を思い出していました。140911141409111114091107
 いや実は前に書いたら、それが何故か消えてしまい、また書き直しているところです。前には書いて最後に成就院のサイトで上の言葉を出したものでしたが、今はそれが先頭になってしまいました。
 私は「男はつらいよ」の「あじさいの恋」でいしだあゆみが好きになり、それで何枚もの画像を掲げるのがやりたかったのですが、今ではかないません。でもこうしていくつもの画像がUPできました。
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この映画では、寅を待つかがりは、あじさい寺成就院の前であじさいとともに待っているのです。

13070815 私は「山田洋次『男はつらいよ』」のことでで次のように書いています。

第42作(1989年12月27日)男はつらいよ ぼくの伯父さん 後藤久美子
第43作(1990年12月22日)男はつらいよ 寅次郎の休日 後藤久美子
第44作(1991年12月23日)男はつらいよ 寅次郎の告白 後藤久美子
第45作(1992年12月26日)男はつらいよ 寅次郎の青春 後藤久美子

第42、43、44、45作のマドンナは後藤久美子ですが、これは満男の好きなマドンナで寅次郎にはまた別にマドンナという存在がいます。

 この満男の好きなマドンナではなく、寅次郎の好きなマドンナ名を書きます。

第42作(1989年12月27日)男はつらいよ ぼくの伯父さん 壇ふみ
第43作(1990年12月22日)男はつらいよ 寅次郎の休日 夏木マリ
第44作(1991年12月23日)男はつらいよ 寅次郎の告白 吉田日出子
第45作(1992年12月26日)男はつらいよ 寅次郎の青春 風吹ジュン

 この女優さんたちも、私は大好きです。及川泉(後藤久美子)の母親及川礼子(夏木マリ)に、最期寅さんから薔薇が届きます。それが黄色の薔薇なのですね。私も当時もよく女性にお花を贈りましたが、この色のバラは私には想像もつかないものでした。
 私はものすごくおどろいて、このときの寅さんのセンスに感激したものです。礼子が周りに聞かれて、「私の恋人よ」と答えるときに、私はまた涙になります。
 42作の壇ふみも、第44作の吉田日出子も、45作の風吹ジュンもみないいです。私はみな大好きな女優さんです。
 また私の「男はつらいよ」への思いを完成させましょう。

13062803 私はこの「周の映画演劇館」で、「山田洋次『男はつらいよ』」への私の思いを書いてきました。
 でも私は第20作の『男はつらいよ 寅次郎頑張れ!』までしか書いていません。実は第21作の『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』(マドンナは木の実ナナ)は書いてはいるのですが、まだ中途半端だと思ってUPできないでいるのです。
 従って、これが書けないと、そのあとも書けないのですね。
 以下公開日と映画の題名とマドンナ役の女優名を載せてみます。

第1作(1969年08月27日)男はつらいよ 光本幸子
第2作(1969年11月15日)続・男はつらいよ 佐藤オリエ
第3作(1970年01月15日)男はつらいよ フーテンの寅 新珠三千代
第4作(1970年02月27日)新・男はつらいよ 栗原小巻
第5作(1970年08月25日)男はつらいよ 望郷篇 長山藍子
第6作(1971年01月15日)男はつらいよ 純情篇 若尾文子
第7作(1971年04月28日)男はつらいよ 奮闘篇 榊原るみ
第8作(1971年12月29日)男はつらいよ 寅次郎恋歌 池内淳子
第9作(1972年08月05日)男はつらいよ 柴又慕情 吉永小百合
第10作(1972年12月29日)男はつらいよ 寅次郎夢枕 八千草薫
第11作(1973年08月04日)男はつらいよ 寅次郎忘れな草 浅丘ルリ子
第12作(1973年12月26日)男はつらいよ 私の寅さん 岸惠子
第13作(1974年08月03日)男はつらいよ 寅次郎恋やつれ 吉永小百合
第14作(1974年12月28日)男はつらいよ 寅次郎子守唄 十朱幸代
第15作(1975年08月02日)男はつらいよ 寅次郎相合い傘 浅丘ルリ子
第16作(1975年12月27日)男はつらいよ 葛飾立志篇 樫山文枝
第17作(1976年07月24日)男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け 太地喜和子
第18作(1976年12月25日)男はつらいよ 寅次郎純情詩集 京マチ子
第19作(1977年08月06日)男はつらいよ 寅次郎と殿様 真野響子
第20作(1977年12月24日)男はつらいよ 寅次郎頑張れ! 藤村志保
第21作(1978年08月05日)男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく 木の実ナナ
第22作(1978年12月27日)男はつらいよ 噂の寅次郎 大原麗子
第23作(1979年08月04日)男はつらいよ 翔んでる寅次郎 桃井かおり
第24作(1979年12月28日)男はつらいよ 寅次郎春の夢 香川京子
第25作(1980年08月02日)男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 浅丘ルリ子
第26作(1980年12月27日)男はつらいよ 寅次郎かもめ歌 伊藤蘭
第27作(1981年08月08日)男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎 松坂慶子
第28作(1981年12月28日)男はつらいよ 寅次郎紙風船 音無美紀子
第29作(1982年08月07日)男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 いしだあゆみ
第30作(1982年12月28日)男はつらいよ 花も嵐も寅次郎 田中裕子
第31作(1983年08月06日)男はつらいよ 旅と女と寅次郎 都はるみ
第32作(1983年12月28日)男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎 竹下景子
第33作(1984年08月04日)男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎 中原理恵
第34作(1984年12月28日)男はつらいよ 寅次郎真実一路 大原麗子
第35作(1985年08月03日)男はつらいよ 寅次郎恋愛塾 樋口可南子
第36作(1985年12月28日)男はつらいよ 柴又より愛をこめて 栗原小巻
第37作(1986年12月20日)男はつらいよ 幸福の青い鳥 志穂美悦子
第38作(1987年08月05日)男はつらいよ 知床慕情 竹下景子
第39作(1987年12月26日)男はつらいよ 寅次郎物語 秋吉久美子
第40作(1988年12月24日)男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日 三田佳子
第41作(1989年08月05日)男はつらいよ 寅次郎心の旅路 竹下景子
第42作(1989年12月27日)男はつらいよ ぼくの伯父さん 後藤久美子
第43作(1990年12月22日)男はつらいよ 寅次郎の休日 後藤久美子
第44作(1991年12月23日)男はつらいよ 寅次郎の告白 後藤久美子
第45作(1992年12月26日)男はつらいよ 寅次郎の青春 後藤久美子
第46作(1993年12月25日)男はつらいよ 寅次郎の縁談 松坂慶子
第47作(1994年12月23日)男はつらいよ 拝啓車寅次郎様 かたせ梨乃
第48作(1995年12月23日)男はつらいよ 寅次郎紅の花 浅丘ルリ子

13062806 私は今後も書くつもりは充分にあります。なんとかやらねばと思ってはいます。それと第42、43、44、45作のマドンナは後藤久美子ですが、これは満男の好きなマドンナで寅次郎にはまた別にマドンナという存在がいます。

「山田洋次『男はつらいよ』」のことでの2

A13062106「あまちゃん」です。
 さあまたこの番組を見ます。やっぱり夏と春子がこうして話せたことはいいです。
 アキがこうしてみんなに送られるのは嬉しいです。
 実は見ていられなくA13062105て、昼にちゃんと見ます。また私の思いがありましたら、また書きます。

 でもそのあとの「スタジオパーク」でも夏子さん、宮本信子が出ているので、引き続き見ます。ブログには書いていられません。私はこの女優さんは好きなのです。彼女の映画はほぼすべて見ていますね。「男はつらいよ 純情篇」に出てきた彼女も好きでしたね。

12060710  思い出せば、私はこの第20作のマドンナの藤村志保の昔からのファンなのです。私が前に『昨日「火火」を見てきました』に次のように書いています。

 昨日このシネスイッチ銀座で、女優の藤村志保さんを見ました。私は1965(昭和40年)のNHKの大河ドラマ「太閤記」でもねね役のときから、彼女のファンです。私は彼女を拝見できて、ただただ嬉しかった。

 そんな昔から私も親しんできていた女優なのですね。12060713

題名  男はつらいよ 寅次郎頑張れ!(第20作)
封切 1977年12月24日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      下條正巳
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 島田藤子  藤村志保
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
 島田良介  中村雅俊
 福村幸子  大竹しのぶ
 巡査    米倉斉加年
 神父    桜井センリ

  寅さんが寅屋に帰ってくると、見知らぬ青年の福田良助に押し売りに間違われます。そこでさくらが帰ってきて、どうやらわけが分かります。でも良助は寅さんの部屋を下宿して占拠しているのです。

 でも昔は、こんな「押し売り」なんていましたね。私は実際に鹿児島の家で見ています。たしかゴムひもを売ろうとしていました。でも私の母は元気に追い返したものでした。いつも母はこうした事態にひるんだことはありません。それにいざとなれば、私の家には剣光号という秋田犬がいるのです。剣(ケン)は静かな犬でしたが、いざとなれば、人間の喉でもどこでも噛み切ってしまいます。それに、その妻秀峰姫(しゅうほうめ、普段はひでと呼んでいました)は、もっと恐ろしい雌の秋田犬なのです。

 この良助が惚れたのが、寅屋の近所の食堂で働く福村幸子です。でも彼女に自分の思いをうまく伝えられずに、寅屋に二階の部屋でガス自殺を図るまで行きます。それはどうやら未遂に終わりましたが、もう寅屋はさんざんです。
 この良助が好きになった幸子は、故郷の母の容態が悪く、良助の愛の言葉なんか耳に入りません。それを良助は振られたと思い込み自殺しようとするのです。
 そして失恋したと思い込む良助は故郷の長崎平戸へ帰ります。この平戸へ帰った良助を慰めようと、寅さんが平戸の故郷を訪ねるのです。そこには、良助の姉藤子がいるのです。
 見ている私たちは、「またここで寅さんが惚れて失恋となるんだ」と自然に分かってしまいます。もういつものことなのです。藤子には平戸に恋人がいるのですから。

 だが幸子は柴又へ帰ってきて、良助のことを聞き驚きます。幸子も良助が好きだったのです。良助は幸子が好きだということを知り、姉の藤子と柴又の寅屋まで行くのです。寅さんは平戸で留守番です。でも結局寅さんは、寅屋まで来ます。でもそこで寅さんは藤子が良助に恋人のことを話すのを聞くのです。寅さんは、また旅に出ます。何度目の失恋なのでしょうか。

 思い出せば、私が独身の最後の頃見た映画です。笑って、でも悲しく思った映画でした

12081903 昨日書いたものを、こうして今ブログにUPしています。

2012/08/18 12:22今NHKで「生活笑百科」を見ています。これはいつも面白いのですね。
 ただ、私は弁護士の言うことを全面的100%は信じていません。
2012/08/18 18:45ちょっと前に私の「男はつらいよ 寅次郎恋歌」にコメントを書いてくれた方のサイトを訪れました。また私のブログで書きます。

 このコメントを書いてくれた方のサイトでいっぱい言いたい思いがあります。今は一部は書いているのですが。

12081817 私の『男はつらいよ 寅次郎恋歌』に、「激動の戦後史」さんからのコメントがありました。

1. Posted by 激動の戦後史   2012年08月17日 17:06
穂積隆信については私もブログで取り上げました。まったくその通りだと思います。

 これは私は次のように書いています。

博の母親が死去します。何故かそこに寅さんは臨席して、博の父親ひょう一郎の話をしんみりと聞くのです。博の兄の毅、修の話に博は反発します。母親は、ひょう一郎の妻で満足していたのではなく、本当なら、都会で舞踏会にも出てみたかったのです。これは博が語るのです。ここは私にも大量に涙が溢れるところです。

「激動の戦後史」さんは、以下のように書いています。

  http://sengoshi.blog.so-net.ne.jp/2012-07-17
   積木くずし 最終章」で考える暴露本の戦後史

・・・・・・
「男はつらいよ」の博の兄を演じているあたりまではクールな役が多かったが、・・・・・・
・・・・・・
それが80年代になり、番組編成が2時間ドラマやバラエティなどにかわり、俳優の仕事が落ち着いてきた頃、穂積隆信は、「積み木くずし〜親と子の200日戦争」「続・積み木くずし」「積み木くずし崩壊 そして…」と立て続けに自分の家庭の苦悩と崩壊を告白。書籍は300万部を超えるベストセラーになり、テレビドラマ化もされた。

 私も『積み木くずし』は読んでいます。それまで知っていた穂積隆信という役者をかなり驚いて読んだものです。読みながら涙が止まらなかったものでした。それで映画やテレビで演技している彼を思い出していたものでした。
 そして『男はつらいよ 寅次郎恋歌』も改めて見まして(私は映画は同じ映画を数度見るのです)、博の言うことに納得していたものでした。お母さんは「本当なら、都会で舞踏会にも出てみたかった」のです。それを知っている博も何も出来なかったのです。
 これは私もただただ涙を流すしかないのです。
 思えば、映画もいつも涙を流している私なのですね。涙が恥ずかしいから、電車の中では、今はただIS01を打つばかりなのです。

12060712 以下のニュースがありました。
 三崎千恵子さんは今年2012年2月13日に亡くなられました。以下は2月15日のスポーツニッポンの記事です。

男はつらいよ」の“おばちゃん”三崎千恵子さん死去
 映画「男はつらいよ」シリーズで主人公の寅さんの「おばちゃん」役で親しまれた女優の三崎千恵子(みさき・ちえこ、本名宮阪トシ=みやさか・とし)さんが13日午後7時15分、老衰のため神奈川県鎌倉市の病院で死去した。90歳。東京都出身。今月2日には同映画の山田洋次監督(80)とめい役の倍賞千恵子(70)が見舞ったばかりで、最後のお別れとなった。

12060706 もう私は驚いて、「エエッ、あのおばちゃんも亡くなるんだ」と思って驚いたものでした。なんだかとても寂しい思いばかりです。
 このときには私は毎日のように、孫の入院している千葉こども病院へ行っていました。でもこの三崎千恵子さんはお元気だとばかり思っていました。
 思えば、「おいちゃん」は、森川信さんのときから松村達雄さん、下條正巳さんと代わってきたのに、「おばちゃん」はこの三崎千恵子さんだけでやってきていたのですね。
 いつも寅さんという心配な甥っこのことで、実にお疲れ様でした。
12060306 私はいつも、この寅さんの映画で、おいちゃんの寅さんへの愚痴ごとと、このおばちゃんの寅さんを優しく見ているけれど、ちゃんと甥を見つめている視線も常に感じていました。

12060301  私はそもそもこの嵐寛寿郎といえば、よく見た任侠映画でいつも最初のほうで殺されてしまういい親分役でした。鞍馬天狗役というのは、知識だけで知っていただけです。
 だがその知識といえば、本名を倉田典膳といい、杉作・吉兵衛を連れていたということ、元水戸天狗党らしいということくらいでしょうか。
 そのアラカンがこの寅さん12060305の映画に出るということで、興味深く見たのがこの作品でした。
 この映画は、私は船橋で見たかもしれません。

題名  男はつらいよ 寅次郎と殿様(第19作)
封切 1977年8月6日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      下條正巳
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 堤鞠子   真野響子
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
 藤堂宗清(殿様)嵐寛寿郎
 吉田六郎太(執事)三木のり平
 巡査    寺尾聰

12060303 この映画では、寅さんは元気でした。渥美清さんが、このアラカンさんを「心の師」として尊敬していたようですから、この共演は実に嬉しかったと思います。
 この回のマドンナである堤鞠子の真野(まや)響子12060302さんは、私はあまり好きになれなかったのですが、2001年の「ちゅらさん」で、小浜島まで行くお母さん役で大好きになったものでした。この寅さんの映画では、どうしても彼女の印象は私には薄いのです。
 それと私が好きでした、淀川長治さんがこの作品紹介を聞いていて、私はものすごく興味が持てたものでした。

 寅さんは、仕事で寄りました愛媛県大洲市で、この藤堂宗清という元殿様と知り合います。藤堂宗清は、大洲の元の殿様の子孫らしいのです。このことを教えてくれるのは、執事の吉田六郎太です。この吉田が最初は、寅さんを嫌って、追い返そうとばかりしますが、それを怒る殿様もどうしてか時代錯誤としてしか思えません。
 ただこの殿様には、自分の息子の次男が嫁にした鞠子を身分違いと(なんとアナクロなのでしょうか。これは寅さんの映画なのです)離婚させ、でも今は悔やんでいるのです。 もう息子は亡くなっています。鞠子は東京に戻っているのです。
12060304 そこで、このお殿様を寅さんは柴又に連れて行きます(殿様が東京へ出てくるのです)。そこへ偶然鞠子がこのとらやに現れて、そこで殿様と会うことができるのです。ただし、ここでまた寅さんが、この鞠子に惚れてしまい、この殿様の養子になって再婚することを夢見ます。こうして鞠子は寅さんのマドンナになるのです。
 当然鞠子には、少しもそんな気持はありませんから、いつもと同じで終わります。

 このときの殿様と鞠子の会話がいいのです。

殿様「一目お会いした時から、わたしにはよく分かりました。あなたがそばにいてくださって、克彦はどんなにしあわせ…」と泣き続ける殿様
鞠子「お父様、あたくしもね、...あたくしも幸せでしたよ」と涙を流す鞠子。

 そして、夕暮れの中、江戸川土手を歩いて去っていく二人の姿は、実にいいのですが、いつも思うのですが、あの荒川土手を歩いても、どこまで行くのだろうか。
12060310 でもいつも執事の吉田がいいのです。いつも見ていて、「こんな余計なことを言って・・・」といらいらしてしまうのですが、それがあとで考えると実にいいのですね。

 私には、寅さんと殿様の出会い、執事とのかけあい等々、みな興味深かったのですが、マドンナの鞠子の印象が薄いのです。12060308
 それと、博は、「こんな今更殿様なんて・・・」という思いでしょう。でもでもさくらはいつもと同じです。それが見ていて、とてもホッとします。

2016121009
12052614 この「山田洋次『男はつらいよ』」の主役車寅次郎の「おいちゃん」車竜造が、この三人で演じられました。
 それぞれ、ここの画像にあるように、第1作〜8作までが森川信で、第9作〜13作が松村達雄、第14作から48作が下条正巳です。
 誰に聞いても、いくつかの本やサイトで読んでも、誰もが森川信を思い出し、ほめるようです。
 私は森川信のおいちゃんもいいし、松村達雄のおいちゃんもいいのですが、なんといいましても、私には下條正巳のおいちゃんが好きになれます。
 私は、この「周の映画演劇館」で、この「男はつらいよ」の映画評を書いてきました。今後も書いて行きますが、どうしてもこの下条正巳のおいちゃんが、どうしても寅さんのおいちゃん役には、ぴったりに思えるのです。
 どうしてもいつも無理なことばかりやる寅さんを実にいつも心配しながら、でも何故か親しく思ってしまうおいちゃんが私には下条正巳さんが一番向いているように思えるのです。
 今現在この下条正巳さんのみが生きていらっしいます(下條正巳さんは2005年7月25日に亡くなられました)。
 今後もこの『男はつらいよ』を書き続けていくときに、いつもこの方を思い浮かべているでしょう。

12060210 吉本隆明鈔集を引き続き書いていかなくてはなというので、けっこう私には大きなプレッシャーです。

2012/06/04 06:13自分の部屋で何を書いたらいいのか迷います。もう私の過去の将門Web内にあった「吉本隆明鈔集」をすべてUPし終わったからです。まだ新たに書こうというつもりです。
 でもそれにしても新たに書いていくのは大変です。私はよく今「男はつらいよ」を書いていますが、あれも実に大変なのです。いつもインターネット上でいろいろと探して、そして画像はいくつもダウンロードして、それからいくつか選びます。そして自分の記憶をいくつも思い出しています。そしていつも涙になっています。この涙は恐ろしいくらい多いのですが、それで少し困っています。まあ、そばには誰もいるわけではありませんから、いいのですが、実に大変です。
 今日もなんとか「第19作」を書いて行きます。
 昨日は、夕方長女おはぎの家に妻と行きました。私はとにかく、歩いて行きます。一日一万歩(今は七千歩にしているのですが)を目指して、ひたすら歩くわけです。昨日は私の万歩計は9、000歩くらいでした。
 おはぎの家では、三人の孫がいますから、もうただただ可愛いです。

 私のおはぎの三人の孫とブルータスのところのじゅにを思います。

12060211  京マチ子といったら、黒澤明の『羅生門』の真砂役として知っていました。だが私などには、随分私などより上の世代の女優だという意識が強かったものです。
 とにかく、往年の美人女優が寅さんの映画のマドンナになったのだという思いが強かったものでした。

題名  男はつらいよ 寅次12060220郎純情詩集(第18作)
封切 1976年12月25日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      下條正巳
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 柳生綾   京マチ子
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
 柳生雅子  檀ふみ
 婆や    浦辺粂子
 根津神社の警官永六輔

12060215 いつものように旅から、寅さんはとらやへ帰ってきます。さくらと博の一人息子の満男の担任の柳生雅子先生と知り合って、今度はこの先生に惚れちゃうのかと、おいちゃんやおばちゃんやみなは気を揉むわけですが、どうやら寅さんには、その気はありません。私たちから見ていても、檀ふみではありえないでしょう。いくらいい娘でも年代が違いすぎます。
12060216 この雅子の母綾が寅さんの幼馴染みで、この綾に寅さんは惚れてしまうのです。
 でも、この柳生綾は、病死してしまうのです。もうこれは悲しくてたまらない作品です。マドンナが亡くなるなんて、寅さんの他の作品ではではありません。

 綾が寅さんに、『人間は、なぜ死ぬんでしょうね?』と質問します。それに寅さんは、次のように回答をします。
 これは「徳富蘆花『不如帰』」の浪子のいう「なおりますわ、きっとなおりますわ、――あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ! 死ぬなら二人で! ねエ、二人で!」よりも、この寅さんの答えに私はただただ感動してしまいます。

人間、う〜ん、そうねえ、まあ、なんて言うかな、まあ、結局あれじゃないですかね、まあ、こう人間が、いつまでも生きていると、あのー、こー、丘の上がね、人間ばっかりになっちゃうーんで、うじゃうじゃうじゃうじゃ、面積が決まっているからで、みんなでもって、こうやって満員になって押しくら饅頭しているうちに、ほら足の置く場所がなくなっちゃってー、で、隅っこにいるヤツが「お前、どけよ!」言われて、アーアーなんて海の中へ、ボチャン!と落っこって、アップ、アップして「助けてくれ!助けてくれ!」なんつってね、死んじゃうんです。まあ結局、そういうことになってんじゃないですかね、昔から、まあ、そいいうことは深く考えない方がいいですよ!それ以上は!

 娘の雅子が寅さんに、母の最期を語ります。

最後の床についてた時もね、寅さんに会える日が来ることだけを楽しみにしてたのよ。意識がなくなりかけた時、私、耳元で・・「お母さま早く良くなって、寅さんに会いに行きましょうね」そう言ったら、お母さまは、うれしそうな顔をしてコックリうなずいたわ。誰にも愛されたことのない寂しい生涯だったけど、でもその最後に、たとえ一月でも寅さんていう人が傍にいて・・くれて、お母さまはどんなに幸せだったか、私にはよく分かるの・・(嗚咽しながら泣く)

 寅さんは、雅子からの会話で、この綾さんの病が治らないものであることを知っていました。この綾さんのために、寅さんはなんと渡世人をやめて花屋になろうとするのです。こんなことは実に不思儀なのですが、寅さんもかなり思いつめていたのでしょう。

 この病にある綾を見舞いに行く寅さんのことを、妹さくらは後押しします。普段ならありえないことです。そんな人間の悲しい瞬間をさくらも充分に感じていたのです。12060217
12060218 この回のラストで、新潟の山間部の雪深い小さな分校に転任した雅子のもとに寅さんが訪ねていきます。そのときの雅子と寅さんの気持を思います。
12060219 最後に寅さんと、さくらが柴又駅のホームで会話します。もう暮れのことで、歳末のジングルベルの音が私たちに聞こえてきます。

12053112 なんだか、今思うとつらいです。私が書いた「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」の登場人物は、みな亡くなっているじゃないですか。

2012/05/31 19:07「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」を書きましたが、岡田嘉子のことを書いたのですが、やはり「ソ連なんかひどい駄目な国だ」と言ってほしかったなあ。でもあの映画の中じゃ無理かもしれないけれど、でも言って欲しかったなあ。映画を離れた場でも良かったと思うのですね。
 宇野重吉でも岡田嘉子の経歴には何もいえないよなあ。いわんや、寅さんでも太地喜和子でもついていけないよなあ。
 これは実にいい映画だと思ったものなのですが、そこらへんはすべて不満が残りました。そんなことを今言っても仕方ないかなあ。

 6月には、またポメラで新しいファイルを起こすのです。

12052908  太地喜和子といいましたら、よく知っている女優さんでしたが、この回の彼女の役は実にいいマドンナでした。
 私はこの回が「男はつらいよ」の中では一番好きなものです。ちょうどこの『寅次郎夕焼け小焼け』は、私が労働運動をやって、実に激しく闘っているときに放映されたものでした。そのときに、私が最初に出したチラシが以下の中に書いてあります。

    私の労働運動における最初のアジビラ

 この時期は、この労働運動と、そして仕事でも必死にやっていた時期でした。そのときを思い出しています。
 だからこの映画そのものは、10月か11月に新宿あたりで見たと思います。

題名  男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け(第17作)
封切 1976年7月24日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      下條正巳
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 芸者ぼたん 太地喜和子
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
 池ノ内青観 宇野重吉
 志乃    岡田嘉子
 大雅堂の主人大滝秀治
 お手伝い  榊原るみ

12052910 寅さんが、またとらやで喧嘩して(いつもの内輪喧嘩とでもいうものです)、それで焼き鳥屋で飲んでいます。私には、この飲み屋が柴又ではなく、上野地下街の飲み屋に思えるのですが、どうなのでしょうか。
 そこでみすぼらしい老人が無銭飲食をとがめられるのを見て、この老人の支払いを寅さんが肩代わりして、この老人をとらやに連れて帰ります。
 とらやに帰ってきて、ここに泊めても老人は大変に横柄で、おいちゃん、おばちゃんにも大顰蹙です。それで寅さんが少し説教するのですが、そのときに、老人は「お侘びだ」といって、紙に筆で書いたものを寅さんに渡します。「持ってけば、いくらかになるから・・」と神田の古書店を指定するのでした。
12052911 寅さんは、半信半疑のまま、その紙切れを、大雅堂の主人に見てもらったところ、「七万円で譲って欲しい」と言われて、驚いてしまうのです。
 この老人こそ日本画壇を代表する池ノ内青観画伯だったのです。

12052912 そののちに寅さんは播州龍野で、この老人池ノ内青観画伯と再会します。ここで池ノ内画伯は志乃と話をします。この志乃と池ノ内画伯が親しく話すのですが、その内容は分からないのです。
 ここは、「男はつらいよ」の内容ではなく、実際の岡田嘉子(1902年4月21日〜1992年2月10日)のことを思ったものです。
 彼女は、 新劇の女優でしたが、マルキストの演出家杉本良吉と激しい恋をして、この二人で、1938年(昭和13)1月3日に厳冬の吹雪の中、樺太国境を超えて(二人は自由の国ソ連に走ってにげた)越境しました。だがひどいソ連です。二人はスパイということで、杉本は1939年10月14日に銃殺刑されました。
1205291412052915 岡田嘉子は、ラーゲリに収容されたのちに、釈放になったのはもう随分あとのことです。この「男はつらいよ」に出たのちにも、1986年にソ連へ帰ります。
 そして1992年、モスクワの病院で死去します。
 もう私はこの「男はつらいよ」のときにも、「ソ連なんて、ひどい国だ」とそれだけを言ってほしかったものです。ソ連に腹が立って仕方ありません。マルクス主義が私は大嫌いです。スターリンが悪いのではなく、マルクス主義そのものが悪いのです。

 でもとにかく、ここでこの二人、池ノ内画伯は志乃と話をして酒を飲む中、寅さんは綺麗な芸者ぼたんに会います。これが今回のマドンナなのです。

 後日、このぼたんは、東京へ出て寅さんに会い、悪い男に200万円を騙し取られたことをいいます。そこで寅さんは、相手をちゃんと脅しに行くのかと思いました。でも相手は、やわな奴ではありません。
 そこで、寅さんは池ノ内画伯に頼みに行くのです。あんないたずら書きとしか思えないものが七万円だっ12052913たのです。ちゃんと書いてくれものなら、どういうことになるのでしょうか。
 この画伯のくれた絵がぼたんに渡ります。何か、納得はできないのでしたが、寅さんなら、こういう形もあるのかなあ、なんて思ったものでした。

12052818  この「葛飾立志篇(第16作)」でのマドンナは、私たちにはNHKの朝ドラの「おはなはん」で知った女優でした。私が高校三年のとき(1966年から67年3月)でした。ちょうどこのドラマは1966年4月4日から1967年4月1日の放送でした。私なんかはこの朝ドラで知り、それでファンになっていた女優でした。
 この女優がこの寅さんのマドンナですから、その思いで見ていたものでした。私は始めて大きな会社でコピーライターの仕事をやっていたときの時期でした。

題名  男はつらいよ 葛飾立志篇(第16作)
封切 1975年12月27日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      下條正巳
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 筧礼子   樫山文枝
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
 最上順子  桜田淳子
 田所先生  小林桂樹
 轟巡査   米倉斉加年
 住職    大滝秀治

12052819 ある日とらやに、最上順子という女子高校生がやってきます。そこへちょうど帰ってきた寅さんのことを、「お父さん」というのです。これでとらやは大騒動になります。
12052820 これは以前山形で無一文で行き倒れになりそうな寅さんを、世話してくれた女性お雪が産んだのがこの順子なのでした。寅さんは、毎年かかさずハガキを書いていて、わづかなお金を贈っていたというのです。それで順子は、その寅さんを自分の父親さと思い込んでしまったのです。
 このお雪は、このときには亡くなっていたのでした。
 寅さんは、このお雪の墓参りに山形へ向かい、このお雪の墓のあるお寺の住職から、お雪のことを聞きます。お雪は学がないために悲惨な人生になってしまったということです。
 この時に、この住職さんがいうのです。「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」。これはもちろん、孔子の言葉ですが、寅さんはただただ感心してしまうのです。
 まったく学なんかない寅さんは、学問をしっかり学ぼうという気持になって柴又へ帰ります。
12052825 ところが、ちょうどそのときに、とらやには御前様の姪の筧礼子が下宿することになっていたのです。
 ここでまた寅さんは、この礼子に好意を抱くのです。「ああ、またなんだ」と誰しも思ってしまうのです。
 このときに、寅さんはこの礼子を家庭教師にして彼女が大学の考古学の助手をしているので、その勉強をし始めるのですが、寅さんは礼子の教えることは難しくてさっぱりわかりません。聞いている私たちには、それほど難しい内容とは思えないのですが、結局礼子の前でテキヤの口上を述べる寅さんには、礼子は「面白い人」ということになります。
  ここで礼子さんと寅さんの会話で、書いておきます。

 寅 「姉ちゃんは何のために勉強をしているんだい?
 礼子 「さあ・・・
 寅 「考えてみたことは、ねえかい?
 礼子 「そうですね・・・つまり
 寅 「己を知るためよ

 この返事には、礼子はただただ驚いてしまうのです。でもこの返事は、上に書いた住職さんのことばの受け売りなわけですが、今私は、これは寅さんの心の底からの本当の自分の言葉だと思ってしまったものです。

 このとらやに、この礼子の大学の教授の田所先生が現れます。この先生は、驚くほど煙草が好きです。当時も今も一度も煙草というものを口にしたことのない私には、なんだか不思儀な人物です。
 この田所先生の大学の先生の関係の人たちと、とらやの裏の朝日印刷を中心としたグループが野球試合をするシーンもあります。私たちもちょうど埼玉大学の校庭で、埼玉大学活動家軍対日の丸土建(双方ともに、昔の左翼活動家群でしたが)の野球大会をやったものでしたから、興味深かったものでした。
 でもこの先生も礼子が好きだったのです。それで何故か寅さんと教授は意気投合するのです。
 でもこの教授は、寅さんとは違って礼子にプロポーズするのです。だが断わられます。それで二人は何故か一緒に旅に出るのです。
 でもこの礼子は最後まで、寅さんの思いは、まったく認識していないのじゃないかなあ。

12052710 浅丘ルリ子というと、昭和23年(1948)生まれの私よりも年上であり(彼女は1940年7月2日生まれです)、日活の看板女優でした。
 この「男はつらいよ」では、寅さんのなんといっても一番のマドンナであり、この「男はつらいよ」の最後の作品となった『男はつらいよ 寅次郎紅の花』でもリリーがマドンナでしたが、浅丘ルリ子は具合の悪そうな渥美清の姿を見て、「もしかしたらこれが最後の作品になるかもしれないから寅さんとリリーを結婚させてほしい」と、山田監督に頼んだと言う。でもそれは叶えられなかったわけです。
12052709 私は、前にも書きましたが、実はリリーと寅さんは結婚して、奄美大島の加計呂麻島に今も二人で住んでいると思っているのです。

題名  男はつらいよ  寅次郎相合い傘(第15作)
封切 1975年8月2日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      下條正巳
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 リリー   浅丘ルリ子
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
 兵頭謙次郎 船越英二
 信子    岩崎加根子
 君子    久里千春
 鞠子    早乙女愛

 この「寅次郎相合い傘(第15作)」では、とにかく、船越英二演じる兵頭謙次郎と、リリーと寅さんの掛け合いをかくべきなのかもしれないのですが、私はどうしてもリリーと寅さんの会話をあげてみたくなったのです。
12052706 寅さんが雨の中リリーを柴又駅まで迎えに行くところですね。寅さんを見つけてリリーは駆け寄ります。

 リリー「迎えに来てくれたの?
 寅さん「馬鹿野郎、散歩だよ
 リリー「雨の中を散歩?
 寅さん「悪いかよ
 リリー「濡れるじゃない?
 寅さん「濡れて悪いかよ
 リリー「風邪ひくじゃない?
 寅さん「風邪ひいて悪いかよ

 どうして二人は、こういう会話になってしまうのでしょうか。リリーはこう言うのです。

 リリー「幸せにしてやる?大きなお世話だ。女が幸せになるには男の力を借りなきゃいけないとでも思ってるのかい?」「もし、あんたがたがそんなふうに思ってるんだとしたら、それは男の思い上がりってもんだよ」「女がどうして可愛くなくちゃ、いけないんだい

12052708 これはリリーなのです。おそらく寅さんが女になったのがリリーなのです。この回でもさくらがリリーに、寅さんとの結婚を聞いたところ、リリーは承諾するのです。ところがこのことを寅さんに言うと、寅さんじゃ「冗談だろう」というばかりです。
 隣りでこの寅さんのいうのを聞いていたりリーは、「そうよ、冗談よ」と言って、とらやを出て言ってしまうのです。
 さくらが、「すぐ追って行きなさい」と言うのに、寅さんは、「リリーは賢くて強い女よ、結婚しても俺とじゃうまくいかないさ」と言ってしまうのですね。

 このリリーはどうしてか、寅さんの妹さくらとは何故かものすごく気があいます。それは、他のマドンナはものすごく綺麗で魅力のある女性だということだけなのですが、このリリーは寅さんそのものに思えてしまうから、兄の寅さんがどうしても好きな妹さくらは、このリリーのことも好きでたまらなくなってしまうのです。心の底から思っているはずです。「できたら、お兄ちゃんと一緒になってほしい」。
 でもでもこれはなかなか実現できないことなのです。

12052609 この回のマドンナの十朱幸代というと、昔「バス通り裏」(1958年4月7日〜1963年3月31日までの平日の19:15〜19:30(1960年からは土曜日にも)に放映されていました。私の兄たちの時代にその世代が一番見ていたのじゃないかな。
 私たちの世代には、いえ私にはそんなに親しい思いはありませんでしたが、とにかく中原美紗緒、ダーク・ダックスの主題歌とともに思い出されてきます。
 このマドンナというと、どうしても私なんかは綺麗な女優さんというイメージから離れられないです。だから私は、この十朱幸代はそれには一番適していた方だと思いました。

題名  男はつらいよ 寅次郎子守唄 (第14作)
封切 1974年12月28日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      下條正巳
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 木谷京子  十朱幸代
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
 大川弥太郎 上條恒彦
 踊子    春川ますみ
 佐藤幸夫  月亭八方

12052611 寅さんは、九州の唐津のおくんちで仕事をしたと、木賃宿に泊まると風采のあがらない赤ん坊連れの佐藤幸夫と一緒に飲みます。
 寅さんは、この男を励ましただけのつもりでしたが、翌朝「この子をよろしくお願いします」という置手紙だけで、その男は消えてしまっているのです。寅さんは、ものすごく驚いたわけですが、もう仕方ない、東京葛飾柴又のとらやに必死にたどり着くのです。どんなときにも、ここには、妹さくらと博、それにおいちゃんとおばちゃんがいるのです。 この赤ちゃんが熱を出して、以前博が工場で怪我をしたときに世話になった病院へいくのですが、そこには木谷京子という親切な看護婦さんがいるのです。
 もちろん、そこで見ている私たちは、「ああ、また寅さんはこの京子に惚れて、まただめになるのか」と思ってしまうのです。

 最初のほうのシーンで寅さんは、みんなの前で自分の葬式のことを言うのです。

俺の葬式は陽気にやりたいものだ。江戸川に屋形舟を5艘も浮かべ、芸者も20人ほど呼び、ぱっーとやりたいものだね。

 これでおいちゃんもおばちゃんも怒っていまうのは当たり前です。さくらも博もため息をつくしかありません。
 それでおいちゃんおばちゃんの怒りで出て行く寅さんは、

おれも、何も考えていないわけじゃないんだ。もっと貯まってから渡そうと思っていたんだが・・・

さくらの名義の通帳を渡すのです。残金は7千円ほどでした。ああ、どうして寅さんはこうなのでしょうか。このシーンでも私は涙になっていました。

12052613 でもこの寅さんが預かってしまった赤ちゃんを佐藤幸夫とその今では奥さんなのだろう春川ますみが預かります。「すべての責任を取る」との断言の元です。子どものいないおいちゃんにもおばちゃんにも、この赤ちゃんを渡すのはつらかったことだと思います。でも仕方ないのです。

 寅さんが惚れた京子さんにまた惚れている大川弥太郎がいます。寅さんは、どうせこの男も京子さん相手では、駄目になるのだろうと思い込んでいますが、寅さんの「告白しないと後悔するよ」というアドバイスで、思い切って告白します・・・、それでなんと京子はそれでOKするのです。
 京子と大川は合唱団をやっていました。その新年会で、リーダーの大川は京子との婚約を公開発表しま12052610す。その頃、寅さんは九州の唐津で踊り子の春川ますみと会います。その踊り子の背中には、あの赤ちゃんがいます。大川は呼び込みとして働いていたのでした。

 この回でも、寅さんは、マドンナの京子には少しも相手になっていません。悲しいばかりなのですが、これでは仕方ないかなあ、としか思えませんでした。

 この作品で寅さんのいうことが以下なのです。

  兄ちゃんは恋をしたんじゃねぇ ただ、あの人が 幸せになれば
 いいな そう願っただけよ

12052201 この寅さんのいうことには私は思わずうなずいてしまいます。

 この作品が封切になった日は、私は温泉新聞という旅行業界の新聞社のところで始めての集金旅行で、7月30日に出発し、8月2日に塩原温泉で、「どこへ泊まったらいいのかな(お金を払って泊まるのじゃないのだ。集金して泊まるのです)」と悩んで、編集長の「帰って来い」という言で帰って、また北浦和(私が下宿していたのです)で飲んでいて、また二日酔いで出社し、集金結果を褒められたものでした。

題名  男はつらいよ 寅次郎恋やつれ (第13作)
封切 1974年8月3日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      松村達雄
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 鈴木歌子   吉永小百合
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
 高見修吉  宮口精二
 絹代    高田敏江

『男はつらいよ 柴又慕情』(第9作)で、私は次のように書きました。

歌子がとらやに(さくらの家だったかな)泊まることになり、さくらはこの歌子が父親の作家高見と好きな青年との間で悩んでいることを知りましたが、さくらのいうことで、歌子は決意を新たにして、その青年の田舎へ行くことになります。

12052205 これで歌子は仕合せな生活が実現できているはずでした。その歌子と山陰の津和野で再会して、懐かしい思い出が話せるはずでした(事実しばらくは話せるのですが)、でもその結婚した夫は、急に亡くなってしまっており、歌子は婚家でつつましく、くらしているだけなのです。
 寅さんは、歌子を柴又とらやに招待し、歌子はまたさくら他と再会して、人生を再出発する決意ができたようです。それでとらやの二階に住むことになります。
 寅さんの気になることは、前に『柴又慕情』のときに、12052203いわば音信不通(実際にはハガキくらいは出していたようですが)になってしまった歌子と父親の高見修吉との再会です。
 これはけっこう大変なことでしたが、寅さんのおかげで、娘歌子と父親修吉は和解できたのです。
 さあ、あとは寅さんと結ばれればいいなと、単純な私など思ってしまうのですが、でもそうは行きません。さくらと博のおかげで、伊豆大島にある心身障害児の施設で働くことを決心します。
 さくらも博も、寅さんの気持は充分に分かるわけですが、もうこれは仕方ないのです。 第9作の『柴又慕情』では、私たちには、この歌子が「なんだ、寅さんの気持なんか少しも分からない娘なんだなあ」としてしか、思えなかったのですが、これは実に良かったのです。でも結ばれないのは悔しい思いです。

12052204 この「男はつらいよ」では、マドンナとして、松坂慶子・栗原小巻・大原麗子が2回、竹下景子は実に3回登場していますが、同じキャラクターとして出てくれるのは、この吉永小百合の歌子さんと浅丘ルリ子のリリーと後藤久美子の及川泉です。
 ただし、及川泉は寅さんではなく、満男の相手ですから、寅さんの相手は、やはりリリーと歌子だけなのです。そしてリリーとは、私は二人は結婚して加計呂麻島に今も住んでいると思っています。
 そうするとこの歌子は、伊豆大島で寅さんの本当の思いに気がついてくれたかなあ、と私は真剣に思っています。もちろん、気がついてくれたはずです。もう遅いんですがね。

12052306「山田洋次『男はつらいよ 寅次郎夢枕』」へ「謎の三文字☆村石太&映画ファン」さんから、次のコメントがありました。

1. Posted by 謎の三文字☆村石太&映画ファン   2012年05月22日 20:02
プログで 田中絹代 で 検索中です
寅さん 映画 懐かしいですね
山田洋次監督 人情的なところとか いいですね。
この時代の ドラマ 映画 ワンパターンな面もありましたね。(ゴメン)
今 八千草薫さん ウェーブで 調べました。
芸能年齢41歳の頃の作品ですね
今 八千草薫 画像検索しました。若い頃 綺麗ですね。動画で 若かりし八千草さんを 探すのは 今夜は できなかったです。男はつらいよ の動画多いですね。男はつらいよ マドンナ9−12を 見ました。映画同好会(名前検討中

 ありがとう。そうですね、八千草薫は私たちから私たちの上の世代では、実に多くの人がファンだったのではないかなあ。「ファンだと思い切って言った」のに、それこそみんながファンだと分かり驚いた、困ったという経験が多くの人がいるのではないかなあ。
「悪名」で八千草薫さんが、勝新太郎と田宮二郎と共演したのもよく覚えています。でも思い出せば、私が高校三年の頃ですね。横浜白楽の邦画で見たことをよく覚えています。とても綺麗な方で可愛い役でした。でもあのときも、もう年代はかなり上の方だと思ったものでした。
 そうだな、田中絹代さんは、私たちより、上の世代ですね。だから直接は映画を見たことは記憶にありません。私には原節子や高峰秀子より上の世代の女優さんです。

12052010 このところ、「山田洋次『男はつらいよ 私の寅さん』」で第12作まで書きました。前に、以下のように

かがり 寅
「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」(第29作)
「男はつらいよ『寅次郎の青春』」(第45作)

の二作を書いているのですが、だから14作をこうして私が書いてきたわけですが、でもこの「男はつらいよ」は全部で48作あるわけで、まだまだ続くのですね。
 ただ、私が書ききれるものなのかは、今のところ分からないことです。とにかく、やっていくつもりではいます。
 だが、私が数多く書いている「周の雑読備忘録」と称して書いている、本を読んだことよりも、この映画を見た記録(『男はつらいよ』だけでなくも)は、はなはだ少ないわけです。 私は本を読んだ記録よりも圧倒的に、映画を見た記録が少ないのでは、自分があまりに情けなく思いまして、こうして書き始めたものです。
「本の雑読備忘録」は「文学哲学篇」「歴史篇」「政治経済篇」「吉本隆明篇」「教育篇」「SF編」「環境問題篇」「PC・ネット篇」「絵本・童話篇」「新聞・雑誌篇」「広告篇」「漫画・コミック篇」「朗読篇」とありまして、全部で1,000を超えています。でも「周の映画演劇館」は、その中の雑文含めてまだ100と言ったところです。
 だから、とにかく必死にいくつも見た映画を思い出して書いていくつもりです。

 ただ、この頃、この映画への私の思いをつたないながら書いていまして、この日本の映画というのは、世界のいくつもの国の映画にまったくひけをとらないのでしゃないかと思いました。
 米国やフランス、イギリス、ドイツや中国の映画よりも、日本の映画が実にいいなあと思ったものです。
 学生のときなんかには、外国の映画しか見ないという人がたくさんいたものです。そういう人に、日本の映画を薦めて、実際に見てもらうと、みんな感心してくれたものでした。でも私が強く勧める任侠映画なんか、なかなか見てくれなかったものでした。そして、この「男はつらいよ」も同じでした。
 このことを強く感じます。そして私は多くの人に願うのです。ぜひとも、自分の見た映画のことを、その映画を見たときの自分の感想をインターネット上に書いてほしいと思うのです。一度だけでなく、何度も何度も書き直してかまわない、何度書いてもかまわないことだと思うのです。
 このことを、私は強く希望します。

12052014 この「私の寅さん」のマドンナは岸恵子です。私が横浜で住んでいたところは、港北区篠原町で、東横線の白楽駅から歩いて5分くらいのところでした。そこのすぐそばに、この女優さんが住んでいるというのを聞いていました。だからいつも親しい思いがしていたものでした。ただし、この女優さんのことを知っていたのは私と私の父母などで、高校の友人などはまったく知りませんでしたね。
 この作品が封切りになった1973年12月というと、私は忙しく働いていました。「ああ、あの頃だなあ」なんて思い出しています。もう私も就職していたのでしたね。私は東京の水道橋で働いていたものです。

題名  男はつらいよ 私の寅さん(第12作)
封切 1973年12月26日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      松村達雄
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 柳りつ子   岸恵子
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
  柳文彦      前田武彦
  一条        津川雅彦12052016

 寅さんの小学校時代の親友だったはずのと柳文彦と数十年ぶりに再会します。この文彦の妹に画家のりつ子がいるのです。でも寅さんは最初からこのりつ子とは大喧嘩してしまいます。でもまた寅さんはこの喧嘩したりつ子に恋してしまうのです。
 まただ、これで何人目のマドンナなのでしょうか。
 でもこのマドンナのりつ子にも寅さんは、失恋してしまうのです。

 いつも寅さんがとらやに帰ってくると、けっしてとらやのひとたちは歓迎できません。そもそも寅さんはいつ帰ってくるのは皆目分からないのですから。だから、みんなでゆっくり旅行するなんて考えられないのです。寅さんを旅行の一員にすることもできません。 そもそも寅さんには、どうやって連絡が取れるのでしょうか。寅さんは、健康保険はどうしているのだろう。年金はどうだろう。いくらでも余計なことを私など考えてしまいがちです。
 今回も実に迷惑な寅さんなのです。寅さんは毎回電話するのも、どこかの赤い公衆電話です。今でも携帯電話なんて、寅さんは存在もしらないのかもしれません。

 この作品の中で、柳文彦と寅さんは、酒を飲みながら唄います。

  柱の傷はキリギ〜リ〜ス〜、五月いつか〜のキリギ〜リ〜ス〜

12052015「背くらべ」の替え歌を唄っていたのですが、これは昔小学生のときに、痩せた女の先生をからかった歌なのです。寅さんって、本当に悪い子でしたね。先生がどうしてか、生徒のことを悪く言ってしまうこともあれば、このように先生にも嫌な思い出を残してしまうこともあります。
 この回では、いつも旅先にいて、いつ帰るか分からない寅さんが、逆に旅にみんなが出てしまうところがあります。寅さんは、これで家族の気持が充分に分かったのではないかと思うところです。

  寅さんがいうセリフに、こんな言葉があります。

 12051811 ほら、逢っている時は何とも思わねえけど 別れた後で 妙に思い出すひとがいますね …そういう女でしたよ あれは

  これは浅丘ルリ子の演じるリリーのことだと誰もが思うはずです。このリリーこそ「男はつらいよ」の寅さんの一番の恋人、マドンナだと誰もが思えるはずです。
 どうして、このリリーと寅さんは一緒にならないのかな、いやそうではない。今でも二人は一緒に住んでいるんだ、それは奄美の加計呂麻島なんだと私は思っているのです。

題名  男はつらいよ 寅次郎忘れな草(第11作)
封切 1973年8月4日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      松村達雄
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 リリー松岡 浅丘ルリ子
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
 石田良吉  毒蝮三太夫

 この「男はつらいよ」でも、私には寅さんの最高最上のマドンナと思えるのが、このリリーなのです。
 浅丘ルリ子は、小林旭(渡り鳥シリーズ)、石原裕次郎(『赤いハンカチ』等)、渡哲也(『紅の流れ星』)の相手役でもありましたが、私には、この寅さんが相手であるリリーが一番の適役に思えたものでした。12051815

 柴又でまた寅さんが怒って出ていってしまいます。いつものことなのですが、今回は何だったのでしょうか。毎回私には、妹のさくらが可哀想でなりません。でもさくらには、博も満男もいるのです。旅先にいる寅さんには、何があるのでしょうか。
 でもこの旅先の初夏の北海道網走で、寅さんはリリー松岡というドサ周りの歌手と出会うのです。そのリリーは寅さんも手を焼いてしまうような悪態ばかりつく女です。でもその寅さんもリリーも互いに生まれ育った環境が似ていることを知り、そして寅さんはいつものようにリリーに惚れてしまうのです。
12051812 二人とも孤独なのです。でも寅さんには、柴又のとらやのみんながいるのです。それを見て、リリーも自分の家族に会いたくなります。それで母に会うのですが、もうその母には嫌になってしまいます。
 リリーはどうしてか寅さんに酔ってからみ、どこかへ去ってしまいます。寅さんがいう「言って見りゃぁ、リリーもオレと同じ旅人よ」が、どうしてかよく分かります。その旅人はどうして一緒になれないのだろう。

 リリーは何故か結婚します。相手は、すし職人の石田良吉です。その夫にもリリーは「私は一番好きなのは寅さん」と言っているようです。良吉の言葉から、それが分かるのです。「ああ、こんないい人と一緒になれたんだなあ」と誰も思うに違いありません。
 今回も寅さんは振られたわけなのです。でもでも、その後の寅さんとリリーの付き合いを知っている私たちには、この回は、その最初なのだと思ってしまうのです。

c0736c8d.jpg  この新幹線の中で、「男はつらいよ」の第11作「寅次郎忘れな草」のことを書こうと思いまして、その私の資料を私のケータイにメールしてあります。
  ただ、それを読んでも、この中では書けないものなのですね。
 リリーが最初に出てくる回で、私はリリーが寅さんには一番いいマドンナだと思っていますから、いやリリーが一番寅さんには合っていると私は思うのです。

 今トイレに行きました。新幹線でおしっこするのも久しぶりだなあ。あと5分で新大阪です。

12051806 さて今から忙しいことです。新大阪の構内地図をプリントしないとならないです。

2012/05/19 06:09日経新聞の「黒書院の六兵衛」が興味深いです。たしかに、尾張徳川家は勤皇なのは知っていたのですが(慶勝は新政府の議定)、こんな内容だったのですね。佐幕派の旗頭の会津公も桑名公も、この慶勝公の実弟だったのですね。
 フェイスブックが上場時に時価総額9.1兆円だといいます。私は「ツイッター」は理解できるのですが、このフェイスブックは分からないのですね。もう少しやってみるかなあ。ツイッターは、ブログのサイドバーで展開で、いるからいいのですが、フェイスブックは、今のところ入口を置いとくことしかできないのですね。私ももう少し何かやってみますか。私の年代(私よりかなり下でも)はやっているみたいで、でも実際にはまともにやっていないのだなあ。
 私のIS01で、このフェイスブックができないことも問題なのです(今日新幹線の中でよく見てみますが)。今回の義母の納骨では、このフェイスブックを学ぶことも大きなテーマにします。
2012/05/19 06:39とにかく今日は8時には出かけます。それで私は「あ、梅ちゃん先生はどうしたらいいかな」ということでした。仕方ないかなあ。IS01ではテレビも見られるのですが、朝は歩いている最中だし、昼はどうかなあ。この昼に見ることを考えましょう。
 それと「男はつらいよ」の第11作について書かなくちゃなあ。
2012/05/19 06:598時には出発しますので、その前にいくつかやります。

 とにかく大急ぎです。

12051801 亀戸を歩いたことを思い出しました。

2012/05/18 06:31ポポが吐いたりしてしまって、心配です。今はミツ君のお母さんが来てくれています。
2012/05/18 06:39『周の映画演劇館「山田洋次『男はつらいよ 寅次郎夢枕』」』をUPしました。いや書き終わったのは早かったのですが、UPするのを忘れていました。それと、この「周の映画演劇館」を書くときの、少しの苦労も書こうと思いました。
 この『寅次郎夢枕』なのですが、そのシーンに亀戸天神が出てきたことを思いだし、そのことを思い出しました。
 私のこの「周のポメラ」で書いているのですが、2008年の6月10日に「亀戸香取神社」へ行きました。それでその数日後に「亀戸天神」にも行きました。実は私は、この二つの神社がが違うとは明確に思えていなかったのです。だんだん思い出して行くと、亀戸天神へ行ったときにもよくあちことを見たはずなのですね。あとでこの方(亀戸天神に行ったときのことのブログ上の私の記録)も探してみます。あの鳩がいっぱいいます豆屋さんも撮ったような記憶があるのですね。
 いや、その両日ともそのあと行きました飲み屋も思い出せるのですが、また改めて私のブログを見てみます。私の記憶はあてのなりません。
2012/05/18 07:54私の孫ポポが身体の具合が悪くて、あちらのミツ君のお母さんが来てくれているようです。ポポは吐いたということです。
 でもポポを私は心配していますが、でも信頼しています。
2012/05/18 08:04「梅ちゃん先生」を見ています。「ロミオとジュリエット」は活字で読んだだけでは、その良さはわかりませんが、物語はいいですね。

 あ、思いだした。あの時には亀戸天神には行っていないんだ。

12051717  この作品のマドンナの八千草薫は昔から、私たち男性の憧れの女性でした。その彼女のお千代さんが寅さんに好きだと告白するのですが、思えば冗談としか思われないよね。なんか、納得もするけれど、どうしても腹駄々しいものでした。
 寅さんは案外もてるのだということを分からせてくれたものです。

題名  男はつらいよ 寅次郎夢枕(第10作)
封切 1972年12月29日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      松村達雄
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
 志村千代  八千草薫
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 登     津坂匡章
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
 岡倉金之助 米倉斉加年
 旧家の奥様 田中絹代

12051719 このお千代さんが「私、寅ちゃんとなら一緒に暮らしてもいい」というのですが、誰も分からないのです。それが見ている私なんか、イライラ怒ってしまうところです。「なんで、それが分からないのだ」。

 寅さんは、旅先で仲間の死を知らされて、また登とも再会します。そんなところで、寅さんは自分も結婚しようと決意するのです。この昔の仲間の死を教えてくれるのが、旧家の奥様の田中絹代です。
12051723 それで柴又へ帰ると、幼馴染みのお千代さんと再会するのです。彼女は別れたご亭主と息子の小学生の息子サトシがいるのです。そのサトシがお千代さんを訪ねてきて、涙が止まらない彼女を寅さんは励まそうと、「とらや」に呼ぶのです。
 でもこのお千代さんに惚れている東大の助教授という岡倉金之助がいます。寅さんは、こういうインテリが大嫌いですから、嫌味ばかりいうのですが、でもどうしてこんなに嫌うのかなあ。
 だが、この岡倉先生がお千代さんに恋して、もう悩んでいる姿が見ていられなくなった寅さんが代わりにお千代さんに、岡倉の気持を伝えることにしたのです。お千代さんを連れて回り、亀戸天神でそれを伝えるのですが、寅さんの言葉が足らず、そのプロポーズを寅さんからの言葉だと思って、お千代さんは了承するのです。「少しいつも寅ちゃんは乱暴(めちゃくちゃだということ)だけど、私は寅ちゃんが好きなのだ」という気持なのでしょう。
 でも驚いたのは寅さん本人なのです。
 これで寅さんは、また旅に出てしまいます。

12051721 いつも見ている私たちは(いや友人たちと話したものです)、「寅さん、お千代さんと一緒になればいいのに」と。でも仕方ないのですね。これが寅さんなのです。でもせっかくお千代さんが好きだというのに、本当に困ってしまいます。そして今も私は涙になるしかないのです。12051722

  私はいつもここにその作品の画像をUPしています。今回はかなりこれを選ぶのに苦労しました。大変だけど、選ぶのは実にいいものです。
 前に、亀戸天神と亀戸香取神社を歩いたときに、この映画のシーンを思い出していたものでした。

12051708  この女優は私よりも三歳上だと思っていました。その彼女が寅さんのマドンナになるというのです。私はこのときは、大学の6年生でしたが、秋9月にこの映画を見たものでした。
 この映画の中でも、私にもただ可愛いだけのお嬢さんの役者さんにしか見えなかったものでした。それが当時の情況の中でも、どうしても悲しく思えていたものでした。

題名  男はつらいよ 柴又慕情
封切 1972年8月5日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      松村達雄
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
  歌子    吉永小百合
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
 登     津坂匡章
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    沖田康浩
 高見(歌子の父)宮口精二

12051709 寅さんが旅先の金沢で三人で旅行中の女の子に出会います。その女の子たちが歌子、マリ、みどりの三人です。
 最初には、彼女たちには少し怖くも感じる寅さんなのですが、彼女たちと一緒に写真を撮るときに、「はいチーズ」という所を「はいバター」とやってしまい、これがみんなに大うけします。もうその後はもうこの四人で楽しい旅になったことでしょう。

 寅さんは、柴又でさくら親子三人の新築中の家をケチをつけてさくらを泣かせてしまっていたのでした。
 そして偶然に金沢で登と再会し、二人で飲めや唄えのドンちゃん騒ぎで、その翌日に、この三人と出会ったので、少し二日酔いだったのかもしれません。
12051710 この三人には、柴又の「とらや」のことは、「もう何年も訪れていない」と言っていたのでした。だが夏に帝釈天で、マリ、みどりに出会った寅さんは、真実の姿を見せてしまい、翌日には歌子がとらやをたずねてくるのです。
 だが歌子がとらやに(さくらの家だったかな)泊まることになり、さくらはこの歌子が父親の作家高見と好きな青年との間で悩んでいることを知りましたが、さくらのいうことで、歌子は決意を新たにして、その青年の田舎へ行くことになります。
12051711 寅さんは、相手が何も知らないまま、またしても恋にやぶれるのです。
 この歌子の生活を知らせに、父親の高見が「とらや」に来るシーンもあります。それがなんだか、寂しい姿なのですが、父親も大きく決断をしている姿なのです。
 それが私には何故か寂しく悲しい姿にも思えましたものでした。

 なお、車竜造役には、松村達雄が最初の演技でした。「ああ、このおじちゃんだと、こういうのだろな」と妙に納得して見ていたものでした。

12051706 吉永小百合を思い出しています。

2012/05/17 06:19今リビングへ来ました。今「男はつらいよ 柴又慕情」を書き始めたところでした。吉永小百合は、この作品ではどうしても私にはなんだか悔しいというか、寂しいのです。父親の宮口清二にもものすごく寂しい気がしてしまいます。いや寅さんに会った吉永小百合が笑いころげるところなんか、ものすごく可愛くて好きになれるのですが、でもでもなんだか「寅さんの思いをもう少し分かってあげてくれないかなあ」と私は思ってしまうのです。
 今まず朝食を終えて、この寅さんに向かいましょう。
2012/05/17 07:53今またリビングへ来ました。「梅ちゃん先生」を見るためです。こうしていつもこのドラマを熱心に見ています。
 毎朝薬を飲んでいます。
2012/05/17 08:01このドラマで、でもいつも私はハラハラしているのですね。梅ちゃんは「ロミオとジュリエット」を読んでいるのですね。私は高校2年のときに、シェイクスピアは全作品を読んだものです。
 そうねえ、私が好きな作品は何かなあ。私はやはり「ヴェロナの二紳士」などの喜劇が好きでしたね。
「梅ちゃん先生」は今日はお父さんが可哀想です。

 こうして「梅ちゃん先生」がそのまま見られるのはいいです。

12051512 寅さんは、コーヒーが嫌いなのです。私もコーヒーは一切嫌いです。だからここ20年くらい、いや40年くらいかな、私は口に入れていません。思い出せば20代前半では口に入れたこともあるんだなあ。

題名  男はつらいよ 寅次郎恋歌
封切 1971年12月29日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      森川信
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
  六波羅貴子 池内淳子
 御前様   笠智衆
 たこ社長  太宰久雄
  諏訪満男    中村はやと
 諏訪毅   梅野泰靖
 諏訪修   穂積隆信
 諏訪ひょう一郎 志村喬

12051701 博の母親が死去します。何故かそこに寅さんは臨席して、博の父親ひょう一郎の話をしんみりと聞くのです。博の兄の毅、修の話に博は反発します。母親は、ひょう一郎の妻で満足していたのではなく、本当なら、都会で舞踏会にも出てみたかったのです。これは博が語るのです。ここは私にも大量に涙が溢れるところです。
 父親のひょう一郎も反省するところです。父親は元大学教授でした。もうどうすることもできなかっったのでしょう。
 でも少し言うと、この物語では、いやこの回では、大学の先生って、「こうだ」と決め付けているような気もしますね。
 だがこの父親の話を聞いて、寅さんも「家庭の幸せ」を考えます。

 りんどうの花が咲き乱れ、夕げの明かりとともに笑い声が聞こえてくる・・・

 これを柴又へ帰った寅さんがみなに話してもみなは分かりません。寅さんはあきれてしまいますが、でも仕方ないのです。

12051513 ところが、柴又では、近所に美人の未亡人の貴子が経営する喫茶店がオープンします。この貴子がこの回のマドンナなのです。この店で寅さんは、嫌いなコーヒーも口にします。
 この貴子には学校になじめない学という小学校四年になる男の子がいます。この子が、少し自閉症的だったのですが、どうしてか寅さんには懐いてしまう、明るくなるのです。ものすごくいいことです。でも寅屋のみなさんには、これで心配が増えてしまうのです。
12051514 みんなは寅さんがいつ失恋するかと心配なのです。
 でもそのうち寅さんは、貴子さんの店から、帰ってきて、「いくら馬鹿な俺だって潮時ってものを考えてるよ」とさくらにいい残す寅さんなのでした。

 なお、この回で車竜造役の森川信が変わります。彼が亡くなったからです。私はこのときにも涙になったものでした。

12051221 この「周の映画演劇館」の『男はつらいよ 奮闘篇』の映画評を書こうとして、なかなか書けないことにイライラしていました。この映画はそもそも私は一度しか見ていないのだなあ。
 寅さんがこの映画で、「夏になったら鳴きながら 必ず帰ってくるあの燕さえも ふるさと恋しと唄っているのでございます」ということが、ものすごく私にはつらく聞こえてしますのです。
 そもそも私は上野駅で、JRから地下鉄銀座線への乗換えで通路にある小さな定食屋が、この榊原るみが働いていた店だと思い込んでいたのですが、今回この映画評を書こうとするうちにどうも違うようだと気がついて、ものすごくショックだったのです。
 私の記憶力なんて、まったくあてになりません。

題名  男はつらいよ 奮闘篇
封切 1971年4月28日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      森川信
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
  花子    榊原るみ
 御前様   笠智衆
 たこ社長(桂梅太郎)太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
  諏訪満男    中村はやと
 菊     ミヤコ蝶々
 冬子    光本幸子
 ラーメン屋 柳家小さん
 おまわりさん犬塚弘
 福士先生  田中邦衛

12051222 柴又に寅さんが帰ってみると、産みの母親の菊が来ていることを知り、どうやらさくらに言われて会うのだが、結局は親子喧嘩になり、寅は店を出てしまいます。
 そのあと、寅さんは、静岡の沼津で津軽訛りの少女花子と知り合います。その少女が頭が弱いことに、寅さんは気がついて、別れ際に「かつしか」「しばまた」と12051223書いたメモを渡します。
 これでこの花子が実際に柴又へ来て、「寅屋」で働き、ここに住みます。この花子が寅さんに好意を抱くのです。寅さんが、始めてマドンナに恋を抱かられるのです。これは始めてのことですが、この花子は身元引受人が来て、故郷の津軽に帰るのです。
 やがて、この寅さんも津軽までいくのです。花子には津軽が故郷なのです。
 そしてなんとさくらも津軽まで行くのです。さくらが、12051224映画の上でこんなに遠出したのは始めてではないでしょうか。
 寅さんのいう

  夏になったら鳴きながら 必ず帰ってくるあの燕さえも ふるさと恋しと唄っているのでございます

というのも、何故だか、どうしてもうなずいてしまう私なのです。

12051506 もうなんだか、寅さんの映画で「成就院」でひたすら寅を待っているかがりを思います。

2012/05/15 07:53このポメラで打つときにいつも単語登録をしています。これはものすごく時間がかかりますが、これがやれないと、私はこの機器を使うのは止めていたでしょう。
 もう8時になります。「梅ちゃん先生」です。このドラマはいいです。
2012/05/15 08:01この堀北真希はいいですね。
2012/05/15 12:09今私のこのブログでは、画像に紫陽花を使っています。全部でかなりな数がありますから、5月はこのアジサイが続くでしょう。
 私はアジサイ寺を思い出します。もちろん北鎌倉の名月院をまっさきに思い出します。私は初めて行ったのは1970年7月かなあ。
「男はつらいよ」で「あじさいの恋」は、私はここを「名月院」とばかり思いこんでいて、でも、実は江ノ電の「極楽寺」の「成就院」でした。「長谷寺」のアジサイも思い出します。そうですね。松戸市北小金のアジサイ寺「本土寺」も思い出します。それに、この王子の飛鳥山公園と京浜東北線・東北本線・高崎線等の線路の間だに、このアジサイがたくさんあります。
 ただ、この花は私はそんなに好きではありません。それが「男はつらいよ」の「あじさいの恋」で、こうしたアジサイ寺を歩くのは好きになれました。
 今でもあじさい寺「成就院」で寅さんを待っているいしだあゆみを思います。

 どうしても私は馬鹿なのですね。「成就院」でのかがりを思い、今も涙になっています。

12051106  この作品のマドンナである若尾文子は、私には大変に魅力を感じられる女優さんんでした。
 私はこの作品は71年の春に浦和で見たと思います。私が大学5年のときでした。
 私は大学へは週2回行くだけで、あとはアルバイトばかりしていたような思いがあります。

題名  男はつらいよ 純情篇
封切 1971年1月15日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  諏訪さくら  倍賞千恵子
  車竜造      森川信
  車つね   三崎千恵子
 諏訪博   前田吟
  明石夕子  若尾文子
 御前様   笠智衆
 たこ社長(桂梅太郎)太宰久雄
 源公    佐藤蛾次郎
 川又登   秋野太作
  諏訪満男    中村はやと
 絹代    宮本信子
 山下医師  松村達雄
 夕子の夫  垂水悟郎
 千造    森繁久彌

 このマドンナの明石夕子が、夫とうまく行かないようで、寅屋の2階に下宿しています。最初帰ってきた寅さんは、最初は少し怒るのだが、夕子を見て、もうただ惚れてしまうのです。見ている私たちは、「あ、またか」と思ってしまうわけですが、まったくその通りになるのです。
12051108 だがこの回では、さくらの夫博がたこ社長の会社朝日印刷を辞めようとする騒動が持ち上がります。
 この回の頃は、この印刷屋では活字を拾っているのですが、まだ写植になっていないのですね。「朝日印刷」という名前にしろ、活字拾いにしろ、私なんかは「この会社は大丈夫かなあ?」と思ってしまうものでした。
  でも私は印刷屋で働いたこともありますし、「温泉新聞社」の記者でしたから、実際に取材記者だけではなくて、ブランケットの活字の新聞を旬刊(月3回発行)で作成していました。また別の会社で写植の指定も実際にやりました。また広告制作会社で広告の制作も大量にやりました。
 活字、タイポグラフィ、写植、広告制作、みんな違うのですね。寅さんじゃ分からないし、分からなくていいよなあ。

 最初は長崎県の五島列島の福江島に行く途中で、子連れの絹代と道づれになり、彼女の話に同情して、彼女の自宅にいる父親の千造にも会うのですが、そのときの親子の確執に、寅さんはどうしてか故郷柴又を思い出し、帰ることになるのです。でもその柴又の寅屋の自分の部屋(この2階の部屋はいつから寅さんの部屋なのだろう)には、美しい夕子がいるのです。
 この五島列島にいる千造は森繁久彌であり、子連れの絹代は宮本信子です。この二人の大俳優がこれで終わるなんて(二人は最後に出るシーンがあるのですが)、私たちは納得できません。事実この後のシリーズでも、この二人は出るのです。私はこの二人ともファンといっていいのですね。

12051110 それとマドンナ役のは若尾文子ですが、このときも今も美しいですね。なんだか、この「男はつらいよ」には合わなすぎるような思いがしたものです。そもそもどうして、夕子は夫と合わなくなるのだろうか。それでどうして下宿までしちゃうのだろうか。そもそも、おばちゃんもおしちゃんも、寅さんと少し面倒なことになると想像できないのだろうか。でもでもこれが寅さんなのですね。

 寅さんと、大映の大女優で美人の若尾文子と、印刷屋と、みんなどれも分からないよね。

1205100312051004  5月5日の破茶さんの『独楽吟のススメ』です。

たのしみは フランス日本の 行き帰り 映画4本で 満足する時

 フランスへのふらり旅、12時間ぐらいのフライトですから、たくさん映画が観られます。フランスはおしゃれに徹した国という印象を持ちました。

 映画はかなり好きなのです。いま毎日「男はつらいよ」をこの「将門Web」で書いています。全部書けるかなあ。それが終わったら、次は「網走番外地」だ、「唐獅子牡丹」だと考えています。

たのしみは 最先端の iパッド ジャンジャン使い 暮らし行く時

 アイパッドを持っていろいろ楽しんでいます。ワイファイとやらが使えるとネットにもつながります。私はこうした利器こそ中高年にはお役立ちグッヅだと感じ遠慮しないでじゃんじゃん使うことにしました。

 私は最初「アイパッドって何だっけ?」と思いました。すぐに分かりましたが。私もIS01を常時持っています。インターネットにも常につながるからいいのですね。ただ、あんまり書けないの(実際には書けるのですが)だが、それが不満です。いえ、これは私がいけないのだと思いますね。

12050611 この私も大好きな『男はつらいよ フーテンの寅』は、映画になる前はテレビドラマだったことはよく覚えています。そしてさくらは、倍賞千恵子ではなく、長山藍子でした。そしてそのテレビ版では、寅さんは奄美大島でハブに噛まれて死んでしまいます。
 でもこのテレビ版は全26回も続いたというので、私は驚いたものです。そんなにあったのだ。でもその続編がこうして映画になったわけです。

題名  男はつらいよ
封切 1969年8月27日
監督 山田洋次
音楽  山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美清
  車さくら    倍賞千恵子
  車竜造      森川信
  車つね   三崎千恵子
 御前様   笠智衆
 諏訪博   前田吟
 冬子    光本幸子
 たこ社長(梅太郎)太宰久雄
 諏訪飈一郎 志村喬
  川又登      津坂匡章
  源公(源吉)佐藤蛾次郎

12050613 この映画の第一作の封切りが1969年8月27日なのですね。私はこの年の1月19日に東大闘争の安田講堂で逮捕され、起訴されて、この8月20日に府中刑務所を保釈になったばかりの時でした。
 だが私がこの第一作を見たのはいつだったか覚えていません。私はこの69年はまた12月10日に逮捕されましたから、それから保釈になってあとのことですから、翌70年の夏のことだったかと思い出します。

 車寅次郎は、実に20年ぶりの生まれ故郷の東京葛飾柴又へ帰ってきます。このときの寅さんは、ネクタイをしていて、まだどう巻きをしていません。
12052914 ここで懐かしいおいちゃん、おばちゃんと妹さくらと会います。これは寅の叔父さんと叔母さんになるのでしょう。そして妹のさくらとは腹違いの妹になります。このさくらが驚くほど綺麗でいい妹なのです。寅さんも驚いたことでしょう。
 その妹さくらのお見合いに、寅は出るのですが、やはりこのお見合いは駄目になります。寅がめちゃくちゃに悪いのですが、結果としては、これがいいことになるわけです。この寅のやったことを、いいと思うのは見ている私たちと、そして寅屋の裏にある印刷工場の博です。
 この見合いのことで、私たちには結果としていいことをしたとしても、落ち込むさくらと怒るおいちゃんがいます。その結果寅は柴又を去ります。
 そして寅は、どうしてか、その後奈良へ行きます。ここで会うのが、冬子とその父親の御前様なのです。
12050612 この冬子と寅は柴又へ帰ってくることになります。そして、自分の妹さくらと、寅屋の裏にある印刷屋の工員の博との恋を手助けすることになります。寅がキューピットなのです。
 なんだか冬子は、寅と握手をするシーンがあったりして、どうしても私は冬子が許せないのです。その気がないのなら、「そんなことするなよ」というところです。
 寅のおかげで、さくらと博は結婚できます。「俺がいたんじゃ、お嫁にゃいけぬ」ではなく、寅のおかげで結婚するのです。
 私と安田講堂で一緒に逮捕された男が、ある結婚式で、この歌を唄ったら、その妹が涙汲んだといいます。そのことをいつも思う私なのです。

1205040612050407 これは私の家のリビングで書き始めましたが、次に日東バスの中でも書き始めました。でもポメラは通信ができないので、すぐにIS01で書き始めたものでした。

2012/05/04 08:07すっかり忘れてしまい、今リビングに来まして「梅ちゃん先生」見始めました。
 自分のパソコンでインターネットで「男はつらいよ」の第1作を読んでいまして、また私は涙を流していたのです。こんなことばかりですね。
 いつもどうしようもない私です。
 なんか、また「梅ちゃん先生」は涙になってしまいます。
2012/05/04 10:17今東京駅前でバスに乗りました。今後はIS01を書いて行きます。
2012/05/04 15:37今はブルータスの家にいます。じゅにと会って、笑顔も見ました。泣き声もいっぱい聞きましたけれどね。

 私のじゅには、どうしてもチラチラと私の顔を見ます。だってそうだよ。じいじはいっぱい会いに行ったのですよ(「千葉県こども病院」のとき)。
 写真は、5月4日に、じゅにに持っていきました。おはぎからのプレゼントです。

6ec73489.jpg  ようやくもうすぐ海ホタルになります。あ、まだ田町だ、混んでいるのですね。しょうがないです。連休中はこんなに混むのですね。 あ、空は晴れています。

 でも思うけれど、このバスの中でよく眠れる人がいますね。
 さすが、これだけ混むと携帯電話をかける人がいます。でも携帯電話は禁止のはずです。
 今やっと地下路です。私たち以上に運転手さんはイライラするのだろうな。
 ちなみに私は平気です。どんなになろうと、このIS01の予備電池もポメラ用の予備電池も持っています。ガラパゴスの電源コードも持ってきました。
  思えば、私の孫たちは、私の腰のベルトの左右のデューロカーゴから、IS01もガラパゴスも取り出していっぱい遊び出します。テレビを見るのも、ゲームをするのも自在だからです。
 人気がないのはポメラかなあ。いわば文章を打つだけですからね。

  でもまだまだ続きます。ブルータスとじゅにを思い浮かべます。私は今朝今後私のブログで映画のことを書いていくので、「男はつらいよ フーテンの寅」を思い浮かべました。たしか、3作くらいは書いていますから、あとは44作ですね。
  ただ、一作目の作品でけっこう深く考えてしまいました。

  あ、明るくなりました。

11081203 焦っています。おはぎ一家のみんなの会えるのはいいのですが、それまでにいくらもやることがあるのです。

2011/08/13 07:13父と母のお墓参りに行かなければなりません。じゅにのところへは明日行くと私は連絡していますから、今日は父母のお墓参りに行きます。父と母は今日13日の夕方兄の家に行くはずですから、これで会わせることができるはずです。
 いや昨日図書館からの本を4冊借りて、そのうち映画の「男はつらいよ」の関係の本を2冊読んだのですが、その目次を抜き書きしていたら、ものすごく時間がかかり大変でした。
 それでもう1冊もやらないとなりません。あ、まずは私がそのもう1冊を読んだ記録も書かないとなりません。
「男はつらいよ」の2番目に読んだ本は実に内容にうなずいたばかりなのですが、早く書かないといけないなあ。
 それと、私のインターネット上でもある記録を整理しているのですが、内容を打つのではなく、移動整理だけでもものすごい時間がかかっています。
 いやいっぱいやることがあるなあ。もう忙しいばかりです。
2011/08/13 08:46焦って私のブログにUPします。9時におはぎ一家が出発して来るのです。

 義姉のまっちゃんに連絡しましたが、兄が出て、話しましたが、心配でしたが、義姉が折り返し電話をくれたようです。

10101901  子どもたちがまだ小学生の頃は、私の一家の正月はいつも同じでした。
  元旦は親父の家で一族集まります。こども達は、従姉妹同士5人集まって楽しそうです。2日は家族4人で、神田明神へ初詣に行きます。この坂東の神将門様のところへ真っ先にいきます。こどもたちもここへいくのが楽しみです。ついでにいつも私の会社の事務所見学もします。そしてその足で妻の実家の東京北区王子に行きます。3日はたいがい、こどもたちが王子のおばあちゃんの指導で、書初めします。ときによると、私の後輩が妻の実家のすぐそばにいるので、そこの子どもたち含めて遊びます。そして4日は王子の「100人劇場」で寅さんの映画を見ます。子どもたちは、この映画見るのを楽しみにしていたものですます。そんなときに見た寅さんの映画の一つです。

題名  男はつらいよ 
   第45作 寅次郎の青春
封切 1992年12月
監督 山田洋次
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎  渥美 清
 諏訪さくら 倍賞千恵子
 諏訪  博    前田  吟
 諏訪満男    吉岡秀隆
  車竜造(おいちゃん)  下条正巳
  車つね(おばちゃん)  三崎千恵子
 桂梅太郎(タコ社長)  太宰久雄
  日奏上人(御前様)  笠智衆
  及川  泉    後藤久美子
  及川礼子    夏木マリ
    源公      佐藤蛾次郎
  ポンシュウ  関  敬六
    蝶子      風吹ジュン
  蝶子の弟    永瀬正敏

 こどもたちが小学生低学年のころは、寅さんを実在の人物と思っていて、「寅さんて今どこにいるの」なんてよくきかれたものです。高学年になってくると、とくに優しい長女など映画を見るたびに、「寅さんて、あれで食べていけるのかな」なんて本気で心配していました。映像の中の香具師(やし)の仕事だけではどうしたってやっていけるわけないと私だって思います。「いや映画で映っている以外の時は、毎日真面目に働いているんだよ」なんて、答えていました。

 寅さんの世界は、私の長女が心配するように、現実とはかなりずれているありえない世界であると思います。日本にはもうありえない風景や、ありえない人間関係を描いています。わざわざそのように山田洋次は描いているのだといえるかと思います。
 例えば、寅さんが旅先から電話をかけるとき、いまでも必ず赤電話です。そしていつも十円玉が足りない。しかし現実には、その時代も赤電話なんてあまりありませんでした。寅はカード電話って知らないのでしょうか。
 またこの作品の前四十四作の「寅次郎の告白」で、家出した及川泉が山陰の町で駄菓子屋からアンパンを四つ買うシーンがありますが、若い美女がアンパンをみすぼらしく買うでしょうか。日本中どこにもファーストフード店はあり、家出している女の子なら、ハンバーガーでも食べるのではないでしょうか。だが、映像の中では泉は寂しげにアンパンを買い、それを訳ありと駄菓子屋のおばさんが見抜いて、そこに泉がやっかいになることになります。現実にはない風景であり、ありえない人情であるわけです。
 寅がまずマクドナルドに入ることなんかけっしてありません。どうしたって「食堂」とか「定食屋」というようなところです。しかしあんな「食堂」を探すのも大変だと思われます。今回蝶子と初めて出会うのも、せいぜいオムレツとかしょうが焼定食しかできないようなお店です。もう私たちは多分気がついているわけなのですが、あのような形のお店はもうありえないのです。けっしてあんな昔風のお店に、いい味といい雰囲気があるわけではないし、いい人間関係を保っているわけでもありません。そんなことはとうの昔になくなってしまったというより、もともとそんな形と内容が山田洋次が描くようには存在するものではないのです。
 今回床屋をやっている蝶子のところで、頭をかってもらうシーンでも、窓から涼しげな風がはいり、店にはカナリアが鳴いていて、しかも蝶子は優しい美人です。なんだか見ていて、いかにも優しい気持になれるところです。「寅さん、こんなひとと一緒になってしまえばいいのに」と。しかし、あんな出会いはありえないのです。

 そもそも毎回寅は必ず思い出したように、故郷の柴又に帰ります。現実には人はあのような形はありえないでしょう。イエスキリストと故郷はどうだったでしょうか。寅は柴又で同じような馬鹿をやり、それでも皆に親しまれています。イエスは故郷では不思議なことに奇跡が起こせません。人は故郷では受け入れられないのです。故郷での石川啄木、故郷での宮沢賢二、などを考えても、寅の柴又の形は違います。まずここから仮構の世界といえるでしょう。
 しかし、このように私が「男はつらいよ」の世界をすべて「ありえない、ありえない」仮構の世界だと言っているのは、けっしてこの映画をけなしているのではありません。むしろ逆に私はかなり肯定的にこの映画を見ているのだといえるかと思います。この仮構の世界の中に、山田洋次の描きたい世界があり、それが少なくとも私もかなりこの世界に魅せられることだと思います。

 寅は「テメェ、さしずめインテリだな」と、インテリを嫌います。しかし私には寅こそが彼が嫌っているインテリに思えてしまいます。 次の吉本(吉本隆明)さんの言葉を読んでみても寅は大衆というよりも彼の嫌うインテリの側ではないのかと思っていまします。

 「大衆
日常の生活をくりかえし、職業的生活の範囲でものをかんがえ、そしてその範囲でものを解決していくというふうに思考する、そういう存在を意味しています。
「知識人−その思想的課題」1966.10.29関西大学講演 「情況への発言」1968.8徳間書店に収録された
 こういう大衆はどこにいるのか。やはりどこにもいるし、私たち自身の中にもあるということだと思う。明治維新があり、敗戦があり、60年安保があっても、大衆はこうして生きてきた。今も生きている。

 「知識人
 日常生活の範囲にしか思考をめぐらせないというような存在から、なんらかの意味で知識的に上昇している存在をさします。俗な言葉でいいますと、よけいなことをかんがえることを覚えたやつを知識人というわけです。
「知識人−その思想的課題」1966.10.29関西大学講演 「情況への発言」1968.8徳間書店に収録された

 私もたぶん「よけいなことをかんがえる」ところが多々あるから、知識人である部分も身体の中に抱えている。しかし知識人として自立しなけれ  ばならない。その自立とはなんなのかを考えなければならない。         (以上「吉本隆明鈔集」より)

 どうしても、私には寅が「大衆」だけの存在には思えないのです。寅は毎回車屋の人々やお世話になった方々に絵はがきを送りますが、あれは大衆の形には思えないのです。「知識人」のの方に思えてくるのです。

 寅は朝日印刷の社員たちに「労働者諸君!」とよびかけたり、「職工風情が」というような言い方をします。しかし寅は自分のようなやくざな人間より、「汗と油にまみれて働くこと」のほうがいいんだと思っています。だから、その「汗と油」の象徴である博と妹のさくらは結婚できたのです。
 本質的にはこの寅の認識は間違っています。印刷工だろうが、香具師だろうが、汗にまみれようが、毎日ぶらぶらしていようが、別にどちらがいいとか悪いとかいう問題ではありません。ただ、現実の世界では義弟の博のほうが周りには好ましい人物に見られるのは間違いないでしょう。
 寅がすごいのは、自分の存在を対象化して見られるところです。これがまた、あとのほうのシリーズではほとんどもてている寅さんであるのに、いつも自分から身を引いてしまう寅の心情でもあるのです。
 第一、二、四、五、十作に出てきた、寅をしたう登(秋野太作)に「堅気になれ」と執拗にいい続ける寅の心は、実に自らの存在をよけいなものとして対象化して見ている寅の知識人性にあります。この屈折した心情が、またマドンナとの出会いと別れの中に表れてくるわけです。

 ところで今回もマドンナ役は後藤久美子でした。原節子と同じくらいゴクミのファンである私には彼女はまぶしいくらいに美しかったです。しかし今回の寅の相手役の風吹ジュンも良かった。一番良かったのが、二人で宮崎の海を見ながら、平野愛子の「港の見える丘」を歌うところです。これも本来ならありえない。あの歌を風吹ジュンの世代では知るわけがない(もっともちあきなおみも歌っていて、あれもまたいいのですが)わけですが、あのシーンだと、ほかのことと同じで、ありえないことなのに、そのまま私たちの心に入ってきてしまうところだと思います。
 風吹ジュンといえば、昔バロン吉元「柔侠伝」で、勘一の恋人茜ちゃんのモデルでした。あのころは「なんでバロンが風吹ジュンなんて馬鹿な女が好きなのかな」と思っていましたが、今やっとその良さが分かった気がします。女優にしろ男優にしろ、年をとるほど、美しく、魅力的になっていくのが一番いいと思います。
 まだ「男はつらいよ」でのことではさまざま述べたいことがあります。それはまた展開いたします。
 こどもたちも私も、いつも大いに笑ったり、涙ぐんで見ている寅さんでした。(1993.01.04)

10101703 円高が進みますね。対応できる企業はいいけれど、うまくできないところはどうなるのでしょうか。「ニュースさとう」でそのことを書きました。
「歴史さとう」で「男はつらいよ」のマドンナで4回出演した回のあるリリー・浅丘ルリ子のことを書きました。
 思うのですが、もうキーボードって、キーを見ないで打っているものですね。そのことを昨日突如感じたものです。もうマーク・トウェインがタイプでトムやハックを打っていた時代とは違って、もっと便利に早く打てるようになったものです。あ、私は手書きの字はすごく汚いです。いえ、そもそも字が書けないよ。
 写真は、10月17日の午前11時46分の王子柳田公園です。ここにあった桜の樹が切られてしまいました。(10/19)

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 今少し明いた時間に、インターネット検索をしていました。いえ、私のブログを訪れるかたのアクセス解析を見ていましたら、「かがり 寅」というキーワードで、私のサイトを訪れてくれる方がいました。
 私のサイトでは、以下を訪れてくれたのです。

 http://shomon.livedoor.biz/archives/51451811.html 男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋

 ところが、このUPは、さらにその2その3と続いてしまっていました。そして私は、このあじさい寺の成就院に行って来ていました。それは今年の7月12日のことです。

 http://shomon.livedoor.biz/archives/51464526.html 8日のあじさい寺・成就院

 それでさきほどこのインターネット検索を見ていましたら、この「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」で、最後寅が失恋して、もうまた旅に出たあと、かがりからのはがきが柴又の団子屋に届きます、その手紙の文面がありました。
 以下のようです。

寅さん、この間は、ごめんなさい。
私は、とても恥ずかしいことをしてしまいましたけど、
寅さんならきっと許してくださると思います。
今は、夏休みで私も機織りの合間に、民宿の手伝いに借り出され忙しい毎日です。
母も娘も元気で手伝ってくれています。
寅さんは、今どこかしら?相変わらず旅の空かしら?
風はどっちに向かって吹いてますか?丹後のほうには向いてませんか?
今度、寅さんが来たら、この間のような間に合わせでなく、
美味しい魚の料理を腕を振るってお腹一杯食べさせてあげたいと思います。
寅さんの楽しい話を聞きながら・・・・・・。

 読んでいて、また単純な私は、また涙を流していました。

 また来年の6月に必ず、このあじさい寺を訪れます。できたら、誰かと一緒に行きたいな。もうポコ汰は元気に歩けますが、ポニョはどうかなあ?

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 男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 の3目森一喜さんから以下のコメントをいただきました。

1. Posted by 目森一喜    2008年07月06日 18:31
 以前は、浅草を歩いていると、
「良かったねぇ、やっぱり寅さんは面白いね」
 と話し合いながら歩いて行く、映画帰りの中年の夫婦とすれ違ったものです。
 そのむつまじい様子はとても好ましく、俺はこんなにいい夫婦者になれるかななどと思ったものです。
 友人が、どこか場末の映画館で寅さんを観ていたら、ひとりの土方が、
「寅さん、そりゃダメだよ」
 と、スクリーンに向かって大声を出すのでびっくりしたそうです。
 渥美清は、庶民の情熱や悲しみ、じれったさを生きる事をよくわかっていた役者でした。

 そうですね。私の一家4人もいつも王子でこの映画を見てきていました。たぶん、最初の頃のものは、別に見ていたのだと思います。まだ私が結婚していない頃でしたから。
 でも私の二人の娘もいつも寅さんをお正月の3日か4日に、この王子で見ていました。いつも寅さんの思いに、泣いたり笑ったりしていたものでした。
 でも私のこの「あじさいの恋」への見事なまでの間違い(私はこのあじさい寺を明月院とお思い込んでいました)に、私は昨日鎌倉の江の電で、極楽寺下車の成就寺あじさい寺へ行ってきました。でも残念なことに、あじさいの花はすべて刈り取られていました。しかたないなあ、私がとろいのです。もっと早く気がついて、早く行っておけばよかったものでした。

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男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 で、私はこの映画を思い出して、このブログに書いたわけですが、今回、男はつらいよ 全作品覚え書ノート 寅さん 映画渥美清 を読んでみて、いくつも私の記憶を訂正することになりました。53cb0fc1.jpg
この 男はつらいよ全作品覚え書ノート 第29作「寅次郎あじさいの恋」を見ていながら、私が一番間違っていたのは、この映画のあじさい寺を、北鎌倉のあじさい寺明月院だと、今も今まで思い込んでいたところです。でもこのいしだあゆみのかがりと、寅とそして満男が会うあじさい寺とは、明月院ではなく、江の電の極楽寺を下車した由比ヶ浜を望める 成就院 なのですね。
それで、始めて判ったのです。かがりと寅と満男は、このあじさい寺から、江の島まで行きます。思えば、北鎌倉の明月院から、江の島まで行くのは、大変に遠いはずです。「小さな満男もいるのになあ」なんて思っていましたが、成就院なら江の島はすぐそこです。
ああ、そうなんだ、と今になってやっと判った私なのです。
その他、いくつものところで、このシナリオを読みながら、私の記憶のいい加減さに嫌になりました。

この映画では、かがりがものすごく暗い印象があります。でもそれが寅にあって、ものすごくいい貌になる彼女の姿顔があります。寅からもらった下駄を嬉しそうに見ているかがりの顔、とってもいい顔です。こんな顔のかがりをいつも見ていたい、こんな顔の女性の顔をいつも見ていたいと思います。
加納先生の弟子の蒲原がきて(実は私はこの人物が弟子か加納の息子か判りませんでした)、かがりを棄てることになります(でも別に結婚の約束をしていたわけではないから、棄てたわけでもないのですが、結局なぜかかがりが暗く消極的だったのです)。
そして傷心のかがりは丹後に帰ることになります。
そこを寅さんが尋ねることになります。寅さんはかがりに惚れていて、ふられて傷心のかがりが心配だったのです。
そして丹後でかがりに寅さんは会います。二人が海を見ていて会話するところは、とってもいいシーンです。二人が海を見てたたずんでいるところは、なんだか実にこのまま時間が止ればいいのにと思うところです。
そしてやがて、二人でお酒の飲むシーンになります。このときのかがりは実にエロチックで魅力的な表情をしています。
でも私は思うのですが、そしてつまらないことをいいますが、こういうシーンで飲むのはやっぱり日本酒ですね。お酒をお猪口についでも、結局コップにつぐことになっても、それがビールだったり、ウィスキーだと絵にならないものです。かがりが、コップの中に残ったお酒を飲み干すシーンもあります。
そしてかがりは、寅の眠っているはずの2階に上がってきます。寅がそれが判っています。でも眠っているふりをします。

*****************************     思わず寅は寝たふりをする。
かがりん……寅さん…
寅、顔を横にして寝たふり。
かがりもう寝たの?…
和代のランドセルのカバンの鈴が僅かに鳴る。
かがりのテーマが静かに流れる。
静かに襖が開く。
ランドセルの鈴が鳴る。
寅をじっと見るかがり。
窓が開いている。
かがり「あ、…開けっ放し…」
と部屋にそっと入り奥の窓を閉める。
寅の横に座り
かがり(無声音)電気つけたまま…
寅の顔はかがりの方を向いている。
かがり、スタンドをそっと消そうとする。
寅寝言のように
寅「う、あー寒い…
と寝返りを打ち、かがりから顔を背ける。
かがり、少し驚くが、そのままスタンドの灯りを消す。
嘘のイビキをかく寅。
そのまま座り、寅の布団を静かにゆっくり直すかがり。
直し終わっても暗闇の中座り続けるかがり。
嘘のイビキを小さくかき続ける寅。
緊張しながら何かを待つかがり。
顔をそむけたまま嘘寝を続ける寅。
時間が経っていく…
嘘寝のまま目を開けようとしない寅に、耐え切れず
腰を上げ立ち上がるかがり。
部屋を出て行くかがりの白い脚首が明かりに照らされて
妖しく光っている。
ゆっくりゆっくり襖を閉めるかがり。
鈴の音…
階段のきしむ音
嘘寝を続ける寅
階段を下りていくかがりの足音…
目を開ける寅
むくっと上半身を起こし、何かを考える寅。
寅「はあー……」とシリアスな顔でため息。
目は遠くを彷徨い、複雑に一連の行動を考えている。
寅にもう少し寄り添いたいかがりの深い孤独と性、
そしてそれに応えることができない不甲斐ない自分への絶望。
目はゆっくり下を向いていく。                                     ****************************

そしてそのあと、かがりは東京へ旅行に出てきて、柴又を訪れて、そこにいた寅に手紙をこっそり渡します。

鎌倉のあじさい寺で日曜の午後一時、待っています

やっぱり、私なら明月院のあじさい寺と思って北鎌倉へ行ってしまいますね。寅はよく成就院と理解できたものです。この成就院は、弘法大師ゆかりの縁結びの神様が祭られており、恋が成就する場所と言われています。思えば、かがりは必死の思いで、寅との恋を成立させたかったのだと思います。
でもそこへ来たのは、満男がいなければ、こられなかったような寅なのです。

江の島で、寅とかがりはお酒を飲みます。あ、江の島にも渡っていたんだと私が気がつきます。

****************************
寅「もし…よかったら、あいつだけ一人先に帰してもいいんだけども…
かがり、首を横に振って、微笑みながら
かがり「そんなことやないの…。今日寅さん、なんか違う人みたいやから
寅「そうかなあ…、オレはいつもとおんなじつもりだけども
かがり「私が会いたいなあ、と思っていた寅さんは、もっと優しくて、楽しくて、風に吹かれるタンポポの種みたいに、自由で気ままで…。フフフ…、せやけど、あれは旅先の寅さんやったんやね
寅は下を向いてしまう。
かがり「今は家にいるんやもんね。あんな優しい人たちに大事にされて…
寅、何か言おうとするが、結局何も言えない…                     ****************************

けっきょく、これは何がいけないのでしょうか。思えば、どんなに恋していても結ばれない二人っているんですね。もう仕方ないことなのかなあ。

しかし、私は自分の記憶力にかなり自信がなくなりました。

それと、このあじさい寺成就院に行ってみましょう。そして江の島にも渡ってみます。

男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 へ

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 私が毎日拝見しています長春有情には、いくつも『男はつらいよ』の映画評が載っています。昨日は『男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎』を最初に読み、そしてその他の『男はつらいよ』の映画評も読んでいました。
 私も以下に書いておりますが、この寅さんの映画は実に大好きです。

 http://shomon.net/eiga/movie1.htm#mtora 男はつらいよ寅次郎の青春

 私はここで次のように書いています。

 こどもたちが小学生低学年のころは、寅さんを実在の人物と思っていて、「寅さんて今どこにいるの」なんてよくきかれたものです。高学年になってくると、とくに優しい長女など映画を見るたびに、「寅さんて、あれで食べていけるのかな」なんて本気で心配していました。映像の中の香具師の仕事だけではどうしたってやっていけるわけないと私だって思います。「いや映画で映っている以外の時は、毎日真面目に働いているんだよ」なんて、答えていました。

 思えば、私たち家族はお正月に必ずこの映画を王子で見ていました。でも私が心に一番残る映画はなんだろうと思いました。それで思い出したのはこの第25作なのです。

題名 男はつらいよ
   第25作 寅次郎ハイビスカスの花
封切 1980年8月2日
監督 山田洋次
脚本 山田洋次、朝間義隆
音楽 山本直純
配給会社 松竹
キャスト
 車寅次郎 渥美清
 松岡リリー 浅丘ルリ子
 諏訪さくら 倍賞千恵子
 諏訪博 前田吟
 諏訪満男 中村はやと
 車竜造 下絛正巳
 車つね 三崎千恵子
 桂梅太郎 太宰久雄
 源公 佐藤蛾次郎
 御前様 笠智衆

 でもこの映画は、私が32歳のときなのですね。そうするとまだ長女も小さいから、一緒に見に行ったわけではないのですね。
 でも、私は沖縄は、自分の大切な故郷だと思っていますので、とっても好きになれたのだと思っています。
 そしてリリーが出てくる寅さんの映画では、これが私は一番好きだと言えるのですね。この二人が沖縄の小さな部落の小さな家に住んでいるシーンが私は一番好きです。
 リリーは、この映画の中で、寅さんのことが好きだ、一緒になりたいといいます。リリーが寅と会えたときの喜びを思います。病気だったのに、リリーが元気になるのです。さあ、これで二人で所帯を持てばいいのです。
 でも寅さんには、まったくそんな気持がありません。勝手なことばかりしています。
 そしてとうとう、リリーは沖縄から去ってしまいます。
 そして必死に沖縄から柴又に帰ってきた(なにしろ、寅さんは飛行機が怖くてよく乗れないのです)寅は、また柴又でリリーに再会できます。
 妹のさくらは、リリーにお兄ちゃんと結婚してほしいといい、寅も「俺と所帯を持つか」といいますが、でも二人は柴又駅で別れてしまうのです。

 なんだか、寅さん映画の中で一番好きになれ、でも一番悲しい映画です。なぜ、この二人が一緒になれないのでしょうか。
 浅丘ルリ子がヒロインになる映画はいくつも見てきました。そして私は彼女がとっても好きです。でも、その多くの映画の中でも、このリリーの彼女が一番好きです。

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