将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:留置場

11070705   Monday, July 09, 2001 1:40 AM
「初めまして」
 初めまして。私は知人が逮捕されて、すぐには会えないという事が分かり、警察の今後の処遇について、自身が知りたくなり、検索していた所、周さんのHPにいきつきました。実体験と併せて詳しく記してあり、とても役立ちました。ありがとうございました。
 さて、逮捕された被疑者ですが、理由は相手に怪我をさせたようです。金曜日に逮捕されたので、明日で3日目の留置を迎えます。ただ、弁護士と本人との接見が月曜日すぐというわけにはいかないようです。というのも、身内が連絡をとるようですが、予約した所で、傷害専門の弁護士さんをキープさせてもらえるか、分からないそうです。本人が電話番号を知っていれば、24時間いつでも直接連絡はとれるのですか? あと、10日以内に釈放されるというのは、到底無理ですよね、、? 被疑者の体調(内臓系)があまり良く無いので、長く留置になってくるのは、薬は飲んでいるものの、気掛かりです。
 留置の中は、取り調べの他は、本人は自由に横になったり出来るのですか? よろしかったら教えて下さい。
  メールアドレス
  氏名 T

   Monday, July 09, 2001 3:48 AM
「Re: 初めまして」
 初めまして。私は知人が逮捕されて、すぐには会えないという事が分かり、警察の今後の処遇について、自身が知りたくなり、検索していた所、周さんのHPにいきつきました。実体験と併せて詳しく記してあり、とても役立ちました。ありがとうございました。

 はじめまして。私の「周の刑事訴訟法」をごらんになったのだと思います。あれは詳しく書きましたので、まちがいなくあのとおりです。

 さて、逮捕された被疑者ですが、理由は相手に怪我をさせたようです。金曜日に逮捕されたので、明日で3日目の留置を迎えます。

 もう、間違いなく10日間の勾留がついていると思いますよ。でなければ釈放されているはずです。

ただ、弁護士と本人との接見が月曜日すぐというわけにはいかないようです。というのも、身内が連絡をとるようですが、予約した所で、傷害専門の弁護士さんをキープさせてもらえるか、分からないそうです。

「傷害専門の弁護士」というのがどういう意味なのか(はじめて聴きますよ)判りませんが、とにかくどんな弁護士でもいいから早く接見すべきです。実際の裁判のときには、また別な弁護士をたててもいいわけですから。
 それと、弁護士でなくとも、早く家族が接見すべきです。下着や歯ブラシやちり紙やそのほかのものはどうなっているのでしょうか。「接見禁止」になっていれば(なっていないと思いますが)、面会はできませんが、差し入れはできます。

本人が電話番号を知っていれば、24時間いつでも直接連絡はとれるのですか?

 電話番号を知らなくても、警察に調べてもらえばいいのです。でも本人がしっかりしていないと駄目でしょうね。だから家族や友人が頑張ってやってあげるべきです。

あと、10日以内に釈放されるというのは、到底無理ですよね、、?

 もうあと10日の勾留がついていると想像されます。いつから「あと10日」なのかは、警察に聴かれればいいと思いますよ。

被疑者の体調(内臓系)があまり良く無いので、長く留置になってくるのは、薬は飲んでいるものの、気掛かりです。
留置の中は、取り調べの他は、本人は自由に横になったり出来るのですか? よろしかったら教えて下さい。

 留置場は、「正座か胡座」です。つまり「体育座り」もだめです。ですから横になることはできません。でもこれはかなりその留置場の看守の権限で、自在なようです。体調が悪いのなら、本人がその旨を言って、横になるなり、させてもらうべきです。また家族なり、友人が訴えるべきでしょう。
 それから、早く被害者と示談にすべきです。被害者と和解できれば、起訴されないこともでてきます。相手の怪我がどのくらいなものか判りませんが、とにかく示談することが大事です。示談できなければ、間違いなく起訴されるでしょう。そうすると保釈をまつしかありません(これも家族なりが保釈申請しなければならない)。そして起訴されてとしても、執行猶予がつくのには、被害者と示談になっていないとなりません。
 ただ、被害者の怪我の具合、そして相手もかなり悪いことことをやったのだという場合とかいうのだとまた違ってくるでしょうが、メールの内容ですと、以上のことくらいしか想像できません。
 とにかく、本人がしっかりしていること、そして家族、友人がしっかり彼を支えていくことです。警察はまず、彼のためには、何もやってくれないでしょう。法で決められていることだってやってくれませんよ。こちら側がしっかりやらないと駄目なのです。萩原周二

   Saturday, July 14, 2001 7:54 AM
「留置その後の経過」
 おはようございます。Tです。メール受信がおかしくなってしまったので、hotmailから送りますね。
 あれから、周さんの詳しい内容のお返事に、私は驚き(焦り)身内の方にもすぐ伝えました。(傷害専門なんてないんですね。失礼しました。)
 そして、プリントして渡しました。逮捕されてからの経過が、手に取るように書かれていたので、身内の方も納得し、緊急に弁護士に連絡をとる次第となりました。金曜日に逮捕されて、月曜日の夕刻にはなんとか接見となったようです。本人は初犯で、相手の方も一週間の打撲だそうです。
 身内の方は早速、お詫びとお見舞いを兼ねて、会社を訪ねられました。
 推測では、30万から50万の罰金になるのではないかと聞き、個人的に驚いています。
 面談も予約し、会えたのですが、やはり身体の調子はおもわしくないようです。一応一日横にはさせてもらっている様ですが。こんなに暑いのに、クーラーが夜消えると耳にし、良く無い事をしたとはいえ、体力的に辛いのではないかと思います。小窓ぐらいは付いているのでしょうか__?
 10日勾留は付いているが、あと3日で釈放されるだろうとほのめかされました。
 今回の件、周さんに貴重な情報を頂き、本当に助かりました。本当にありがとうございます。
 でも、考えの無い、暴力はいかんですよね。
 (略)
 何か事が起きたら、またメールをするかも知れません。(ない事を願っていますが、、)では、よろしくお願いします。
   メールアドレス
   氏名 T

   Saturday, July 14, 2001 4:06 PM
「Re: 留置その後の経過」
 まず、この返事が遅くなりまして申し訳ありません。ときどき、パソコンに触れたくなくなる時間が気持の上で、出てくることがあります。それで、さきほどこのメールを開きました。
 でもなんだか、読んでいまして家族の方もT様も、少しは事態がご理解できたように思い、そのことは嬉しいです。

身内の方は早速、お詫びとお見舞いを兼ねて、会社を訪ねられました。

 これは本当に良かったなと思いましたよ。何にしろ、喧嘩はよくないし、暴力はいけません。

こんなに暑いのに、クーラーが夜消えると耳にし、良く無い事をしたとはいえ、体力的に辛いのではないかと思います。小窓ぐらいは付いているのでしょうか__?

 この暑さですから辛いでしょうね。ただ私が昔逮捕されていた頃は、暖房も冷房もなかったから、それは大変でしたよ。私は1969年の夏は、府中刑務所の独房の中にいました。部厚いコンクリートの壁でして、隣の房とは決して会話できません(なんでも当時の巣鴨の東京拘置所にいた友人たちは、けっこう隣の房とは連絡を取り合ったようです。府中の方が厳格だったのですね)。暑くて堪らないのと、それから困ったのは夜の蚊です。それからときどき飛び込んでくるゴキブリにもうんざりしました。あるとき夜中に箒を振り回していたら、看守が来まして、「おい、5004番、何をしているんだ」といいます。私は「今、ゴキブリと闘っているんだ」と答えたものでした。
 窓は判りません。私が昔入りました、東京東調布署と埼玉朝霞警察の留置場には、窓はありませんでした。

でも、考えの無い、暴力はいかんですよね。

 まったくその通りです。でも私もそんなこと偉そうに言えるのかななんて思いです。実は私は小男で、喧嘩なんかからっきし弱いのに、何故かときどき人を殴ってしまいます。夜帰りの電車の中で、人に絡んでいるような男がいると、何故かそばに寄って「やめろ」と脅したりしています。思えば、けっこう恐ろしいことをしていますね。
 (略)

何か事が起きたら、またメールをするかも知れません。

 いつでもどうぞ。                     萩原周二

 このメールの掲載を了解していただいた際に、付け加えていただいた文章が以下です(周)。

 結局、彼は初犯の為、13日間の留置と、罰金10万で済んだのですが、本人も今回の件は、まさか逮捕されるとは考えてなかったらしく、正気な話、もう二度と行きたくないそうです、、。
(第52号 2001.08.13)

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 私の ヤースケ伝アトランダムさんから周の掲示板にUP に次のコメントがありました。

1. Posted by 武蔵野小杉    2008年02月12日 13:01
 そうですか、今は『担当さん』ですか。私が昔誰かから得た情報では留置所では(警察官を)『担当さん』と呼び、刑務所に行くと(刑務官のことを)『先生』と呼ぶのだということでした。先生には「さん」はつけませんからね。尤もハングルでは「先生様(ソンセンニム)」は普通ですが。wどうもありがとうございました。

 私の体験では、看守に関しては、いつも「担当さん」と呼んでいたと思います。ただし私の体験とは、1969年の府中刑務所(とその前の東調布警察署の留置場でも同じでした)、その年の暮と翌70年の春くらいまでの、埼玉県朝霞警察署の留置場の体験でです。
 まず私たちは、刑務官を「先生!」と呼んだこともないし、そういう気持もなかったなあ。第一、どういうふうに呼べという指導も教えもありませんでしたよ。私が朝霞署の留置場の中で、すぐに「担当さん」と呼びかけたときには、すぐに「えっ、あなたは前に経験があるのか?」と他の留置人に言われたものでした。

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 私の 周の掲示板 に「バナー貼りました」というUPをいただきました ヤースケ伝アトランダム さんです。Diaryを少し読みました。
 埴谷雄高に関して書いてありました。その中に次があります。

ところで、法務省・矯正局の管轄下にある「独居房」では(無論「雑居房」でもだが)当時も今も、囚人たちには担当する刑務官らを「先生」と呼ぶよう強制される習慣があるのだそうで、彼の「先生嫌い」の源流は、何よりもまずこの獄中体験にあったのではないかと推測されるわけである。

 だから埴谷雄高は、他の人から「先生!」と呼ばれるのが嫌いだったのではないかというのです。なるほどねえ。
 ただ私たちの時代は(私は1969年の府中刑務所の拘置所での経験ですが)、看守を必ず「担当さん」と読んでいました。これはたぶん、今ではどこでもそうなんじゃないかなあ。留置場、拘置所、刑務所(それぞれ、基本的には、被疑者、被告人、下獄人の入るところです。ただし、今は留置場が無期限の取調用の控室になっていることが多々あります)のどこでも同じはないかなあ。
 ただ埴谷雄高は、そのいくつもの本を読んでも、そう「死霊」を読んでも、私はどうしても内容に引き付けられないのですね。今では残念です。

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 私が 沙悟浄のことで でさらに思い出したことがありました。次のように書いていました。

私が学生運動で、2回目に逮捕起訴され勾留されていた朝霞警察の留置場の中で、接見禁止にも拘わらず、当時の私の彼女が裁判所の許可を取って、いくつもの本を入れてくれていました。もう大量の本があったのですが、その中にこの『西遊記』がありました。これは私の兄の本でした。
 そのときに、本の差入れがあるのは、私だけでしたから、他の留置人にも、その本を貸してあげていました。そのときに、何人かの留置人のヤクザや自民党選挙違反の人たちと、夜にこの沙悟浄のことなどを話していたことを思い出します。

 このとき差し入れてもらった本は実にたくさんあるのです。そもそも私はこのときには、もうかなり長い勾留を覚悟していましたから(なにしろ、けっこう大きく報道された事件でしたから。なにしろ逮捕状には、「殺人、殺人未遂、………」という大仰な罪名が書いてありましたね)、それでいろいろな本を指定していました。その中で、とにかく好きではないが、とにかく読んでおかなくちゃと思った本も、彼女が自分で持っている本だと早く差入れになるわけです。私の兄の本なんかは、一旦私の母が彼女に会って渡さないとならないから、少し手間と時間がかかります。
 それで、当然あんまり好きではないのですが、宮本百合子「伸子」が入っていました。読んでみて、やはり面白くない。面白くないというよりも、不愉快になりました。でも宮本百合子は、もともと中條百合子の頃の作品は、 中学生の頃読んだ「貧しき人々の群」はあまり好きにはなれなかった思いがありましたが、「禰宜様宮田」「風に乗って来るコロポックル」などは、好きだったものでした。
 それにしても、この「伸子」は少しも面白くありません。間違いなく中條百合子本人がアメリカに遊学して、そこで結婚して離婚する様が小説として書かれています。もう読んでいても私は少しも面白くありません。
 それで、この本も同じ留置場の中で、他の留置人も読んでいきます。私は「あんまり面白くないよ」と貸しますが、その通りで、他の留置人も私と同じ感想です。
 ところが、私より20日後くらいに入ってきた、殺人犯(これは被疑事件名は殺人ということです)の女性が、この本を読んで、実に感動したというのです。「この伸子は、素晴らしい女性だ」というのですね。
 ちょうどこの彼女が、取調で留置場にいないときに、ヤクザのKさんとこの「伸子」とその殺人犯の女性の感想について話しました。私は、こんなことを言ったものでした。

 あのK・Eさんも、子どものときからの思いがあるんで、あんなアメリカに遊学して、そこで男と結ばれ、でも離婚するような強い女の伸子に憬れるんじゃないかな。でもねえ、私しゃ、こんな伸子なんて嫌だなあ。

 もちろん、私はついでに、「いやこの伸子のそもそもの本人が最後結ばれた亭主がそもそも嫌な奴でね…………」と話したいのですが、留置場の中、そんなわけにはいきませんでした。
 それにしても、あのときのK・Eという女性もあんな伸子に憬れるんですね。

 そんな、どうでもいいことを思い出しました。これは1970年の1月の頃の朝霞警察の留置場の中での思い出です。

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06080106 ケンプラッツ 建築・住宅このニュース がありました。

 子ども連れや高齢者が安心して外出できるように、400mから500mの間隔で、だれでも使えるトイレを配置する――。
 東京都は7月24日、「生活者の視点に立ったトイレ整備の指針」を作成した。今後、区市町村に対して指針の説明会を開き、公衆トイレの適正配置を促すほか、コンビニエンスストアやガソリンスタンドなどの民間企業にも公共的なトイレの設置協力を呼びかける。
 都は2000年から車いす対応トイレを「だれでもトイレ」と呼称している。指針では、街中の「だれでもトイレ」の設置間隔は半径400mから500mに一つが望ましいとしている。事前に実施したモニター調査で得られた「トイレへの移動時間は徒歩10分圏内」という結果に、高齢者の歩行速度を考慮して割り出した。

 これは実にいいニュースです。そして嬉しいことです。これからいよいよ老年になる私たちには、こういうことが実にいいことだなと思っています。

 都市レベルの整備基準だけでなく、建物内でのトイレ配置についても提言。「だれでもトイレ」を一般用トイレと離れた場所に設置すべきではない、男女の便房数のバランスを利用実態に即して設置すべきだなどとしている。
 また、「だれでもトイレ」として、すでに整備されているものに対しても、利用者の視点から検証、改善する必要性に言及した。固定式の手すりがあるため、車いすで便器に正面から接近できない事例などをあげている。
 都の地域福祉推進課は「今までも駅や百貨店など民間施設のトイレが公共的な位置付けで使われてきた。チェーン店の協力を得て、トイレ空白地帯を無くすことで、子ども連れや高齢者でも安心して外出できる」としている。

「安心して外出できる」というのが大事なことです。

 思い出しますが、昔学生の頃から銀座でもどこでもデートしているときでも、いつも私があちこちであわててトイレに駆け込むのを、いつも当時の私の彼女は不思儀がっていたものでした。でも私は常にうんこが安心してできるトイレの場を確保するのはとても大切なことでした。だから東京中で、いつでもそういう私の安心できるトイレの場所を知っていたつもりです。

 でも私は腹具合がいつも悪いというほうではないのです。昔学生運動で、朝霞警察の留置場に3カ月ばかりに勾留されていたときに、私は留置場内の、さまざまな犯罪者の仲間に、どうして私はトイレをいわば快適に過ごしているように見えるのか驚かれたものです。
 留置場なんてところは、実にトイレのことが大問題です。これがその後に行く、拘置所や刑務所ですと、このトイレは実に楽になりますが、留置場は実に大変です。

 ソルジェニーツインの「収容所群島」他の著作では、勾留されている刑務所等々でのトイレが実に大変なところであることが赤裸々に書かれています。本当のロシアの共産主義というのはロクでもないものでした(いや、これは今も北朝鮮なんかの勾留場では、このトイレが一番苦痛のことでしょう)。

 でも私は窃盗犯やヤクザや選挙違反に、実に快適に過ごしているように思われていましたが、それは、私が実にあらゆる時、あらゆる瞬間に、このトイレを必ず利用することを頻繁にするクセをつけていたからです。私はやはり、その頃にもトイレ(大)に関しては、自分に不安でした。だから、当時も必死でしたし、のちに娑婆の世界で、デートしていても、必ずトイレの位置を確保していたものなのです。

 そんな思いがいつもある私には、こうしたニュースは実に嬉しいことです。
 いつでもどこでもすぐに利用できるトイレの存在というのは、実に大事なことです。

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