将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:白川静

11031609 宮城谷昌光の数々の小説を読んできました。これからも文庫本にされたものはすべて読んでいくつもりです。
 彼の中国古代の小説を読んでいると、いわゆる中国の一般的な古典上では出てこないような出来事が大量に書かれています。彼は実に甲骨文から読み出してきているのです。これはそれだけで驚いてしまうことですが、それだけではないことに気がついてきます。そのときに、以下の本にたどりつきました。

書 名 中国古代の民俗
著 者 白川静
発行所 講談社学術文庫
1980年5月10日初版発行

 私は中国の歴史も文学も好きですから、白川静という学者の名前はよく存じていましたが、こうして1冊の本を通して読んだのは始めてです。
 読んでみてなんと言ったらいいのでしょうか。ますます、わけが分からないよと、泣き言を言ってしまうしかない私になってしまいます。どうして、「万葉集と民俗学」「詩経と民俗学」という章が並んでいるんだろうと思ってしまうのです。折口信夫を論じ、すぐま中国古代の歌謡を論ずる方法には、私ではただ驚いてしまうしかないのです。
 だが、訳が分からない私としても、非常にいろいろなことが示唆された本であるわけです。現在私たちがインターネットという英語が主体の世界に接してしまわざるを得ないときに、日本の古代でも漢文というまったく違う言語に出会ってしまった私たちの祖先をとまどいを思います。それでも私たちの祖先たちは、その言語文字を使用して、日本の文化民俗を作り上げてきました。このことは、現在の私たちに、大いに考えさせることがあると思うのです。また、吉本隆明「共同幻想論」において、吉本さんが共同幻想を論ずるのに、「古事記」と「遠野物語」のみで論を展開するわけですが、これは中国あるいは東南アジアの古代民俗を研究することによっても可能ではないのかな、と大いに意を強くしたところなのです。でもとにかく、まだまだいろいろなことを学んでいかなければならないことを深く思います。(1997.09.14)

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 三月記(仮題)このUPがありました。

「週刊文春」に連載されていた高島俊男さんのコラム「お言葉ですが…」は、残念ながら今秋で打ち切りになってしまいました。(2006.12.30)

 えっ、と驚きです。私は週刊誌はまず買うことはないのですが、この文春を手にしたときは、真っ先にこの高島さんのコラムを読んでいました。
 私はこれを文庫本で読みまして、それからこの著者のファンになりまして、他の作品も随分呼んできたものです。

このコラムは今年で11年目でしたが、最初の10巻までは文藝春秋から単行本が出ていたのに、最後のこの11巻目だけは別の版元から出たのも何か不自然な感じがしないでもありません。それはともかく、この最終巻には全11巻の総目次と通し索引もついていますからたいへんに便利です。本当は文春文庫で7巻まで出ている文庫が11巻まで出てくれると一番なのですが、これも打ち切りが決定しているようです。文庫には単行本以降の補遺、補足が附いていて、決定版とも言える編集だっただけに残念です。

 私は文庫本で第7巻まで読んでいます。せめて10巻までは文春文庫で出してもらえないかなあ。11巻は、この「連合出版」ので読みます。
 私がいつも飲む店に行く前に行く古書店で、この文庫本や、この著者の他の著作を購入していたものでした。
 そして読んでいると、実に面白くて、そしていつも声を出して笑いそうになるので、ちょっと電車の中では、いつもページをとじて、笑いをかみ殺していたものでした。

 それと、次の点が大変に気になりました。

さて、この高島氏の他社のも含む著作類の唯一とも言える欠点は、故・白川静さんに対する徹底的な敬遠作戦でしょう。他の著者にならば遠慮なしに批判を加えるのに、白川氏に対しては名も挙げずに、カリスマ学者とか仄めかした上で、「まるで話にもならないデタラメ説」と何の説明もなく断定されていたのを一カ所目にした覚えしかありません。この奥歯に物が山ほど挟まったような物言いは、およそ高島氏にはふさわしくないのですが、これはおそらく高島氏の師匠にあたる故・藤堂明保東大教授の影響でしょう。

 うーん、と声をあげて考え込んでしまいました。私は実はこの白川静さんが大変に苦手です。という私の側の理由は私には説明できるのですが、ここに書くのには、実に大変なので、また別にしたいのです。
 そうねえ、少し言うと、日本の神話と中国の神話を比較されていて、それがなにか類似するようなことを言われている(ええと簡単にはいえないのですが)ところが私には大変に不満です。
 藤堂明保先生は、私は大好きな先生でした。私の埼玉大学でも少しだけ教えていたことがあります。

ぜひとも高島氏にはまともな白川漢字学批判の本を書き下ろしていただきたいものです。

 これは私も願いますね。
 そしてでも、この「「お言葉ですが…」の続編をどこかで書かれることを、私はおおいに願います。
 これほどの方は、他には皆無です。ぜひまた書いて行っていただきたいものです。

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