将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:百人一首

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「日本の4大美人」ということで、最初に小野小町を書いていきます。『秋田音頭での「秋田の女ご何じょしてきれいだ」と聞くだけ野暮だ』で書きましたように、実在したのは確かなのですが、果たして秋田で生まれたのかは定かでありません。私は秋田で生まれた秋田美人だと思っています。生まれ故郷の秋田に帰ろうとする途中で亡くなったと聴いています。
 彼女は美人なのですが、「百人一首」にもその顔はうかがえません。後ろを向いていて、顔は見られないのです。ただこのごろでは顔も描かれている絵を見ることができます。『尊卑分脈』によると、小野篁(たかむら)の息子である小野良真の娘といわれます。生誕地については、現在の秋田県湯沢市小野といわれています。もちろん私はここには行きました。私の「日の丸土建」のチィーちゃんという友人がここに住んでいるのです。1年前にもこの「日の丸土建」の同窓会(飯田橋で行われました)で会ったものです。16060516
 とにかく、この小野小町が美人だったことは間違いないようです。「世界三大美人」でもヘレナではなく、彼女があげられることがあるようです。16060517

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 3月19日分をUPします。

2016/03/19 05:19今朝は2時50分に起きました。
 昨日ゴトさんがペリカンのパンを買ってきてくれました。ばあばと一緒に食べましたが、もう美味しくて大感動です。
 もうこれを知ったときに、私のサイドバーでバナー(私がバナーと言っているだけです。ペリカンの本物のバナーは私は手にいれられないのです)を置きました。
2016/03/19 07:07こうして朝になりました。
2016/03/19 07:24今NHKテレビで校歌のことをやっていて、私も鶴丸高校と横浜東高校の校歌を思い出しました。鶴丸の校歌はすぐに口から出てきますし、横浜東は作詞した先生も作曲した先生も顔も思い出します。懐かしいな。
2016/03/19 07:34今血圧を計りました。
 07:33
  最高血圧162
  最低血圧 83
  呼吸   69
 またばあばがやってくれました。
 私は本当に下手なのです。
2016/03/19 07:49今NHKテレビでカルタのことをやっています。カルタと言っても、私が予想した百人一首ではなく、普通のカルタです。百人一首は私の娘ブルータスがやっています。自分のクラスの生徒を連れて群馬県にも出かけたことがあります。私は百人一首も苦手でこの娘にはかないません。源実朝の歌だけはとらなくちゃと思っているのですが、こういう私の思いは孫の前でも駄目かもしれないなあ。
2016/03/19 10:47今またNHKテレビの「あさが来た」を見ています。
2016/03/19 12:13こうしてNHKテレビの前にいます。「生活笑百科」を見ています。
2016/03/19 12:45こうしてテレビを見ています。
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 朝おはぎの家へ電話して、ポニョとポポとお話ししました。

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 これをまずはパソコン上にUPして、それからライブドアの将門WebにUPします。

2015/02/13 19:27もうこんな時間になってしまいました。

2015/02/15 04:50いつものことですが、「将門Web」と「周の掲示板」にUPしています。「金槐和歌集」を書いて、いっぱい鎌倉を思いだし、「神農」のことで、またいくつものことを思い出しました。インターネットでいくつも画像を探しました。探したのは日本の的屋さんの襲名披露の画像です。これが私の欲しいものがみつからないのですね。
2015/02/15 05:27またこのポメラで「源実朝『金槐和歌集』」の新しい歌をUPしました。百人一首にある「世中(よのなか)は常にもがもな渚こぐ海人の小舟(をぶね)の綱手かなしも」です。孫たちと百人一首でこのカードを見たものでした。その時3人の孫には実朝のことは言ったのですが。
2015/02/15 06:29もう「はやく起きた朝は……」になります。
 もう見ていますが、面白いです。いい番組だなあ。
2015/02/15 06:58次は「ボクらの時代」です。豊原功輔・長谷川博巳・武内英樹の3人です。
2015/02/15 07:33今は「がっちりマンデー!!」を見始めました。
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 パソコンに書いて始めて、昨日14日は少しもポメラには書いていないのだ、ということに気がつきます。困ったものです。困るのは、14日には少しも書いていないということと、それに今になって気がつくということです。
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 6月14日(土)は、次女ブルータスの小学校の授業参観の日でした。とても大きな学校でした。妻と私は初めてなもので、校庭のほうの門から入ったのですが、あとで「それは遠回り」と言われました。
 以下のように大きな校庭です。030614kasiwa

  ちょうど午前9時15分くらいに学校に到着しました。私たちはてっきり受付があるのだと思っていました。「教師の親だと言ったらけげんな顔されるかな」なんて危惧していたのですが、受付なんかありませんでした。あまりに大勢が来校するので、そんなことできないそうです。私たちは、長女と次女が3月まで勤務していた東京都文京区の学校を思い浮かべていたもので、拍子抜けしました。いや、文京区の学校が小さすぎるのです。
 次女は3年生の担任です。「ここは1年生だ、こちらは高学年だ」と探して3年生の校舎にいきます。全部で5クラスで、次女のクラスは32名の生徒数です。まだ15人くらいの親しかいませんでした。授業は国語でした。谷川俊太郎の詩やっています。クイズ形式でやっていまして、お父さん・お母さんにも答えてもらっています。「あ、俺も」と手をあげそうになりましたが、気がついてやめました。娘の迷惑です。
 でも谷川俊太郎ってすごいですね。こうして小学生の授業で使われているのです。私は吉本さんの言葉を思い浮かべていました。

  谷川俊太郎の詩の特徴(これはまだUPしていません)

 2時間目は算数です。内容は「(3けた)×(1けた)のくりあがりの筆算」です。私は「3年生って、こんな簡単な算数やっているんだ」という思いで、私も紙に書いてやりだしました。

      461
    ×   3
    ─────

「なんだ、簡単、カンタン」と私は答えを書きます。正解です。「当たり前だよ!」
 次です。

      876
    ×   7
    ─────

「これまたカンタン、カンタン…………、あれッ?」。なんと私はできないないのです。最初の私の答えは、「5732」、次が「6332」、そしてどうやら正解で「6132」。先生であるブルータスの声が聞こえます。「計算は下の桁から掛けるんだよ」。私は驚きました。「え、下から掛けるの? そんなの習っていないよ…………………いや、習ったのかな」
 ブルータスが言います。

  手で描いているだけじゃなくて、心の中でも称えましょう。は
  い、「7掛ける6は42 7掛ける7は49で 4足す9は13
   7掛ける8は56 で 6足す4足す1は11 1足す5は6 
  答え6132」

「うぬ、俺はこんなの知らないよ。忘れたよ。でもこの通りにやるべきだな」。
 かくして私はその後の計算はすべて正解です。
 でも私は「こうしてやるから、日本人は計算に強いと言われるのかな」なんて思っていました。ちょうど会田雄次「アーロン収容所」で、イギリス兵が木材の運搬をするのに、どのイギリス兵も筆算してもみな間違えてばかりいるのに、捕虜の日本兵はすかさず正確にやるので、驚いていたという話を思い出しました。「うーん、こういう先生が教えてくれていたからだろうな」

  会田雄次「アーロン収容所」

 さて、まだ授業参観は続きます。どんどん親が増えてきました。(2003.06.23)

 さて前回書きました「(3けた)×(1けた)の筆算」ですが。先日の神田会で、このメルマガを読んだ方から、

先生であるブルータスの声が聞こえます。 「計算は下の桁から掛けるんだよ」。私は驚きました。「え、下から掛けるの? そんなの習っていないよ…………………いや、習ったのかな」

というところに関して、「それは習ったよ」という声がありました。他の方からも同じ声があがりました。知らなかったのは、私ぐらいかな。羞しいです。

 それで算数の時間が終わるところで、少し長い休憩時間です。そこでクラス全員で、「百人一首」のゲームをやりだしました。先生のブルータスが読み手です。
 私は前にブルータスから「百人一首をやろうと思うんだけれど、どうかな?」と相談されていました。私は驚きました。私が小倉百人一首に接したのは、小学6年生くらいで、友人と遊んだと言えるのは中学生になってからです。私は藤原定家が、実朝に言いました言葉を思い出しながら、「百人一首なんて、3年生には無理だよ」と言いました。なんとなく、「藤原定家って、難しいことばかりいいやがって」なんてことを心の中で思っていました。
 でも他のクラスでもやっていて、みな興味を持っているのだそうです。そして全部の札で遊ぶのではなく、限られた札で、まさにゲームとして遊ぶのだそうです。
 目の前で、そのゲームが開始されます。二人で対戦します。子どもたちは嬉々としてカルタ取りをやっています。
 私は短歌はあまり好きではないのですが、娘の詠む歌はどれも不思儀に覚えているものでした。

  春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天のかぐ山

なんて詠まれると、私は「持統天皇って、血だらけな感じなんだよな」なんて余計なことを思い浮かべます。天智と天武天皇やそして大津皇子を思い浮かべます。そのほかの札の歌もいろいろな思いを抱いたものでした。でも子どもたちは元気に勝負をしていきます。「子どもって、すぐに覚えちゃうんだな」。

 3時間目は、「生活科」の授業です。図書館へいきまして、いろいろなことを調べます。それぞれテーマを決めて、図書で調べます。父母もみなぞろぞろついていきます。私も子どもたちの本を手にとって見ているうちに、歴史の本で「フランス革命とナポレオン」という本を読み出しました。私はナポレオンが好きなので、読み出すととまりません。すべて読み終えてしまいました。
 さて、それで、そろそろ私は自分の事務所へ出なければなりません。ちょうど、この本を読み終わった頃、私は出発することにしました。
 でも愉しい授業参観でした。今度は運動会にまた参加します。

 小野小町のことを書こうと思い、この深草少将に思い至りました。小野小町は825年(天長2)〜900年(昌泰3)の生涯だったと言われます。彼女の生誕と終焉の地が秋田県湯沢市雄勝町だと言われています。いつもこの生誕の地に納得していない私でしたが、今ではなにか「なるほどなあ」と思ってしまっています。
11041006 彼女を愛した男はたくさんいただろうと思われます。でも私はこの深草少将が一番思い当たります。小町が、「私の元へ百日間通い続けたら結婚しよう」と言ったということで、彼は実に九十九夜通いますが、最後の日は、雪の降る日で、雪に埋まり凍死したと言われています。なんだか、とても悲しい話です。
 彼女の百人一首の「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせし間に」も何度も詠んできましたが、哀しい思いにしかなりませんね。そういえば、この百人一首の彼女はいつも後を向いているから、顔が拝見できないのですね。(2011.04.11)

428e5f2d.jpg 土曜日2月27日に次女ブルータスが来てくれました。もうポコ汰もポニョも大喜びでした。ポニョもあんなにブルータスおばちゃんに寄り添ったのは始めてじゃないかな。でもじいじにはそれほど寄ってこないので、少し寂しいです。帰りのアクアラインのバスの乗っている頃少し長いケータイメールを出しました。日曜日なのに、次女は生徒たちと百人一首大会に出るのです。
 写真は、画像がないので焦ったら、そばにあったのでした。これは娘が沖縄のお土産に持ってきてくれたものですが、なんで二つあるんだろう。でもこの星砂の浜は実際に竹富島に行ったことがあります。沖縄で働いていたときでした。私の好きな島です。(03/01)

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 周の雑読備忘録「『金太郎』」へのコメント へさらの目森一喜さんから次のコメントをもらいました。

1. Posted by 目森一喜    2009年04月10日 13:41
 ああ、実にいい加減な事を書いてしまいました。教えてくだすってありがとうございます。
 すっかり忘れてるんで、平家物語、もう一度、読もうかなどと思いました。

 ええと、私はけっこう子どものときに(小学校4年くらいかなあ?)、子ども向けの「平家物語」や「源平盛衰記」を読んでいるのですね。それで、私は源家の頼朝、義経なんて少しも好きになれませんでしたが、平家にも少しも親しみを覚えませんでした。
 私が好きになれたのは、頼朝の下にいる鎌倉武士団でした。ただし、すごく真面目で、暗い感じをこの鎌倉武士団には感じたものでした。思えば、私はその頃から鎌倉武士団の、もともとの平将門を中心とする関東の集団が好きだったように思えます。
 源三位頼政という人は典型的な畿内の清和源氏の武家だったように思えますね。
 私は鎌倉を歩くのが好きですが、あそこでもいつも頼朝のことは考えませんね。ただ実朝のことはいつも思い浮かべています。
 私はこのところ毎日、電子辞書で、「百人一首」を実際に音で聞いているのですが、実朝のこの歌

   世の中は常にもがもな渚こぐ
    あまの小舟(をぶね)の綱手(つなで)かなしも

を毎日一回は聞くようにしています。実朝の気持がずっと判るようになってきた思いです。

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 私の孫のポコ汰が昨日ここに来てくれていました。そのときに私は電子辞書で、音声を聞かせました。その中で、百人一首の源実朝の歌を聞かせました。

 世の中は常にもがもな渚こぐ
  あまの小舟(をぶね)の綱手(つなで)かなしも

 ポコ汰は、まだ2歳になったばかりです。当然、この歌のことなんか判りません。でも静に聴いていてくれました。それは、こんな小さなマシンで声が聞こえるのが不思儀だったのかもしれません。

 私の詩歌の館

  http://shomon.net/kansi/siika4.htm#sanetomo
                        源実朝「短歌」

で、私はこの実朝の短歌について、次のように書きました。

 母にも叔父義時にも何も逆らわない実朝でしたが、二つ(本当は三つと言えるのです。三つめは妻とりのことです)のことだけは言い張りました。一つは宋人である陳和卿に命じて船を作らせ、その船で宋に渡ろうとしたことです。母も義時も止めますが、実朝は船を由比が浜で作らせます。でもその船は何故か海に浮ばないのです。

  世の中はつねにもがもな渚こぐ
   あまの小舟の網手かなしも

 小舟をこぐ漁師たちの手の動きに、自分の寂しい存在を見たに違いありません。私はこの船が鎌倉の海に浮んで欲しかった。実際に宋に行けなくとも、その船に乗った実朝の姿を想像してみたいのです。

 間違いなく実朝は、自分の死を予想していました。

 実朝はあの時代に、時代の流れのまま生きて死んでいきました。日本の輝ける貴族源氏の最後の棟梁としての右大臣実朝と、日本の初めての武家政権の源氏の棟梁征夷大将軍実朝としての役割を彼は雪の中を血に染めて終りました。

 また鎌倉を歩きます。鎌倉を歩いて、また実朝のことを思います。ああ、そういえば、実朝の奥さんは、檀ノ浦で滅んだ平家の子孫だったのでしたね。

 この実朝の歌を百人一首に選んだ藤原定家の思いをいつも私も思い浮かべています。

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1bcd6cd0.jpg 水曜日はまだ利用者が少ないのですね。私は百人一首を覚えているのは実に駄目なのですが、漢詩はいくつも覚えています。そうですね。そして唐詩選なんかよりも、日本の漢詩人の作った詩が好きです。いつもあちこちで詩っています。
 写真は7月5日に日暮里駅で撮りました。(07/10)

9874f25b.jpg 義母が百人一首が得意なことが、私の次女が自分たちの生徒に百人一首ゲームを教えていることに繋がっているのかなあ、なんて思います。ビデオで見たことがあるのですが、小学生がけっこうたくさんの歌を覚えてしまっているのです。私なんか羞しいですよ。
 写真は7月5日の谷中よみせ通りの「アラスアラサン」の店の前にあったお花です。(07/09)

5515150a.jpg 百人一首の前にいる義母の写真を見ました。私の次女ブルータスは今小学校5年生の担任ですが、この百人一首のゲームをクラスのみんなとやっています。ゲームといっても、百人一首を実際に覚えなくてはいけないのです。でも小学生が覚えるのは実に早いですね。その光景をビデオで見たことがありますが、実に感心してしまいました。私なんか、その歌を作った人に関する解説はできますが、肝心の歌そのものは、ごく少ししか覚えていません。
 写真は、13日に、私が飲みました千駄木「浅野」の店の前の光景です。(05/15)

d6be80e3.jpg 写真で義母が百人一首している姿があります。私の次女ブルータス(これはハンドル名です)は、小学校6年を担任していますが、もうずっと生徒たちに、この百人一首をやっています。ビデオで見ると生徒たちが、その百人一首を覚えるのが早くて正確なのに驚かされます。私なんか覚えているのは限られていますものね。子どもたちがあの時期にやるのはいいことだなあ、と思っています。私なんかは、歌よりも、その作者の人物で覚えているんだなあ。これはいいことか駄目なことなのかしら(12/05)
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 ブルータスの書いた短冊 にあるブルータスの

   僕が女でサヨコが男だったら
    二人は案外お似合だったかもしれないね  サヨコ

は、サヨコというのはブルータスの本名の名前ですが、「サヨコ」という歌手もいるということで、聞いていまして、その歌手のことを名前の苗字も含めてちゃんと書きたいのですがインターネットで調べても、私には判らないのです。困りました。ブルータスに聞くのがいいのだけれど、あいつももう忙しいからなあ。きょうも群馬に行っているのです。行くだけで3時間かかるのだそうです。
 何しに行っているのかというと、生徒を連れて、百人一首大会に行っています。
 私しゃ、百人一首なんて、たぶん20首くらいしか覚えていないよ。今の小学生は、どうやって覚えちゃうのかな。
 私は漢詩のほうが覚えやすいのですが、小学生は漢詩はやらないからなあ。

 きょうは、一気に我孫子の自宅へ行き、テレビの配達を受取り(でも今の液晶テレビって、実に綺麗だね)、そのあと一気に西川口のクライアントへ行きまして、さきほど王子の家に帰ってきました。

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7fd06da8.jpg 百人一首は、私の次女が小学校の教員で、子どもたちと熱心にやっています。もうこれは実に驚くほど生徒たちは熟達しています(ビデオでその姿を見ることがあるのです)。私は、その一人一人の歌の作者のことが判ってんのかな? なんていうくだらない思いを抱いてしまうばかりです。次女が今度来たら、「おばあちゃんも好きみたいだよ」と話してみます。(11/07)
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28efa1c0.JPG各部屋が、この写真のように、百人一首が掲げられています。さすがブルータスはこの歌の作者をちゃんと知っていました。さて、外は雨が降っています。どこへいこうか、なんてみなで言っています。

  この部屋は綺麗なお部屋でした。

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