将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:的矢六兵衛

1210161112101612  秋山伊左衛門の話が続きます。正月「三が日の祝儀もおえたゆえ、・・・」と伊左衛門が城を去るときに、

 ・・・馬の前には槍を立て、袴の股立ちを取った若等、鋏箱持ち、草履取りを従えた立派な伴揃えじゃ。ハテ、いったいどなたのお帰りか、見知った御方なら新年のご挨拶をせねばと思うて馬を急(せ)かせれば、鋏箱なる御家紋には紛うかたなく丸に矢筈ではないか。

 これは六兵衛ではないかと、伊左衛門は馬を急かせて追い抜きます。そのときに確認したいのです。

 ・・・。若党はいつもの者で、撥鬢(ばちびん)の槍持ち奴(やっこ)にも見覚えがあった。つまり家来も奉公人も従前のまま、的矢六兵衛だけが入れ替わったことになる。ぞっと鳥肌だった。

 このときの伊左衛門の気持は実によく分かります。こんなことがあっていいのでしょうか。でも伊左衛門はこれを認めてしまうのです。それは明日の話なのでしょうが。
 でもこうする事態にも、明治維新が迫っているのです。こんな新的矢六兵衛が12101505もっと大勢いたのなら、あの事態は、あの江戸幕府は滅びなかったのかもしれません。でもそんな事態はなかったのです。新的矢六兵衛はいなかったわけなのでしょう。
 だから新的矢六兵衛は、小説の中で座り続けるだけなのです。

1210140112101402 さらに秋山伊左衛門の話が続きます。

 虎の間の御書院番士は、しょせん張子の虎よ。ならば他目(はため)のないときには、背を丸めるも首を回すのもかまうまい。
 的矢六兵衛を名乗るあの男はの、さようなわしのおやごごろなどどこ吹く風で、虎の間の敷居ぎわに威をを正して座っておったのだ。

 私は随分昔に、私のクライアントのことで、本物のヤクザと話したことがあります。関西の大きな組関係のようでした。クライアント12101310に、○○の金を支払ってもらわないとならないが、それができないのなら、××で働いてもらうということでした。電話での話で、私のことを「ご同業さんでしょう」なんて言っていました。それでどうやら解決はしたのでしたが、もうその会社は東京では営業できなくなりまし12101311た。
 そんなことを思い出します。この新しい的矢六兵衛もこの筋ものの意向で、こうなったのでしょう。
 ただ、それなのに、突如明治維新になったのでした。
 さらに、明日も楽しみです。あ、明日は新聞がない日か。

1210100112101002 秋山伊左衛門の話が続きます。

 狐につままれたようなここちーーいや、ちがうの。さよう呑気でおられるものか。・・・

 豆撒き。わしははたと思い当たった。豆撒きは年男の務めじゃな。もとの六兵衛は三十六であるはずはなく、四十八にはまだ間がある。だとすると、二十九日の追儺の晩に的矢の屋敷で豆を撒いた番士がいるはずなのだ。

 前にも疑問だったのですが、豆撒きって、節分だからたしか2月2日だと思いました。私の家では私と弟がめちゃくちゃに豆を撒くので、母が「これからはこれに入れて撒きましょう」と袋に入れた豆をくれた覚えがあります。あれは昭和30年のときかな。
 思えば、私の娘にも、孫にもちゃんとやろうと思いました。
 いや昨年は長女の家で「歳の数だけ食べるんだよ」と言って、ポポはまだ一歳だから不満な顔をしたのを覚えています。だからやったんだよな。もう記憶があいまいになっている私なのです。
 この作品を読んで、我が家の豆撒きを真剣に思いました。

1210080812100809 今日もまた秋山伊左衛門の話が続きます。

 わしがあの侍に初めて出会うたのは、昨年正月の御番始の儀の折であった。

 このときに、新しい的矢六兵衛は儀式に少し遅れてきます。

 ・・・、無礼にもほどがあるが、今にして思えば初登城が正月祝儀とあって右も左もようわからなかったのであろう。

 なろほどなあと、納得します。でもこれで通ってしまうのが幕府の江戸城なのですね。いささか驚いてしまいます。こんなことなんだ。

2012/10/07 05:43(144)

1210070112100702 さよう、すでに聞いておるのか。もとの的矢六兵衛は、こともあろうに悪い高利貸しに嵌まったのだ。

 これはまったくそうだと思うのですが、でもこうはいっても、だからどうだというのでしょうか。
 最後には、こうあります。

 そもそももとの的矢六兵衛は、御書院番士の風上にもおけぬ柔弱な侍であった。それにくらぶれば、今の六兵衛は物がちがう。

 たしかに、これはすごいことです。そして、この秋山伊左衛門は、このことは、そもそも幕府を倒さんとする薩長の考えたこと、淀屋は薩長の回し者だというのです。

 薩摩は砂糖の専売やら琉球貿易やらで、いこたま金があると聞く。ならばその金に飽かせて御旗本の株を買い、幕府を内側から切り崩してゆくという妙手を、考えぬでもあるまい。12100511

 なるほどなあ。ただし、私はそうは思いません。考えません。あくまでも時代が、こういう事態になってしまったのです。江戸時代が無用に長すぎたのです。

  私は以上のように考えたものです。

12100503 もうあと30分で「純と愛」です。

2012/10/06 06:11日経新聞の「黒書院の六兵衛」について書きたいのですが、またあとで書きます。今は私の手もとに新聞がないのです。こんなことはあるのですね。
 いやもう「黒書院の六兵衛」は読んでいますが、やはりその中で引用したい部分があるのですね。それは新聞がないと駄目です。いやインターネット日経のサイトでは、この小説は引用できないのですね(そもそもUPされていない)。もちろんガラパゴスでは読めるわけですが、私にはあれからどうインターネットをダウンロードできるのか分からないのです。
 私はこれを書きながらも、新聞を読んだりしないと落ち着かないのです。仕方ないから、チラシを見て読んでいます。いや前にも見ているのですが、ゆっくりは見ていないのです。
 今チラシの莫大な大きさのを見ましたが、またあとで見ます。
1210060112100602 今は「黒書院の六兵衛」です。まだ秋山伊左衛門の話が続きます。

 ・・・、あいにくじゃがそこもとらの申し出には添いかねる。的矢六兵衛がどうこうではない。この期に及んで登城するなど、まっぴらごめんじゃ。

 これでは困ってしまうわけですが、以下のようにいいます。

12100504 ・・・、無駄足を踏ませたとあっては気の毒ゆえ、的矢六兵衛については知る限りをお話いたそう。・・・、・・・。

 これは興味がわきます。

 さて、またテレビで「純と愛」を見に行きます。

12100108 私は携帯電話は1992年の8月から持ちました。最初はドコモでしたが、5年ほどしてKDDIにしました。でも私の周りはいろいろなのです。孤立を思う私です。

2012/10/02 05:44新聞が入ってもなかなか読むことができませんでした。
1210020112100202「黒書院の六兵衛」で、やむをえず計算ばかりしていた(その総指揮をしていた)隼人が、次のように言います。

「帝鑑の間に立ち寄っていこう。六兵衛には心構えをさせておいたほうがよい。どうやらこれは最後の一手などではのうて、六兵衛の真意らしい」

 この挿絵の相手が本多左衛門なのです。私が「2012年8月23日のポメラ」で載せた挿絵の人物です。
 でもこの男ではどうにもならないでしょう。
 だから昨日書きました「源一郎の考えですが、的矢六兵衛の上司である組頭に六兵衛に下知してもらおうというのです」を実行にかかるのです。
 その他、以下の大きなニュースが三面にありました。

 ソフトバンクがイー・アクセス買収

 これをインターネット上で見てみます。

攻めに転じたソフトバンク イー・アクセス買収で手に入れたもの
KDDIに押されるなか繰り出した「必殺技」

12100109 これは大きいことですね。私は前にも書いたことですが、「KDDIをずっと使っています。おはぎとミツ君と妻がソフトバンクで、次女ブルータスとナオキ君がNTTドコモ」です。このあと孫たちもつぎつぎに、親を倣うと、私は独り孤立してしまいます。仕方ないのかなあ。ポコ汰・ポニョ・ポポ・じゅにもひそかに説得しようと思っています。でもまだ小さいからなあ。

 なんとしてもKDDIがいいはずなのに、私一人なのです。さびしいよ。

12093006 この挿絵を見て、「こんなことがあるのかなあ?」と思いましたが、思わず納得しました。

2012/10/01 05:25「もう10月か」と、このポメラで書き出して思います。今年もあと3ケ月ですが、これからは早く過ぎ去るでしょうね。
「黒書院の六兵衛」をすぐ読みました。この挿絵なのですが、「こんなことがあるかな?」と思いま12100106した。尾張藩の官軍12100107と福地源一郎とはいえ、幕臣がです。
 でも読んでいるうちに何故か納得できてしまうのです。二人は源一郎の考えですが、的矢六兵衛の上司である組頭に六兵衛に下知してもらおうというのです。

・・・
「そりゃあ君、組頭が下知すればいやとは言えまいよ」
「それほど簡単な話とは思えんがの」
「いや、六兵衛はそれを待っているんじゃないのか。・・・。・・・、御組頭なり御番頭なりを連れてこい、筋を通せば下城してやる、と」

12093007 そうか、それでこの組頭を探すわけです。
 これで終わりになれるのかなあ。もう私はこの二人に身を入れていますから、とにかくこの組頭を捕まえて、解決してほしいものです。
 ただ、その組頭を捕まえるのにも一騒動ありそうな気がします。

 とにかく的矢六兵衛のことは大変なのですね。

12092610 やはり簡単に出てこない字を漢和辞典で探します。これがけっこう大変ですね。

2012/09/27 05:45もちろん新聞が来て、真っ先にこの「黒書院の六兵衛」を読みます。
 これで的矢六兵衛はここを引いて、自宅へ帰るのかな、とも思いましたが、まだわかりません。でもそうなるんじゃないかなあ。1209270112092702

 ・・・、六兵衛の体から気合が去った。唇をひしゃげて嗤ったようにも思えた。
 六兵衛はふたたび指炬(さしがね)で計ったように横を向いてしもうた。こら、どこへ行く六兵衛。

 これでまた明日になります。
 その上の「文化往来」には、こうあります。

 ・・・・藤原道長の「御堂関白日記」が、訓読文でデータベース化され、・・・、IDとパスワードを取得すれば無料で閲覧できる。

 これは日文研というところです。あとでパソコンで見てみましょう。
 こういうふうに無料で自由に見られるようになることはいいです。もっとこれが12092611どこにでもひろまってほしいものです。

 この日文研のホームページにはすぐ行けましたが、「パスワードを取得」するようなところが分かりません。またあとでやってみます。

 今日は日経が来るのが、5時20分くらいでした。もちろん、すぐ受け取りまして、この連載小説を読みます。

12092501120925022012/09/25 05:52「黒書院の六兵衛」を読みました。

 大広間にあるのは隼人と源一郎だけだが、ぐるりをめぐる入側には野次馬が鈴生りであった。

 大広間がほの暗くなっても、六兵衛は湯屋から戻らなかった。かわりに配下の伝令が来た。
「的矢殿はお髪をお洗いになられました由、髪を結うておられます。今しばらくお待ちを」

 さてさて、これでどうなるのかなあ。私の予想は二つ12092416あるのですが、いつもはずれているから、みっともないので書けません。いや私はまたはずれるのですよ。
2012/09/25 06:19けっこう雨が降りましたね。

 雨が降ったのは、昨日もそして今朝もです。

12092403 日曜洋画劇場って、昔は見たものですね。でももう見なくなって私は20年を越えているでしょう。

2012/09/24 05:53日経新聞の最終面の「文化往来」ですが、『「日曜洋画劇場」縮小にのぞく洋画離れ』をうなずいて読んでいました。今はいくつもの洋画が、「あれ、このシーンはあの邦画のシーンの写しじゃないか?」と思うものがいくつもあります。
 昔は「洋画しか見ない」という阿呆な人がいたものでしたが、もういなくなったのかなあ。
1209240612092407「黒書院の六兵衛」を読みました。六兵衛はやはり風呂に入ります。

「久方ぶりの風呂はよほど気持ちよいとみえて、かれこれ小半刻も長湯を使うております。・・・」

 この宏装な御殿に勤仕する千人の人々の中に、的矢六兵衛の味方はひとりもいない。

 この私ですら、この企てがうまくいけばいいなあ、と思うものです。
2012/09/24 06:30この頃、このブログは日経新聞の記事内容しか書いていませんね。これは反省すべきですね。
2012/09/24 09:51今はリビングへ来ました。8時からの「梅ちゃん先生」を見ていませんでした。
12092404 10時から(実際には9時57分くらいから始まる)の「加山雄三『若大将のゆうゆう散歩』」を見たいと思いました。護国寺も椿山荘あたりもけっこう歩いたものです。王子から都電で行けるところなのです。

 また都電で行きまして、歩いてみるかなあ。

12092107 以下書いたチラシを見て、他にも書くべきことがあったのだなあ、と気がつきました。

2012/09/22 06:08昨日も三匹のところへ行きました。
 チラシに「イトーヨーカドー専門店街の情報誌<プレミアムニュース>」があります。それが印刷も折りも斬新なのですね。
12092206120922072012/09/22 06:26「黒書院の六兵衛」を読みます。今日は午前6時に新聞が入ってきたのですね。

「さあ、六兵衛。まっさらの褌じゃ。一ッ風呂浴びて着替えるがよい」
 的矢六兵衛の太い眉が、ぴくりと蠢いた。

 その上の「ルソー現代の課題に示唆 生誕300年思想見直し 原発・ポピュ12092108リズム問う支店」ですが、私はどうしてもルソーが苦手なので、読めないのですね。「告白禄」と「エミール」は手にしても読めなかったものでした。
 だからこの新聞の記事も読めなかったものです。

 とにかく、これでまずUPしましょう。

12092004 こうして、ポメラで書いてUPします。

2012/09/21 04:42あ、そうだ。「孫三匹が可愛く大変でした」を書いたのですが、私はそこに義弟のすだちを持って行ったことを言うのを忘れていました。でもでも、すだちは三匹は食べないでしょうが、美味しく食べるだろうサツマイモを持って行くのを忘れていました。あ、3缶のジュースも途中で買って行きましたよ。
12092102120921032012/09/21 04:52「黒書院の六兵衛」を真っ先に読みました。
 また私の予想ははずれました。六兵衛のことが語られます。

 的矢六兵衛は相も変わらず、武者隠しの中にかしこまっていた。面白くもおかしくもない顔を外に向け、御庭にそぼ降る雨を見つめている。

 なるほどなあ。この回は六兵衛の女房が託された風呂敷を源一郎が六兵衛に渡しに行くのです。挿絵は、平然と座っている六兵衛の前に頭を傾げている勝海舟がいますが、これはこの回にはありません。
120921012012/09/21 05:09その上の「大場俊雄『房総からハリウッドへ 20世紀初頭のスター俳優・早川雪洲の足跡追い40年』」はいい内容です。

雪洲はまだ海外の情報も乏しかった時代、「石にかじりついても成功する」という不退転の決意を持って太平洋を渡った。明治の男らしい気骨の人だったといえる。

 この早川雪洲の「筆者がハリウッドの書店で入手した早川雪洲の写真」を私は勝手に、ここに載せました。もしまずい、著作権でまずいというならご指摘ください。そのときに考え対処します。

 私は「戦場にかける橋」の早川雪洲が大好きです。ただし、あの映画の終わり方はよくないよなあ、といつも思ってきました。ああいう終わり方にしなければならなかった、ならないのでしょうか。私の父も大変に評価し(父は実際に、あ12092005の橋を建設した日本軍に従事していました)、でもあの描き方には、私と同じ思いをもっていたようです。

 やっぱりポメラだけじゃ不満ですね。パソコンとインターネットがあってのみ、インターネットに常時つながったパソコンがありがたいのです。

 こうして新聞を読み、チラシを見ているのはいいですね。

12092001120920022012/09/20 06:07リビングに来ました。
「黒書院の六兵衛」は、今日の奴(やっこ)のいうことで、話は終わったもののように思います。あとは今の的矢六兵衛自身からの話と、前の的矢六兵衛の現状を知りたいと思います。
 まあ、予想はつくのですが、この頃この作品に関しては、ことごとく私の予想ははずれていますからね。
2012/09/20 06:24新聞を読んだあとは、チラシをよく見ます。いや新聞より先に見ることが多いですね。
 それと今日は「NATS」が入っています。あ、このことはまた別に書きましょう。
 考えてみれば、朝は食事の時なのですね。それを忘れてはいけないです。
12091910 フランスでイスラムの予言者(マホメット)の風刺をする漫画が新聞に出たというので、大変に心配です。またイスラム教徒の怒りが怖いのです。

 今日はサミットストアに早く行こうと思っています。

12091902 この新聞が来ると、この小説を真っ先に読みます。

2012/09/19 05:34今少し前に、この新聞を手に取りました。
「黒書院の六兵衛」を読みました。奴の予想も私の予想もはずれていたようです。御隠居はこういいます。

1209190712091908「親は子に苦労をさせねばなぬ。しかし、子が親には苦労はかけてはならぬそうじゃ。わしはその理を理と思うて、厄介になることとした。老い先短い身じゃが、何かと役にも立とう。ご先祖様をお護りもできよう。これより本願寺に参って、御仏様に的矢家の保たれる果報の御礼をいたす」

 うん、これは実にいいこと、いい言葉です。奴はいいます。

「・・・。・・・、いっていその立派な理をどなたがおっしゃったんで」

 これでまた驚きます。

「的矢六兵衛がさよう申した」

 これは、この奴だけでなく、この御隠居自身も、この私も(私は少し予想がで12091903きる気がしますが)驚くのです。
 でもでも、みんな明治維新はぶち壊すのですね。

 さて食事も忘れてしまいました。

12091711 日経も入るなり、すぐ手にしました。

2012/09/18 05:42「黒書院の六兵衛」を読みました。

「そんな馬鹿な話があってたまるか」

 この奴(やっこ)の言うのと、私も同じ思いです。おかねの言葉はこうです。1209180612091807

「・・・。あの御殿様は、淀屋の手蔓で御旗本のお株を買ったに決まっている。だったら的矢六兵衛様にちがいないんだから、あたしらも知らん顔で従前通りのご奉公を続けりゃいい」

 でもこの奴はいいところがあります。この今のではなく、前の的矢六兵衛の両親のことなのです。まだ前の両親がそのままいて、もうすぐ出てしまうことだと予想します。そして、駆け出します。

 ほかの何を知らんぷりしたって、年寄り夫婦が路頭に迷うさまを、見て見ぬふりなぞできるもんか。

 うーん、また明日が待ち遠しいです。
 一面の春秋が佐藤春夫の詩を載せています。

12091801 あわれ/秋かぜよ/情(こころ)あらば伝えてよ
 さんま、さんま/さんま苦いか塩っぱいか

 私も秋刀魚は好きです。ただ「ウナギは昨今の異常な高騰で縁遠くなる一方」とあります。なんだか悲しいな。

 さんまはいつも食していきましょう。

12090603 今は業者さんの来るのを待つだけです。

2012/09/06 06:10「黒書院の六兵衛」を読みました。次第に事態が明らかになるのかなあ、と思っています。時代小説といっても、こういう姿が真実に近いのかなあ、とも思います。
 ただし、こういう話し方はしなかったろうな、なんて思いになります。いや奴という人はこんなには語れなかったろうなあと思うのです。
1209060612090607 的矢六兵衛の家に、奥様の兄がきます。そのお共衆の中で奴の知っている顔に、奴が聞きます。その応えが以下なのです。

 「・・・。返せねえのなら、借金証文を掛け取りに回してしまうほかはねえそうで」

 最後は次の言葉が続きます。

 どうです、旦那。寒(さぶ)い話でがしょう。

 やはり、ますます事態が分かって来た思いです。
 今日は日本間6畳の壁紙を張り替えます。8時半から9時前には業者さんが来るようです。その前にたくさん用意しておかなくちゃな。
120906042012/09/06 08:02「梅ちゃん先生」が始まりました。このおじさんが心配だなあ。
 どうしてこの二人がいさかうのだろう。

 とにかく、壁紙を替える作業の中でも、私はブログを書きUPします。

12083106 いつも日経新聞が入ってくる音で私はいつも嬉しくなっています。今日は4時10分でした。

2012/08/31 05:56今日は4時少しすぎに、日経新聞が入ってきました。
 真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みます。これを読んで知りました。でもここに記しておくと、いいのですね。

 これも御家人なら「旦那様」だが、御旗本は「御殿様でござんす。

1208310712083108 なるほどなあ。それで、ここの的矢六兵衛、その奥様ももとの六兵衛の奥さんです。

 奥様がそんな口やかましい人でござんしたから

という奥様で、

 お体が小さいうえに猫背で、ずいぶんと貧相な侍に見えていたんです。

というのが的矢六兵衛なのです。この六兵衛はもともとの的矢六兵衛なのです。
 なるほどなあ。少しづつ事態が見えてきた思いがします。
2012/08/31 06:14「君原健二『私の履歴書』」を読みました。「ボストン完走、次の目標 75歳でも達成へ今も走る」が今日の見だしです。1996年の第100回大会に、二人の息子さん、長男健、次男嘉朗さんが走っています。

 私がマラソンで途中棄権したことのないのを、息子たちは知っている。「それなのに僕たちが棄権するわけにはおかない」と2人で話し合っていたのだという。見事に私の代役を努めてくれた。

12083109 今日で、この君原さんの『私の履歴書』は終わりです。今日は「まだまだ通過点」という見出しもあります。この言葉を読んで、「そうだ、私だって、まだまだ通過点なんだ」と思ったものです。

 そうだ、私もまだまだ通過点なのです。これからもやりぬかなくちゃあ。

1208301112083012「黒書院の六兵衛」がいよいよ今の的矢六兵衛のことが語られるのかと期待します。

2012/08/30 05:18こうして今これを書けることがいいです。
「黒書院の六兵衛」は奴(やっこ)の話す内容は興味深いです。

 ああ、その奥様は今の奥様じゃござんせん。先(せん)の奥様でござんす。

 そうなると、いよいよこの今の的矢六兵衛のことが紙面で語られるのかなあ。いや誰が喋るのでしょうか。
12083001「君原健二『私の履歴書』」にいいことが書いてありました。

 「私は苦しくなると、よくやめたくなるんです。そんなとき、あの街角まで、あの電柱まで、あと100メートルだけ走ろう、そう自分に言い聞かせながら走るんです」

 これは1979年の公共広告機構の自殺防止キャンペーン「すててはいけない君の人生」で紹介されたということです。テレビCMの中の君原さんのセリフです。
 その隣の「斉藤凡太『素潜り漁場に浮かぶ一句 86歳現役漁師、磯の生活と戦火の記憶詠む』」は私は実に読ませていただきました。私には俳句というものは苦手意識しかありません(まだ短歌のほうがいいです)。そういえば現代詩も苦手です。漢詩はずっと好きですが。

  間引菜や妻も間引かれ石の下

 これは軍歌の「戦友」がもとです。

  月上がるレイテの海も照らすかや

 この彼はレイテ島にも漁師として行っていたとのことです。「作戦の助手のようなことをしていた」ということです。最後にある俳句が以下です。

  大夕焼不平不満も消えにけり12083002

 私はもっと俳句にも興味を持つべきかなあ。

 今後俳句ももっと注目すべきかな、と思ってきたものです。

12082811 これを将門WebにUPします。画像もUPしますから、少し面倒です。

2012/08/29 06:09先ほどUPしました書き込みで、「ああ、ちゃんとリンクしないといけないのだと今気がつきました。いえ、いくつもの書き込みで、「ここはちゃんとリンクしてくれればいいのになあ」と思います。
 そういえば、本でも、「私はもともと面倒くさがりだから、これはやっていない」なんて書いている(ようするにちゃんと引用していない)人がいるのですね。私はその時点でその本は読むのをやめます。読む私たちより、書いているあなたのほうがそういう情報は手に入れやすいのだから、普通にやるべきなのです。それを「面倒くさいから」などと言い訳するのなら、本なんか書かなければいいのです。
 だから、私はその後けっしてその人の本を開くことは(本屋でも手にとらないということ)ありません。
12082906120829072012/08/29 06:37「黒書院の六兵衛」は、この奴(やっこ)は、的矢六兵衛宅の中間(ちゅうげん)なのですね。でもそうなると、的矢六兵衛はどうなるのだろう。一体どうなっているのだろうか。今の的矢六兵衛はもともとの主人ではないはずですが。
 もう少し読んでいかないと分からないですね。
12082812「君原健二『私の履歴書』」を読んで、私も四国八十八ケ寺のお遍路さんのことが気になりました。いえ私は君原さんのようにバイクで行くのではなく、普通に歩いてお遍路したいのです。
2012/08/29 12:31もう昼なのですね。早いなあ。私の中学時代の友人の長春有情さんが書いてくれたことのレスを私のサイトで書かないといけないのですね。でも彼が書いてくれたことを、全部引用し上げたいのですが、「それはいけないことだ」という方もいますから(この人の名前とURLをあげてしまおうかなあ。月刊誌を出していますよ)、ちゃんと考えてやらないとね。・・・と言いましても、たがが私の考えることですからね。
 とにかく、このあとでやります。
120829012012/08/29 12:51とにかくこれを書くのもいろいろなことを思い大変です。でもテレビを見ながらできるので、いいです。パソコンでもノートならここでも書けますが、起動するのが面倒です(私の部屋ならデスクトップは常時起動させています)。

 デスクトップにポメラを繋ぐのは楽です。

 この日は三条たたみの見積もり作業が実に大変でした。いえ見積もり作業自体はすぐできるのですが、その作業を実際に日本間を見ることが大変でした。

12082706120827072012/08/27 07:59もう8時になるのですね。
2012/08/27 08:15最終面40頁「黒書院の六兵衛」を読みました。うーん福地源一郎の予想も私の予想もはずれているようです。的矢六兵衛(これは元のだろうか?)の父親と母親は元のまま六兵衛の親のようです(いや正確にはわからないですね)。
120826122012/08/27 13:13今「三条たたみ」というところがふすま取り替えと網戸の交換の見積もりに来てくれました。それで6畳間の畳の取り替えも相談すると15万6千円だと言います。もう依頼すると30日の工事です。ただし、畳はまだ分かりません。
 この見積もり数字をば少しあとでばあばにケータイメールします。けっこう簡単に決まりそうですが(まだこれから決めることもあります)、今は昔とずいぶん違ってきたものです。
 三条たたみの方が今車に戻っているので、また来て、見積書を受け取りまして、そのあと、また畳を見ています。これがまた大変です。
2012/08/27 14:45私は「大変だけどやってもらうよ」とば12082701あばにケータイメールします。でもこういう仕事は大変なのですね。
2012/08/27 15:19やっと見積もり作業が終わりました。大変な作業でしたね。

 午後8時近くになって、三条たたみから電話があり、仕事を依頼しました。私が忘れていたこともあり、それも依頼しました。

12082409 この福地源一郎がシェイクスピアを読んで翻訳しているなんて、もともと知っていたことじゃないかと自分にあきれてしまいます。この後坪内逍遥が翻訳して、それは私たちも目にします。私も一分読んだことがあります。

2012/08/25 06:12「黒書院の六兵衛」ですが、

 かつて二度にわたり、通辞として渡欧している彼は、ウィリアム・シェイクスピアに心酔していた。

というところで、最初は、「あれ、俺はそんなことを知らないぞ」なんて思いました1208250112082502が、一分後、「そんなことはない、これはよく知っていたことだ」と気がつきました。今日の最後がこうあります。

 ・・・、いよいよ悪い夢の小路へと歩みこむ。入り組んだ裏辻に目星の稲荷が鎮まり、黒塀ぞいに行くと立派な門構えの御屋敷があった。
 御書院番御番士、的矢六兵衛が屋敷である。

2012/08/25 06:56「君原健二『私の履歴書』」は実に読ませてくれます。

 大切な恩師は2001年、80歳で亡くなった。妻と二人で谷川岳に出掛けていた私は、奥さんからの電話で訃報を耳にした。高橋さんと出会わなかったら、私が銀メダルを手にすることはなかった。というより、一度も五輪の舞台に立てなかったはずだ。単なる監督ではなかった。私にとっては親以上の存在だった。

12082410 その右にある「情報に押し流される知性 進歩するネット 倫理の模索続く」ですが、私には、この文が何がいいたいのかさっぱり分かりません。私の理解力がないのでしょうが。

 この今日の挿絵が、福地源一郎が上野の山、彰義隊の籠もっているところを見ているところなのでしょう。福地源一郎はこのあと、稲荷町の的矢六兵衛の家にむかうのです。

12082122 なかなかやっていられないですね。ケータイメールはある人には出したのですが、返信はないだろうな。

2012/08/22 06:03今リビングに来ました。
1208220612082207 もちろん真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みました。最後の

 変わらざる景色は人心を安んずるのである。

という言葉にうなずいてしまいます。でも、でもこの景色とは的矢六兵衛が

西の丸御殿の大広間の帳台構えの中に、六兵衛は相も変わらず面白もおかしくもない顔で、じっと座り続けていた。

という事態がそのままなのです。最後の言葉の前に

 みなその姿を見るたびにふしぎな安息を覚えた。

とあります。いわば、この小説を最初に読み始めたときから、何も変化していないのです。
「君原健二『私の履歴書』」も実に興味深い内容です。
 上に田村尚子さんという写真家が書いていますが、私はその内容よりも、「写真家」というところで、「ああ、今日は彼に手紙を書こう」と思ったものです。
120821262012/08/22 10:04いつもなかなか手紙は書いていません。反省するところです。
2012/08/22 13:30どうしても暑いですね。この暑さには堪らない思いです。

 思い出した写真家は早津明彦さんです。彼に手紙を書かなくちゃという思いです。

12081502 とにかく、この「周のポメラ」をUPしましょう。

2012/08/15 05:07そうだ、手紙を書かなくちゃあな、といいう気持になりました。どうしても私はパソコンでブログになにかを書くことを優先してしまいます。そしてパソコンばかりではなく、ポメラだと思いリビングへ来て、ポメラを広げます。
 新聞で「黒書院の六兵衛」を真っ先に読みます。
 そうか、官軍というと、東海道を進軍してきて、他は中山道を進軍してきた軍勢だとばかり思っていましたが、甲州街道が一番早く江戸に進軍したのですね。勝沼で近藤勇率いる旧幕府軍と戦闘しているから、早かったわけだ。思えば、昔の旗本御家人なんていう武士たちは、なんにもならなかったわけだ。
1208151312081512 近藤勇にしろ、もともとは武士ではなく百姓なわけだから、そういう方が明治維新のときもみな先頭にいたのですね。
 それにしても、この加倉井隼人の奥様は綺麗な方ですね。でも、

 隼人の胸の中には、的矢六兵衛が居座っていた。

ということなのです。
「君原健二『私の履歴書』」の「夢の東京五輪は8位 銅の円谷さん、寂しげな顔」をよく読みました。あのときの円谷さんは実によく覚えています。ただ私なんか、一番期待していたのは寺沢徹さんだったなあ。この君原健二さんは一番評価していませんでした。でも今は、もうそうしか見えていなった私こそが恥です。
12081503 今日が8月15日ですね。私はこの日を敗戦記念日としてきました。「『終戦』なんて、欺瞞だよな」という思いでした。でも今は、「終戦ということこそがいいのかな」と思うようにもなってきました。

 でもまたパソコンの前に来るのです。パソコンがないとUPできないのですから。

 今日は「どうしても暑い」とは書きましたが、もう立秋は過ぎたのだなあ、ということを感じました。いや1Fにゴミ他を出してきたのですが、つくづく感じたものです。1208080112080802

2012/08/08 06:10どうしても暑いですね。
 この「黒書院の六兵衛」は毎朝読んでいて、どうやら今日で見えてきた思いがあります。ただし、私は一度読みまして、数分後また読みなおしていました。

 的矢六兵衛は金に飽かせて御旗本の家を乗っ取ったのはよいものの、周囲からは冷ややかな目で見られていた。ここは何としてでも、おのれこそ的矢六兵衛であると認知させなければならぬ。そのためには、ぜひとも殿中にて相続の儀を執り行いたい。

12080803 そうなんだ、と納得しました。しかし、こんな事態は私は初めて読みました。こんなことは他にもあったのかもしれません。しかしこうして書かれていると、実に徳川政権がもうただただ末期だったのだということがよく分かります。

 しかし、この浅田次郎の小説は実に読み応えがあります。いいですね。

 リビングでこのポメラを書いていましたが、またパソコンの前に戻ってきました。

2012/08/04 05:43リビングへ来ました。ここで冷房をつけるとどうやら過ごせます。
1208040112080402 浅田次郎の「黒書院の六兵衛」は新聞を手にとると、真っ先に読んでいます。最後にこうあります。

「ところで、忌部とやら。そちらにちと訊ねたき儀がある。的矢六兵衛についてのことであるが」
 出雲守様の予期せぬご下問に、肝が縮みました。

 また明日が待ち遠しくなります。
12080207 そのあとすぐに、「君原健二『私の履歴書』」を読みます。ここに円谷幸吉のことが少し書かれています。私は彼は急に東京オリンピックで自衛隊で走ったと思いこんでいましたが、もっと前から地道にやっていたのですね。「そんなの当たり前じゃないか」という私に、ただただ頭を下げるしかない私です。

 これで、あとデジカメの画像をパソコンにUPして、またこの「周のポメラ」をUPします。

 こんな朝遅く起きたのはひさしぶり、というか何年ぶりですね。

2012/07/13 07:21今朝はどうしてか、目が覚めたのが6時45分でした。
1207130112071302 まずは「黒書院の六兵衛」を読みます。最初にこうあります。

 謎はむしろ深まったが、とりあえずその謎の土台らしきところには手が届いた。

 私も届いた気がしています。また隼人が次のようにいいます。

「・・・ぶっちゃけた話、おぬしは的矢六兵衛になるために払うた大金を、取り返したいのたいのであろう。・・・」
 図星か。六兵衛のまなこがほんの少し動いた。しかし答えはない。

 明日で連載の60回目になるのです。まだ六兵衛はこの連載の中で一言も言葉を発していません。
 このあとも熱心に読んで行きます。
2012/07/13 07:50今NHKで茨城県の大洗海岸のことをやっています。放射能云々ということで、昨年は海を訪れる人は少なかったです。でも今年もだというのです。もう放射能は関係ないはずなのですが、どうしてかなあ。
 私の二人の娘と、従姉妹のみーねえ、しほちゃん、かなちゃんで行ったことがあります。親は私の兄だけが来ていませんでした。もうものすごくあのときを思い出します。
 私の孫も連れて行きたいなあ。
120711062012/07/13 08:01「梅ちゃん先生」を見始めました。
 物語の中でいくつものことを考えます。
 梅ちゃんに、「ガンバレ、ガンバレ」と声をかけてしまいます。
2012/07/13 08:21思い出せば、こんな時間まで書いていられるのはよかったものです。

 とにかく、こうしてポメラが書いていられるのはいいことです。

 いや大変に「黒書院の六兵衛」が待ち遠しいわけでしたが、でもすぐに読みにいけない思いがありました。いくつものことがあるのですね。

12071006120710072012/07/10 05:34昨日は新聞の休刊日でしたから、「黒書院の六兵衛」が待ち遠しいわけですが、でも私もほかにもやっていることがあるわけで、なかなか落ち着きません。長女の家に行って、ポコ汰に秩父へ行って泊まった感想も聞きたい思いですが、なかなか時間が作れないなという思いです。
 それにしても、この小説の今日の最後には、

 しかしまあ、あの的矢六兵衛がいまだ殿中の虎の間に詰めておるとは。一体全体、何のつもりでござりましょうのー。

となっています。孫右衛門の話は、これで終わりなのかな。結局これでは、的矢六兵衛のことはさっぱりとらえようがないわけです。
12070811 しかし興味深い小説です。私はものすごく感心しています。漱石鴎外の小説と比較しました。太宰治を思いました。もう今は違うのですね。今の日本は大きく違うのです。もちろん、舞台は明治維新のときのことですが、でもやっぱり大きく違うのです。昔大きく問題にされたこと、いやその時代の人が大きく感じたことが今は違うのです。
 今の時代の我々を思います。問題が大きく違うのですね。

 ああ、孫たちに会ってお喋りもしたいな。

1207060612070607 やはりこの日経新聞は面白いのかなあ。

2012/07/06 05:48また今朝も、この日経新聞が来るとすぐに手に取り、この「黒書院の六兵衛」を読みました。この的矢六兵衛の成り代わりが、馬に乗って江戸城に登城します。これは恐ろしい話というよりも、堂々とやっているのですから、少し滑稽な話です。

「おのおのがた、今し見たるはまぼろしでござる」
 身分は同心でも長老にございますゆえ、笑うならここでここで笑っておいたほうがよいと思うたのです。

 やはり私には今もこの小説の内容その事態が、その理由(わけ)が分かりません。
 この小説の上に、園まりの「喪友記」という記事に「伊藤エミさんを悼む あこがれの先輩」があります。

 私の代表曲「逢いたくて逢いたくて」のメロディーはピーナッツの「手編みの靴下」がもとになっている。お二人から曲を受け継いだつもりで歌い続けてきた。

 あのときの頃をよく思い出します。あの頃もたくさんのことがあったものでした。
 3面の「テーマパーク勢い鮮明 夏のツアー予約、大幅増」「レジャー消費力強く 国内外の旅行者数も最高」という記事が興味深いです。

 テーマパークの集客力が回復している。東京ディズニーランドTDRやユニバーサル・スタジオ・ジャパンUSJの入場者数は足元や夏休みの見通しが好調。

12070513 明後日8日の「平清盛」は平治の乱の実際ですね。私が小学校4年(名古屋の内山小学校にいました)のときに、源義朝が亡くなりました知多半島内海へ行きました。このときのバスガイドさんが、義朝(よしとも)を頼朝(よりとも)と何度も平気で間違えて発言していて、私は小学4年生ながら、もう嫌になったものです。義朝が「せめて小太刀さえあれば」とか言ったといいうのは、よくよく思い出します。

 思い出せば、私は名古屋に3年半もいたのでした。小学校は3つ通っています。

12070106 こうして新聞を開いて、真っ先に「黒書院の六兵衛」を読んでいます。

2012/07/03 04:50日経が入ると、すぐに「黒書院の六兵衛」を読みました。なるほど、私が昨日書いたことは当たっていたようです。おふじの言葉です。
「ですから、御旗本の株を買うた、どこの馬の骨ともわからぬ的矢六兵衛でございますよ。」

 このあとに、孫右衛門は次のように言います。

 まことに信じられませぬ。だが、理屈は通っているのです。

1207030612070307 うーん、やっぱりそういうことか。いわば的矢六兵衛は二人いるわけです。本者(ほんもの)と、その本者にたぶん金を貸し、そのかたに、この的矢六兵衛を演じている者が。だからその本者は、今江戸城の中で何も語らないわけだ。「あくまで徳川恩顧」ということではなく、どう演じられるのかも分からないというところでしょう。
 でもまだ何かがあるように思います。
 いや昨日見た夢のことも書かなくちゃあな。
2012/07/03 05:28チラシを必ず見ます。東武ストアのがA2両面(つまりA判のオフ輪印刷)の2色刷りです。思えば4色カラーにする必要はないものね。

 毎日各チラシは読んでいますが、今日は進学塾のチラシはすぐに廃棄しようとしましたが、でも止めました。ちゃんと簡単に読みます。

12070101 また新しい月になりましたから、新しいファイルを起こしました。

2012/07/01 04:58今このファイル(2012年7月)を作成しました。
120701022012/07/01 05:41上に書きましたが、この新規ファイルを正確に作るのは、パソコンに接続してパソコンからやります。そうしないと、私にはできないのです。
 この日経新聞が入ってきて、私は真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みます。まだ今日でも、この的矢六兵衛は分からないのです。そして、この物語は明治維新の新しい面を見せてくれるのではなくて、この的矢六兵衛というものすごく風変わりな男の話なのではないかなあ。明治維新における尾張藩の風変わりな存在の仕方から、実は江戸時代初期からの尾張藩のそうした姿を見せてくれるのかなあ、と思ったのですが、実はそうではなく、この的矢六兵衛について描くのが、この物語ではないのかなあ。
 だから、やはりこれは歴史小説ではないのですね。そんなことを思いまして、今までの浅田次郎の作品を思い返していました。うーん浅田次郎は今までと同じように、この作品で私たちを驚かせてくれるのかなあ。そして、この作品がその最大のものになるのではないかなあ。
 最初、江戸へ進軍進行するのが、「ピーヒャララッタッタ」の官軍なのですが(この時点ではこの歌はまだないのですが)、それが尾張藩ということで、少し驚き、「でもそうなんだなあ」ということで、納得もしたのですが、問題は、そんなことにはないのですね。この的矢六兵衛という人物の実に不可解なことが、この物語の面白さであり、この物語の核心です。
12062310 でもこの人物は今も読めません。一体何を考えているのか。何をやりたいのか。時は、ちょうど彰義隊戦争が開始される寸前の上野なのです(今は江戸城の中ですが)。また明日も待ち遠しいです。

 とにかく、こうして読めて嬉しいです。でもまたテレビを見に行かなくては。

12063001 思えば、いっぱいやることがありますね。

2012/06/30 06:39いろいろと書くことがあってもうなんか「間に合わない」思いになります。でもやっていかないとなりませんね。
12063002 新聞が届けられると同時に、「黒書院の六兵衛」を読みました。おふじが語り始めます。ただ読んでいるものにとって、的矢六兵衛のことが早く語られないので、気がせいてなりません。
2012/06/30 06:55もうこんな時間なんだと思ってしまいます。仕方ない思いにもなりますね。
 新聞も読みますが、チラシも読みます。
2012/06/30 08:03「梅ちゃん先生」を見始めました。
 でもこうしてテレビを見ても、そちらに集中していることができません。
12062307 でもなんだかまた涙になってしまいます。
 最後のシーンで心配になりました。でも来週の予告を見るとお父さんもどうやら元気なようです。安心しました。

 また上中里のおはぎの家へ行きます。何を持っていけばいいのかなあ。

12062801 日経新聞の「黒書院の六兵衛」が一番気になります。

2012/06/28 04:574時40分に、日経新聞が入ってきて、それでそれを持っ12062802てリビングに来て、「黒書院の六兵衛」を読みました。
 これは、今日も孫右衛門の話が続きます。今日はおふじという孫右衛門の使う下女が出て来まして、その話が明日になるのです。話は的矢六兵衛のことです。
 このポメラはもう私はいっぱい単語登録しています。
 昨年11月23日の上中里の平塚神社での私の長女一家とあちらのおじいちゃん、おばあちゃんと、私と妻(こちらのじじばばです)の写っている写真を見ています。この日は、ポコ汰、ポニョの七五三の日でした。だから二人の写っている写真がいいです。越谷じいじに抱き上げられているポポがいいです。見ていて、私はただただ嬉しくなっています。
 まあ、余計なのは私が写っていることくらいかなあ。
 でもこうして写真はいいですね。

 こうして新聞の小説をデジカメで撮ることも日課のようになりました。

1206252412062525 いつも「黒書院の六兵衛」を面白く興味深く読んでいます。

2012/06/26 04:59やはりこの新聞が入ると、この「黒書院の六兵衛」ばかりが気になります。

 さよう。的矢六兵衛にちがいございませぬ。しかるに、その人物は的矢六兵衛ではござらぬ。

 もう明日のこの日経新聞も待ち遠しいです。やっぱり浅田次郎ですね。私は再び大ファンになりました。
2012/06/26 05:23新聞を読み、チラシを見ました。私はよくチラシを見ます。書いてある内容には興味がありますが、そのチラシのデザインにも印刷内容にも興味があります。「あ、これはオフ輪印刷だ」「これはA3断ち切りで両面4色だ」なんて見ているのです。ときには5色印刷があったり(まず珍しいですが)、アート・コート紙ではなく、ザラ紙で2色印刷(今日の東武のは2色です。ただザラ紙ではないです)なんてこともあります。
12062513 面白いですね。
 今は新聞の折込広告のみを扱うサービスもあるのですね(ただし、地域、自治体により、ない場合もあります)。もっと見つめていく必要があるのでしょう。

 もうすぐ6時になるのですね。

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