将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:真贋

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 学生の一人が太宰に「太宰さんはどうして作家になったのか」と尋ねる。太宰は「ほかに何をしても駄目だったからだ」と答える。学生は半分笑いにして「じゃ僕なんんか有望なわけです。何をしても駄目です」と言う。太宰は真剣に「君は、何もして失敗してやしないじゃないか。(中略)何もしないさきから、僕は駄目だときめてしまうのは、それは怠惰だ」と答える。ここらへんが志賀直哉にはたかが新人のくせに生意気だといった評論になったと思える。わたしには泣きたくなるほど共感した話だった。(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「あとがき」)

 これは、私にも泣きたくなるような思いのする話である。吉本さんは、他でも、このことを述べていたかと思います。そして私も何人かの後輩たちにこの話をしてきたものです。しかし、私はやはり志賀直哉が気にいらなかったわけですが、なんだかこの頃は少しは好きになれるところもあるのではないかなあ、という気持になっています。

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 いまは考えなければならない時代です。考えなければどうしようもないところまで人間がきてしまったということは確かなのです。人間というのは善も悪もやり尽くさない限り新しい価値感を生むことができないのかもしれません。いま、行き着くところまでできたからこそ、人間とは何かということをもっと根源的に考えてみる必要があるのではないかと思うのです。(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「6 今の見方、未来の見方」)

 今は誰もが自分の住んでいる世界が、何か違うものになってしまったと感じているのではないかと思います。そしてどうしてか、その世界に自分はうまく摘要できない、はじかれてしまうのではないかということを感じているのではないかと思うのです。いや、それは私自身が一番感じていることなのです。でもだからこそ考えなければいけないのですね。私はいつも自分にそのことを何度でも言い続けています。

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 長く人生を生き、戦前・戦中・戦後と一定の視点で人間というものを見ていると、どうも人間というものは、なかなか向上しない、立派になりにくい宿命を背負った存在ではないかと思うことがあります。戦争のような大きな悪の中では個人個人は倫理的で善良になり、平和の中では個人個人が凶悪になっていくという矛盾があります。(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「6 今の見方、未来の見方」)

 私には戦争という体験はないわけだが、何故かこれが判るような気になってしまう。同時に平和な時代こそ、たぶん今も平和な時代なのだろうが、個人個人が怖ろしいくらいに、駄目な悪い存在になっているような気がしてしまう。ただし、でも今も少しだが、人間が少しはいい存在になろうとしているのではないかというところも私は感じている。

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 戦争には正義の戦争と不正義の戦争があるというような考え方、あるいは、善玉、悪玉があるという考え方はまったく嘘だということです。疑いの余地なく戦争はみんな悪だと考えたほうがいいと自分では思っています。
 しかし、東洋ではまだまだ、戦争には正義の戦争とそうでないのがあると主張する人もいます。でも、それは社会の後進性にもとづく誤った認識だ、ということで片をつけたほうがいいと僕は思っています。どんな名目をつけようと、戦争はすべて悪だと考えるべきなのです。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「6 今の見方、未来の見方」)

 この戦争には、正義・不正義の戦争があるという考え方は、どれほど世界に蔓延していたことだろうか。ここを深く認識しておかないと、いつまでも惨めな世界観を持っていることになってしまう。それがかなりなことをやってきてしまっていたのが、私たちが生きた20世紀だったと思うのだ。もう同じことを繰り返すわけにはいかないのだ。

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 この一つ前の 吉本隆明鈔集「両方やって両方の修練をすればいい」なのですが、このことを書かれていた『真贋』の「5 才能とコンプレックス」のこの箇所を実に興味深く読みました。

 僕は失業していたとき、理工系の編集者募集の新聞広告を見て採用試験を受けに行ったことがあります。

と吉本さんが書かれている内容が、ちょうど私も経験のあることですから、それを思い出したのです。
 私も試験会場(といっても、教室のような部屋でしたが)で、B4版の用紙が配られ、それを校正しろという試験が私たちに課せられました。私たちに与えられたのは、赤エンピツだけです。
 すぐに私の前にいた人が試験官に質問しました。

 この「○○○○」と書き出されているところから、素読みするのですか?

 二人いた試験監督者は、「そうですよ」と答えました。
 その「○○○○」は文章の途中からになっています。それはページが1・4どりだから、そうなんですが、その質問した彼は4ページの最初を読んで、質問しているのです。もう一人も、解せない感じで同じ質問をしました。
 私は、もう「え、これ1・4どりだから、ページの最初の1ページ(すなわち左側のB5の部分)はこちら側に決っているじゃないか」と思いました。かくして、「あのお馬鹿な二人よりは、俺のほうができるな」と思いました。それで、さんざん赤を入れて、私は終わりました。私はミスを直すだけではなく、文章もいくつか書き改めました。
 でもたしか25人くらいいたから、もちろん私は受かりませんでした。
 あの頃の採用試験のときの試験の内容や、そのときの面接を、ときどき突如として思い出しますね。

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 自分のやっている仕事が自分に合っているかどうか自信を持てない人は多いのではないでしょうか。
 僕の身近な作家と編集者のたとえで言うと、作家に向いているのに編集者になりたいとか、編集者に向いているのに作家になりたいという人がいます。このように、自分がなりたい仕事と、他人から見た向き不向きが違うことはよくあるものです。
 そういうときには両方やって、両方の修練をすればいいと思います。一方が陰になれば、もう一方が陽になり、逆に、一方を表にしたら、もう一方は裏にまわすような修練の仕方をすればいいのです。そうすれば、どちらになるにしろ必ず役に立つはずです。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「5 才能とコンプレックス」)

 こう言われる内容なのですが、私もいつも考えてきたことです。「この仕事は自分に合っているのだろうか?」と。でもまた「両方やってみて」ということは考えもしなかったものです。ただし、結果として、その両方どころかいくつもの仕事を同時にやった時期もあります。思うわけなのですが、いくつもの仕事をいっぺんにやってみるというのは、いいことではありますね。ただし、何年か経って、自分は結局はどれも駄目じゃないのかということに愕然としてしまうわけなのですが。

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 自分にとって真に重要なことは何なんだと突きつけられたら、僕ならこう答えるでしょう。その時代時代で、みんなが重要だと思っていることを少し自分のほうに引き寄せてみたときに、自分に足りないものがあって行き得なかったり、行こうと思えば行けるのに気持がどうしても乗らなかったりする、その理由を考えることだ、と。(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「5 才能とコンプレックス」)

 うん、このことは私もいつも絶えず考えてきました。「行こうと思えば行けるのに気持がどうしても乗らなかったりする」、このことは「なんでなんだろうか?」と考えながら、その答えが出てきたことはありません。ただ、「とにかく、自分はここでこのまま続けるしかないなあ」という思いばかりでした。その結論で良かったのか否かは、今もおそらくこれからも正確な答えは出せそうもありません。

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07061302 生まれつきの性格の問題は、自分と問答する中で解決するしかありません。解決はしなくても、自問自答する中でそれは除々に解消することができて、人間関係については、その意識的に変えた部分でつきあうことができるわけです。(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「5 才能とコンプレックス」)

 このことも私自身のことを思い出してよく判ってきます。私もまたあの中学生の頃、ちょうど14、5の頃自分で自分とよく問答をしていたなあ、と思い出します。その頃のことを思い出してみようかな、と考え出しています。

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 程度の差はあれ、人間は誰でも育てられ方によってその後の人生が大きく変わっていくものだと思います。
 僕自身も引っ込み思案な性格で、そのことを子どものときから嫌だなあと思っていました。
 前思春期にあたる十五、六歳までの育ち方によっては、引っ込み思案になる子も少なくありません。それが高じると、いまで言うひきこもりになってしまうのでしょう。僕は、悪ガキでいじめっ子で、積極的に遊ぶ子どもだったのですが、内心は引っ込み思案だったのです。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「5 才能とコンプレックス」)

 このことは私自身のことを考えてもよく判る気がします。私もずっと引っ込み思案の子どもだったと思います。それを中学生の頃、ちょうど14、5の頃自分で替えていったと思っています。思えば、あの頃は私の生涯でも大変な時期だったんだなあ、と思っています。

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日本の民俗学では、幼い子どもが遊ぶ様子を指して、最初の時期を「内遊び」、次を「軒遊び」と呼んでいます。ここまでが、母親か母親代理の目が届く範囲で遊ぶ時期です。もし、仕事でどうしても忙しいということであれば、この軒遊びの期間までと、それに加えて前思春期の期間だけは、正面切って子どもと向き合って、怒るときは怒り、かわいがるときはかわいがる。そうすればまず文句なく育つはずです。少なくとも、凶悪な事件を起こすことはあり得ないでしょう。ここが育ちがいいか悪いかを分けるもっとも重要なポイントになると思います。(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「4 生き方は顔に出る」)

このことも私は自分の二人の娘のことで、よく理解できます。ああ、あの時期は「内遊び」の時だった。それで次の「軒遊び」のときのことも、よく覚えています。私は父親で、そのときに相手をしていたわけではないが、日曜日のときには、それを実によく見ていた思いがあります。この時がとても大切な時だったのですね。そのことが今になって大きく感じています。

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 子どもが成人してから一番なつかしがるのは母親であって、父親ではありません。これは百パーセント疑いのないことであり、父親の役割は母親を介して子どもに作用しているだけです。父親に親しみを感じている子どもがいるとしたら、母親との関係がよっぱど悪かったのでしょう。そうでなければ、大体人間は死ぬ間際まで、思い起こすのは母親のことです。親愛の情を持って慕うのも母親と決っています。(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「4 生き方は顔に出る」)

 これは大変によく理解できます。ただし、私は父親であるから、やっぱり少し不満になります。こんなに二人の娘のことを考えているのに、そんなに私のことは思ってもらえないんだなあ、という少し寂しい気持になってしまうのです。

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07051201 母親が父親に助けてもらいながら産後の肥立ちを待つことができるのは、人間の育ち方、育て方としては比較的理想に近いのではないかと思います。西欧のやり方、東洋のほかの国のやり方など、世界を見れば、育て方はそれぞれ違いますが、日本の育て方は後から考えてみて、典型的にいいやり方であったと思います。(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「4 生き方は顔に出る」)

 これを吉本さんはずっと前から言われてきたかと思っています。だから私も自分の子どもを育てるのに、このことを一番大切にしてきたかと思っています。子どもが生まれたばかりのときの、父親の役割とはそんなことばかりでしかないと思うのですが、でも母親のやることを助けていくのが父親でできるいい役割です。それができている日本の子どもの育て方というのは、実にいいやり方だと私も思っています。

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 僕が「育ちが悪い」とする環境は、青春期までのことを指していて、青春期以降は育ちがいいも悪いも関係ありません。青春期になれば、家庭環境や教育環境を自分で意識的に変えていくことができますので、そこから後の環境は、育ちによる問題とは別なものだと僕は思っています。
 したがって、青春期の前までのところが「育ち方の環境」にあてはまるのだと言えるでしょう。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「4 生き方は顔に出る」)

 このことは吉本さんの言われることをずっと読んできていた私は、自分の子どもの育て方についていつも気にしてきたことであるわけです。なんとか青春期までの育て方は、ちゃんとできていたのかなあ、と私は思っています。私のような駄目なだらしのない父親でも、なんとかやれてきたと思っています。娘が大学に入ったときに、どうやら「これで良かったのかな。終われたのかな」という思いを持ったものでした。ただし、それはもちろん私だけの力ではなく、おおいに母親である私の妻が二人の教育には実に大切な存在であったかと思っています。

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 赤ん坊時代から前思春期までの間には、その人の性格を決める、とくに重要な期間が二つあります。一つは乳児期です。母親あるいは母代理の人が、哺乳やおむつの取り替えといったことをゆったりできるゆとりが、精神的、経済的にあったのかどうか。なかった場合は、それが無意識のうちに心の底に沈んで、青春期以降にそれを自分で克服しようと考えて、意識的に相当苦心しなければならないことが起こり得るのです。
 もう一つの時期は、前思春期に近い、十代の半ばぐらいまでのところです。年上の人、たとえば母親代理の人から性的にいたずらに近いことをされたり、過剰に構われたりすると、やはりその体験が無意識のうちに心に沈んでしまいます。
 こうした、無意識のうちに沈んだ体験は、青春期頃によほどのことがなければ出てきません。それでも、主に、この乳児期と前思春期の二つの期間を経て、人間の無意識を含めた生悪口形成がなされると考えられます。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「4 生き方は顔に出る」)

 私はこのことを吉本さんから度々指摘されてきたように思っている。それは講演の中で印象深いこととして私が記憶したのかもしれない。いろいろな人と会ってみて、その母親と会ったときに何かが解けてきたような思いになることが度々あるのです。そしてその母親に対しては、その夫の存在もおおいに感ずることがあるのです。

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 青春期が成人のめどだと考えると、赤ん坊のときから青春期になるまでに構ってくれる人、つまり母親あるいは母親代理の人との関係が、育ちのよし悪しを決める、と僕は考えています。
 それが、何らかの理由でスムーズでなかった場合、たとえば、経済的な事情で母親が働きにいっていて保育園に預けられ、夜遅く帰ってきてまったく構ってもらえない。そういうことだと、赤ん坊時代から前思春期までの育ち方環境はいいとは言えません。
 性格的に誰でも欠点はあるでしょうけれども、この期間の育ちが悪いと、性格の欠点が目立つようになって、後で自分で苦労しなければなりません。僕はそういうことを「育ちが悪い」概念としてとらえています。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「4 生き方は顔に出る」)

 私はこのことを実際に自分の子どもを育てるときに真剣に考えてきた。この意味で、私の二人の娘は、私の妻、そして私の両親、妻の両親のおかげで、実によく育ってきたことだと思っている。また私の両親が作ってきていたいくつもの環境も実にいいものだったと思っている。こうしたことで、私は娘を育ててくれたいくつものことに私はとても感謝しているのだ。

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 日本にはアジア型の包容力のある人物というのは、なかなか出てきないという印象があります。とくに、思想の党派制と政治の党派制がピタリと一致していないと気分が悪いというのは、日本人の特徴ではないでしょうか。それは悪く言えば島国根性と言っていいかもしれません。
 つまり、東洋人に属するけれども、大陸の荒波にもまれたことがないから日本人というのは何となくこじんまりしているのです。大陸の人から見ると、日本というのは、ばかに頭もいいし、科学・技術もヨーロッパ並に発達して、アジアでは先進国のはずなのに、どこか包容力がない、と思われているところがあるような気がします。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「3 本物と贋物」)

 これは私が自分を見ても、よく判ります。私には包容力というものは全く欠如していると言っていいでしょう。それを認識して、「ああ、改めなくてはいけない」とは思っているのだが、実際に現場では、自分のその狭い心に動かされて振舞ってしまっている気がします。でもなんとしても、あらためていかなければなりませんね。

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 田中角栄はアジア型の政治家として、日本最後の人だったというのが僕の評価です。
 日本のアジア型政治家の最初の人は西郷隆盛です。それはどういうことかというと、いわゆる根拠地型です。つまり、郷土の期待を担って、中央に出てきて政治をやるというタイプの政治家のことです。
 西郷が故郷に帰って在野の人間になってからも、まわりの故郷の人たちはずっと西郷を尊敬し、大切に思っていました。西南戦争で中央政府と戦うことになっても、必死で西郷を守ろうとしたのです。これは、根拠地型、アジア型政治家の特徴です。
 その名残を最後まで引き継いでいたのが、田中角栄だったというわけです。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「3 本物と贋物」)

 私が鹿児島に最初に住むようになったのは1960年の夏でした。小学生の6年生でした。その小学校の校長が、朝礼でこんなことを言っていました。「西郷隆盛は世界の偉人である」。私は「また、これは大変なところへ来ちゃったんだなあ」とつくづく思っていたものでした。

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 僕は、男女問題に限らず、一般の人間関係においても、いい関係かどうかを判断する基準を持っています。それはとてもシンプルなものですが、お互いが言いにくいことをきちんと言えるかどうかです。それは、率直さや素朴さと言い切ってしまうとニュアンスが違うような気がします。
 率直な人というのではなくて、言いにくいことを言える人。そういうふうに表現すると、僕のイメージに近くなってきます。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「3 本物と贋物」)

 これもまた大事なことだなあ、と思いました。このことは私自身も心掛けてきたことなのですが、なかなかこうした関係をやりきれるか否かというのは難しいものがあります。だがやはり、私もやりきっていきたいと考えてきたことであるわけです。

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07032402 血液の流れや心臓の鼓動はひとりでに動く部分ですが、言葉は、声を出そうと思わなければ出ませんから、ここのところは人間の特色です。動物にも任意には言葉をしゃべっていて、鳴き声でちゃんと仲間同士には通じているわけですが、そうではなく、人間は意識的にしゃべることが特徴です。
 言葉になるのは、そういう意識的な部分があるからだというわけです。しかし、動物はしゃべらないかと言ったら、もちろんしゃべるわけわけですし、動物に意識がないかと言ったら、そんなことはなくて、意識はちゃんとあります。そういうことを全部含んだ上で、動物にはないものを持っているのが人間だという考え方です。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「2 批評眼について」)

 これも三木成夫さんの言われることを、吉本さんが紹介しています。人間とは植物性と動物性を両方持っているのだが、さらに人間性とでもいうべきものを持っているのだ。このことを吉本さんによって知り、さらに私は三木さんの著作を読んで、さらに判ってきた気がしています。人間という存在はこうして大きくなってきた存在なのですね。

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 生物学では、心臓の鼓動や肺の呼吸は自立神経で動いているとされていますが、三木さんの考え方によれば、こうした人間の動きは、人間の中にある植物性の名残だというのです。一方、他律的に動かさないと調節できない神経や手足の筋肉は、人間の中にある植物性の名残だと言っています。
 つまり、人間とは何かと言ったとき、動物と違うのが人間なのではなくて、植物性や動物性を全部体の中に持っていて、その上に人間独自の特性を持っているのが人間なんだ、という考え方です。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「2 批評眼について」)

 私は三木成夫さんのことを、吉本さんの講演会で知りました。それからこの三木さんの本を読み出しました。そして、もうあちこちで感動してばかりいました。その中でも、一番のことがここの書かれている内容です。
 人間は動物と植物をずべて受けづいていて、そしてさらに人間独自の特性があるのだということに、驚くと同時に充分納得していたものです。ただ、やはりこのことはもっと前から知っておきたかったことです。

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 批評を専門とする人間として、自分が自分で思っているよりも高く評価されることは一切歓迎しません。ただ、自分が自分で思っているよりも低く評価されることは一向に差し支えなく、そのほうがずっと気が楽です。
 思想界の巨人とか何とかという呼び名は、他人がつけたものであって、自分に対する自分の評価とはあまりかかわりないことだと思っています。これが私の感じ方であり、それ以外のことは他人事のような気がしていて、あまり考えに入りません。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「2 批評眼について」)

 これを読んで、やはり吉本さんというのはすごい人だなあ、と思いました。私にはこう言いきれる自信も気持もありません。「誰も判ってくれないけれど、俺は本当はこういうことがいいたいのだ」というのが、私の心の底にあるものです。でも、こうして吉本さんの声を聞きますと、私の考え姿勢そのものを問い直していく気持になりました。

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 僕が批評眼を磨くためにやってきたことは、ただ考えるとか、ただ本を読むというだけではなく、体の動きと組み合わせて修練するということです。
 たとえば、歩きながら、いい考えが思いがけなく浮かぶことがあります。ニーチェの言葉に「歩きながら書かれた文章でなければ読む気がしない」というのがありますが、まさにそのとおりだと思います。
 歩きながら考えるのは足を使う動きですが、手をつかうこともまた修練の一つの方法です。感銘したところや、気持にひっかかってきたところを抜き書きしながら読む。あるいは、面白いことを再確認するように書きながら読むといったことを含めて、修練になるような気がします。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「2 批評眼について」)

 これはまったくその通りだと私は叫んでしまいました。歩きながら考えるというのは、よくやっていることです。また足だけでなく手を使うのも大事だと思うのですが、私はペンで書くことよりも、こうして手で指でキーボードを打っていることも、実にいいリズムになっているなあ、と思っています。頭で考えているだけなら、思いも浮かばないことが、こうして指でキーボードを打つことにより、思いもよならない考えが浮かんでくるのです。まさしく指が考えている感じがするのです。

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07022703 大体においてシンプルな基準を自分の中に持っていると、第一の利点として、まわりにふりまわされることが少なくなります。
 まわりにふりまわされるという点において、一番神経質になるのは噂話や評判の類です。僕は人の噂や評判は、まずそれが事実かどうか確かめるようにしています。そして、そこで大切なのは、自分の一般社会の中で暮らしている普通の人間だというふうに位置づけることだと思うのです。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「2 批評眼について」)

 このこともまた大事なことです。事実かどうかというのは、自分だけでは判断できないはずですが、「誰にでもわかる材料」のみで、判断していくという姿勢は大切だなあ、と思っています。

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 いいことをいうことはさりげなく、平気な感じで行ったほうがいい。逆に、ちょっと腕白な悪童のようなことを言うときは大きな声でいう。そうすると、毒のまわり方は少ないと思っています。僕はできるだけそうしています。(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「1 善悪二元論の限界」)

 これは私も心がけてきたことです。でも今まだ私に姿勢は完全でないなと思いました。もっと自分で意識して心がけていかなかればならないなと強く今感じています。

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 埴谷さんからは、その論争が終わってから、吉本にすまなかった、謝っておいてくれという、間接的な伝言がありました。泣き寝入りせず、恐縮しないでよかったと思います。
 僕もそうですが、調子のいいことを言っているうちは、他人の批判なで頭に浮かばないものです。でも、「おまえ、本当にできているのか」と突っ込むまれると、怪しくなってきて、これはいかんと反省しきりなことが多い。自分ができていなければ、いうべきではないというのは本当のところです。そうした心がけは大切にしていますし、そういうことに気をつかっています。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「1 善悪二元論の限界」)

 埴谷雄高が、あのことをこうして反省していたということ今知ることができて、実に嬉しい思いです。私はあのときに、もう非常に埴谷雄高にがっかりしたものでした。そしてその私の思いをあちこちで喋っていたものでした。この吉本さんの姿勢は私もおおいに学び、かつ実践してきた姿勢です。

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真贋

 

 

 


書 名 真贋
著 者 吉本隆明
発行所 講談社インターナョナル
定 価 1,600円+税
発行日 2007年2月22日第1刷発行
読了日 2007年2月5日
 この本は購入して、すぐに読んでしまいました。今後、まずは

   http://shomon.livedoor.biz/archives/cat_794516.html  吉本隆明鈔集(ブログ篇)

にて、書いてまいります。
 しかし、吉本さんという人は、いつまでも実に魅力的なことをかかれますね。私はただただ感激するばかりです。

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 お金に毒があるということは、誰もがよくわかっていると思います。お金は怖い、お金は人を変えるという話をよく耳にするからです。しかし、文学や本といったある種芸術的なものにも利と毒の両面があるということは、あまり意識的に考えていないのではないかと思います。世間一般では、物事の毒がどこにあるかわからない、あるいはそれが存在することすらもわからない、という人が多いのではないかと思います。
 これは文学に限りません。なにごとにおいても、いいことばかりではなく、毒のほうもぃちんと言わなければならないと思っています。また自分自身の問題として、時にはどいう毒が自分にまわっているかということも冷静に考えることをしないと、大きく間違ってしまうこともあるのではないでしょうか。
(『真贋』2007.02.22講談社インターナショナル「1 善悪二元論の限界」)

 このことも大切なことです。「なにごと」に関しても、このことを強烈に認識していないとならないと思ってきました。
 いつも、自分の演じているところだけではなく、そうした場は全世界、全歴史的にもあるのだと私は思っています。

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