将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:神田川

13021704 いつもこのポメラで打つと、実に楽な思いです。テレビを見ながら打てますしね。

2013/02/17 06:12今「黒書院の六兵衛」を書いたのですが、的矢六兵衛のことをしばし考えてしまいました。この人物は小説の中の人間というだけではなく、あの江戸時代の幕末・明治維新の時代に実在した人物ではないのかなあ。そんなことを思わせてくれる今日の内容です。
2013/02/17 06:30今「はやく起きた朝は」を見始めました。
 今日は三匹に会いに行きたいなあ。
2013/02/17 07:13今は、「ボクらの時代」の斉木しげる、きたろう、大竹まこと(シティボーイズ)を聞いています。きたろうさんの「神田川」の歌詞の解釈を聞きました。「あなたの優しさが怖かった」の解釈をを聞きましたが、私はその通りだと思います。
 しかし、やっぱりIS01より、このポメラの方が打ちやすいのだなあ。電車の中で立ちながら親指で打つのはいいのですが、座っていたら、このキーボードやパソコンのほうがいいです。

 この「神田川」のことを私もちゃんと書こうと思いました。

1301070113010702 今日は昨日(これは昨日の小説の内容がということです)同様に、二人の妻の的矢六兵衛の家(下谷稲荷町にある)に向かう様が書かれています。だが私は思い違いをしていました。神田川を上るのでなく、下るのですね。隼人たちの家を思いました。そして今神田川を思い浮かべました。神田川は私には実になじみ深い川なのですね。

 ・・・・・・
 そういうお勢の顔は、実に両国橋の芝居小屋に向かうかと思われるほどうきうきとしていた。
 舟は神田川を下へと滑ってゆく。

 そして船頭がいいます。

「上野のお山には、お近付きにならねえほうがよござんすよ」
 遠ざかる舟の上から船頭が言うた。

13010611 いよいよ彰義隊の戦いになるのですね。なんか悲しいな。戦わない幕府の侍たちより、彰義隊のほうが潔いし、好きになれるのですが、でも悲しいです。上野の山を歩くときは、かなり広いことを感じて、でもいつも彰義隊で悲しくなっています。

1301060113010602  加倉井隼人の妻しづゑと田島小源太の妻お勢は下谷稲荷町まで行きます。それでちょうど神田川を屋根船に乗っていくのです。この挿絵が橋の欄干から二人が船に乗っていくのです。このお勢は、小源太よりも四つ歳かさだといいます。それがすごくいいです。すごく「世事あれこれに長けている」のです。

 しづゑは江戸の地理に疎い。和泉橋の河岸から下谷稲荷町は近いのだろうか。13010503

 いや今でも遠いですね。でも屋根船で行くのはものすごくいいものでしょう。ただ今日は遊びで行くのではなく、的矢六兵衛の自宅へ行くのです。もし六兵衛に慶喜がすり替わったのなら、六兵衛はここに居るはずですね。私はそんなことはありえないと思ってはいますが。

4123084a.jpg 昨日は薬も着替えもを入れるのを忘れてしまいました。申し訳ありません。
 私のブログに、この一つ前のUPで、絵本の『おおきな木』のことを書いています。子どもには「無償の愛」みたいなものをただただ与え続けることが親なのでしょうね。いえ、私は孫こそが可愛いのです。
 写真は9月12日夕方撮りました。神田川が隅田川に合流するところの柳橋です。(09/23)

6721795e.jpg 義母はもうかなりわからないことばかりのようです。今朝も午前1時35分に起こされました。そのあと5時50分に起こされました。最初のは自分の夫がどこへ行ったかという疑問。2番目は自分の母親がどこへ行ったのかという疑問でした。丁寧に応えていかないといけないのですね。私は自分を反省するばかりです。
 写真は昨日9月12日夕方撮りました。神田川が隅田川に合流するあたりです。(09/20)

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 私の 早稲田の戸塚の思い出 で長春有情さんが以下を書いてくれました。

     Re: 早稲田の戸塚の思い出 

あの界隈はそば屋が一番の思い出
うまかった

 あ、このそば屋もよく覚えています。それで

戸塚市場のハニーワインの吉永小百合の等身大の

 この市場も懐かしいです。今はどうなったのかなあ。

わがアパートのすぐ横には神社があった

 この神社って、面影橋のすぐ近くかなあ。70年71年はよく思い出が甦ります。
 私はその後1980年頃はこの面影橋のすぐ北、神田川のすぐ北の豊島区高田に住んでいたこともあったのです。
 なんだか、むしょうにあの街を歩きたい気持がわいてきました。でも独りだとなんだか歩くのも寂しい悲しい思いですね。

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08070105 私の中学時代の友人の長春有情さんの以下に書いてあることで、

    母が脳溢血の疑いで脳外科に行った

高木ブーさんが大腸の病気で緊急入院したというニュース
新宿戸塚の銭湯で高木さんと会ったのを思い出した
1970年ごろ

とありました。あ、そうすると、私も1970年は早稲田の新宿区戸塚にいました。この銭湯にも随分通いました。だから銭湯で遇っていたのかもしれないですね。
 70年は3月末くらいに保釈になりまして、出所して、当然70年闘争で、いろいろなことをやっていましたが、我孫子の自宅には帰らないで、戸塚にいたものです。3帖一間の小さなアパートでした。
 思い出せば、戸塚映画館というのがありましたね。のちには、早稲田松竹しか映画館がなくなりましたが、そちらで見たのは、すいぶんあとでした。
 それと銭湯はよく覚えています。歌の『神田川』の感じがそのまま毎日の生活でした。都電で、面影橋で乗ってそのまま王子へ行って埼大まで行ったり(北浦和から埼大まで自転車に乗って行ったものでした)、赤羽の雪印にアルバイトに行ったりしていたものでした。
 面影橋近くの甘泉園という公園もたくさんの思い出があります。そして早稲田の古書店街も思い出だらけです。
 文献堂の親父さんも、その店の前でいつも寝そべっていた秋田犬のクロ(「源兵衛」という飲み屋があり、「源兵衛のクロ」とも言われていたものでした)のことも懐かしく思い出します。

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 4月6日ひさしぶりに行きました甘泉園は、いくつもの思い出が甦りました。私が1969年秋にわずかにいた娑婆の世界で、この公園を知りました。もうはるかな遠い光景になってしまいました。また、この公園を訪れるのはいつのことになるのかなあ。
 そのときには、孫と一緒に来たいなあと思っています。

 ああ、そうだ、この甘泉園の周りには、いくつも高いマンションが出来ていました。だからそんな色紙を使ってみました。

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07040605 この画像が、この甘泉園の入口にある樹です。でも大昔すなわち36、7年前にはこの樹はなかったと思うなあ。

155c8b91.png 4月6日都電で、早稲田の甘泉園まで行きました。面影橋の神田川にはたくさんの桜の花が咲いてしました。はるかな昔を思いだしました。
 神田川は綺麗になりました。面影橋にもマンションがいくつもできました。何もかも替わってしまいました。ただ、いくつものところで、大昔の風景を思い出していました。                   周のハイクブログ        周のハイクブログ過去LOG

 以下の写真が、神田川にかかる桜です。

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 このサイトを見つけたときに、「あ、ここに飛鳥山温泉があるんだ」と驚いていました。ただ、訪れる機会がないまま、今になってしまいました。

 必ず近いうちに行こう、そして私の孫が歩けるようになった頃、連れていきます。

   http://www.kitanet.ne.jp/~asuka26/  飛鳥山温泉

 私は王子から早稲田までの都電はよく使ったものなのです。それが学生のときに乗ったものでした。最終駅の早稲田駅ではなく、その一つ前の面影橋駅で降りたものでした。ちょうど「神田川」の歌で唄われる内容がよく思い浮かびます。
 そしてそれは学生の時代のときでしたが、私が結婚したときもまたこの面影橋すぐそばに住んでいました。もう思い出がありすぎます。
 だから、この王子からの都電には思い出がありすぎます。

 ただそれなのに、この飛鳥山温泉は全然知らなかったのですね。「これはまずいな」という思いが湧いてきます。
 必ずここを訪れてあと、またそのときに私の思いを書いてみたいと思っています。

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 シブヤ経済新聞この記事 がありました。

 東京都と東京メトロは8月24日、渋谷・池袋間に建設中の「地下鉄13号線」の開業時期を2008年6月にすると発表した。

 13号線は、安藤忠雄さんの設計で新設される渋谷駅(渋谷区渋谷2)や新千駄ヶ谷駅、明治神宮前駅(いずれも仮称)など計8駅を結ぶ延長8.9キロの都市高速鉄道。

同社では2001年より工事に着手、「主な土木工事が順調に推捗してきた」(同社)ため、開業時期を同6月に決定した。同路線は2012年度をめどに、渋谷駅で東急東横線と相互乗り入れを予定している。(2006.08.24)

 この明治通りには、いつか地下鉄が走るだろうと思ってはいましたが、それがもうすぐなんですね。
 私は早稲田は実に懐かしいところです。ちょうど王子とは都電でつながっているわけで、よく都電で早稲田の面影橋に来たものでした。思えば、私が学生運動で、府中刑務所から保釈になって、そのあとよくきましたね。そのあと、また逮捕起訴されて、そしてまた保釈になった70年にも、ここはよく来ていました。あのころはいわば「同棲時代」と「神田川」の時代でした。新宿も親しいところでしたから、そこが都バスでしか結ばれていなかったのですね。

 この13号線が安藤忠雄さんが設計されるというのも嬉しいな。
 でも開通するときには、私は60歳になっているじゃないですか。

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