将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:神石裕司

11010803 携帯をけなす人はまだいますが、パソコンはなくなりました。時代の変化を感じています。

2011/01/07 07:55ここで昨日書いていることを読み直すと、いくつものことを思います。携帯を否定する人はいますが、パソコンはいなくなりましたね。うまく使えないことを恥ずかしそうにする人はいますが、「パソコンを使うと、人間的なことができなくなる」などという馬鹿はいなくなりました。
2011/01/07 09:59たしかに上のようなことを言う人はいなくなりましたね。
2011/01/07 12:04今は義母の介護の時間だが、「週刊アスキー」の「神石裕司『キンドルとiPadの話再び』」を読んで、実に考えています。私はガラパゴスですが、これはいいのですが、どちらになるのかなあ。
2011/01/07 12:16ガラパゴスはいいのですが、起動時間はこのポメラのほうがいいですね.

 ポメラは漢字辞書が駄目です。もう一年を経るのに、まだ私はイタイラします。

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雑誌名 週刊アスキー通巻680号
発行所 アスキー
定 価 330円
発行日 平成20年4月1日
読了日 2008年3月18日

 今回もまた「神石裕司『Scene2008』」を読んで大変に頷いていました。

 家を建築家に頼むなら、年齢の近い建築家を選びなさい、というのはひとつの大切な知恵だ。

 これは充分に頷くところです。だが、神石さんは、さらにいうのです。

 そう信じて15年ほど生きてきたのだけれど、近ごろ訂正せざるを得なくなった。

 これは実に私は考え込んでしまいました。私ももう考えを訂正すべきところなのかもしれません。
 きのうもある飲み屋で、私のお喋りも、今思えば、これに関連した内容でした。いや若くして、けっこういいセンスでやっているなあ、と思えても、何かしら、私たちの心の中の思いが届いていない店もあるものなのです。

 私は過去の遺産にこだわらず、データを上書きすべきだろうか? するとこれまでの人生は何だったのか。

 このことは、私も大きく感じています。でもやらなければいかないんだよなあ、と痛切に思っています。

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雑誌名 週刊アスキー通巻679号
発行所 アスキー
定 価 330円
発行日 平成20年3月25日
読了日 2008年3月11日

 神石裕司「Scene2008」を読んで頷いていました。

 メタミドポスは中国で混入したのではない、などと言っているのだから、中国側は話し合う気がないのだろう。勘ぐって言えば、中国が国営企業の責任を認めることは体制崩壊になるのかもしれない。

 それにしても、中国だけではなく、中国の食材で多くの食物を食し、作っているこの日本も大変なことですね。「中国製食材は買わない」なんていうことじゃすまないところまで、この日本は来ていますね。
 それに、歌田明弘さんの「仮想報道」の「ポータルサイトはどこへ行く?」も大変に興味深く読みました。

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雑誌名 週刊アスキー通巻678号
発行所 アスキー
定 価 330円
発行日 平成20年3月18日
読了日 2008年3月4日

 いつものことながら、神石裕司さんの「Scene2008」の「男の服装───おしゃれなんて堅気のやることじゃない」に興味を惹かれました。「中野香織『スーツの神話』」(文春新書)という本は読まなくちゃなあ、と思わせてくれます。思えば、スーツなんて、ずっと着つづけてきたのでしたね。それが今はパソコンを入れたリックに、もうたくさんのものを入れて、下駄履きで歩いている私になりました。もう元には戻らないでしょうね。
「え、それってどういうこと?」のゲストが、寺島しのぶです。私はこの女優さんは、やはりお母さんとお父さんも大好きです。東映映画も歌舞伎も見たものでした。でも今の私が興味があるのは、彼女のお祖母さんお祖父さんです。藤純子(富司純子)のお父さんとお母さんです。いや、また別なところで語るべきことかなあ。(2008.03.06)

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雑誌名 週刊アスキー通巻620号 2007-01-09〜16
発行所 アスキー
定 価 350円
発行日 2007年1月16日発行
読了日 2006年12月28日

 29ページの神石裕司さんの「Scene2007」を実に感心しながら読んでいます。

 関西人と話していると、意地が悪いと思うことがよくある。

 これは実に私も感じています。でも私は「関西人」というよりも京都の人にかなり感じています。
 この神石さんが、

 なんだか腹が立ってきた。

というのがよく判ります。私も何度も京都で感じてきていました。私もそれがもともと判っていても、いろいろなところで腹がたってきます。私も京都の人をからかっている気持が最初にはあります。どこから来たからという問いには、「え、私は関東の在から来ました」というふうにいいますと、「在(ざい)」という言葉に、京都の人は少し喜んだ顔をします。でもでも、ここで私のほうが少し彼等をからかっている、少し上の気持になったら大間違いです。彼等京都の人たちは私たちよりも3枚も4枚も上手ですね。

 ここで読んでいまして、私は関西のすき焼きが割り下を使わないわけが始めてわかりました。「なるほどなあ、だからなのか」と京都の店の考え方に感心するばかりです。そして文章全体を読みまして私は、「やっぱり俺は関東の在に人間なんだな」と感心していました。やはり京都はすごいです。
 そしてこの文章全体がいいです。

 私はすき焼きというのが嫌いでした。すき焼きで酒を飲む気持にはならないからです。だからすき焼きの好きな義父にご馳走してもらうときは、いつもしゃぶしゃぶにしてもらっていました。でも今はお酒も弱くなりましたし、すき焼きも口にできるようになりましたが、すき焼きには割り下が使うのが当然だと思っていましたが、これを読んで砂糖を直接使う意味が判ってきました。なるほどなあ。

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