将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:福地源一郎

1304120113041202  六兵衛が黒書院を去ることになるのです。これは驚いてしまうことです。この挿絵の西郷吉之助にはどのような思いがあったことでしょうか。もう五稜郭の戦が残るだけです。ほぼ終わった戦(内乱と言っていいのかなあ)のあと、こうして江戸城に座っています。

 驟雨に濡れた縁側に西郷吉之助が座りこんんでいた。あたりの騒擾が耳目に入らぬかのように、ぼんやりと夕空を見上げる姿が気にかかって、源一郎はかたわらに膝を折った。

 やはり西郷さんは、こうした小説の中でも絵になりますね。

 いったい西郷は、何をそこまで感じ入っているのだろう。
 思い当たって固唾を呑んだ。六兵衛は顧みられない捨て子を抱き上げて、新たな育て親に託した。かつてのおのれの同じ不幸な子であれば、ほかの理屈は何もあるまい。

13041118 これがこの作品の一番の言いたいことかなあ、なんて思いました。ただ新明治政権が「新たな育て親」と言い切れるのかなあ、と思いました。時代はすぐに、西郷を殺し、大久保を殺し、木戸を殺します(正確には木戸は殺されたわけではありません。あ、西郷は城山で切腹です)。そういえば、後を継いだ伊藤博文もやがて殺されるのですね。残ったのは山県有朋だけか、なんて思いました(いや正確にはまだ維新の志士たちはいるわけですが)。

1304110613041107 今日は福地源一郎の見たままの思いで描かれていきます。

 福地源一郎は黒書院を取り巻く人々のうしろから、一部始終を見届けた。

 彼には的矢六兵衛と明治天皇が接したことを、実際に会話していたように思えるのです。

 ・・・・・・、実はその間に聖上(おかみ)と六兵衛が人の耳には聞こえぬ対話をかわしているように思えてならなかった。

 この作品でも明治天皇と六兵衛は会話はしていないのですが、でもそう思われても私も肯いてしまうのです。不可解な江戸幕府の政権投げ出しを、六兵衛は天皇と会見することで、分かるものとしたのでしょう。はっきり言いまして、私ではさっぱり分からないわけですが。
 でもそこには、加倉井隼人がいたのです。13041008

 勝安房が赤児を宥めるようにして隼人を抱きとめた。たしかに仰せの通り。律儀なこの尾張の侍はまことによくやった。

 この通りです。このときの光景をどうしても私は実際に見えるような思いになります。勝安房があまり好きにはなれない私ですが、この時には、「いい奴じゃないか」と私も思ってしまうのです。

1304060113040602  今までこの小説では幾多の歴史上の実在の人物が出てきました。今度は明治天皇が六兵衛に会うというのです。その前に福地源一郎のことも書いてあります。彼の新聞が今も続いていたら、朝日・読売・日経どころか、グーグルにも負けない情報提供者になっていたように私は思うのですが、それはどうでしょうか。

 伝馬町の牢屋敷に繋がれている間、源一郎は悔やしゅうてならなかった。「何が御一新か。新政府の正体は徳川幕府が薩長幕府に入れ替わったのみ」という論説の、どこが罪だというのであろう。

 この思いは正しいのです。だが正しいからこそ政権維持者には危険としか思えない言動なのです。

「ごめん」と、入側から声がかかり、田島小源太が青ざめた顔を覗かせた。
「一大事にございます。ただいま天朝様におかせられては、どうにもおむずかりあそ13040408ばされ、奥御殿より御黒書院にご出御なされます」

 いよいよ、この作品でも明治天皇まで巻き込むのか。すごい作品だなあ。もう江戸幕府の話ではなくなったなあという思いです。もはや日本国の話なのです。
 さて、そうなるのかなあ。的矢六兵衛はどうするのかなあ。

1304050113040502 昨日書いたように木戸孝允が六兵衛に怒って騒動になっている頃のことです。

 黒書院がすったもんだしているそのころ、表御殿柳の間において、内藤筑前守と旧幕臣たちが福地源一郎の質問に答えていた。

 源一郎はみなに質問し、それを新聞に書くのです。それが実際に東京で新聞が発行されるわけですが、それが現在は朝日や読売ばかりで、源一郎の新聞が残っていないことが残念です。
 栗谷清十郎がいうのです。

「・・・・・・・・・。ところでおぬし、勝安房守の肝煎りゆえ、こうして答えておるが、いちいち書き付けて何をするつもりなのだ」13040409
「新聞の記事に掲載いたします。庶民には知る権利がございますゆえ」

 うーん、まったくその通りなのですが、できたら黒書院での木戸孝允に関わる今の騒動を書いてほしいな。書かれなかったから、正式には今に伝わっていないのです。もっともこれはこの「黒書院の六兵衛」という小説の中の出来事ですが。
 もう私には、架空の話か歴史上の事実か分からなくなっているのが今の現状です。

1303180113031802  こうしてこの物語も時間がどんどんと進むのです。なんとなくこれにはこの物語に限らず私は不満なのですが。これは仕方ないのでしょうね。

 いつのなく暑い夏が過ぎ、日ごとに秋も深まりゆく九月八日、慶応は明治に改元された。

 だがこれからが西暦と並んで、これが大きなものになって行きます。今はそれが明治・大正・昭和・平成と進んできたのです。西暦だけで済んだはずなのですが、そうもいかないのですね。

「さて、その明治とやらを六兵衛に聞かせてやるとしよう。少しは気が変わるやもしれぬ」
 誘ったつもりだったが、源一郎は鼻で嗤うた。

 なんか、この源13031505一郎の思いは分かる気がします。もはや的矢六兵衛の存在など、この宮城では意味がなくなってきてしまったとしか思えないのです。

1303110113031102 的矢六兵衛は大変なことになってしまいました。大村益次郎と福地源一郎が辻井良軒という医師を連れてきます。なにしろ六兵衛はここでもう約半年ほど、座りぱなしなのです。

 やがて畳廊下を摺る大勢の足音が近付いてきた。どうやら大ごとになってしもうたらしい。

 辻井良軒の見立てですと、米の飯ばかり食うてきたのに、突如鰻の蒲焼を食べたことが原因であるようです。

「六兵衛さん、あなたがどこの誰で、何のためにこうしているのかは知りませんが、死んだら元も子もありますまい」
13030912 大村の懸命の説得にも、六兵衛は耳を貸さぬ。

 どうか六兵衛がこの医師の言うことを聞いてほしいです。それがとても大事なのです。二人の子ども、妻の顔を思い出してほしいです。

1303010113030102  この回では、私がどうにも好きになれない内藤越前守がまともなことを言っています。

「・・・・・・。いかに魑魅魍魎の世の中とは申せ、今少しまともに考えられるのか」

 こういわれると、加倉井隼人も考えます。福地源一郎も本多左衛門、栗谷清十郎も同じでしょう。
13022807 でも田島小源太が叫びます。

「御頭はどこじゃ!お出会いめされよ、六兵衛が六兵衛が!」
 田島小源一郎の叫び声である。

 どうしたのでしょうか。座っていた六兵衛が立ち上がったのでしょうか。そしてどこかへいくのでしょうか。また明日を期待します。

1302280113022802  福地源一郎の一見無稽な話ですが、それなりに根拠があるのかもしれないと思った私です。

 ・・・・・・、通りがかった柳の間を覗いてみれば、内藤越前守、本多左衛門、栗谷清十郎といった面々が集まって、何やらひそひそと話し合うていた。

 作者ならずとも、私でもこの連中は何をしているのだと思います。もう将軍慶喜が水戸へ行ってしまった後に宮城に残って何をするのでしょうか。何もないはずなのです。
 しかし、この連中はもはや何もできないはずです。彼らもそれは分かっているのではないかなあ。
 加倉井隼人はこの連中も見ないとならないのです。「もはや何もできない」と言っても、このま13022714まではただただマイナスな存在だけです。
 的矢六兵衛はこのままどうするのかなあ。

1302270613022707  福地源一郎の話はあまりに驚くばかりです。でもその語る話には納得してしまうものがあります。

 御中庭を蝉の声が領している。冷たい汗が首筋を伝うままに、隼人と小源太はおし黙った。

 そうだ。この二人の気持はよく分かります。
 そして源一郎は的矢六兵衛の家族も淀屋もみなグルでやっているということです。あの六兵衛の親夫婦も。

 ・・・。新政府の天下は定まったわけではないが、今さら攘夷でもあるまい。つまりこの先どう転ぼうと、外国人ならまちがいはない。

 うーん、私も納得してしまいます。でもでも私の心の底には、「そうじゃないんじゃないかなあ」という思いがあります。

 それから源一郎は、流暢な英語で間者の説得を始めた。しかし六兵衛は小動(こゆる)ぎもせぬ。

 そうか。新的矢六兵衛は間者というわけか。でも私はどうしても納得できないのですね。
 でも私は、この作者の浅田次郎にものすごく感心しています。
「ここ(日経新聞朝刊)に昔13022702書いていた作家なんかひどいものだったな」という思いで、ただただ今は感心するばかりです。

1302260113022602  福地源一郎は驚くべきことをいうのです。私も「これが真実なのかなあ」と思ってしまいました。

 一番の怪しきことは、このダンマリだよ。みてくれや所作は真似できても、言葉となればそうもゆくまい。たどたどしい日本語を使うわけにはゆかぬゆえ、寡黙さを装うているのだ。

 えっと驚きました。でも読んでいくうちに、これが正解なのかなあ、と思ってしまいます。

 ミスター・マトヤ。ホワイト・ドンチュー・レイ・オフ。招待ばれたのだから、もうたいがいにしたらどうだね。膝を崩して、僕とゆっくりお国言葉で語り合おうではないかー。13022503

 うーん、実に驚いてしまいますが、「まともに口をきいたのは妻御と倅ばかりで、当の本人はほとんど物を言うてはいないではないか。」ということにも納得します。
 ただ、徳川宗家に実に礼をつくす(誰が見ていないところでもちゃんとしている)ところなんか、やはりこの新的矢六兵衛は徳川直参の御旗本に思えるのです。
 今後の展開を興味深く読んでまいります。

1302250113022502  今日も福地源一郎の話が続きます。だが少し私はこの的矢六兵衛に関する話にはがっかりしてしまいました。これでは、今までの六兵衛の徳川慶喜説や天朝様の物見役説とそう変わりないように思えてしまいます。でもとにかく見ていきましょう。
 茶坊主がいいます。それを聞いて源一郎がいうのです。

 僕はそのように言われて初めて、この話そのものの怪しさに気付いた。

 そして、そのあと六兵衛が次のようにいうのです。この回の最後の源一郎のいう内容です。

 的矢六兵衛は、イギリス全権公使ハリー・スミス・パークス卿が差し向けた密偵。すなわち、ビクトリア女王の勅命を奉じた「スパイ」なのだ。

 これも私には今までの説と変わりない13022313ように思えます。ただし、今度はいささか話が大きくなっているように思います。的矢六兵衛の不思儀さが、世界的になるというのでしょうか。
 さてまた明日からは、この話を聞いていきます。

1302240313022404 私は今日のこの「黒書院の六兵衛」で、真っ先に「谷崎潤一郎『盲目物語』」を思い出したものです。でもすぐに、「ああ、あれは盲目の按摩だった。茶坊主ではないな」と。 私は前に2011年02月17日秀吉の愛した女、お市の方で次のように書いています。

「谷崎潤一郎『盲目物語』」で、ここらへんのことが書かれています。盲目の按摩弥市がこのお市の方を語ります。その弥一が亡くなりましたお市の方を思い出して語る最後の言葉が実にいいです。

 いつも谷崎潤一郎はその作品を思い出すのですね。

 西の丸に勤仕していた茶坊主だ。彼らは接待が仕事だから、侍の名を知っている。むろん僕らは茶坊主の名などしらぬ。

 いや本筋とは違うのですが、源一郎が「僕」なんていう言葉を使ったのかなあ。この時期から使われだしたのだけど、福地源一郎は実に新しいのですね。納得し、今更ながら、浅田次郎を私は評価します。
 しかし、こうした茶坊主のことを読んだのは私は初めてのことです。
 この挿絵の茶坊主は実に面白く喋りだします。だが、その彼が的矢六兵衛のことを喋りだすのです。

13022311、おい、六兵衛。いよいよ正体がばれるぞ。

 これは実に興味深いです。これでまったく分からなかった今の新的矢六兵衛が分かるのでしょうか。また明日が待ち遠しいです。

1302230713022308  この福地源一郎の江湖新聞には維新政府も実に驚き困ったことでしょう。

 ・・・・・・、過日のこと池の端の印刷所に官兵どもが打ちこんで参って、わが江湖新聞は出版差し止め、道具は馬連ひとつまで押収され、一網打尽にお縄を打たれた。

 この馬連を読んで、懐かしい思いになりました。私も新聞記者をやっていましたから。ただ私の時代も印刷所では、もはやはるかな昔の記憶でした。ウィキペディアには次のようにあります。

馬楝(ばれん)とは、木版・版画を摺る際に用いられる13022115道具。馬連・馬簾などとも表記する。

 とにかく、時の政府により、源一郎は伝馬町の物相飯を食うことになります。
 思えば、源一郎はここでまたうまく取材をしていくわけですが、そこで的矢六兵衛の話を聞くようです。
 ただそれはまた明日になるようです。

1302230613022307 さて、私が前回思ったのですが、「他の展開が開けるのかも」ということのようです。しかし、前回「源一郎は溜間に躍りこんだ」はどうやら抑えられました。

  隼人と小源太は追いすがって抱き止めた。
「はなせ、はなせ!何が御旗本じゃ、何が天朝様の物見役じゃ、刀がないなら絞め殺してくれるわ」

 しかし、源一郎は加倉井隼人と田島小源太の二人に取り押さえられます。この挿絵は、その三人なのでしょうが、左から隼人、源一郎、小源太の順なのでしょう。なんで隼人はこういう装束なのかなあ。小源太と同じじゃないんだ。
 だが、源一郎がいうのです。六兵衛は今は贅沢な食事になったのですが、その料理にはまったく手をつけていないのです。
 源一郎が語ります。

「のう、加倉井君。こやつは天朝様のご家来などではないよ。伝馬町の牢屋敷で、とんでもな13022110い噂を耳にしたのだ。聞いてくれるか」
 福地源一郎は夕立を見上げてから、雷鳴にまさる声で語り始めた。

 これまた明日が待ち遠しいです。どんな話が聞けるのでしょうか。

1302210113022102  さすが福地源一郎は私にはさえていると思えます。でも加倉井隼人には源一郎の姿には驚きます。

「ややっ、福地殿。その身なりはいかがした。まるで味噌倉から這い出たようではないか」
「味噌倉のほうがまだましさ」

 その源一郎が最後には、次のようになります。

「ほう。大村さんね。官軍随一の軍略家と聞いているが、案外馬鹿だな」
 そう言うたとたん、ついに堪忍袋の緒が切れて、源一郎は溜間に躍りこんだ。

 これが私がさえていると思うところです。大村益次郎にも勝安房にも「ご勅遣13022004の物見役」ではないかと思われている六兵衛なのです。そんなわけはないのですが、源一郎が「案外馬鹿だな」ということが証明されることになるのでしょう。でもまた他の展開が開けるのかもしれません。
 また明日が楽しみです。

1302200113022002  ひさしぶりに福地源一郎が登場します。彼は伝馬町にパクられていたということです。この挿絵が源一郎なのです。

 羽織袴は汚れくたびれ、月代は浪人のごとく伸び、すっかり面窶れしているのですぐに誰とはわからぬが、よくよく見れば紛うことなき福地源一郎である。

 この源一郎がえらく怒っているのです。田島小源太がなんなく「源一郎の腰から造作もなく脇差を抜き取った」という。源一郎は刀なんか(ここでは脇差ですが)使えないのですよ。

「このなりを見たまえ。僕はその伝馬町の牢獄に、かれこれ一月近くも放りこまれていたのだ」

 そうなんだ。これから福地源一郎は新聞も大いに出していきますが私が浅田次郎「黒書院の六兵衛」(264)で書きましたように、

「そんなことだから、あとでパクられちゃうんだよな」と私は言います。いや逮捕されても、そのあとが問題です。今も、朝日、読売はありますが、福地の新聞はないではないですか。

と思うのです。
13021909 さて、この源一郎が前回浅田次郎「黒書院の六兵衛」(274)で勝安房が言ったことで、「天朝様がご勅遣の物見役」ということになっているのです。
 これであっさり源一郎がそれを簡単に覆してくれるかなあと期待します。

1302080713020808  さて、今日は淀屋辰平が急ぎます。

 さて、そうなったら善は急げでございます。
 のんびり構えて得する商いなどありますかいな。時は金なりや。銭はあそばせといてもしゃあない。なんぼかでも利を生むようにせなあきません。

 そして、私は次にある福地源一郎の顔が気になります。「そんなことだから、あとでパクられちゃうんだよな」と私は言います。いや逮捕されても、そのあとが問題です。今も、朝日、読売はありますが、福地の新聞はないではないですか。

 おや、福地様。顰めっ面をなされますか。それは商いの道にはずれる、と。

 いやいや、淀屋辰平のいうのが正解です。だが私はそういいきれるのかなあ。そして最後に次のように言っています。

 ・・・・・・。そないなじゃまくさいことばかりしているから、江戸は上方にやりくれましたんや。徳川は薩長にやりくられましたんやで。

 それはよく分かります。その通りです。・・・で13020708もでも、私はやっぱり水戸天狗党なのです。徳川も嫌いだけど、薩長も大嫌いです。諸生党も嫌いで、みな敵ばかりな思いですが、でもでも私はだから平将門様を崇めているのです。私には将門様だけが神様なのです。

1302070113020702  今日も淀屋辰平の話です。

 おっと、福地様、なんぼの銭が動いたかは口にはでけません。あぶないあぶない、お前様は相槌を打ちながら話を引っ張り出すのが上手や。どうにもただの御通弁とは思われへんな。

 さすが福地源一郎だと思うところです。でもやがてはその彼も明治新政府に逮捕されてしまうのです。なんとなく、面白くありません。
 淀屋辰平はさすがにこういいます。

「のう、お武家様。手前は商人(あきんど)やさかいお代金を揃えてもろうて文句はよう申しませんけど、いくら何でもまるでご素性を存じ上げぬでは後生が悪うおます。せめて、お名前なりお聞かせ願えませんやろか」
 お侍は、じいっと手前の顔を見つめはりましてな、たった一言、「ない」と申されました。13020607

 この新六兵衛は何を考えているのでしょう。そもそも何者なのでしょうか。私は謎が深まるばかりです。
 こうした思いでいるときに、その前で起こる明治維新です。その中で新六兵衛はどうしていくのかなあ。私のは、この新六兵衛がその後ずっと行き続けて、いろんなことをやってくれたならなと期待します。いや、そうはならないのかなあ。

1302020113020202  この新的矢六兵衛のことが知りたいという思いばかりです。淀屋辰平には、この侍には記憶がありません。

 江戸詰の御家来が、何か急なご用向きでお国元へ戻られる。さもなくば逆に、急な江戸詰を仰せ付けられた。そないなところやけれど、どうにもそのお侍の顔には覚えがない。

 そしてさらに話を続けるのに、福地源一郎をこの挿絵のような茶室へ案内します。
 私も随分前にたしか20年くらい前に、ある会社の役員の自宅で、こうした茶室に案内されたことがあります。あ、思い出せば、そのさらに20年くらい前にもあります。どちらもその家、そのビルの中で驚くほどの異質な空間だったものです。
 だがこの新的矢六兵衛は何も語らないのです。

 背中が寒うなりましたな。お客やのうて、意趣返しか何かやと思た。顔に憶えはなくても、世間の恨みつらみは山ほど買うて13013115ます。

 ただ、思い出せば、その過去にも私も茶室での普通の振る舞いは知っていましたから、よかった思いでしたね。そうねえ、私も大昔にある茶道教室に通ったことがあるのです。

13012801  さて今日は福地源一郎が高利貸の淀屋を訪ねるのです。
  源一郎だけではなく、二人の変な人物も一緒です。いわば、この二人は用心棒替わりにもなったことでしょう。

13012802 よろしおすなァ。御家人のみなさまは、天地がひっくり返ってしもうてどうにもならしませんけど、・・・・・。

 丁寧な言葉ですが、その底には冷たいものも感じます。いやこれが淀屋等の高利貸には当たり前の姿勢なのでしょう。

 ・・・・・。大御番士から御書院番士へのお貸付。ご両家は代々嫁婿をやりとりするご親類や。で、大番士様がご自分の借金の形にその証文を回した。

 やはり怖いですね。これは今も普通に行われていることなのでしょう。
 私も随分前に、民間のクレジット会社の人と13012705会話したことがあります。彼は、もうこの業界そのものでしか働いたことはなく、普通に子どもが居て、普通の会話が出来る人でした。
 それが当たり前にやっているのです。いやいや、私はいわゆる公の金貸し機関の方が恐ろしさを感じるものです。

1301270113012702  福地源一郎が高利貸の淀屋を訪ねるのです。これはかなりな見ものです。

 文久の幕府使節の行動が翌朝の新聞に逐一掲載されるのである。前日に出来事が活版印刷によって、大量に迅速に伝えられる、これこそ世論口論の基(もとい)だと感じ入った。

 しかも当時起こりました薩英戦争が源一郎が横浜の外国人居留区で手に入れた新聞は英国政府を痛烈に批判していたということに、驚くわけなのです。こうしたことをちゃんと見つめられたことが源一郎の優れた感性であったかと思います。
 それで江湖新聞を発刊するわけですが、そしてもう発行されているのですが、今日はそもそもこの作品のいわば原因を作ってしまった元の的矢六兵衛に高利な金を貸した淀屋を訪れるのです。

13012613 官兵がぼんやり立つ下之御門の向かい、濠に架かる天王橋の袂に、真三角に「淀」と書かれた看板が下がっていた。間口は広く面構えはよいが、どことなく妖気漂うお店(たな)である。

 さて、ここに源一郎は訪れるのですね。これは実に見ものなシーンになると思われます。

1212270112122702  なるほどな。ものすごく感心してしまいます。

 そのように思い起こせば、すべてが符合するのである。

 これには驚きでしょう。そして加倉井隼人には、この西郷吉之助と勝安房が二人で将棋盤を挟んで長考しているように思えてきます。

 ・・・・・・。見えざる将棋盤を中心にして、二人は長考した。

 うん、このことを加倉井隼人と福地源一郎が思うのは分かるのです。でも違うようにも思えます。的矢六兵衛は、これには当てはまらないような思いがします。
 この二人西郷と勝の中には慶喜も一つの駒なのです。だが、それは「玉将」なのです。だからどうにかしないとならないのです。今水12122608戸に去ったということは、それが見事終わったということでしょうか。

 下の写真は、昨日私の孫じゅにへ持って行きました私のクリスマスプレゼントです。私は25日に東京駅内で手に入れたものです。

1212260112122602 しかし私は「これは源一郎はすぐに違うことを指摘できるのではないか」とは書きましたが、そうではないのかもしれないなあ。源一郎は言います。

「僕がまっさきに考えたのは、西郷吉之助のことだ」

 エッと驚きます。西郷は六兵衛を見て慶喜と見てとったといいます。でもそうなのかなあ。ともに一ツ橋派でしたから、主君島津久光よりは親しみは感じていたでしょうね。
 西郷は、こうだったのです。

 あまりにも前(さき)の将軍家に似ているゆえ、御家門の誰かしらと思うたのやもしれぬ。しかしじきに、西郷は確信したのであろう。

X12122601 そうなのかなあ。これはすごいことですね。西南戦争での西郷を思います。ただそれはこの時から10年後のことですね。
 慶喜は西南戦争での西郷をどう思ったものなのでしょうか。西郷のようなヘマは俺はやらなかったと思っていたのかなあ。

1212250112122502  加倉井隼人のところに福地源一郎がやってきます。

「やあ、加倉井君。今さら御留守居役に呼び立てられるいわれはないがね。・・・・・・」

 隼人はいらだっています。その気持はよく分かります。最初は新聞の発行のことで、これはすぐ了解します。思えば、これは歴史の事実ですから、むしろもうこの小説ではいいでしょう。
 そして隼人は源一郎が思いもよらないことをいうのです。

「的矢六兵衛は本人にあらず。前(さき)の将軍家慶喜公その人にあらせられる」X12122404

 うーん、でもこれは源一郎はすぐに違うことを指摘できるのではないかと思いますね。いや、指摘できなくてもすぐに分かる事実になると思うのです。
 でもこの作品はまだまだ続くのだなあ。
 もうただただ面白く興味深く読み続けます。

1212190112121902 しばらく福地源一郎はどうしたのだろうと思っていましたが、やはり彼は書いていたようです。思えば、これは歴史の事実なのですね。

 越前守は・・・、さりげなく発行人の名前を指さした。「福地桜痴」という名に息を呑んだ。源一郎はここしばらく登城していない。

 そうか、これがやがて新聞になるのかと思いました。

「お読みになるがよい。従前の瓦版のごとく、ご政道を茶化しているわけではない。しごくまっとうに、事実を書き記している」

X12121802 そうなんだ。でも本当なら、これも今も読めるはずです。でもだから、創作なのだなあ。的矢六兵衛のことはどのように書いてあるのでしょうか。

 本多と粟谷が左右から首を伸ばしてきた。

 そうだな。私もこの内容にものすごく興味があります。さてどう書いてあるのでしょうか。

1211080112110802 この挿絵の西郷隆盛(私はサイゴウリュウセイと読みました。もっとも私は「西郷さん」と親しみを込めて読んでしまいます)です。実にまだ若い西郷さんが見てとれます。昔鹿児島の城山の上の販売店にいた方もそっくりのお顔をしていたものです。なんでも西郷さんの関係の方だと聞きました。私が小学6年のときですが。
 それにこれを通訳してしまう福地源一郎もいいです。彼は薩摩弁だけではなく西郷隆盛の言葉が分かり通訳していまうのです。

 隼人は感動した。言葉が十分に通じなくても、二人の心はひとつだったのである。西郷は倒幕の兵をおしとどめ、勝安房は抗戦の声を慰撫して、どうにか無血開城を実現した。

 やっぱり、この二人はすごいものですね。改めて私は勝安房を見直しています。漢詩がまともじゃないなんて、実に私は分かっていないだけなのです。

 西郷が笑えば、まわりもみな笑う。

12110712 やっぱり、「西郷さんって、こんな人だったののだろうな。勝も優れた人だったのだ」私は吉本(吉本隆明)さんをまた思います。吉本隆明さんは、勝を決して、貶しているだけではないのだ。実に彼の優れたところ(以下です。『ただ、青年時代に訳詩「思ひやつれし君」ひとつをのこしている』)を見ている吉本隆明さんを思います。

1210290512102906 以下から始まります。

 三人は帝鑑の間に上がった。

  秋山伊左衛門が立ち、そのすぐ後には加倉井隼人、福地源一郎が座っているのです。そしてその前には新的矢六兵衛がこの挿絵のように控えています。

 ・・・隼人の目には、四十畳の青畳がやおらささくれ立って、藁筵(わらむしろ)のごとく荒れていくように映り始めた。

 無理もないなあと思います。なにしろ加倉井隼人には、これがこの「上意」が本来なら上意とはいえないものであることは充分に分かっているのです。
 また明日が実に待ち遠しいです。
12102814 これは実にいい、感動する小説です。「こんなこと、あのときにあるわけないじゃないか」というのはたやすいことです。でもあのときには、こうしたことが現実にあったと思わせてくれる小説なのです。

1210270712102708 これは面白い図です。この挿絵も面白いです。加倉井隼人と福地源一郎がならびその前を秋山伊左衛門が歩きます。

 嘘ハッタリもここまですれば、怪しむ者もいない。とりわけ老獪なる秋山伊左衛門の落ち着きようは役者はだしであった。とうてい先刻まで妾宅に隠れていた卑怯者とは見えぬ。

 しかし、この「上意」というのは真っ赤な偽物であるわけです。これを見ている大勢の野次馬(江戸城にいるただの武士の御家人旗本たち)は、さまざまこの12102702上意を予測します。おおむねその予測は当たっているのです。でももはやそんなことよりも、新的矢六兵衛を早くこの場から引き下げないとならないのです。
 これには誰も同意しているのです。明日はもう朝廷の勅使が来てしまうのですから。

1210261212102613  この今日の内容でいささか驚いてしまいます。勝安房というのはこんなことが出来ちゃうのですね。私が「彼の漢詩には見るべきものがない。みんなダメだ」なんて言ったって、彼は別にこんなこと折込済なのかな。こうなると、彼の奥さんもしてやられていたのかなあ。なんとなく私が以下のように書いたって12102605

私は勝海舟というのが、少しも好きになれません。彼は妻と妾を狭い自宅に一緒に住まわせるのです。この日本でも世界でも「妾」の存在は、「家」を「一族」を保つのには致し方なかったのかもしれません。でも狭い自宅に一緒に住ませたのは、世界でも日本でも私が知る限り、この男だけです。
 彼の妻が、「今度生まれてくるときは・・・」「決して、この殿とは出会いませんように」と言ったというのは、実によく分かります。

 もう海舟には、「そんなことを言っても、仕方がねえさ」と言われてしまうような気になります。
12102606 この海舟は「上」と書いたものを自分で書いてしまうのです。加倉井隼人と福地源一郎にいわば強要された秋山伊左衛門では信用できないのでしょう。
 いやこの小説の中の勝安房には驚いてしまいます。だからかえって明治期にはあんな姿でいたのかなあ。
 西郷南洲が城山で亡くなったときの、海舟を思います。

1210250612102507 秋山伊左衛門が「最後の一手」ということで、まだただ座るだけの新的矢六兵衛のところで行かされます。まずは勝安房のところへ行きます。それが順序でしょう。
 さてそれでうまくいくのかは、はなはだ分からないところです。でもこれで終わらねば、この小説は終わらないのです。もうこの秋山伊左衛門という「最後の一手」のみなのです(というしかない)。それに新的矢六兵衛だって、もう引き際の何かの手が必要なのです。12102503

 勝安房が、次のように言います。

「・・・。つまり何だ、上役のあんたがあれを説得してくれるというわけだね。
 秋山が答えぬのは、自信がないからであろう。かわりに隼人と源一郎が、然りと肯いた。
「あるほど。しかしなあ、俺が言うても柳に風だったんだから、あんたが言うてハイさいですか、ともゆくまいね」

 この勝安房のいうところはよく分かります。でもこれで終わらないと、この小説12102504は終わりません。明治維新にならないのです。いやそういう言い方は私が卑怯です。
 でももう新的矢六兵衛も引き際を少しは考えているはずです。そのときがもうこのときしかないのだと思うのですね。

12093006 この挿絵を見て、「こんなことがあるのかなあ?」と思いましたが、思わず納得しました。

2012/10/01 05:25「もう10月か」と、このポメラで書き出して思います。今年もあと3ケ月ですが、これからは早く過ぎ去るでしょうね。
「黒書院の六兵衛」をすぐ読みました。この挿絵なのですが、「こんなことがあるかな?」と思いま12100106した。尾張藩の官軍12100107と福地源一郎とはいえ、幕臣がです。
 でも読んでいるうちに何故か納得できてしまうのです。二人は源一郎の考えですが、的矢六兵衛の上司である組頭に六兵衛に下知してもらおうというのです。

・・・
「そりゃあ君、組頭が下知すればいやとは言えまいよ」
「それほど簡単な話とは思えんがの」
「いや、六兵衛はそれを待っているんじゃないのか。・・・。・・・、御組頭なり御番頭なりを連れてこい、筋を通せば下城してやる、と」

12093007 そうか、それでこの組頭を探すわけです。
 これで終わりになれるのかなあ。もう私はこの二人に身を入れていますから、とにかくこの組頭を捕まえて、解決してほしいものです。
 ただ、その組頭を捕まえるのにも一騒動ありそうな気がします。

 とにかく的矢六兵衛のことは大変なのですね。

12082409 この福地源一郎がシェイクスピアを読んで翻訳しているなんて、もともと知っていたことじゃないかと自分にあきれてしまいます。この後坪内逍遥が翻訳して、それは私たちも目にします。私も一分読んだことがあります。

2012/08/25 06:12「黒書院の六兵衛」ですが、

 かつて二度にわたり、通辞として渡欧している彼は、ウィリアム・シェイクスピアに心酔していた。

というところで、最初は、「あれ、俺はそんなことを知らないぞ」なんて思いました1208250112082502が、一分後、「そんなことはない、これはよく知っていたことだ」と気がつきました。今日の最後がこうあります。

 ・・・、いよいよ悪い夢の小路へと歩みこむ。入り組んだ裏辻に目星の稲荷が鎮まり、黒塀ぞいに行くと立派な門構えの御屋敷があった。
 御書院番御番士、的矢六兵衛が屋敷である。

2012/08/25 06:56「君原健二『私の履歴書』」は実に読ませてくれます。

 大切な恩師は2001年、80歳で亡くなった。妻と二人で谷川岳に出掛けていた私は、奥さんからの電話で訃報を耳にした。高橋さんと出会わなかったら、私が銀メダルを手にすることはなかった。というより、一度も五輪の舞台に立てなかったはずだ。単なる監督ではなかった。私にとっては親以上の存在だった。

12082410 その右にある「情報に押し流される知性 進歩するネット 倫理の模索続く」ですが、私には、この文が何がいいたいのかさっぱり分かりません。私の理解力がないのでしょうが。

 この今日の挿絵が、福地源一郎が上野の山、彰義隊の籠もっているところを見ているところなのでしょう。福地源一郎はこのあと、稲荷町の的矢六兵衛の家にむかうのです。

12082403 真っ先に新聞小説を読みます。

2012/08/24 04:57まずは「黒書院の六兵衛」を読みます。そのあとは別なことをやって、リビングで「君原健二『私の履歴書』」を読み、またこれを書くときに、この浅田次郎の小説を読みます。
 今日は福地源一郎の思いです。最後にこうあります。1208240612082407

 あるいは------ふと悪い想像をめぐらして、福地源一郎は歩みながら怖気(おぞけ)をふるった。
 六兵衛の覚悟を惑わせぬために、家族がみな自害し果てている、というのはどうだ。

 私は稲荷町の的矢六兵衛(現在の的矢です)の家族は、そのまま、もとのまま(ただし、現在の的矢の家族)で生活しているように思えます。
 まあ、明日はそれが分かるのでしょう。
「君原健二『私の履歴書』」は実に大切なことを教えてくれていると思います。

 一方の私は2年間だの文通を経て、結婚に至った。心の平静を得た私と、悩みを打ち明ける相手のいなかった円谷さん。ぎりぎりまで自分を追い込むゆえに、競技者は人の支えなしでは生きていけない。

12082402 これは誰にでもいえることです。言いたいです。私の二人の娘にも、二人の彼にも、四人の孫にも言っていきたいです。

 ああ、こうして書くと、また孫に会いたくなる私なのです。

 昨日長女おはぎに家へ行きまして、「ばあばは?」と聞かれて困りました。

120711072012/07/11 05:51また新聞が来て、この「黒書院の六兵衛」を読みます。加倉井隼人は西の丸に戻り、福地源一郎はまだ「取材」を続けるのでしょう。この作品では加倉井隼人の心情を追います。

12071108 青空は青く晴れ上がっているというのに、まるで隼人の頭上にだけ黒雲が垂れこめているような気分であった。

 まだそもそも六兵衛の正体が分かったものの(8割くらいが分かったということか)、それでこの江戸城内で何をやりたいのかが分からないのです。
 昨日おはぎの家へ行きました。王子駅のそばのセブンイレブンでお菓子のお土産を手に入れて行きました。私はポコ汰に、秩父へ行ったお泊まり保育のことが聞きたかったのです。もちろん、ポニョにもポポにも会いたい思いでした。でも二人に、「ばあばは?」と聞かれて、なんとなく「やっぱりじいじより、ばあばがいいんだろうな」という思いで少し寂しかったものです。それで秩父のお泊まり保育のことはほとんど聞けなかったのです。そもそもポコ汰の話がよく分からないのですね。
 また今度パパに詳しく聞いてみましょう。
 でも昨日は歩いて家まで帰るときに、なんだか寂しい思いにもなったものです。
120709022012/07/11 06:18今日はまだ梅雨なのですね。今日はいい天気ですが、明日は雨になるのでしょうね。
 あでも、また孫たちには大いに会いに行きます。じゅににも会いたいです。
 いつまで経ちましても、じいじはこの気持が変わらないのでしょうね。やっぱりなるべく私の将門Web内では孫のことばかり書くのはやめようと思っているのですが、どうしても書いてしまうのですね。
2012/07/11 07:39いろいろな記録を思い出しています。
 私は30年くらい前から、パソコンで手紙等も書くようにしてきました。いや手では書けなかったからです。昔長女が小学5年生のときに、NiftyServeからの資料(新聞での情報資料)をA4で8枚くらい印字して渡して、それをある先生が見て、「お父さんはこれをみな打ったのか」という問い合わせで、私は嫌になったものでした。その先生は、私より若く、パソコンもパソコン通信も私よりはやっているはずなのです。それがこんな実体だったのです。もう嫌になる、あきれ果てるものでした。
120709052012/07/11 08:01「梅ちゃん先生」を見ています。いいなあ、私はこの梅ちゃん先生が大好です。
 梅ちゃんの言う「あきらめない」って大事ですね。
2012/07/11 10:16思えば、私は年に300冊の本(雑誌も含みます)を読破していたものですが、昨年から100冊もいかないのじゃないかな。読むよりも「書くこと」を重要だと思ったからです。これは吉本(吉本隆明)さんの『「書き言葉」と「読み言葉」』を私が大事なことだと思ったからです。

 今は私は読むことよりも「書くこと」なのです。

 パソコンソフトの使い方が容易に分からなくなっている私です。

2012/06/19 05:55しかし、もう私はパソコンソフトの使い方にも分からなくなっています。それを如実に感じます。これでは実に困りますね。ちゃんと自分でやれるようにしていかないとなあ。
120619122012/06/19 06:44「黒書院の六兵衛」は今日は上野の松坂屋の店先まで、隼人と八十吉(福地源一郎のこと)は行きます。八十吉が店先で矢立を取り出してメモをしています。こういうシーンが実に面白いです。上野の彰義隊戦争の直前がこんなに面白い状態なのですね。もちろん、これは小説ですが、私は本当の事実が描かれている思いなのです。
2012/06/19 07:02台風が来ているのですね。雨がたくさん降っているようです。
2012/06/19 12:33先ほど私の将門Webで、横路利一のことを書きました。私には、『日輪』の中で、卑弥呼の言う「奴国の滅びたのは今ではない」という言葉が甦りました。
 いやもうすでに将門Webに書いてしまったことで、さらに付け加えたいことがあるのですね。いやけっこうあるのですね。それをまた改めて書いていきましょう。
「梅ちゃん先生」を見ています。朝は見ていられなかったのですね。
2012/06/19 13:19どうしてもテレビを見てしまいます。この癖を止めなくてはいけないなあ。

「彰義隊」はポメラでは書けないのですね。ああ、登録すればいいんだ。もうこのポメラでは、漢字熟語登録はいっぱいしています。

12061703 どうしても日経新聞で最終面の小説から読んでいます。

2012/06/18 06:15この前に日経の今日の「黒書院の六兵衛」の面がうまく写るようにIS01で撮ったのですが、うまくいかないですね。取り直しもしたのですが、うまくなですね。デジカメで取り直そうとも思いましたが、まあ問題は日経を読んでもらえばいいので、「これでいいか」という気になりました。
  福地源一郎のことが書いてあるのでした。でも彼は、その後それほど見られないという思い、彼の出した新聞もそれほど受けなかったように思えるのですが、でも事実は違うということなのかなあ。
 暑いことを感じています。
2012/06/18 06:26昨日夕方おはぎの自宅へ夕方行ったのですが(「笑点」はここで見ていました)、でもポコ汰のいう言葉をよく噛みしめないと思ったものです。ポコ汰は本当にいい子です。
 昨日午前中に来てくれたポニョとポポを思い出します。ベランダで二人とも転んじゃったけれど、もう私の孫です。私はもう可愛くてたまりません。
12061704 もっと考えてやり続けましょう。そうだ、今日はちゃんと手紙を書こう。2通書きます。昨日の夕方おはぎの家から帰ってきたときにある友人からのケータイメールを受け取っていました。すぐに返信はしましたが、彼女への手紙を書きます。
 いつも「日経スタイルマガジン」を見ていますが、どうして常時(何年も前から)腕時計を全ページに載せているのかなあ。表紙も裏表紙もです。全47ページですから、わけがわかりません。こんなに腕時計って、日本人みんなつけるのかなあ。実は私も常時持っているわけですが、腕にはまかないしなあ。

 今日は2通の手紙を書こう。

285fe9e3.jpg「なるほど福地源一郎か」という思いで、この「黒書院の六兵衛」を思いました。「蘭語と仏語と英語を自在に話す」とあります。
  今日の一面の「春秋」は読ませます。糸井重里さんの事務所のことが書いてあります。 会議では他者の提案を否定するのは禁止、不満ならもっといい提案を出す決まりだ。
「価値を増やすのが僕らの仕事。否定は価値を増やさない」と糸井さん。 いいなあ。

 まずは、これでIS01をUPします。

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