こうして話していくと、さまざまなことが浮んできます。また私のようにいろいろと喋ろうとすると、またさまざま学ぶことがいくらでも出てきます。やはりこのように話あっていくことはいいなと思います。

93-08-12 17:46:59 もう一度KAも参加させてください

 KAさんがここに書かれたことはいくつもの問題を含んでいます。そのすべてに私の満足な答えがあるわけではありませんが、なんにしてもまた述べていきたいと思います。

昨日ですがふと地図帳を見たくなって、千葉県の地図を見ていたのですが、千葉県の中央部分ですか、木更津市辺りを見ていたところ、ここらへんて、ゴルフ場ばかりなんですね。

 千葉県、茨木県というのはゴルフ場の建設というのは盛んですね。完成にまでいたらないで、そのままになっているのもあるようです。

ゴルフ場を作る土地なんて、日本の国土からすればほんの微々たるものなのでしょうか?
私はゴルフをするなとは決して言いません。それは人の趣味であり、息抜きの場なのかもしれませんし…
それに私はまだゴルフは未経験ですが、なにやら楽しそうですし…

 私もゴルフをする人を非難したりはしません。私のクライアントでもゴルフ関係の企業があります。でももうこの首都圏にはこれ以上ゴルフ場は必要ないように思いますね。あのゴルフ会員権の相場欄なんかみていると、そのように思います。結局ゴルフ場つくりというのは、雑草を枯らす薬品が土壌に染み込んでいって、かなり土壌を荒してしまうというのが多いようですね。
 ただこのことも簡単にいえないのは、私の親しい沖縄の友人からきいた沖縄県のことで述べてみましょう。沖縄県は一番失業率の高いところです。さまざまな資格をとろうという人が一番多いところでもあります。政府がやった地域振興政策というのはほとんどうまく行っていないのです。官僚たちのような「支配の学」の持主が考えるのは、まず第2次産業の育成ということですが、うまくなんかいかないのです。私の友人は例え話として、次のようなことを言っていました。

  沖縄には「アオキ」とか「青山」みたいな紳士服の安売り店は
  ない、沖縄人は背広なんか着ないんだ。
  ついこの間、沖縄にあった「靴の流通卸センター」は撤退した、
  だって沖縄人は靴なんかはかない。

 私は、「沖縄の人だって、背広の一着くらい、靴の一足くらい買うんじゃないの」と言いましたが、ようするに例えば、そのようなものの製造工場、製造産業をつくっても駄目になるということなのです。それよりも、むしろリゾートを整備して、観光施設を作ったほうが沖縄での雇用を促進することにはなるのです。役人は産業の基幹は観光産業のようなサービス業ではなく、第2次産業だと思っていますから、いつまでも分かっていかないわけです。まだそれよりも、沖縄でのゴルフ場などの方が、地元の人にはいいはずなのです。私の沖縄の友人と私も、それらのことでいろいろ動いたことがあります。これからも関わっていくかと思います。地域によってこのことは、いろいろなことがあるのだと思います。
 そうとはしても、私自身のゴルフに対する気持を以下のことで述べたいと思います。私の会社の役員やってくれています、弁護士の大口昭彦氏が私の関係のゴルフ関係の企業の裁判を担当したことがあります。その会社のK社長は大口さんのことをえらく気にいってしまいました。とにかく「男の中の男」のような、真っ直ぐな弁護士さんだからです。是非顧問になってほしいと私に頼んできました。もちろんK社長は大口さんが日本の学生運動の歴史では必ず出てくる有名人であること、今もそのような過激派の弁護も担当していることも百も承知です。顧問になるのはいいことだと思ったのですが、どうも大口さんがぐずぐずしています。私がしつこくいって、とうとう顧問契約を結ぶことができることになりました。そのとき大口さんは次のようなことを言ったのです。

  私に顧問になってほしいというのは、本当に嬉しいことです。
  ありがとうございます。でも顧問契約するにあたって、2つだけ
  条件があります。
  まず、このK社長のS社で将来、社員労働者の方々が労働運動
  なりやって、会社側と対立する時点になったとしたとき、私はけっ
  して労働者を弾圧する側には立たないということがまず1点です。

K社長は「ごもっとも」と同意します。

  次に、たいへんに言いづらいのですが、どんなことになっても、
  私をゴルフには誘わないでいただきたい。私が好きなのは剣道で、
  ゴルフはどんなことがあっても好きにはならないと思います。ま
  ことに勝手なのですが、これだけはいいたいのです。

K社長は笑って了解しました。
 私も同じです。どんなことになっても、ゴルフ産業で働く人、ゴルフ場を必要とする地方があったとしても、私も大口さんと同じで、ゴルフだけは好きになることはないと思います。

私は車が大好きなのでよくドライブに行きます。その道を作るのだって、車に乗ってガソリンを使うことだって、少なからず、環境に悪い影響を与えていると思っているからです。
この考えかたって間違えているのでしょうか?

 私は車の存在を否定したりはしません。ただ、排ガスを50%よりは60%、それよりは90%、95%、99%、99,9%きれいにして排出する車を選んでいただきたいと思うのです。だから汚いディーゼル車の4WDを毛嫌いしているのです。あんな車に乗って、あらゆる道、あらゆる野山を荒して、汚い排煙を出しているなんて全く許しがたいと思います。
 また道路の建設でも考えてみたい思います。道路を作ると、そこの自然環境をかなり変化させてしまいます。ひとつの森なり、林なり、湿地なり、湖沼なりがゆるやかに変わっていくかたちを、急速に変化させてしまいます。だから自然環境にとっては好ましくはないのかもしれません。だが、もっと考えなくてはなりません。例えば、東京都と同じ面積の森林を住民500人で守っているところがあります。これは大変に大事な役割を果たしています。山の森は川を守り、水を守り、田畑を守り、ひいてはこの日本列島を守っています。でもたった500人で、しかもその内の何人が林業に従事しているのでしょうか。山はそのままにしておいてはだめになってしまうのです。人間が細かく育てていかなければすぐに駄目になってしまいます。間引きをしたり、下刈をしたりしなければなりません。だがもう人の手が足りません。そんなときに、山の中に車の通れる山道を作って、そこを作業車で手際よくやっていこうというのはやむをえないのです。そこで都会の私たちが、山に自然環境を大きく変化させてしまう車道なんか作らず自然を守ろうなんて言ったって、それこそ山の人たちには腹だたしいことでしょう。
 私は車も道路も人間の生活が便利になるのには利用していくのは当りまえだと思います。ただ、それがもたらす環境の破壊以上に、森を山を育てたりすることによって、汚い空気をきれいにし、環境を保全していけるならいいのだと思っています。マイナスよりもプラスの数字が多ければいいのだと思うのです。だから、私たちはそのような努力をしていくことこそが大事なのです。例えば、上の500人の地域のこと考えると、単純に国政選挙で1票の格差があるのはいけないなんて簡単にはいえないことがわかると思います。人数割だけで、山道を作ったり、作ったらいけないなんていうことを決められてしまうなら、もうそんな山を守る人などいなくなってしまうでしょう。そうしたことを考えていくのも、私たちの努力のひとつです。

このように考えていき、中国や他の国に環境保護の技術移転を進めた方が良いのではないでしょうか。

 この環境の問題を見てくると、中国等に環境保護のことの技術を教えたりしているのは、日本の各企業です。どうでもいいエコロジストなんか、なにもやっていません。どうでもいい社共なんかなにもやっていません。だいたいに日本共産党なんか、中国共産党と喧嘩して以来、何の話もしていないでしょう。
 中国が日本に降る酸性雨が中国に原因があるということを認めたのも、日本の政府各企業の努力のお蔭です。私がUPした新聞の記事のデータからでも分かるのは、中国に公害防止の機器を持ちこんでいるのは、日本の各企業であり、それを最初にすすめているのは、竹下や渡辺といった自民党政府です。どうでもいいエコロジストなんか、人のいい私たちを脅してまわるだけではないですか。もちろん日本の各企業はそれが、商売だからです。それが自分の企業の利益、日本の利益、そして中国等の利益になるからやっているのです。かならず中国等の国々の人たちの利益になるからやっているのです。もう違うというなら、「色眼鏡」なんて切り捨てないで、そう言ってほしい。私のほうはいくらでもデータを出していくことができます。

鯨って日本の食文化に貢献してきたものではないのですか? 鯨のすべての部分を有効利用してきたのも、日本だけと聞きます。 クジラサンアリガトウ…

 鯨のこともよく話になりますね。

私たちの代になると、鯨を食べたことすらありません。(前に一度だけ食べた記憶はありますが…)

 私たちはよく食べたと思います。小学校の給食は鯨肉ばかり出てきました。私の家でもよく食卓に出てきました。私は母の作る鯨かつがとくに好きでした。いまでも私はときどき鯨かつが食べたくなり、新宿のしょんべん横町の「今佐」(の隣だったかもしれない)にいきます。でもやはり思い出の中の母の味が一番いいですね。またしばらくは行っていないのですが、渋谷の「くじら屋」も昔よく行きました。
 実はいまも鯨を食べられる機会は大いにあるのですが、今度その機会があったら、KAさん、食べにいきますか。あれは大切な日本の食文化です。もっともっと日本の若者が知るべきだと思うのです。
 さてその文化ということで言いたいと思います。彼ら米国等の自然保護団体などというのは非常に身勝手だと思うのです。例をまったく違うことから言います。
 スペインやメキシコに闘牛というスポーツがあります。国技だそうです。あれを観光で見に行く日本の団体、とくに農村のおじいちゃんやおばあちゃんは、見ているうちに怒りだすのだそうです。だって、自分のうちやとなりのうちで飼っている、同じ牛を、いい大人が大勢でよってたかってなぶり殺しているのです。あれがスポーツなのか、あれが国技なのか。……でも、あれも彼らの国の文化なのです。だからその場で怒ったり、涙を流すのは当然ですが、私は日本の何かの団体があの競技をやめるように申し込んだなんてのをきいたことがありません。
 それを平気でやってくるのが、彼ら米国等の自然保護団体です。

鯨をとってはいかん! 鯨がかわいそう…
おいおい、じゃあおまえらはなに食べてんだ!
いや、牛や豚は飼育できるからいいんだ。
といったことを言われるのになにか頭がくるのですが…

 これは少し違うのではと思います。日本でも海洋で飼育できると同じような主張はしていると思います。彼らは鯨が人間に近い知能があるからいけないと言っているのだと思います。
 また私たちが、「お前らは牛を食っているじゃないか」といっても、彼らは何を言われているのか分からないのです。ちょうど日本人は米の一粒ひとつぶには観音さまが宿っているとまで言って一粒ひとつぶを大事にしています。だとしても、その観音さまを炊いて食べているわけです。だからといって、いやだからこそ私たちは米を大切にしています。大切に思っているといえるでしょう。彼らにとっての牛や羊もそうなのです。大事に大事にしているから、宗教行事ではまず最初に生け贄として神にささげ、そして彼らみんなで食します。
 だからこの問題は、「鯨食って何が悪い、お前らは牛を食っているじゃないか」と言っても話にはならないのです。むしろ私たち日本人にとっては、大事な米と同じような、大事な食物なのだということを主張すべきなのだと思います。日本人にとって長いあいだ大切なタンパク源だったのです。しかし、鯨がそれにしても、もしとりつくされてしまうような存在なのならまずいでしょう。でももうそうでないことははっきりしているようですが、そのことをもっとあらゆるデータで主張していくことは大事だと思います。また日本のやっている調査捕鯨というのも、どうにも不信感をかっているようですね。

どこかに行けば鯨肉を買えると言った話を聞きますが

 まったくこれは事実です。関西ではもっとおおっぴらなようですね。
 ただ我が日本は日本の食文化ということと、資源としての鯨を育てていくことをねばり強く主張していくしかないのでしょう。
 過去あったことですが、たしか長崎県かどこかで、湾に入ってきたイルカを捕まえざるを得なかった漁師たちのところへ、その網を破りにきたカナダ人がいました。イルカを殺す、悪い漁師と、それを救おうとする正義の自分と、彼は思い込んでいたようですが、その後そこの漁師たちとのねばり強い話合いで、彼はこの漁師たちの行為の正しさを最後には認め、逆にカナダの自然保護団体へ日本の漁師の立場を代弁する役割を果たすようになったときいています。私は必ずよほどの狂信エコロジストでない限り分かってくれるものだと、人間を信じています。
 もっとさまざま考えていきたいですね。