将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:私のホームページ

12031604 新しく掲示板を作りました。

  なんでも写真館

です。これは画像がUPできます。もういつくつの写真がUPされていますよ。
 デジカメを持っている友人たちがけっこう増えてきましたもので、その写真をそれぞれのパソコンに眠らせておくよりも、みんな見せ合うことのできる掲示板を作ろうということで、この掲示板を作りました。神田会のサイトの中に置いてあります。
 私のホームページからは、

  周の管理する掲示板

から入れます。ただし、ここは私ではなく襯淵奪弔里僂蕕爐気鵑管理しています。(05月22日 20時56分)

11090502 昨日4日から事務所に出る予定でいたのですが、2日に風邪をひいてしまい、それが今も治りません。妻も同様なことになってしまい、わが家はもう生産性のないこと甚だしいところと化しました。子ども二人は絶えずバイトやさまざまなことで出かけていますから、私の家は夫婦二人が寝込んでいるだけです。娘二人が結婚したら、こんな二人だけの正月になるのかな。考えるだけで堪えられません。
 年賀状にて、何人もの方から私のホームページを見ているという文面をいただきました。たいへんに嬉しいことです。でも中には、どうやって私のホームページを知ったのだろうと、不思儀な思いの方もいます。それほど有名なところじゃないしね。メールいただければいいのだけれど。
 明日こそは仕事始めです。ただ、もう仕事になると、それはそれは、ただただ、いそがしさに追いまくられてしまうだろうな。(1999年01月05日 22:02:03)

11071417 たいへんに暑い日曜日です。毎日毎日いろいろなことがあって、しかも寝不足で疲れてします。昨日は私のホームページを見て、自分も早速作ろうという友人が二人でてきました。一人はもうホームページは登録済みというこで、もう一人は今電話でききますと、登録はできたということでした。あとは中身の問題になってじきます。
 こうしてホームページを持つ友人が増えることは嬉しいことです。
 そういえば、こうしてインターネットをやるのはいいのだけれど、NIFTY とか柏市民ネットにアクセスできなくなってしまった。何故か、アクセスしようとするとパソコンがリセットされてしまうのです。「Star Fax」使おうとしても、同じ事態になるから、98とモデムが何かぶつかるのかな。困りました。
 24日に神田会を予定していて、その連絡のうち、いつもFAXでしている人に関しては、もう仕方ないから、私は真夜中手で一つ一つFAXに入れたのです。こんな面倒なことはありません。NIFTY のIDしか持っていない人にはインターネットから送りました。
 来月10月3日(土)には、NIFTY の「戦前戦中フォーラム」のオフ会を予定しているのですが、そして私が幹事なのですが、どうにもならないのです。ノートパソコンが故障しているし。
 DOS/Vパソコンを使ってみるかなあ。

11071403 この「周の発言」が私の過去のホームページで、私が書いていたものでした。ただほかにいくつも書いているページがだんだん莫大になっていき、これはそれほどのUPをしていませんでした。
 この周の発言がやがて、私のブログになっていきまして、それがメインになって行きまして、昨年過去の私のホームページを廃止しました。
 でもとにかく、ログは残っていますので、それをここにUPしていきます。

11061807 私のホームページは、アクセス解析をいくつも入れています。だから、いろいろなことが分かるわけなのですが、この頃アクセスが急激に増えたページに関しては、国土計画・西武鉄道の問題があったようです。もう実にあまりに、アクセスが増えたページがあり、「一体何ごとだ」と思いましたが、「あ、そうか」とすぐ気がつきました。
 そしてまた、私にこの問題を直接聞かれる方も何人もいました。ただ、何か国土計画や西武鉄道、そしてそのオーナー経営者たる堤義明さんが何か不正をやっていたから、問題が起きたと思っている方が多いようで、そうしたとらえ方では、このことは理解できないのではと思いました。
 ちょっと解説をいたしますと、大変に長くなりますので、以下のページをお読みいただければと思います。

   「続々会社の寿命強さの研究」

  立石泰則「『コクド』の研究」

 また以下のページは、堤清二の小説のことを書いているのですが、これまた実に参考になるかと思います。

  辻井喬「彷徨の季節の中で」

 そして、これらのページのすべてのアクセスが急激に増えたものなのです。
 ぜひ読んでいただいて、まず今回問題になったことの基本的なことを知っていただきたいと思いました。

11033001 私のホームページはできるだけ毎日更新しています。またこのメルマガも週刊で発行することを、ずっとやりきってきました。私は仕事上でも、こうした姿勢を貫いています。そして、私のクライアントにもこうして「とにかく、継続すること」を強く訴えています。
 でも残念なことに、せっかくホームページを作成しても、更新がおそろかになって、それが羞しいのか止めてしまったところがいくつもあります。またメルマガでも、せっかくいい内容で、確実に発行していたのに、「あれ、どうしたんだろう?」と思うと、何故か休刊としてしか思えない感じになってしまうところもあります。
 これはとても残念なことです。そしてどうしてかなと考えてしまいます。

 ある方で、メルマガを発行するのに、かなり先の先までの発行分の原稿を書きためている方がいました。自分の経験の中で、言いたいことをずっと持っていたのだと思います。でも私はこういう方に不安を述べるのですね。「そのやり方だと、その書きためてある6カ月分を使ってしまったらどうするの?」という私の疑問であり、私の気に入っているメルマガだからこそ、不安を覚えてしまうのですね。
 私の場合は、この将門Webマガジンでも、先の号まで書きためてあるものなんかありません。いつも、このメルマガを出そうとする、日曜日から月曜日の朝にかけて、あわてて必死になるだけです。そして、その前の週に、自分が何をやってきたか、誰かとどういう話をしたのか思い出すのです。
 けっこう私は私のクライアントや友人や家族とさまざまな話をします。よく相手から聞かれもします。ちょうど、先週は米英軍のイラク攻撃のことで、娘二人に、「どうしてなの?」とばかり詰問された感じで、それにうまく答えられなかった私を感じています。
 そんな答えられなかったことでも、私はここで言い訳をしていこうと思うのです。
 こうして日々自分が振舞っていることや、人と話していることや、本を読んで感激したこと等々を、ただただここで露出していこうとしているだけです。
 仕事でも生活でも同じことだと私は思っています。  (2003.03.24)

11031009 私よりも年上の女性のパソコン購入におつき合いしました。秋葉原の末広町で待ち合わせして、エプソダイレクトのショールームへ行きまして、そこで選びました。大変に丁寧に説明してくれる方がいまして、私も彼女も感激でした。彼女はいつも新宿の大量飯店で購入しているのですが、そこの店員はいろいろなことを聞いても、よく判らないようで、答えてくれないということでしたが、ここでは、自社の製品だけではなく、彼女のさまざまな疑問にすべて答えてくれたものでした。
 さて、これが彼女の自宅に着きまして、私がすべてセッティングしました。もう驚くほど簡単にパソコンもインターネットも、LANもすべて設定できました。ただ古いパソコンからデータを移動したり、そのほかいろいろありまして、時間はかかりました。
 同じくノートパソコンも私の推薦する機種を予約しました(11月8日の販売予定なんです)。これまた、私が設定に行くことになるかもしれません。
 でも、私より年上の女性なんですが、熱心にパソコンを使おうとされています。この女性を見ていますと、私と同年代や少し下の世代でも、なんでおじさんはパソコンが使えないのだろう、使おうとしないんだろう、と不思議になります。誰だってできるはずだと思うのですが、どうしてなのでしょうか。
 できいたら、彼女にとっての私のように、パソコンを教えてくれる友だちがいることが一番の近道かななんて思いました。彼女は判らないことがあると、すぐにメールしてきますし、私の携帯にもよく電話してきます。それでひとつひとつ解決して行っているようです。
 ただ、彼女は、私のホームページを見るのが面白くてたまらないと言っていました。私はこんな上品な女性に、私のホームページを見られていることに、なんだか少し羞しくなったものです。(2002.11.04)

11030714 私のホームページはかなり文書が多いかと思います。またこうしてこの私のメルマガもかなり文書の量が多いかと思います。そのために私は、なにか文章が書くことが得意な人間かのように思われがちです。「周の職歴」をごらんになると判るのですが、私は、過去さまざまな職業に就きましたが、その中でどの職業が向いていたと思うのかといえば、それは新聞記者なのです。温泉新聞社という旅行業界紙でした。
  ここへ就職した次の日に、何故かそれまでいた(前日の私の就職した日にはなんだか大勢いたはずなんです)若い記者が3人出社してきません。ために、その日の午後から私は山梨県の石和温泉での、「栃木県旅行業協会」の総会への取材を命じられました。名刺を急遽作らされ、カメラを持たされ、ただ「いけばあっちでうまく教えてくれるよ」とだけいわれて、交通費を5千円のみ持たされて行かされました。私は出社2日目で、この業界のことなど何も知らないのです。石和温泉だってどうやって行ったらいいのかもしりません。
 でもとにかく出発しまして、石和で一番大きな観光ホテル(このホテルをすべてその団体は貸しきっていました)入っていきました。栃木県旅行業協会の会合のある会場の受付へ行って、私の名刺を出しましたところ、今も忘れもしません。名刺を見た相手は、「なんだ」と言いまして、その名刺を私あてに投げ返しました。驚いたものです。
 でもとにかく取材しなければなりません。会合があって、そして大宴会です。この宴会もすべて取材してこいという命令でした。私はただただメモを取ります。ビールも酒もつがれる限りは飲みました。
 さて、それでまた次の朝も取材を続けます。「あ、これはすごい情報じゃないかな」というネタまで得ることができました。前日の取材分は、もう夜中に温泉新聞社の原稿用紙に書いてあります。あと、この日の取材分は、帰りの汽車の中で書き続けました。私はなんせはじめての取材ですから、帰社して編集長に出す原稿のできが怖かったのです。
 それでそのまま帰社しまして、すぐに原稿は出しました。フィルムはすぐ原像屋に持っていきました。原稿を出したときに、先輩の記者は、「え、もう書いたの?」というのです。私はそういうものだろうと思っていたのですが、みな取材のときはメモするだけで、その後帰社してから、そのメモをもとに原稿を書くようです。私の原稿はすぐ編集長が認めてくれて、それでなぜかみなに評価されて、私は自分の座る席も確保できました(実は全員が出てくると座る席が足りないような会社でした)。
 でも、このときに、「俺は文章を書くのは、他の人よりは得意なほうなのかな」という思いを抱いたものです。
 この新聞記者の2つ目のあと、ニチイ学館の保育総合学園に就職したときも、その思いのままいたわけなのです。ここでの仕事は、毎日、新聞や雑誌に出稿します、広告コピーの制作でした。私は「俺は文章を書くのは得意なのだ」という思いがあったわけですが、会社の先輩は私の書くコピーを少しも認めてくれません。書いても書いても、「これじゃ駄目だ」というだけなのです。 私は新聞記者時代で作ったペンだこを、さらに固くしながら、必死に書き続けました。同じコピーを何度も何度も書き続けました。ただ、毎日大量な広告原稿を出稿しないとなりませんから、「しかたない、これでいいだろう」とい
うことで、広告代理店には原稿を渡していました。同じ広告原稿とはいいましても、新聞社も雑誌社もすべて媒体がさまざまに違います。広告の量も違います。それを書き分けて、しかもその広告の広告効果も確実に調べないとならないのです。
 私はこのときに知りました。

  広告コピーというのは、うんうん唸りながら、汗をかいて必死
  に絞り出すものなんだな

 絶対に普通の取材原稿を書いたり、いろいろなことの感想文を書くこととは違うのです。
 いえ、これは実は先週、ある団体のいわば広告コピーを書くことになりまして、それで思い出したものなんです。短いコピーなんですが、私はそれこそ、汗かいて必死に書いたものです。「やっぱり、コピー書くのは苦労するよな、そしてこれでいいのかな、これだとどうやって効果測定したらいいのかな」なんて思ったものでした。(2002.10.14)

10071103 私のホームページの過去の将門Webを整理します。
 私のこのサイドバーにある「吉本隆明ワールド」のバナーと「吉本隆明鈔集(ブログ篇)」が見えなくなっていて、それにリンクでちゃんとしていないので、これはあまりに情けないので、今後ちゃんとして行きます。まず私の昔の将門Webを整理します。
 でも、たぶん全部で800ページくらいなものだと思いましたが、ある記録が残っていて、以下のようにありました。

 2008.04.03 1,567ページ

 私はたぶん、800ページくらいだと思っていたのでしたが、それどころではありません。それでそれが2年前ですから、もう2,000ページは確実に超えているのです。
 でも吉本隆明さんに関するページは、私のホームページの中で最大のものです。それで訪れてくれる方も多いはずです。
 この機会に、多分時間はかかるでしょうが、整理してちゃんと見られるようにしていきます。それでもう見られないページはまた別にUPするか、削除してまいります。
 大変な作業ですが、またやってまいります。

5e9cc1be.gif ここの画像は、義母の今年の年賀状です。いくつも義母宛の年賀状が来て、私と妻の年賀状をできるだけの方には出しているわけですが、でもどうしても義母名で出さないとならないものもあり、昨日私が作りました。フリーの画像を借りて作成したものです。

 私の母も亡くなる4年くらい前から、私が年賀状を作成して出していました。思えば、その年賀状の記録もとっておけば良かったな。一つ前のパソコンの中に入っているかなあ?

 私の過去の年賀状は、年賀状 にあります。今年のもこの部屋に収納しないといけないですね。もう私のホームページも整理していかないとならないのです。

  だけど、………………………………

  記憶がなく、ただUPしています。困るな、こういうのは? と私は私にいいます。今夜は谷中で飲んでいたのですが。

 店に、私のホームページを見て、おいでになった方がいると聞いています。実際に私と会ったらがっかりするだろうな。私はたたのよっぱらいですから。でも今は本当によく眠ります。

  あ、きのうお借りした本をよまなくちゃいけないな。

 

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