私はこのことを母が他の人に語っているのを聞きました。小学校5年のとき(昭和59年)に名古屋北区の大曽根でご近所の方に語るのを聞いていました。「莞爾」という名は中島莞爾からつけたものであることを。13103103
 中島莞爾は大正元年10月の生まれで佐賀県出身でした。2・26革命で昭和11年7月12日に刑死しました。25歳でした。
 私の父久二は、大正2年12月8日の生まれです。父はこの中島莞爾を大変に尊敬しており、母たか子との間にできた兄に、この名をつけたのです。
 私の一族は茨城県笠間の一族で藤原秀郷(彼が平貞盛と一緒に将門様を滅ぼします)の子孫です。でも平将門の闘いのときに、自分の一族ではなく、将門様を篤く支持しました。
 ために私どもにもその心が伝わっているのです。
 ただし、私は今は着物も着て歩くことはないために、常時自分の財布にこの紋をさげているのです。
 これが以下です。
1311080313110804