将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:竹中直人

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 つい26日に「日本映画専門チャンネル」で見てしまった映画です。

題名 ぼくたちと駐在さんの700日戦争
封切 2008年4月5日
監督 塚本連平
キャスト
 ママチャリ 市原隼人
 駐在さん  佐々木蔵之介
 加奈子さん(駐在さんの妻) 麻生久美子
 和美(ブラの提供者)  倉科カナ
 西条くん  石田卓也
 前園ミカ  成嶋こと里
 たみ子(ママチャリの母)  石野真子
 みどり屋のおばちゃん 片桐はいり
 親方    竹中直人14122609
 1979年、ある田舎町(山形県)でくらしている高校生のママチャリは仲間の7人できままにくらしています。ただ彼らはイタズラばかりをあちこちに仕掛けています。
 この7人がある一人の駐在さんの登場で、この二つのグループ(7人と駐在さん)は闘い続けることになるのです。14122608
 しかも7人が心を奪われてしまった加奈子さんという美女が実はこの駐在さんの奥さんだということが分かり、もうますます7人は、この駐在さんに敵愾心をもやします。14122611
 その中で西条くんがバイク事故で入院した医院で、心臓に持病を抱える小学生前園ミカと知り合います。彼女は怖がって嫌がって手術を受けようとしないのです。
 そこでママチャリたちは彼女が手術を受けるようにある約束をします。それは地域(新潟県)のある大きな花火大会の実際の花火の彼女の病院の前で見られるようにすることです。
 でもこの花火を盗むと、それは明らかな窃盗犯です。当然駐在さんは彼らを捕まえることが使命になります。そして最後みんなに手錠をかけます。14122612
 だが最後この駐在さんは、みんなの手錠をはずすのです。もう私はここで涙になりました。そしてこの映画の書籍(マンガのようです)の外伝は今も書き続けられているようです。
 いい映画です。若い映画にも、こんなにいいものがあるのですね。14122613
 ママチャリがあることで、和美からブラジャーをもらうところでは思わず嬉しくなっていました。あ、私は倉科カナは大好きな女優なのです。14122616 こうして今は実にいい映画があるものです。

13020616 今日の日経新聞(2013.02.05)の夕刊にこの記事がありました。

天心の六角堂 復興の象徴
茨城・北茨城市 没後100年、記念映画も
 太平洋の荒波が打ちつけ波しぶきが上がる五浦(いづら)海岸。「日本の渚百選」にも選ばれた景勝地に朱塗りの壁が特徴的な六角形の建物がある。日本の近代美術に大きな足跡を残した思想家、13020617岡倉天心が建てた六角堂だ。天心が瞑想(めいそう)にふけったとされる場所だが、津波で土台を残してすべて流失した。
 関係者の落胆は大きかったが、管理する茨城大学などが全国から寄付を募り、明治時代の創建当初の姿に復元。2012年4月に再公開した。「再建されて良かった。まさに復興の象徴ですねと言ってくれるお客さんが多いんです」。管理人の胡口浩道さんはうれしそうに話す。
 六角堂を含む一画には天心の邸宅や記念館がある。再建に至るまでの経緯などをまとめたビデオなども流され、来館者が熱心に見入る。再開後8カ月で来場者は10万人を突破し、震災前の年間実績を上回った。

 私は岡倉天心が好きです。以下に書いていますが、

2011年01月07日岡倉天心『茶の本』

 私はいつも谷中の天心公園で、岡倉天心を思います。私は『茶の本』も『東洋の理想』も読みました。だが私の思いは上の「岡倉天心『茶の本』」に書いています。私は東洋をお茶とか仏教美術だ13020618けでは考えないのですね。いや、考えられないのです。
 しかし、映画では竹中直人さんが天心役になるんだ。ぜひ見てみたいですね。
 思い出せば、中学時代、高校時代なんかに岡倉天心の話をしても誰も関心を持ってくれなかったものです。いわんや、私の天心への言うことへの批判の思いなんか、誰も分からなかったろうな。
 いや、「日本はお茶や仏教美術だけではないんだよ」という思いで、でも天心をも好きな私もいるのです。

10110903題名  東京日和
封切 1997年10月
原作 荒木陽子、荒木経惟
監督 竹中直人
配給会社 東宝
キャスト
 ヨーコ   中山美穂
 島津    竹中直人
 水谷    松たか子
 高橋    田口トモロヲ
 外岡    三浦友和
 阿波野   森田芳光
 バーのママ 中島みゆき
 車掌    荒木経惟

10110902 私は中山美穂という女優が少しも好きではありませんでした。だがこの映画を見た途端に、ファンになってしまいました。この映画は彼女のためにこそあるような気になってしまいました。
  この映画では、東京で普段見慣れている風景がいくつも出てきます。私の御茶の水の事務所の周りを島津がカメラを持って歩いている姿がいくつもあります。映像の中に、それがあまりに普段接している風景なので、ハッとしてしまいます。そしてそれは私もまた好きな風景なのです。

  何を書けばいいのだろうかと迷います。
  男女の愛というのは、何なのだろうかなんて考えました。恋というのは、互いに同じ程度に惹き合うわけではありません。50%と50%で愛し合う関係ならいいのでしょうが、時間の経過の中ではそんなことばかりではありません。そして互いに二人だけの関係ではなく、その二人にはたくさんの他の要素が関わってきます。時代の情況もあるし、家族や職場の人間関係もあります。

 私も激しく恋をした気でいます。私が一方的に惚れて、一方的にいろいろな関係を作ってしまいました。ただ今から思えば、私の相手にとっては、私の身勝手に哀しい思いばかりだったでしょう。私が100%惚れているということで、私こそが相手のことばかり想っているのだと思い込んでいましたが、相手のほうも、私のことを必要とする時には、私のほうが、まったく別な世界にばかり向き合っているということがあったことだと思います。それこそ、哀しい思いばかりさせてしまったことでしょう。

 ヨーコ「あなた、私に、やさしすぎやしない?」
 島津 「…………え?」
    「ちょっと待ってよ。どういうこと?」
 ヨーコ「え?」
 島津 「やさしすぎるって……それ、どういうことなの?」
 ヨーコ「………」
 島津 「え!?」
 ヨーコ「見ないで欲しいのよ、私のことを、そんなに」

 島津とヨーコの二人きりの部屋での会話です。このヨーコの最後の言葉を解説するのは難しいなと思います。だが、女であれ、男であれ、二人の愛のある瞬間には、こうした言葉を出したい思いのときがあるのではないでしょうか。

  私が一番好きな場面は、島津とヨーコが東京ステーションホテルでデートするシーンです。私自身もあのホテルが好きなのです。そしてそのホテルの中にあるカメリアというバーでのシーン、バーテンと島津の会話がなんだかほっとします(いやバーテンは「暗くないですか?」というだけですが)。ときどきあのバーで独りで飲んでいる私は、なんだかあんなゆったりした時間がほしいからそこにいる気がします(もっともなるべく時間を考えないと、あそこは混んでいて困ります)。
 南口の構内から見上げるヨーコを島津がホテルの廊下からカメラを向けるところなんか、私には一番好きになれるシーンです。あのように、私も自分の好きな女性(ひと)を見ていられる瞬間があれば、それこそ人生は最高ですね。

10110904 この物語はひたすら二人のことしか描きません。二人が相手のことだけを想って、それだけで生きられるならいいのですが、実際にはそれではすむわけがありません。私たちの場合には、それが時代の情況であったり、生活をしていくことへの苦難だったりしました。このヨーコと島津の場合には、二人のことだけで終始することができないことが、やがてヨーコの死に至ります。これは悲しくて堪らないことなわけですが、これで島津はきっと何かの世界を獲得できるきっかけをつかんだといえるのではないかと思います。私もそうだったのかもしれないな、なんて思いがしてきました。恋の相手を失うことは、計り知れないほど悲しいことではあるけれども、なんらかのことを自分にもたらしてくれたような気がしています。

 この映画を私はビデオにて2度見ました。一度目は妻と二人で、2度目は家4人全員で見ました。
 でもいい映画というのは、何度も見ると、そのたびに新しいなにかを発見するものです。
 映画というのは、実際に映画になるものよりも、その数十倍、数百倍のフィルムがあるわけでしょう。だから放映されないでしまうシーンがたくさんあるわけです。それとシナリオにはあっても、無くなってしまうところがあったり、違う展開になる場合もあるのでしょう。そんなところを想像していくのも面白いものです。

 柳川でのシーンもひまわりの花も何もかもがいいですね。(1998年のいつかビデオで見ました)

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