将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:笑美さん

12041603 笑美さんからのFacebookでの以下のメッセージがありました。

こんにちは、昨日の夜只見に戻りました。まだ今だにFacebookよくわからなくて、見よう見まねです。よろしくお願いしま〜す。

 これは3月28日にいただいています。ありがとうございました。
 ただ私はFacebookというのは、私のブログのサイドバーに、それへの入口を置いているだけで、私自身はよく分からないのですね。いや、何が面白いのかが分からないのです。私はツイッターもやっていますが、これもよく分からないながら、どうやら毎日UPするようにはしています。
 ただFacebookは、下手をすると、このまま永遠に分からないかもしれませんね。そんな思いがしていますのです。
 うん、私には魅力が分からないのです。いやツイッターもよく分からないのですが、でもどうやら、毎日やっていこう(このごろ毎日はやっていませんが)という思いにはなっています。
 もう少し、このまま見守っていきます。

12030810 私の「リー&笑美の只見日記」のホッケの飯鮓(すし)に、笑美さんが、次のコメントをくれました。

1. Posted by 笑美   2012年03月07日 10:28
周さん、いつもコメントが遅くてすみません。優しいなんて書いていただいて、もったいないです。
そういえば、東京では通りすがりの人は、たくさんいるから、全部景色の一部でしたが、只見ではすれ違う人も少ないので、会う人にみんな挨拶するんですよ。
これは田舎の良さですね、きっと。リーも只見に来て近所のおばあちゃんたちに可愛がられ、本当に良かったと思っています。田舎暮らしは厳しい面もあるけど、みんなが大事にしてくれて、人の優しさを感じ、助け合える、いい面も沢山ありますね。夏の水害の時もそれを実感しました。
引っ越してきた当時、私も「よく只見に来てけやった」とみんなが暖かく迎えてくれたのを思い出します。

 これは私はよく理解できるんですよ。私が暮らしたところでは、沖縄(の都会ではないところですが)がそうでした。いや那覇市やコザ市の沖縄の人もそうなのですがね。私はだから、沖縄が大好きなのです。
 そういえば、私は札幌にも同じ雰囲気を感じています。札幌というのは、いわば実に都会で(私が住んでいた昭和29年30年31年もそうでした)、私なんか、当然嫌いなはずのところなのですが、でもでも私は今も好きな街であり、好きな都市なのです。
 そうねえ、好きになれないのは、名古屋と鹿児島かなあ。横浜はまったくダサい感じでいやでした。
 今自分が住んだ都市、住んだ街を指で折りまして、数えてみたのですが、15くらいで分からなくなるのです。20は行かないと思うのですね。
 いやなんだか情けないです。考えてみれば、私は今は東京の北区王子に住んでいるんだなあ。想像もできないことでした。
 思えば、30歳を過ぎてからも、いくつもあちこち住んだものでしたね。

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 笑美さんの9日の只見日記 に、その笑美さん自身からの次のコメントがありました。

1. Posted by 笑美   2012年01月13日 08:39
周さん、今年はきっとじゅにちゃんが退院できますよう心からお祈りしています。
東京では、沢山の有り余るほどの物が並び、大きなビルが立ち並び、行くたびに私達が住んでいる只見とは違う世界を見て、複雑です。田舎に来て、物への価値観が変わり、買い物をすることのストレス(ちょっとでも安く買おうと思ってたのに、隣のスーパーでは、もっと安かった。いらないもなのについ買ってしまったなど、いつも悔しかったり)からいつの間にか解放されていたことを実感しています。
ただ、只見では、特別なものは、その日のうちにはすぐに手に入らないことで時々イラっとはすることがあります。
そしてまだまだリーは都会に行くとカラフルに並んでいるものを見たくて、買い物にばかり興味を示しますが・・・
周さん、年賀状はいただけるだけでありがたいです。ありがとうございま〜す。

 ありがとうございます。
 実はね、私はこれにレスししょうと、でも毎日じゅにとブルータスに会いに千葉市の鎌取の千葉こども病院まで行っていますから、やっている時間がなくて、昨日はこれを私のIS01に送ったのです。
 それで、京葉線の中で、IS01でレスを書いていました。でもけっこう書いたときに、突如このレスが消えてしまいました。いや、まだ私のIS01のどこかにはあるのかもしれませんが。
 前には、常にノートパソコンをどこにも持参していたのですが、今はいつもはIS01だけなのです。ベルトのデューロカーゴを左右につけて、左にはIS01で、右にはシャープのガラパゴスを入れています(ただし、じゅにに会いに行くときはポメラです。病院の中は携帯電話は使えないのです)。このノートパソコンでは、最新の機器をいつも持っていても起動が遅くて外出先では使い物になりません。それがIS01はすぐに使えます。もう私は前のように、リックサックを持って中にノートパソコンや本を入れて歩きはしないのです。本ももう電車の中では読みません。
 それででもこのブログのレスをIS01でやるのははじめてでした。その「はじめて」というのが問題でした。せっかく書いたのに(書いたらすぐにUPするつもりでした)、そのファイルが消えてしまい、もうそのときの消耗感といいましたら、大変なものでした。
 今までのパソコンでなら、書いているとき、必ずバックアップがありますから、平気なのですが、このIS01で、ブログのコメントのレスを書くのは始めてだったのです。
 でもこれからは大丈夫です。しっかり確実にやっていきます。

 じゅにはいい笑顔でいてくれます。ブルータスのそばでいい寝顔でいてくれます。ただし、目をあけると、「こんな人、だれなんだろろう?」という顔で私を見ています。それが私には少し寂しいです。
 でも明日はまた行きます。

 年賀状は、もう昔のように大量に出しません。インターネットをやらない人に出してもしょうがないという思いですね。
 笑美さんの年賀状は、素敵です。リーさんが綺麗で美人でお母さんに似ていて、私も嬉しくなります。私の孫じゅにも、ブルータスと並んで実に可愛く綺麗ですよ。私の長女のほうのポニョもとっても可愛いです。じいじは、この四人の孫が可愛くて仕方ありません。男の子のポコ汰とポポも私にはたまらなく可愛いのです。ただし、ものすごくいたずらな孫たちです。じいじは、もう負けちゃいますよ。
 インターネットをまったくやらない人に、突然むちゃくちゃなことを言われたりして、その内容がひどいものが多いので(なんて無知なのでしょうね)、私のほうから付き合うのを止めました。平気で、「インターネットって、内容がないものばかりだ」なんて、平気でいうのですよ。まあ、どうでもいい人は、どうでもいいことしか考えないのです。

 また今年もインターネットでお会いしましょう。

11080104 笑美さんの「ディズニーシー」に、その笑美さんからの以下のコメントをいただきました。

2. Posted by 笑美   2011年08月01日 15:09
周さん、その昔日光江戸村の大切な家族旅行の時に、私はそんなお電話をしていたのですね。
 今更ながらすみませんでした。あの時代、まだまだ経理のことはよくわからず、すぐに周先生を頼ってしまってました。あの会社を辞めた後は、民間の会社の経理をしながら、土日は会計事務所でアルバイトなどという忙しい日々を送っていたこともありました。
 今のお仕事は経理ではありませんが、あの頃の経験はとっても私の人生で役に立っています。
 今、お孫さんやご家族に囲まれて幸せな周先生の様子をブログで拝見出来て、私もうれしいです。

 今になっても私には大事な思い出なのです。実は、私は「経理」というのは
実際には、どこでも習ったことはないのです。この仕事を始めて、簿記の本は読みましたし、公認会計士の書かれた本は読みました。でもね、実際の税務調査のあった会社で、その地区の偉い税理士の先生が、社長の「これで認めると、いくら税金を納めるのですか?」という問いに、「1600万くらいでしょう!」と言う返事で、社長から私に電話がかかってきました。私の答えは、「社長のところは脱税はしていないのだから、ただ拒絶すべきだ」でした。それで、その社長が「拒絶すると、どうなるのですか?」という問いに、私はもう実に怒りまして「そもそも社長がいけないのは、私たちと同じ時代に学生運動をやっていないからだ。今こそそれと同じ体験ができる絶好のチャンスだ!」といいまして、そしてそれが結果として、その社長は、実際に拒絶して、税務署がへなへなとなってしまい、がっくりして帰りました。
 つまり税務署側は、まったくの言いがかりだったのです。偉い税理士先生は、その税務署の意図が分かるのかどうかは分かりませんが、もうただただ羞でした。その後も今に至るも何もありません。
 実はね、また別な会社で、あるT大出の弁護士が内容証明を送ってきて、また私がその相手の弁護士事務所に行ったことがあります。私より15歳くらい若い弁護士は、パソコンを前にして、私が「内容は分かりましたが、先生、少し誤植、打ち間違いがあります」なんていうと、目の前のパソコンですぐに直しました。私は「先生はすごいですね。パソコンですぐにできるのですね」と感心しながら、でも心の中は、「こいつは馬鹿じゃないか。ちゃんと自分のクライアントのためにやるべきことがあるだろう!」という思いでした。これも相手は何にもなりませんでした。馬鹿な弁護士先生です。これまた今に至るも何もありません。
 そんなことがいっぱいありましたね。いやいくらでも話せることがあります。
 それにね、私はどうみてもパソコンもインターネットも向いていない人間でしょう。下着は赤ふんだし、酒好きで、いつも詩吟をやっています。でもある団塊の世代のとくに学生運動をやった当事者のために、「自作パソコンの勧め」をゴールデン街の「ひしょう」という飲み屋で土曜日の午後やったことがあるのですが、その対象を団塊の世代は一人もこなかったな。私の関係者ばかりです。重いパソコンをディスプレイとケースと一緒に持っていったのに何になったのでしょか。もうこの世代は、パソコンができないのではなく、やろうともしないのです。
 いやいや、思い出せば、もういっぱいありますね。私には、もう飲み屋で知り合った、私より年上でも懸命にパソコンを学んで動かしてみようという人のほうがずっとましです。

 でもね、「お孫さんやご家族に囲まれて幸せな周先生」とは言えないのよ。長女おはぎは、昨日「ここで寝るなら、ここへ来るな!」と強く言うし、次女ブルータスは昨日も「パパは漢字も書けないし、パソコンもまともにできないんだから」と散々の言い方なのです。私は、笑顔でも心の中は泣いているのです。あとはもう四人の孫ばかりですね。
 私は、笑美さんとは話したいことだらけなのです。
 私はあなたが結婚したときに、ものすごく嬉しかったし、そのお相手の彼も大好きになりました。そして、リーさんが生まれたのも知り、年賀状でそのリーさんがものすごく可愛いことに感激しています。

 でも日光江戸村は、また行きたいです。巨大迷路(今もあるそうです)に、今度は孫たちと入りたい。孫たちなら、私を連れて歩いてくれるでしょう。

きょうは私の満63歳の誕生日です へ笑美さんからのコメント」へ笑美さんから、以下のコメントがありました。

1. Posted by 笑美   2011年05月31日 20:31
周さんこんにちわ
なんかとても好印象に書いていただいてありがとうございます。
でも私は全然美人ではない上、すっかり年を重ねてしまいました。今は仕事でもなるべく写真や前に出たくないので、新聞や広報は、若い人に対応してもらっています。
また、すみません、私が小学生の時入院していた府中の病院はじゅにちゃんの入院している病院とは違いました。じゅにちゃんが入院している病院は本当に大きいですね。最先端の医療を受けられますね、きっと。よく調べもせずすみませんでした。考えてみたら実家のある八王子から出て、もう20年以上たっていました。
 学生運動のお話を聞くのはなんかなつかしいです。私はお世話になった上司が団塊の世代の方々なので、きっと身近な感じがするのですね。
リーがもう寝ようと迎えに来ました。ではまた、いつもありがとうございます。

11053108 いや、笑美さんは綺麗な方ですよ。年賀状で見ると、娘さんのリーさんも綺麗な娘さんです。
 それから、今も府中は実に綺麗な街です。
 私は昔自分が拘留されていて、かつその後誰かに(たしか御茶ノ水大の友だちと面会に行ったのです。70年秋だったかな。私のことを思い出してくれた看守が逆の側の部屋にいたものでした)面会に行き、そして任侠映画での印象で、とにかく灰色の刑務所の壁しか思い浮かべられなかったので、それがあんなに綺麗な街で、驚いてかなり感激しています。
 府中刑務所は、実に桜が綺麗でいいところですよ。いつも懐かしく思い出します。
 今日もじゅにに会いに行きます。じゅにはまだ生まれて6カ月ですから、なんだかいつも涙になっています。でも娘ブルータスの前であんな顔をしないと、今日はちゃんと決意していきます。
 私の大切な娘ブルータスと大切な孫娘のじゅにです。

 今日も笑顔で会ってきます。

 私の きょうは私の満63歳の誕生日です笑美さんから、次のコメントがありました。

1. Posted by 笑美   2011年05月30日 08:27
周さんお誕生日おめでとうございます。
お誕生日の日はエネルギーがとても高まっているので、その日にしたお願いは、かなうというと聞いたことがあります。
私もそれから一年に一度のお誕生日にはお願い事をしてからバースデーケーキのロウソクを一気に吹きます。
じゅにちゃん心配ですが、きっと元気になります。
小さいじゅにちゃんですが、周さんやご家族に沢山の愛を与えてくれてますね。
私や私の妹も府中の大きな病院に入院していたことがあります。とてもいい病院だと思います。
私も毎日、早くじゅにちゃんが元気になるようお祈りしています。

11053004 どうもありがとうございます。「私や私の妹も府中の大きな病院に入院していたことがあります」というのは、どこの病院かなあ? 
 じゅには、「東京多摩総合医療センター」という実に大きい病院です。じゅには、千葉県の君津市に両親と一緒に住んでいるわけです(すぐ近くには、あちらのじいじばあばの家もすぐそばです)が、それがこんな府中市に結局は救急車でおくられてしまいました。いやその措置には感謝します。でも二人の両親、ブルータスとナオキ君も大変です。あちらのじいじとばあばも大変なことです。

お誕生日の日はエネルギーがとても高まっているので、その日にしたお願いは、かなうというと聞いたことがあります

 これはいいことを聞きました。私は今日はあとで、我孫子市の湖北の正泉寺へ行ってきます。私の父と母にそのお墓の前で願い事をしてくるのです。
 私の母と父は、もう学生のときから、いっぱい迷惑をかけてきました。東大闘争で、保釈になったと思ったら、また逮捕(芝浦工大事件で)されているんだものね。それでやっと今お墓で眠っているのに、また私が頼み事です。
 でも府中刑務所には、7カ月くらいいたのですが、今の府中は実に綺麗なところですね。私の昔のイメージはすっかり変わりました。
 府中刑務所は、やくざさんが多いらしく、独房の壁に「独居1カ月未だ屈せず」なんて落書きがあったものです。「え、俺はもうそれをもっと超えているよ」という思いでしたね。でも府中刑務所はメシがうまくて(ばくしゃりですが)快適でしたよ。
 じゅににも、今に快適になれるように祈っていますし、今日父と母に願いにお墓の前で頼んできます。
 ああ、私のおはぎもブルータスも私の妻も、笑美さんのことは、「綺麗なお姉ちゃんだ」というので、よく覚えていますよ。その笑美さんが、今はリーちゃんという実に可愛い綺麗なお嬢さんがいるのですね。私も私の家族も大感激です。
 私の長女おはぎは、三人の子ども(ポコ汰、ポニョ、ポポ)がいて、次女ブルータスは一人の子どもがじゅになのです。そして、何故かいつも父親の周があきれられています。私は字はしらないし(漢字もかな文字もローマ字も)、音楽もテレビも知らないし、酒ばかり飲んでいて(ただし、今はじゅにが回復するまで断酒しています)、いつも怒られてばかりです。
 でもそんな私でも、あんなに美人の笑美さんがこうしてコメントしてくると、私を見直すはずです。
 いいな、いいな、という思いです。

11051007 笑美さんの「母の日」のUPに、ご当人のリー&笑美の只見日記 の笑美さんが以下のコメントをくれました。

1. Posted by 笑美   2011年05月11日 02:11
母親業って、普段家事をしていると、その労働が、形や数字で評価されないから、もしかしたらわかってもらえてたと思えるのが母の日なのかもしれないです。
 仕事では報酬という形でやればやっただけ自分に評価が返ってくるのですが、家事ってありがとうという言葉だけかも…
なんてふと考えました。

最近リーは夕食の後片付けと食器洗いをしてくれるのですが「お母さんって大変だね〜」と言いながらやってくれるのが可笑しいです。

周さんが「ビール券くれ〜」と言っている姿が目に浮かびます(笑)。
ずっと以前から思っていましたが、周さんの奥様、立派な方なんですね。
きっとお母さんのように大きな心でいつも周さんを見守ってくれているのですね。

 あのですね。私は一升瓶のほうがいいのですよ。でも殊勝な心でビール券と言っているのです。ビール券なら簡単に持っていられるし、コンビニでも使えるのです。
 でも娘の母の日に送ってきたお花の写真をちゃんとブログで披露したり、孫の絵を披露したり、私はちゃんと偉いでしょう。
 リーさんはだんだん大きくなるのですね。いつもブログで見ていて、その優しさを感じています。

11020412 一昨日も昨日も暖かい日でした。

2011/02/05 07:56立春だということですね。でもこうして暖かいですが、私のよく知っている笑美さんの福島県の只見は大雪だということです。

 笑美さんから、コメントをもらってものすごく嬉しかったです。

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