将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:篤姫

12083110「実に暑い今を感じています」というはずですが、今の私はダメなのかもしれないな。

2012/08/31 07:56「今日も猛暑」ということです。「暑い」のは嫌いですが、でも今はそんなに暑さを感じません。そういうそれほど気合いの入っていない私なのかなあ。
「梅ちゃん先生」を見て、私の大田区にあったクライアントを思い出します。あの社長にも会いたい思いです。今は九州博多で働いています。
 やっぱりこの竹夫君の会社のことは心配していました。なんか、今回のはインチキじゃないかなあ、と予想していました。ひどいな、悔しいな。
 なんだか私もまた涙になります。
2012/08/31 08:17私もいつも夜9時50分くらいに眠って、午前2時頃起きています(両方の時間も前後していますが)。
2012/08/31 11:27今「篤姫」を見始めました。

 篤姫は、13代将軍家定に嫁いで思えばつらかったろうな。徳川将軍になった人は変わり者が多いですね。いやこれは室町将軍家も、鎌倉の将軍も執権もそうかなあ。

12082902 この長春有情さんのUPでいくつものことを思い出しました。

 篤姫が鹿児島では評判の悪い財政改革をした調所広郷や井伊直弼の死を悲しんでいた場面に心を打たれました。

 うーん、そうですね。調所広郷は実に大変だったなあ、という気持を抱きます。島津重豪が大変な人でしたからね。島津藩を借金だらけにしました。まあ、ここではそんなことをいうところではありません。
 でも彼の死に篤姫が泣く気持は分かるつもりです。いえ、これは原作宮尾登美子の描く篤姫のことですよ。
 ただ私は井伊直弼は今でも少しも好きになれません。ただただことなかれ主義のどうしょうもない保守性の人でした。その保守性の中で開国していますのですね。
12082903 私の一番好きな詩は、「黒澤忠三郎『絶命詩』」ですがこれは桜田門外で井伊直弼をテロしたときの詩です。万延元年三月三日のこの日(実際には安政7年)のこのことを詠った『絶命詩』を私は70年安保闘争の6・23で埼玉大学のバリケードの中で、私も詠いました。もちろん、そのときに私のかぶるヘルメットは私だけの思想のものでした。

 でも私も自分の中学甲東中に行きたいな。

 4月28日の中学校の同窓会の時に、中学校訪問もありました。
 中学校卒業写真を校長室で見せて下さいました。 
 その時、君の写真を見たことを伝えておきます。
 そこには私のイメージにある君がいました。

 懐かしいです。でも私がもうあの中学へ行くことはないだろうな。

 君とは同じクラスにはなりませんでしたが、廊下や校庭で、
 二言三言話をしたことははっきり覚えています。
 君の薩摩弁ではない語り口からの知識に、少年の私は何か惹きつけられたのではと、今思います。

 私は言葉は、名古屋にけっこう長くいたのですが、名古屋の言葉は非常に汚くて大嫌いでした(私は秀吉とおねねが言い合いをしているともうひどい名古屋弁で言い合いしているさまが見える気になります)。だから、あの鹿児島で話す私の言葉は札幌のものじゃないかな(札幌も私には嫌な都市ですが)。

 君の好きな曹操、私も次第に彼に惹かれてきました。

12082904 曹操はいいですよ。歴史上の彼もいいですが、彼の詩は最高です。いえ、もちろん曹丕の詩もいいし、もちろん曹植もいいです。この三曹の詩は、私のこのブログでは大部分紹介していますが(一部まだやっていません。長すぎるのだと、どうしようかと悩むのですね)、そのうちにやります。漢詩は大変なのです。出てこない漢字があると(これはいくつもあります)、それをどの字に置き換えるかということで悩みすぎるのです(そしてその解説はしますよ)。

 ついでに、先日の同窓会には当時の生徒会長健一君も来て挨拶をしました。彼はお医者さんになっています。
 君と同じ高校に行った、秀才の女性も3人来ていました。
 MNさん、MYさん、SNさん。
 わかりますか。
 

 懐かしいです。あの生徒会長は熊本大学だったのじゃないかな。
 MNさん、MYさんは分かりましたが、SNさんって今では分からないのです。12082905

 そういえば、長春有情さんは69年70年のころは高田馬場や戸塚町にいたのじゃなかったかな。私も当時あそこらへんにいたので、懐かしいのです。今歩いても懐かしいです。私の今住む王子とは都電で今もつながっているのですね。

 今日はこのポメラを開くのが遅くなりました。

12082124120821252012/08/21 06:03「黒書院の六兵衛」を読みます。真っ先に挿絵を見て、「海舟が一体なんだろう?」という気になります。
 しかし、西郷さんへの思いは変化ないのですが、乾退介への私の思いは大きく変化しました。

「なあるほど。その乾退介という土佐の参謀には、西郷さんも頭を悩ましているふうだったな。官軍の中には、何が何でもお江戸を戦場にしたいやからが少なからずいるもんだ。・・・・・・」

2012/08/21 06:34なかなかいくつものことをやっていられません。
120821152012/08/21 11:23いろいろと思うことがあります。そして私はいつも泣き虫です。今涙を拭いました。いえ、今「北ケーブルテレビ」の「時代劇専門チャンネル」で「篤姫」を見ていて、どうしても涙になるのです。いや今リビングに来てテレビをつけたばかりなのです。

 何事もやることが遅くなっていますね。

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