将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:老齢

12051713 わたしは現在、老齢だといっていい。神社やお寺の境内の樹木には「ボールなげ」の禁止や、お寺の墓地で「遊ぶべからず」の札がぶら下がっていたりする。これでは時代を追って神仏が始源の精神活動の根元だったことを振り返る認識を持つはずがない。わたしは信仰がないから形態的僧俗にことさら関心をもっていない。けれど人間の精神活動の始源としての宗教への考察は持続している。それにもかかわらず、宗教家自体は衰弱を加えるばかりのように思える。現在の状況では、宗教家が宗教を解体できる言葉で考え、現在にこだわる思想が精神活動の人類的な始源に対する考察を深めてゆくことで、接点を明確にするよりほかに方法がないと思える。
(『還りのことば』2006.5.1雲母書房「まえがき」

 私も今たしかに老齢です。ただそれでも私もやはり「現在にこだわっています。そしてこの「こだわり」はまだまだ続いていきます。このこだわりをなくすときは、もう私が世界に関心がなくなっているときでしょう。

生涯現役

書 名 生涯現役
著 者 吉本隆明
発行所 洋泉社
定 価 780円+税
発行日 2006年11月20日初版発行
読了日 2006年12月10日

 短い新書なのですが実に読み終わるのに時間がかかりました。もうあちこちの部分で読み耽けっていました。しかし、吉本(吉本隆明)さんは大正生まれだけれど、今やっと老年になった感じで、いくつものことを考え書かれています。私はもう今の年齢で、老年になってしまった思いなのです。情けないなあ。
 でもなんとか私もやりきっていきます。

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 医療と介護  YOMIURI ONLINEこの記事 がありました。

  いつかその日が来ることは覚悟していた。だが、実際にそんな事態が我が身に出来(しゅったい)すると、やはりショックは大きい。(2006.10.11)

 この記事は、私が「吉本隆明」というキーワードで出てきました記事です。
 このことは、私が義母の介護をしていて、そして自分の母を義姉が介護してくれているのを見てものすごく感じていることです。

 詩人で評論家の吉本隆明さん(81)は、「老いは徐々に来るもんじゃない。(中略) 老いは肉体的にも精神的にも、なだらかにくるものだと思っていた。まるで認識違いをしていたことに気づいたんです」(『老いの流儀』NHK出版)とおっしゃっているが、試合の翌日、今度は駅の階段の蹴込(けこ)みに左足を引っかけ、これまたバッタリ両手をついた。

 でにさらに私が感じているのは、自分もかなり年を取ったということです。まだ58歳ですが、かなり感じています。

   え、これは私の母や義母の問題ではなく、自分の大変な問題だな

と気がついたのです。
 懸命に義母の介護はやりますが、自分の肉体の衰えをかなり明確に認識しないとなりません。
 あちこちで、自分のやってしまうミスを最小限にするようにかなり努力しいとならないと思っています。

 吉本さんは、さらに「高度な消費社会になればなるほど、精神的な成熟度と肉体の衰えは必ずしも並行しない。肉体はガクンと衰えるし、精神はむしろ幼稚さが目立ってくる」とコワーイことをおっしゃる。

 私は自分の老いを認識できたのが、昨年の3月末のことです。まだ56歳でした。実は、「こうなるのなら、死にたい」とまで思いました。でももうそのときから、できるだけ自分の老齢に関して、自らでできることを自分でやっていこうと考えました。
 もう前のように無茶はしない、大酒を飲まない、徹夜はしない……ということです。
 そしてどうやら今は気持が落ち着いてきました。肉体の衰えがますます進むのは、仕方がないとしても、精神だけは、しっかりとしていかなければと思っています。

 とにかく、やるべきことを早くやらないとなりません。

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 わたしは現在、老齢だといっていい。神社やお寺の境内の樹木には「ボールなげ」の禁止や、お寺の墓地で「遊ぶべからず」の札がぶら下がっていたりする。これでは時代を追って神仏が始源の精神活動の根元だったことを振り返る認識を持つはずがない。わたしは信仰がないから形態的僧俗にことさら関心をもっていない。けれど人間の精神活動の始源としての宗教への考察は持続している。それにもかかわらず、宗教家自体は衰弱を加えるばかりのように思える。現在の状況では、宗教家が宗教を解体できる言葉で考え、現在にこだわる思想が精神活動の人類的な始源に対する考察を深めてゆくことで、接点を明確にするよりほかに方法がないと思える。(『還りのことば』2006.5.1雲母書房「まえがき」)

 私も今たしかに老齢です。ただそれでも私もやはり「現在にこだわっています。そしてこの「こだわり」はまだまだ続いていきます。このこだわりをなくすときは、もう私が世界に関心がなくなっているときでしょう。

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