将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:自意識について

53c3fd80.jpg 個人の一人ひとりはどこかに重点を置くということになって、その場合に個人に重点を置く人も、制度に重点を置く人も、家庭の幸福に懸ける人もいるわけで、その三つは相伴う場合と相矛盾する場合と両方あるから幸不幸はどこにもあり得るけど、マルクスみたいに一つのことに夢中になった人は個人的にも家族的にも幸福ではなかったでしょうね。
 少なくとも三つある中の一つに重点を懸けたらそうなります。極端に言うと、特に知的な人で、俺の家族は一〇〇パーセント幸福だという人には出会ったことがない。やっぱりどこかが何パーセントか何十パーセントか欠けるだろうなということです。
(「よせやぃ。」『自意識について───第三回座談会』)

 私はどうしても、どれか一つではなく、全部考えていこうかと思っています。吉本さんも実のところも思いは、私と同じであろうと思います。このことは、このあとのところに書いてあります。私も少しずつやっていくつもりなのです。

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 僕流の言い方をすれば、家庭論、家族論は身体の考古学という分野に入ると思っています。いまの女のひととか若い男の人が考えるように、別居していて適当なところで会えばいいというふうにファミニストは考えているでしょうけど、幸福・不幸ということを生涯の問題から瞬間の問題にしてしまうみたいな考え方が盛んになってきて、平均出生率は下がる一方ですね。二・一以下だと国は滅びて衰退していくということになっていますけど、衰退どころじゃなくて、東京で調査をするとほぼ一・〇の水準ですから、もう全然問題にもならない。日本国は盛んにならなければいけないと思っている人から見れば衰退の最大兆候がすでに出ているのです。(「よせやぃ。」『自意識について───第三回座談会』)

 やっぱり私は、「衰退の最大兆候」というところを考えてしまいます。だが、私の家族は、私の娘の家族はそうはならないで、何人もの家族・親族・姻族も持っていくぞと思っています。そうして行かなければ、不満だし、このからの世界のことも不安だらけになります。少なくとも、私の家族はそうなってはいかないぞと私は思い込んでいます。

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 殴り返すのは暴力だからいけないというのは絶対にないんですね。暴力だって、心から思ってやったのなら決して悪い影響は与えない。これはどんな場合もそうで、母親の場合でも、父親の場合でもそうだと思います。
 たとえば子どもが父親を殴ったとか、母親を殴ったとか、父親や母親とけんかしてうちを出てしまって、少し経って帰ってくるならいいけれど、そうじゃなくてそのまま出ていってしまったというのは、父親と母親の責任が一〇〇パーセントでご当人にはあまりない。それはどこかで間違えたのであって、間違えざるを得ない事情というのが人間にはありますから、別に父親や母親のせいだとは言い切れないし、言えないけれど、最終的に責任を負うべきなのは父親と母親で、子どものほうじゃないということは確実だと思います。つまり「もう遅いんだよ」ということですね。
(「よせやぃ。」『自意識について───第三回座談会』)

「最終的に責任を負うべきなのは父親と母親」というところは、私もずっと思ってきたことです。いや父親と母親は自分の子どもに関してそういうふうに責任を負うしかないのだと思っています。こうして親が腹をくくっていれば、あらかた済んでしまう問題がいくつもあるように私には思えています。

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 学校で習ったことは、どうせ役には立たないんですから。これは大学も同じで、僕の経験でも、何かを考えたというのは役にたつけれど、授業そのものは何の役にも立たない。受験には役にたっても、そのほかには何の役にも立たないですね。会社にでも勤めればすぐわかりますけれど、それぞれ会社固有のやり方があって、そこから始めるよりしようがない。学校で教わったことなんて発揮できないという要素のほうが多いから、親から「いい先生」と言われるような先生にならないほうがいいんじゃないですか。僕はそう思いますね。
(「よせやぃ。」『自意識について───第三回座談会』)

 私の思い出の中には、「いい先生だった」と言える人はいないです。いやそれぞれ、みんな「いい先生」だったのだろうが、でもほぼ記憶に残るような思い出はないと言えます。そうですね。今もこれだけのことを話してくれる吉本さんが、私にはとてつもなくいい先生であり、もう忘れることのできない先生です。

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08012401 僕は親父から「戦争というと敵がいて、味方がいて、ポンポン撃ち合って、弾に当たって死ぬと考えているかもしれないけれど、たいていは変なものを食って腹を下して死んじゃったとか、塹壕の中に隠れていたら雨が降って、上から泥が落ちてきて、その下敷きで死んじゃったとか、そういうのが多いんだよ」と脅かされて、それは精神的に少しこたえましたね。軍国主義が少しこたえたなという感じです。(「よせやぃ。」『自意識について───第三回座談会』)

 このことは私には、よく吉本さんが言われていたことなんだよなあ、と思いました。思えば、これと同じようなことを私の父にも聞いてきた思いがします。やっぱりこうした実際に戦争の戦闘行為の実態を知っている世代の言うことは大切だなあ、と思います。ともすれば、まったく想像の世界を本物のことだと思いがちだといえるかなとつくづく感じているからです。

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 平和なところから兵隊になって戦争に行く人は、「一生懸命頑張ってお国のために尽くしてきます」と紋切り型でみんな言って、町会の人に対してそれ以外のことは言わないわけです。そのとおり信じたわけでもないけれど、言わない部分で持っている複雑さとか、そういうところから戦争に出かけていくときのその人たちの心境、複雑な思いを文字どおり推察することができなかったというのが、戦争が終わって相当経ってからの反省です。一〇代後半から二〇代初頭だったころだった自分は、そういうことが想像できなかった。僕のものすごい反省の一つです。(「よせやぃ。」『自意識について───第三回座談会』)

 私の一〇代半から二〇代初頭といえば、大学生で学生運動に邁進している時期にあたります。あのころの私はいくつものことが想像できませんでしたね。そうしたあのころの私のことは、私もたしかに反省しています。ただ、あのころのことが今の私にずっと繋がっていることは今も嫌というほどさまざまなところで感じていることです。

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 大正時代の自意識のことを言うと、多少進歩して明治維新とは違うわけですが、柳田国男という民俗学者と折口信夫という国文学者と、この二人はわりあいに自意識家じゃないでしょうか。
 いわゆる国文学者というのは、それこそナショナリストという、ただそれだけですね。ナショナリストと思っていないナショナリストで、ほかのことはどうでもいいぐらい、そこにのめり込んでいる。だけど折口さんという人は、この人の知識、教養、考察力の基になっているのは何かよくわからないけど、日本における古典的な法、特に刑罰、犯罪法がどこから発生してどうなってくるかというところからやり出して、そういう研究をちゃんと論文化して持っています。古典文学もありますが、そういうことをやっているのはあの人だけですよ。普通に考えているのとは大違いで、そういうことをやっています。
 柳田国男は語学もできるし、外国のこともよく知っていて、国際的な人だけど、やっぱり大正時代の自意識家なんですよ。
(「よせやぃ。」『自意識について───第三回座談会』)

 思えば私は中学生の頃から、柳田国男と折口信夫は少しずつ読んできていました。高校生のときによく読んだ思いがあります。ただ、やはりよく読めるようになってきたのは、吉本さんを知ってからかなあ、という気がしています。これからも読んでいかなくてはならないお二人です。

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 近世は日本国内とか日本の伝統性、固有性みたいなところから「自意識」というのが出てきたと思います。代表的に言えば、本居宣長やそのお弟子さんたちの系統の人たちが国学を始めたわけです。日本の古典とか、神話とか、古代からの伝統的な問題と、日本固有の文化、特に文学についての考察を儒学者と違ったところで、つまり幕府とはあまり関係ないところで、自分たちはどうなんだということで、"自意識の学問"としての国学を、いまで言えば古典文学と国語学を本格的に始めたのが近世なんですね。
 これは自意識の実践運動だから、明治維新の思想的原動力は国学的なところから生じたということですね。
(「よせやぃ。」『自意識について───第三回座談会』)

 国学は自意識の実践運動だったというのは、大きく頷いてしました。思えばこのことは、私自身にも大きく言えることだなあ、と強く感じました。いえ、私はいわゆる若き日に学生運動に入り込んだのも、このことが大きかったなあと思い込んでいるのです。でも思えば、私のそう思った頃から、少しの進歩もありません。ただただ、私はそのままのところに居るだけです。

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