7d7c87ee.jpg

 私は 周の雑読備忘録「戸部けいこ『光とともに……』13」 に次のように書いていました。

 私が小学生の頃は、「自閉症」なんて言葉そのものがありませんでした。ただ、私が小学校4年のときの名古屋市千種区の内山小学校には、「特殊学級」クラスがありました。あれが今の自閉症児だったのでしょうね。

 私の脳裏にものすごく甦ってきます。あれは私が10歳のときでした。その年の学芸会で、このクラスの子どもたちが演劇をしてみせてくれていました。内容は、軽度の自閉症(その頃はそんな言葉もありませんが)の子が、重度の自閉症の子をいじめる内容でした。そのときの私にはその内容の深さは判りませんでしたが、今になってはやっと判ります。
 この私は41年の年月が経過してはじめてその演劇の内容が判ったものなのです。
 あのクラスは、もう中学生になった生徒も、そのクラスにいました。そういう年上の生徒さんが下の子たちをみていたように思います。
 でも私は小学校4年だけで、次の5年のときは、北区の六郷小学校に転校していました。
 思えば、この『光とともに……』には実によく描いていてくれます。
 第14巻で、雅人のお母さんと奥野さんの会話が次のようです。

 へえ……
 さっぱり わかりませんわ
 だいいち  昔はいなかった  でしょう?
 聞いたこと ありませんもの

 それは ただ知られて なかっただけで
 わしが思うに いつの時代にも どこの国にも
 いたのじゃ ないかなァ

 この雅人のお母さんも判っていません。でももっと判っていない人がいるのです。私も判っていないのです。

続きを読む