将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:舊新約聖書

13041314「落膽せずして常に祈るべき」と言われても、私ではねえ、私は「神を賛美」することができるのかなあ。私には難しい神様だなあという思いばかりです。
 私は吉本(吉本隆明)さんの聖書への思いばかりを考え、こうして読んでいるわけです。吉本隆明さんも読まれた「舊新約聖書」なはずなのです。

第18章
  また彼らに、落膽(きおち)せずして常に祈るべきことを、譬(たとへ)にて語り言ひ給ふ『或町に、神を畏れず人を顧みぬ裁判人あり。その町に寡婦(やもめ)ありて、屡次(しばしば)その許にゆき「我がために仇を審きたまへ」と言ふ。かれ久しく聽き入れざりしが、其ののち心の中に言ふ「われ神を畏れず、人を顧みねど、此の寡婦われを煩はせば、我かれが爲に審かん、然らずば絶えず來りて我を惱さん」と』主いひ給ふ『不義なる裁判人の言ふことを聽け、まして神は夜晝よばはる選民のために、たとひ遲くとも遂に審(さば)き給はざらんや。我なんぢらに告ぐ、速かに審き給はん。されど人の子の來るとき地上に信仰を見んや』
13041315 また己を義と信じ、他人を輕しむる者どもに、此の譬を言ひたまふ、『二人のもの祈らんとて宮にのぼる、一人はパリサイ人、一人は取税人なり。パリサイ人たちて心の中に斯く祈る「神よ、我はほかの人の、強奪(うばひ)・不義・姦淫するが如き者ならず、又この取税人の如くならぬを感謝す。我は一週(ひとまわり)のうちに二度(ふたたび)斷食し、凡て得(う)るものの十分の一を献ぐ」然るに取税人は遙に立ちて、目を天に向くる事だにせず、胸を打ちて言ふ「神よ、罪人なる我を憫みたまへ」われ汝らに告ぐ、この人は、かの人よりも義とせられて、己が家に下り往けり。おほよそ己を高うする者は卑うせられ、己を卑うする者は高うせらるるなり』
 13041316 イエスの觸り給はんことを望みて、人々嬰兒(もどりご)らを連れ來りしに、弟子たち之を見て禁めたれば、イエス幼兒らを呼びよせて言ひたまふ『幼兒らの我に來るを許して止むな、神の國はかくのごとき者の國なり。われ誠に汝らに告ぐ、おほよそ幼兒のごとくに神の國をうくる者ならずば、之に入ることは能はず』
  或司問ひて言ふ『善き師よ、われ何をなして永遠(とこしへ)の生命を嗣ぐべきか』イエス言ひ給ふ『なにゆゑ我を善しと言ふか、神ひとりの他に善き者なし。誡命(いわしめ)はなんぢが知る所なり「姦淫するなかれ」「殺すなかれ」「盜むなかれ」「僞證を立つる勿れ」「なんぢの父と母とを敬へ」』彼いふ『われ幼き時より皆これを守れり』イエス之をききて言ひたまふ『なんぢなほ足らぬこと一つあり、汝の有てる物をことごとく賣りて、貧しき者に分ち與へよ、然(さ)らば財寶(たから)を天に得ん。かつ來りて我に從へ』彼は之をききて甚く悲しめり、大に富める者なればなり。イエス之を見て言ひたまふ『富める者の神の國に入るは如何に難いかな。富める者の神の國に入るよりは、駱駝の針の穴をとほるは反つて易し』之13041317をきく人々いふ『さらば誰か救はるる事を得ん』イエス言ひたまふ『人のなし得ぬところは、神のなし得る所なり』ペテロ言ふ『視よ、我等わが物をすてて汝に從へり』イエス言ひ給ふ『われ誠に汝らに告ぐ、神の國のために、或は家、或は妻、或は兄弟、あるひは兩親、あるひは子を棄つる者は、誰にても、今の時に數倍を受け、また後の世にて永遠の生命を受けぬはなし』
  イエス十二弟子を近づけて言ひたまふ『視よ、我らエルサレムに上る。人の子につき預言者たちによりて録(しる)されたる凡ての事は、成し遂げらるべし。人の子は異邦人に付され、嘲弄せられ、辱しめられ、唾せられん。弟子たち此等のことを一つだに悟らず、此の言かれらに隱れたれば、その言ひ給ひしことを知らざりき。
  イエス、エリコに近づき給ふとき、一人の盲人(めしい)、路の傍らに坐して、物乞ひ居たりしが、群衆の過ぐるを聞きて、その何事なるかを問ふ。人々ナザレのイエスの過ぎたまふ由(よし)を告げたれば、盲人よばはりて言ふ『ダビデの子イエスよ、我を憫みたまへ』先だち往く者ども、彼を禁めて默さしめんと爲たれど、増々さけびて言ふ『ダビデの子よ、我を憫みたまへ』イエス立ち止り、盲人を連れ來るべきことを命じ給ふ。かれ近づきたれば、イエス問ひ給ふ『わが汝に何を爲さんことを望むか』彼いふ『主よ、見えんことなり』イエス彼に『見ることを得よ、なんぢの信仰なんぢを救へり』と言ひ給へば、立刻に見ることを得、神を崇めてイエスに從ふ。民みな13041403之を見て神を讃美せり。

「舊新約聖書」も、まだ「舊約聖書」は読んでいません。いつになったら読めたといえるのでしょうか。それにいくつもの仏典があります。いつも気が遠くなるような思いで、この「ルカ傳」を読んでいます。

13020806「開闢の初より」とあるので、これは旧約聖書も読まないとならないのですね。私が常に開いているこの聖書は、「舊新約聖書」なのですが、私はマタイ傳とこのマルコ傳を読んでいるだけです。これの「舊約聖書」も読むとなると大変だなあ、とそれだけを思います。
 頭を抱えて、でも読む必要があるのかなあ。でもでも私は読まないような気がするな。

第10章
  イエス此處をたちて、ユダヤの地方およびヨルダンの彼方に來り給ひしに、群衆またも御許に集ひたれば、常のごとく教へ給ふ。時にパリサイ人ら來り試みて問ふ『人その妻を出(いだ)すはよきか』答へて言ひ給ふ『モーセは汝らに何と命ぜしか』彼ら言ふ『モーセは離縁状を書きて出すことを許せり』イエス言ひ給ふ『汝らの心つれなきによりて、此の誡命(いましめ)を録(しる)ししなり。されど開闢の初より「人を男と女とに造り給へり」「かかる故に人はその父母を離れて、二人のもの一體となるべし」さればはや二人にはあらず、一體なり。この故に神の合せ給ふものは、人これを離すべからず』家に入りて弟子たち復(また)この事を問ふ。イエス言ひ給ふ『おほよそ其の妻を出して他(ほか)に娶る者は、その妻に對して姦淫を行ふなり。また妻もし其の夫を棄てて他に嫁がば、姦淫を行ふなり』
  イエスの觸(さわ)り給はんことを望みて、人々幼兒らを連れ來りしに、弟子たち禁(いまし)めたれば、イエス之を見、いきどほりて言ひたまふ『幼兒らの我に來るを許せ、止むな、神の國は斯くのごとき者の國なり。まことに汝らに告ぐ、凡そ幼兒の如くに神の國をうくる者ならずば、之に入ること能はず』かくて幼兒を抱き、手をその上におきて祝し給へり。
 イエス途に出で給ひしに、一人はしり來り、跪(ひざま)づきて問ふ『善き師よ、永遠の生命を嗣ぐためには、我なにを爲すべきか』イエス言ひ給ふ『なにゆゑ我を善しと言ふか、神ひとりの他に善き者なし。誡命(いましめ)は汝が知るとこ13020903ろなり「殺すなかれ」「姦淫するなかれ」「盜むなかれ」「僞證を立つるなかれ」「欺き取るなかれ」「汝の父と母とを敬へ」』彼いふ『師よ、われ幼き時より皆これを守れり』イエス彼に目をとめ、愛(いつく)しみて言ひ給ふ『なんぢ尚(な)ほ一つを缺く、往きて汝の有てる物をことごとく賣りて、貧しき者に施せ、さらば財寶(たから)を天に得ん。且(かつ)きたりて我に從へ』この言によりて、彼は憂(うれひ)を催し、悲しみつつ去りぬ、大なる資産をもてる故なり。
  イエス見囘して弟子たちに言ひたまふ『富ある者の神の國に入るは如何に難いかな』弟子たち此の御言(みことば)に驚く。イエスまた答へて言ひ給ふ『子たちよ、神の國に入るは如何に難いかな、富める者の神の國に入るよりは、駱駝の針の孔を通るかた反つて易し』弟子たち甚(いた)く驚きて互に言ふ『さらば誰か救はるる事を得ん』イエス彼らに目を注(と)めて言ひたまふ『人には能(あた)はねど、神には然らず、夫れ神は凡(すべ)ての事をなし得るなり』ペテロ、イエスに對(むか)ひて『我らは一切をすてて汝に從ひたり』と言ひ出でたれば、イエス言ひ給ふ『まことに汝らに告ぐ、我がため、福音のために、或は兄弟、あるひは姉妹、或は父、或は母、或は子、或は田畑をすつる者は、誰にても今、今の時に百倍を受けぬはなし。即ち家・兄弟・姉妹・母・子・田畑を迫害と共に受け、また後の世にては、永遠の生命を受けぬはなし。されど多くの先なる者は後に、後なる者は先になるべし』
  エルサレムに上(のぼ)る途にて、イエス先だち往き給ひしかば、弟子たち驚き、隨ひ往く者ども懼れたり。イエス再び十二弟子を近づけて、己が身に起らんとする事どもを語13020904り出で給ふ『視よ、我らエルサレムに上る。人の子は祭司長・學者らに付されん。彼ら死に定めて、異邦人に付さん。異邦人は嘲弄し、唾し、鞭うち、遂に殺さん、かくて彼は三日の後に甦へるべし』
 ここにゼベダイの子ヤコブ、ヨハネ御許に來りて言ふ『師よ、願はくは我らが何にても求むる所を爲したまへ』イエス言ひ給ふ『わが汝らに何を爲さんことを望むか』彼ら言ふ『なんぢの榮光の中にて、一人をその右に、一人をその左に坐せしめ給へ』イエス言ひ給ふ『なんぢらは求むる所を知らず、汝等わが飮む酒杯(さかづき)を飮み、我が受くるバプテスマを受け得るか』彼等いふ『得るなり』イエス言ひ給ふ『なんぢら我が飮む酒杯を飮み、また我が受くるバプテスマを受くべし。されど我が右左(みぎひだり)に坐することは、我の與ふべきものならず、ただ備へられたる人こそ與へらるるなれ』十人の弟子これを聞き、ヤコブとヨハネとの事により憤ほり出でたれば、イエス彼らを呼びて言ひたまふ『異邦人の君と認めらるる者の、その民を宰(つかさ)どり、大なる者の、民の上に權(けん)を執ることは、汝らの知る所なり。されど汝らの中にては然らず、反つて大ならんと思ふ者は、汝らの役者(えきしや)となり、頭(かしら)たらんと思ふ者は、凡ての者の僕となるべし。人の子の來れるも、事(つか)へらるる爲にあらず、反つて事ふることをなし、又おほくの人の贖償(あがなひ)として己が生命(いのち)を與へん爲なり』
 かくて彼らエリコに到る。イエスその弟子たち及び大なる群衆と共に、エリコを出でたまふ時、テマイの子バルテマイといふ盲目(めしひ)の乞食、路の傍(かたへ)に坐しをりしが、ナザレのイエスなりと聞き、叫び出して言ふ『ダビデの子イエスよ、我を憫みたまへ』多くの人かれを禁(いまし)めて默(もだ)さしめんとしたれど、ますます叫びて『ダビデの子よ、我を憫みたまへ』と言ふ。イエス立ち止りて『かれを呼べ』と言ひ給へば、人々盲人を呼びて言ふ『心安かれ、起て、なんぢを呼びたまふ』盲人うはぎを脱ぎ捨て、躍(をど)り上りて、イエスの許に來りしに、イエス答へて言ひ給ふ『わが汝に何を爲さんことを望むか』盲人いふ『わが師よ、見えんことなり』イエス彼に『ゆけ、汝の信仰なんぢを救へり』と言ひ給へば、直ちに見ることを得、イエスに從ひて途を往けり。

 イエスがここでも言われることは、私には到底分からないなあ。私が最初に思ったのは私が以下で書いています13020905

「ねむの木学園・・・美術展」雑感に(1992.09.06)

私の昔の友人の熊さんのことです(彼のことはいくつか書いてきました)。彼も私と同じく酒好きな人です。でも彼は耳が聞こえないので、私は手で空中に字を描いて意思疎通するしかないのです。
 この彼もクリスチャンなことを思い出したものです。

13020603 このポメラで「舊新約聖書」の二つの章と「唯円『歎異抄』」のことを書きました。それがポメラだけでは大変なのです。パソコンで書いてコピーするのです。

2013/02/06 13:51私のこのブログ将門Webで毎日今『マルコ傳』を書いています。その前には『マタイ傳』も書きました。これは私のサイドバーのリンクから「聖書」の新約聖書(文語訳)で入ると、これが読めます。そこから毎日書き抜いて書いています。これが単にコピーするだけなのですが、けっこう大変です。その前には、『マタイ傳』を書くときには、唯円の『歎異抄』を書いたものです。
 結構これが大変なのです。今日のイエスの言う「まだ悟らぬか」というのは、ものすごく厳しい言葉です。
 そう私はまだ悟らないのです。

 このパソコンではいいのですが、ポメラだけだと実に入力が大変です。いつも「聖書」に関しては、パソコンにて書くほうが数段楽でいいです。それでつないでパソコンからポメラにも書き入れるのです。

13012222 私が持っている「舊新約聖書」(日本基督教会刊)のこのマタイ伝のところが分厚い聖書の中では外から見ても色が変化しています。
 思えば、私がこうして私のブログにマタイ傳福13012223音書を書くようになる随分前から、このマタイ伝は時々開いていたのですね。マルコ伝も開いていました。
 思えば、すべて吉本(吉本隆明)さんのおかげですね。『マチウ書試論』『喩としてのマルコ伝』は私が熱心に読んできたものです。

 写真は一昨日おはぎの家の前とすぐそばで撮りましたものです。この上の小さなカマクラをポニョが棒で壊すので、私が「コラっ、駄目だよ」と言ったものです。
 でもなんだか寂しいな。
  前に私がこのブログにUPしたものと、「周の掲示板」にUPしたものもう一枚)と比べてみてください。小さくなっているでしょう。雪の好きな私には寂しいものなのです。

X12122103 この将門Webと周の掲示板の画像ですが、2012年12月23日この写真のツリーにあるのがポポですで次のように書きましたように

 あ、26日にじゅにに会いに行きますから、私のところでは26日までクリスマスということにします。だから26日いっぱいここにクリスマスの画像をUPします。

 いえ、私は「舊新約聖書」のマタイ傳・マルコ傳は実によく読んでいますが(何度もいくつも読んでいます)、そのマタイ傳の言葉と、実際のイエスの誕生日とは私には無縁のものです。どんなに読んでも厳しいマタイ傳の言葉とサンタクロースが訪れる話は無縁としてしか思えません。
 舊新約聖書は私には厳しすぎますし、サンタクロースが訪れてくれるプレゼント、私じいじが孫たちに贈るプレゼントの話は違います。
 お釈迦さまの話でも、私には「歎異抄」の話と、禅宗とくに道元のいうことは大きく違います。禅宗でも私はまだ栄西の方が好きだなあ。
 はっきり言って、私にはサンタクロース、サンタニクラウスの話は、昨日も三匹の家でお喋りしていたいい素敵なお話です。これからも何度もお話していくでしょう。

X12121606 私の周の掲示板に昨日私の三匹の孫が持ってきて(ポコ汰とパパはお弁当を買ってくるので、少し遅くなりました)くれまして、これがその画像です。
 私は以下のように書いています。

 私はこれを見て、はるかな昔札幌のめばえ幼稚園で拾った銀杏の葉が今も、そのときの新約聖書に挟んであることを思い出しました。
 今は聖書教会の「舊新約聖書」しか開かない私ですが、あの銀杏の葉が挟んである聖書はどこにあるのだろうか。

 だから私はどうしようかと考えて、「舊新約聖書」の中に入れました。また「押し花」(押し葉かな)として、来年にでも見せてあげましょう。
 昔私が札幌のめばえ幼稚園でもらった聖書は、私が高校生の体育祭のときに、仮装行列で「歴史上の人物」というのを考え、その中のイエス・キリスト役に、この新約聖書を持たしました。私は「本来はイエスが聖書を持つことはありえないのだが」としつこくパロディであることを言いましたが、どのくらいの人が判ってくれたかなあ。誰も分からなかったんじゃないかな。

X12120913わが悦ぶところの斷食はあくの繩をほどき軛(くびき)のつなをとき虐げらるるものを放ちさらしめ すべての軛ををるなどの事にあらずや
また飢たる者に汝のパンを分ちあたへ さすらへる貧民(まずしきもの)をなんぢの家にいれ裸かなるものを見てこれに衣(き)せ おのが骨肉に身をかくさヾるなどの事にあらずや
しかる時は汝のひかり暁の如くにあらはれいで 汝すみやかに愈(いや)さるることを得(え) 汝の義は汝の前にゆき ヱホバの榮光はなんぢの軍後(しんがり)となるべし
また汝よぶときはヱホバ答へたまはん  汝叫ぶときは我ここに在りといひ給はん
もし汝のなかより軛(くびき)をのぞき指點(ゆびさし)をのぞき惡(あし)きことをかたるを除き
汝の靈魂の欲するものをも飢たる者にほどこし 苦しむものの心を滿足(みちた)らしめば 汝の光くらきにてりいで なんぢの闇は晝(ひる)のごとくならん

 ときどき『舊新約聖書』を開いています。ただいつも『新約聖書』の『マタイ傳』を繰り返し読み、またこのごろは『マルコ傳』も読むようになりました。みな吉本(吉本隆明)さんのおかげです。
 でも今日は舊約聖書の『イザヤ書』を開きました。
 いやなに、私にはキリスト教で言っていることなど分かるわけがなく、ただ王子教会から郵送されたものを開いただけなのです。
 私には、それでしか聖書に近づくことは、他には分かりようがないのです。ただ、吉本隆明さんの『マチウ書試論』を読んで『マタイ傳』を読むことを知り、『喩としてのマルコ伝』を読んで『マルコ傳』を読むことも知ったものです。
 以下のインターネット上の聖書はいつも開いているものです。私のサイドバーでリンクもしています。X12120914

  文語訳旧約聖書
  文語訳新約聖書

 こうして私のような否宗教的なものにもいつも何度でも読めることには感激感謝しています。

12110903 聖書はいつも読んでいます。そばにあるから、開くのは楽なのです。

2012/11/09 06:14自分の部屋から『舊新約聖書』を持ってテレビの前へ来ました。またマタイ傳、マルコ傳を読みます。いつもこの文語訳『聖書』は読んでいます。今度はルカ傳も読んでみようかなあ。
 私はこの『聖書』を読んで七言絶句を書こうと思っているのですが、なかなか語句も考えるのも大変です。
 思えば、このポメラでやっていこうかなあ。
2012/11/09 09:40吉本(吉本隆明)さんの「『第二の敗戦来』春秋社」を持って来ました。

 吉本隆明さんをいつでも本が読めるようにしています。

12042602「禅の話」に村石太ガール&大人さんからのコメントに、さらに以下のコメントがありました。

1. Posted by 村石太ガール&大人   2012年04月25日 17:43
宗教は おもしろいけれど 難しいですね。
学校教育も おもしろいのかもしれないけれど
暗記が めんどくさいなぁ?学校教育研究会(名前検討中 おっと 失礼。
宗教とは 何か 神仏の存在とは?哲学〜
BATIとは あるのか?ご利益とは?
私は 宗教について 全然知識がないです。
興味は あります。宗教研究会(名前検討中
尾崎豊さんの あの頃の歌詞は あの時代 なかったすごい詩だった気がします。音楽同好会(名前検討中 どうも 失礼 いたしました。
私は まだ ページを 持っていません。
謎のコメンターとして ネットの可能性を 求めています。

 宗教と言っても、どう言ったらいいのかなあ。私は「聖書」はときどき読んでいます。日本聖書教会の『舊新約聖書』です。私のすぐそばにあるのです。とくに、『マタイ傳』『マルコ傳』は何度も読んでいますね。『歎異抄』に劣らない迫力があると思いますよ。
 昨年の東日本大震災のときに私は書いたものですが、仏典と『論語』は、震災のことは一言も書いていないのです。これは釈迦をはじめとするお経を書いた方や孔子には、その体験がなかったのだろうと思われます。
 それに比べて、『舊約聖書』には紀元前に、その震災があったことが書いてありました。私には仏典がいくつものものがあり、さらには「道元『正法眼蔵』」「親鸞『教行信証』」「唯円『歎異抄』」等々、いくつものものを読まねばならないのに、比べて『舊新約聖書』だけなので(いやもちろん、「アスグスチヌス『告白』」とかはいろいろありますが、これは少し違うものです)、その点は楽な思いがします。
 あ、それと『一言芳談抄』もいいですね。私はこれに関して、何かを書いていたと思うのですが、インターネット検索しても出てきません(私は自分のサイト内ももうインターネット検索しているのです。もう年寄りなのですね)。
 できたらぜひインターネット上にページを開かれることを期待します。ぜひそこで尾崎豊さんのことを書かれることを希望します。私の「吉本隆明鈔集」に次があります。

 吉本隆明鈔集301「尾崎豊」
この人は明らかに言葉の人だなって感じたんですね。尾崎さんっていう人は、自分が思ったかと、あるいは言いたいこととかいっぱいあって、それをストレートに言う場合もあったり、比喩的に言ってみたり、場面設定や主人公を変えて、という風に表現してみたりしながらそれを曲にのせて演じているけど、結局、この人は言いたいことをそういう形で言葉で言っているに過ぎない言葉の人じゃないかって

 私は何度も読んで、そして私が昔に書いた文章を思い出していました。尾崎豊は私には永遠に忘れられない歌手です。

2017012302
2017012301
11032002 私はときどき『聖書』を読んでいます。日本聖書教会の発行した『舊新約聖書』 です。文語訳版です。
「マタイ傅」は何度も読み、今は「マルコ傅」をもよく開いています。そして「ヨハネ傅」もよく読まないとなあ、と思っているところです。でも「ユダの福音書」を読まねばならないのでしょうね。ただこれは新約聖書にはありませんが、紀元2世紀ごろまでは聖書にあったといわれます。
 これによると、ユダはキリストとの密約によってイエスを裏切り死刑にさせるわけですが、それはイエスの意思だったとされます。そしてそのときに、マグダラのマリアはイエスの復活を目の前にします。今の聖書ではヨハネ傅16、17節です。
 実はイエスはこのマリアと結婚したという説があります。いや私はそれがいいのです。世界四大聖人の内、他の3人はみな家庭をもったとされます。イエスキリストだけなぜそうならなかったのでしょうか。そんなマリアを妻として愛したからこそ、自らを十字架にかけるようにして全人類を救おうとしたのだと思います。イエスも私たちと同じ人間だったのです。(2011.03.20)

a313e89b.jpg 違う方のお便り帳が含まれていました。入れておきます。
「歴史さとう」で「キリストの愛した女、マグダラのマリア」を書いているところです。マタイ傳、マルコ傳はよく読んでいますがヨハネ傳も読まないといけないなあ、という思いです。いや聖書もよく書いていないところがあるのですね。 いや読むときは、「舊新約聖書」はいいのですが、文字で書く時が少し面倒です。でも私は辞書を持っているのですね。パソコン上で簡単に変換してくれます。
 初期の聖書ではこのマリアとイエスが結婚したと書いてあるものもあったようです。ただそういうものはみなすべて「異端だ」とされてしまったようです。
 写真は4月21日の午後4時49分の長女の家のすぐそばのお花です。このあとすぐに孫二人に会いました。(04/23)

a79bbeb4.jpg「お義母さんお風呂入ったんだね。良かった、良かった」という言葉がさきほど私の口からでました。ありがとうございます。
 昨日ビデオ鑑賞で寅さんを見たと書いてありました。私も寅さんは全て見ていますが、その感想を思い出しながら、私のブログに書いていくつもりです。すべて書くとなると時間がかかることでしょう。
 写真は私がときどき読んでいます「舊新訳聖書」です。耶蘇はあまり好きにはなれないのですが、でも聖書はいいです。(07/01)

3cae5cce.jpg

 ナミちゃんとんアンドじゅん中国から帰国! に書いてくれています。

周さんのブログで書いてあった「めばえ幼稚園」は私が通った幼稚園であり
娘が通った幼稚園でもあるのですが・・・

 私が書いた札幌の「めばえ幼稚園」は、昭和28年の暮から翌年3月に卒園するまで7カ月通いました。なんだか、とても懐かしいです。園長先生が、フィンランド人の女性でした。旦那様もご一緒においでになったと思いますね。この園長先生の顔は今でもよく思い出すことができます。転園してきた私をやさしく面倒を見てくれていました。弟はここで始めて幼稚園に入園したのですね。
 ここで卒園するときに、新訳聖書をもらいました。この聖書には、札幌のいくつもの落ち葉(いちょうが多いのですが)が挟んであります。それを、名古屋・鹿児島・横浜…………………と持って歩きました。でも新約聖書は少しも面白くありませんでした。でも10年くらい前に文語訳の「舊新約聖書」を手に入れて読んできましたが、これは実にいいです。せっかくのあれだけの聖書を、口語で読むと、なんてつまらないのでしょうか。
 でもこの「めばえ幼稚園」はいくつものことが思い浮かびます。
 私は小学校に行っても、日曜学校には通いました。だから小学2年の3学期の最初までは通っていたのですね。でもいつも、私はここで聞かされる神の話、聖書の話には、うんざりしていたものです。その聖書の内容に、心の底からひかれるような思いを抱けるようになったのは、実にそれから50年以上たたないと判らなかったのです。
 今は、佛典もよく読むのですが、とくに禅宗の関係は読んでもさっぱり判りません。禅家語録なんか、ただ「判らない」というのにつきます。
 その点聖書は、読んでいていいです。そうですね、「歎異鈔」を読んでいるのもいいのですが、それと同じ思いがしています。ただし、「歎異抄」は短いのですが、「聖書」は実に莫大な長さがあります。

周さんもインディアン祭り知っているんですね。
夏休み前はあそこはほとんどインディアン一色ですね。
こどももまだ小さく私もまだ若く大切な思い出です。

 私の姪が我孫子のめばえ幼稚園に行っていたときに、私が始めて手賀沼のインディアン祭りに行ったのは、たしか私が王子に住んでいたときだったと思います。手賀沼公園に行きまして、待っているうちに、私は眠ってしまいました。ところが、私の身近の物音に気がついて、目を開けると、私の目の前は、小さなインディアンがたくさんいました。そしてそのインディアンがどんどんと増えていきます。私は驚きました。
 私の姪のみーねえも来ました。でも彼女は、顔にインディアンの化粧を描いていませんでした。彼女にあとで聞くと、顔にペンキを塗るのが(いやペンキだったかは判らないけれど)嫌だったそうです。
 でももうたくさんの小さなインディアンたちで、それは実に愉しいお祭りでした。

 思い出せば、私の二人の娘が保育園の夕涼み会や運動会のときにも、いつもみーねえもきてくれていました。私もみーねえの二人の子どものいろんなイベントには行くようにしています。いつも二人のみーねえの子どもは、「あ、あのおじちゃん、また来ている」(本当はおじちゃんではなく、大おじちゃんだけど)という目で私を見ています。この二人の学校見学も行く気なのですが、いつも別の用と重なっています。
 今度は、私の孫のさまざまなイベントですね。

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