将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:舊新約聖書(文語訳)

12102610  マタイ傳の第7章の一部です。

求めよ、さらば與へられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。

 私はいつもこの「マタイ傳」を開いています。
 吉本(吉本隆明)さんの「マチウ書試論」があるから、私はこのマタイ傳をよく読むようになったものです。吉本隆明さんのいうマチウ書とは、マタイ傳のフランス語訳での言い方です。
 いつもマタイ傳ばかり読んできましたが、ここ二年くらいは「マルコ傳」も読むようになりました。このマルコ傳の第一五章を読むと、イエス・キリストのことを思います。
 インターネットですと以下をよく開きます。

  マタイ傳福音書

 私なんか『聖書』など読んでも、がらにも合わないし、第一さっぱり分からないし、信仰心ももともとないから、ただ分からないことだらけです。
 ただいつも「マチウ書試論」を思い浮かべ何度も何度も読んでいるものです。
 でも口語訳はどうしてもなじめないものですね。ただ実際の教会の牧師さんの言葉を聞くと、私には口語訳で充分な気がしています。

12102608 この私の本を読んだ記録浅田次郎「黒書院の六兵衛」(162)を書く前に、私は「舊新約聖書(文語訳)」を読んでいました。私のすぐそばにありますから、私はいつも開いています。そしていつもマタイ傳福音書を読んでいます。
 この聖書は、1992日本聖書教会となっています(奥付がないのです)。私が御茶ノ水の事務所にいたときに、すぐそばの日本聖書教会で購入したものでした。もうそんな昔のことなんだ。御茶ノ水の事務所では、事務所の私のすぐそばに置いていました。
  今は私のすぐ後の本棚に置いています。
 でも「福音書」の「福」を旧漢字にしたいのですが、どうすればいいのでしょうか。

12071206 私は「周の『独楽吟のススメ』の745」で、次のように書いていました。

私は「舊新約聖書(文語訳)」はそばに置いてあり、ときどき開いているものです。またインターネット上でもよく開いています。

 私がよく手に取っているのは、この画像のものです。そしてインターネット上では

   マタイ傳福音書(文語訳)

をよく開いています。
 どうしても、吉本隆明さんの「マチウ書試論」を読んでから、このマタイ傳をいつも読むようになりました。
 今も私はいつも同じです。そうねえ、そういえば今はマルコ傳も読むようになったかなあ。

 ただし、前にこのマタイ傳も、茨城弁に翻訳したこと(「マタイ伝第28章を茨城弁にする」)があるのですが、間違いなく、イエス・キリストもマタイもマルコも茨城弁では話さなかったはずです。あ、翻訳するには文語ではなく、口語でないと駄目です。

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